テンペスト異世界転移   作:ネネカ大神

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第20話:深淵に潜む竜王たちと、迷宮(ダンジョン)の不条理な防衛戦

新世界が魔国連邦(テンペスト)の経済圏に組み込まれ、かつてない平和と飽食の時代を迎える中。

世界の「外側」――人間の生存領域から遥かに離れた、未踏の地の奥深くに潜む者たちがいた。

暗雲が垂れ込め、怪しげな極光が空を裂く『世界の果ての湿地帯』。

その地に聳え立つ、巨岩をくり抜いた古代の神殿に、新世界において「真の最強」と謳われる異形の巨竜たちが集結していた。

 

「……ツァインドルクス(白金の竜王)が、下等なスライムの使い走りに成り下がっただと?」

 

地響きのような唸り声を上げたのは、全身を漆黒の魔力に包み、影そのものと化した『常闇の竜王(ディープディスカッション・ドラゴンロード)』であった。

その巨体から漏れ出る闇の気配は、周囲の生物を即座に腐らせ、即死させるほどのマイナスエネルギーに満ちている。

 

「信じがたいが、事実だ。……スレイン法国は壊滅、バハルス帝国とリ・エスティーズ王国は、そのスライムの国『テンペスト』のインフラ事業の奴隷(土木作業員)となり果てた。そして我が同胞たるツァインドルクスは、あの国の『地下遺跡(迷宮)』で、毎日塵を払う掃除をしているという」

 

七色の鱗を輝かせ、空を物理的に歪ませながら語るのは『七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)』。

さらに、天空を覆い尽くさんばかりの超巨体を誇る『聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)』が、雲の上から地鳴りのような声を落とした。

 

『かつて八欲王がもたらした世界汚染より、タチが悪い。あ奴らは武力による支配ではなく、技術と文化、そして「食」という不気味な依存物質で、世界の理(システム)そのものを上書きしようとしている。このままでは、我ら真なる竜王の存在価値すら、あのスライムの機嫌一つで消し去られかねん』

 

彼ら「真なる竜王」は、八欲王との戦い(世界汚染)を生き延び、始源の魔法(ワイルドマジック)という世界の根源たる力を行使できる、いわばこの新世界の『本当の支配者』であった。

その彼らにとって、ツァインドルクスが雑用係に落とされ、エルフの国が「スライム教」に改宗したという現実は、断じて許容できるものではなかった。

 

「行くぞ、同胞たちよ。……ツァインドルクスを救出し、世界の理を歪めるあのスライムと、その配下の悪魔どもを、我らの始源の魔法で根絶やしにするのだ!!」

 

新世界最強を誇る三柱の竜王が、世界を終わらせるほどの嵐を巻き起こしながら、トブの大森林へと牙を剥いた。

――同刻。

テンペスト地下迷宮、第九十五階層。

 

「あー、もう! ツァインドルクス、そこのモップの絞り方が甘いって言ってるじゃない!」

 

白と黒の髪を振り乱した『絶死絶命』が、バケツを蹴飛ばしながら怒鳴り声を上げていた。

彼女は現在、ゼギオンの課した「精神修行(という名の過酷な清掃活動)」に従事しているが、その並外れた強者への服従欲求により、すっかり迷宮のチーフ清掃員(エプロン着用)としての地位を確立していた。

 

「ぬ、温いことを言うな! これでも私は全力で絞っているのだ! これ以上力を込めれば、モップの柄が粉々に砕け散ってしまう!」

 

白金色の鎧(中身は空洞、本体は浮遊城から遠隔操作中)に、ピンク色のフリルエプロンをつけたツァインドルクスが、半泣きになりながらモップを動かしている。

彼らがこれほど必死に掃除をしているのには、明確な理由があった。

サボっているところを、この階層の主である『幽幻王(ゼギオン)』や、たまに様子を見に来る『ラミリス様』に見つかれば、今度こそ物理的に分子レベルまで分解されるということを、身をもって知っているからだ。

 

「……何やら、騒がしいな」

 

突如、迷宮の空間が大きく歪んだ。

絶死絶命とツァインドルクスが動きを止め、上空を見上げる。

 

「ツァインドルクス!! 救出に来たぞ! さぁ、その忌まわしきエプロンを捨て、我らと共に魔王を討つ――」

 

迷宮の空間(次元の壁)を力ずくでこじ開け、天井をぶち破って現れたのは、漆黒の『常闇の竜王』と『七彩の竜王』であった。彼らは始源の魔法を用い、テンペストの防衛網を一時的に狂わせて強行突入してきたのだ。

しかし。

助けに来た同胞の雄々しい姿を見たツァインドルクスは、喜びの声を上げるどころか、顔を真っ青にして叫んだ。

 

「お、お前たち!! 何をしにきたんだ! 馬鹿野郎、今すぐ帰れ!!!」

 

「……は?」

 

常闇の竜王が、あまりの言葉に固まった。

 

「帰れ! 早く帰るんだ!! せっかく午前中の掃除を終わらせて、これから『まかないのプリン』を食べられる時間だったというのに! 天井を壊したら、また私がゼギオン様に大目玉を食らうではないか!!」

 

「ツ、ツァインドルクス……貴様、本当に精神が崩壊して……」

 

七彩の竜王が戦慄していると、部屋の温度がスゥッと下がった。

 

「――主(リムル様)の庭を荒らす、不届き者がいるな」

 

部屋の隅の暗闇から、静かに、しかし絶対的な『死』の気配を纏う影が実体化した。

カブトムシのような美しい漆黒の外骨格。背中から生える、時空を切り裂く4枚の翅。

迷宮十傑最強の一柱、ゼギオンである。

 

「ひぃっ!? ゼ、ゼギオン様!! 私たちはサボっていません! このお節介なトカゲどもが勝手に――」

 

絶死絶命が、一瞬で掃除の「直立不動の姿勢」をとり、ガタガタと震えながら弁明する。

 

「分かっている。……お前たちは、そこを動くな」

 

ゼギオンは、絶死絶命とツァインドルクスを一瞥した後、不速の客である二柱の竜王へと、冷酷な視線を向けた。

 

「我が主に仇なす者、この迷宮の土へ還すがよい」

 

「ふん! たかがカブトムシが、我ら真なる竜王を前にして吠えるか!」

 

常闇の竜王が激怒し、自身の身体から漏れ出る『絶対死の闇(マイナスエネルギー)』を爆発的に放射した。

 

「滅びよ、下等生物! 【常闇の滅却波】!!」

 

周囲の物質、空気、光すらも一瞬で腐食させる、新世界における最高クラスの始源の魔法。

しかし、ゼギオンは一歩も動かなかった。

 

「……脆いな」

 

ゼギオンが右手を軽く前に突き出した。

その瞬間、彼のスキル【万物具現】と【空間支配】が発動。常闇の竜王が放った死の闇は、ゼギオンの目の前に展開された『歪んだ空間の壁』に激突した瞬間、まるでガラスのように跳ね返され、逆に常闇の竜王自身の巨体へと襲いかかった。

 

「グアァァァァッ!? な、なぜ余の魔法が通じない!? それに、この跳ね返された威力はなんだ!?」

 

自らの放った闇に焼かれ、常闇の竜王が悲鳴を上げる。

 

「ならば、私のこれを受けてみよ!」

 

七彩の竜王が、全身の鱗を七色に爆発させ、世界の法則そのものを歪める『七彩のブレス』を放った。

 

「世界の理そのものを書き換える究極の一撃だ! これからは逃れられ――」

 

「【次元断裂(ディメンション・スラッシュ)】」

 

ゼギオンが、漆黒の腕を軽く一閃した。

音すらなかった。

七彩の竜王が放ったブレスは、彼とゼギオンの間の『空間ごと』綺麗に切断され、次元の裂け目へと吸い込まれて消滅した。

それだけではない。

一閃の余波(衝撃波)が、七彩の竜王の強靭な巨体を捉え――。

バキバキバキッ!!!

 

「ギャァァァァァァッ!!?」

 

新世界でいかなる金属よりも硬いとされた『七彩の鱗』が、まるで薄いプラスチックのように粉々に砕け散り、彼は血を流しながら床へと叩きつけられた。

 

「ば、馬鹿な……。指一本動かさずに、我々二柱を圧倒するだと……? これが、スライムの配下……?」

 

常闇の竜王が、絶望に目を剥く。

 

「……さて、片付けの時間だ。我が主の昼寝の邪魔になる」

 

ゼギオンが、その拳をゆっくりと引き絞る。そこに乗せられているのは、新世界の物理法則では絶対に説明のつかない、次元そのものを圧殺する魔力(魔素)の奔流。

 

「ひ、ひぃぃぃっ! 助けてくれ、ツァインドルクス――」

 

「だから帰れと言ったのだ、この大馬鹿者どもめ!!」

 

ツァインドルクスはモップを持ったまま、呆然と彼らの敗北を見つめるしかなかった。

――一方、迷宮の最深部、第百階層。

 

『――ふむ、何やら上でトカゲどもが暴れているな。騒がしい奴らめ』

 

ヴェルドラ=テンペストが、お気に入りの和室でコタツに入りながら、漫画の新刊をめくっていた。

その傍らには、大慌てで飛んできたラミリスが、彼の髪の毛を引っ張っている。

 

「ちょっとヴェルドラ! 上でツァインドルクスの友達たちが、アタシの迷宮を壊して大暴れしてるんだけど! ゼギオンが戦ってくれてるけど、迷宮の天井が割れちゃったのよ! どうにかしてよ!」

 

「クアハハハハ! ラミリスよ、心配するな。ゼギオンがいるならば、トカゲの十匹や二十匹、数秒でゴミ箱行きよ」

 

「そうだけどさー! でも、リムルに『迷宮の備品を壊すな』って言われてるでしょ! 天井の修理代、アタシのお小遣いから引かれたらどうするのよ!」

 

「む、それは一理あるな……」

 

ヴェルドラがコタツから這い出た。

 

「よし、ならば我が直々に出向いて、あの身の程知らずのトカゲどもに『真なる竜』の教育を施してやろう!」

 

ヴェルドラは、漫画本をコタツの上に置くと、気合を入れるように腕を回した。

 

「ラミリス、行くぞ! 我の新しい必殺技――『ヴェルドラ・スーパー・覇気』の実験台にしてくれるわ!」

 

「必殺技の名前、ダサいけど任せたわよ! ギタギタにしてやって!」

 

絶対的な天災(と、それを煽る妖精女王)が、ついに迷宮の最下層から動き出した。

世界の支配者たる竜王たちが、自ら「神々の遊技場」に飛び込み、そこで自分たちがどれほどちっぽけな存在であるかを嫌というほど思い知らされる『理不尽な虐殺劇』が、今まさに幕を開けようとしていたのである。

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