距離を置きたいだけなんだけど   作:ろしでれ

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第4話 逃げないでください

 

毅の性癖を見てゾッとした雰囲気が場に流れていたが……それでもこの食堂は、先ほどにも増して活気に包まれていた。

 

料理の湯気が立ち上り、食器の触れ合う音と、生徒達の楽しげな笑い声が幾重にも重なり合う。 料理を受け取る列はまだ長く続き、空席を探して歩き回る生徒の姿も少なくない。

 

 

そんな喧騒の中で、不意に食堂全体の空気が僅かに揺れる。

声があちこちから上がり、軈ては視線も集まってる様だ。

歓声のようなもの中心にあちこちから声が上がる。その中心に目をやると、誰もが目を向けてしまう理由がそこにはあった。

 

 

食堂の入口から、三人の少女が姿を現したからだ。

 

 

先頭を歩くのは、柔らかな笑みを浮かべたマリヤ・ミハイロヴナ・九条。

肩まで伸びた淡い茶色の髪が歩みに合わせてふわりと揺れ、その穏やかな雰囲気だけで周囲の空気まで和らいで見える。そう、彼女はアリサの姉だ。

 

 

学園の聖母(マドンナ)

 

 

そう呼ばれる理由を、初めて見た者でも納得してしまうほどだった。

 

そしてその少し後ろには、銀色の長い髪を揺らすアリサが佇んでいる。

透き通るような白い肌。

凛と伸びた背筋。

冷たい印象すら受けるほど整った横顔。

歩いているだけなのに、どこか近寄り難い空気を纏っている。

 

 

孤高のお姫様。

 

 

その異名は決して誇張ではない実績が、そして身に纏う雰囲気(オーラ)が物語っているのだから。

 

 

そして最後尾には、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした少女。

 

 

周防有希。

名門・周防家の令嬢にして、生徒会広報。

 

 

お淑やかな笑みと品のある所作は、一目見ただけで育ちの良さを感じさせる。

 

 

深窓のおひい様。

 

 

学園ではそう呼ばれ、多くの男子生徒から憧れの視線を集めている存在だった。

 

三人が並んで歩くだけで、食堂の一角がまるで別世界のようになる。

男子生徒が思わず箸を止める。

女子生徒ですら、その姿へ目を奪われる。

それほどまでに、この三人は目立っていた。

    

 

「…………」

 

 

ちらっと3人を見た瞬間に伊織は反射的に身体を引いた。厳密には3人のなかの1人だが。

大きく動いたわけではない。

ほんの半歩。

それだけ動かして位置を調整する。その半歩だけで、ちょうど毅と光瑠の身体が前へ来て、自分は死角の位置にいられるのだ。

二人の陰へ自然と身体を滑り込ませるよう絶妙な位置取り。

別に隠れるつもりではないし、こんなひらけた場所で隠れれるなんて思ってるわけでもない。

ただ。なるべく視界へ入らない位置を、それだけを無意識に選んでいた。

 

 

「(……何だか嫌な予感)」

 

 

朝からアリサ。

教室でもアリサ。

昼休みくらいは静かに終わらせたいし、何よりそろそろ政近とは離れたい。距離を置きたい。勉強する、と言う理由は比較的自然かつ、それならばと、邪魔をされない、しない心理が働いてくれる最適な手段だと(勝手に)思っているのだが、今日までなかなかに上手くいかないのが課題。

 

兎に角、伊織は再び参考書へ視線を落としつつ、タイミングを見計らう。

三人がコレほど注目されているのだ。割と自然に、いつの間にか消えていた、と言うのが出来そうだと、根拠のない自信を持ちながら。

 

三人はこちらへ向かって歩いてきてるようだ。

 

 

「それにしてもうちの生徒は二つ名つけるの好きだよな」

「お、半死半生だった政近が復活した。アレか? 現実逃避できた、的な??」

「と言うより二つ名の雰囲気が好きなんじゃない? 政近そう言うの好んでるし」

 

聖母だのお姫様だのおひい様だの、女子高生に気軽につけて良いもんじゃなくね? と笑う政近はどことなく活き活きとしていた。そう言うのが許されるのはラノベの世界観と、思っていたし、現実感がないが、実際には現実で、実在する。ある種空気感を堪能できるのも悪くないのだ。

 

 

「それより、女の子の話はもう良いって……」

「わ、わるい。光瑠はいろいろあったもんな」

「世の男子には恨まれそうなフレーズだけどそれ」

 

 

そんなやり取りを尻目に、伊織はただただ参考書のページを捲る。

次に試験に出す、と言われていた公式はもう大丈夫で応用も幾らでもきく。問題集も問題なし。

 

 

「伊織も話題に入ってよー、てか、伊織は彼女欲しかったりしないの?」

「……あれ? さっき女の子の話はもういい、って言ってなかった?」

 

肘でつん、と突かれてまさかの毅ではなく、光瑠から振られる恋愛トーク。数瞬前の自分の矛盾に向き合ったほうが良くない? とは言わないが、視線は参考書に固定しつつ、雰囲気でそう訴えかける。

 

 

「や、自分で言ってて申し訳ないけど、やっぱ気になったから。勿論、伊織だけでなく、政近の方も。彼女ほしいのかーって」

「おれ? いやいや、現実感なさすぎだろ?」

「そうでもないんじゃない? 本分は学業だけど、青春謳歌って意味だと」

 

 

ノータイムで棘のある言葉を投げかけてくるのは伊織である。

先ほどまでの冷たい正論とはまた違う。冷たいんじゃなくて。

 

 

「なんか、怒ってる?」

「?? なんでさ?」

「いや、なんとなく」

 

 

怒ってると言うか苛立ってると言うか、口調こそは変わらないにしても、なんとなく雰囲気がそれに近い。

でも、伊織は肯定することは無い。怒る意味がわからないし、そんなの説明できないから。

 

 

「羨ましいなぁ!! 引く手数多だろうさ!! 成績優秀の超優等生! 将来安泰!! その時点で勝ち組だよな! このチート!!」

「……怒ってるって、こう言うのを言うんじゃない? ものすっごい理不尽」

「だなぁ」

 

 

毅の嫉妬感満載の視線と言動を尻目に、流石に視線を向けて頬骨をつく伊織。見かねた光瑠が話題そらしとして、言葉を繋げた。

 

 

「でも、政近は仮に彼女出来たとしたら、まずアニメイトを初デートに選びそうだよな」

「あ! それはわかる! 現地集合現地解散!」

「……ちゃんと趣味に付き合ってくれるかどうか、付き合う前に擦り合わせしなよ? 付き合ってから価値観が違いました、別れます。なんて笑えないし、可哀想だからね。相手が」

「お前辛辣すぎない!? なんで彼女が出来る前から破局まで決まってんだよ!」

 

 

政近のもっともな抗議に、テーブルを囲む面々から小さな笑いが漏れる。

当の伊織はというと、自分では至って真面目な助言をしたつもりなのか、不思議そうに首を傾げるばかりだった。

政近なら彼女の一人や二人、出来そうだろうと本気で信じて疑わないから。だからこそ、魂の奥底に刻まれた記憶がひしひしと沸き立ってくるのだ。

 

 

「じゃあアニメイトはやめとく?」

「いや、アニメイト最高だろ!」

 

 

とは言っても、政近もブレない。

如何にアニメイトが素晴らしいか、如何にアニメイトデートが最適なのか、を語り明かそうとするその時だ。

 

 

 

 

 

「政近君。こちらのお席、よろしいでしょうか?」

「え、ちょっ、周防さん……」

 

 

 

 

 

柔らかな笑み。

上品な口調。

その一言だけで、周囲の空気まで穏やかになるようだった。

いつの間にか、アリサと有希がこちらへ来ていたのだ。マリヤは別行動を取ってるらしい。少し離れた所にいて、楽しそうに話をしているのな見える。

 

 

「お、有希。それにアーリャも」

 

 

政近は慌てることなく、いつもの調子で頷くと、他の2人(・・)を見て聞く。

 

 

「お前らもいいよな?」

「お、おう! どど、どーぞどーぞ!!」

 

 

光瑠は何も言わず対面するように腰を浮かせて移動。毅は突然の1年の2大美少女との邂逅に動揺を隠しきれないが、とにかく返事。

 

 

「(あれ?)」

 

そして、政近は違和感を覚えた。何となく違和感。その程度の感覚だが

何なのか?と考えるよりも早くにその違和感の正体に気付いたの有希である。

 

 

「あら」

 

 

有希が微笑む。

まだ政近へ視線を向けたまま。

一度もこちらを見ていない。

なのに。

 

 

「伊織くん」

 

 

名前を呼ばれた。

伊織の動きが止まる。

あわてふためいて、飛び上がった毅に完璧にシンクロして、その背後に身を隠しながら移動を、と画策していたのだが、有希の声がそれをさせない。。

そこで初めて、有希も静かにそしてはっきりと伊織を見据える。。

二人の視線が交わる。

その瞳には、どこか悪戯っぽい光がほんの少しだけ宿っていた。

 

 

「わざわざ、私達の為に移動されなくても良いですよ。十分広いですから。一緒に相席していただけると嬉しいです」

 

 

そう言って微笑む。

 

 

「あ、えっと……食べ終わっちゃってて?」

「まだ、沢山残ってるじゃありませんか? お残しは駄目ですよ。ちゃんと食べないとお昼からの授業も大変になるかもしれませんし。……まあ、伊織くんなら問題ないと思いますが」

 

 

クスクス、と笑う有希。最初から伊織の行動を把握して補足していたかのようだった。

伊織は小さく息を吐く。

 

 

「伊織って、ほんっと有希苦手なんだな?」

「あら、そうなのですか? 少し悲しいです……」

「悪意ある言い方しないでよ。そんなんじゃないし。ただ、ほら、照れくさい、って感じなだけだから」

「照れくさい、ですか?」

 

有希は意外そうに目を丸くしたかと思えば、すぐに口元へ手を添え、上品に笑みを零した。

 

 

「ふふっ。それは少し嬉しいですわね」

「あ、いや、そういう意味でも……」

 

 

言いかけたところで、伊織は言葉を飲み込む。

下手に弁解を重ねれば重ねるほど、余計に誤解を招く気しかしなかった。

 

 

「……やっぱり苦手なんじゃねぇか」

「だから違うって」

 

 

政近の茶々に、伊織は珍しく少しだけ不満そうな声を返す。

そのやり取りを眺めていたアリサは、小さく目を細めた。

 

「……不思議ね真田くん」

「え?」

「私とは普通に話していたじゃない」

 

 

まさかの一言に、伊織は目を丸くさせる。

 

 

「え? そう、かな?」

「ええ。もう知り合って長いでしょう? 間違えたりしないわ」

 

 

淡々と返すアリサ。

 

 

「私と話す時はそんな反応じゃなかったのに、周防さんには逃げようとするのね。色々勘繰られても無理ないんじゃないかしら?」

 

 

責めるような口調ではない。

けれど、その視線だけは僅かに鋭い。

 

ライバルとして抱いた、ほんの小さな疑問。

 

ただ、それだけだった。

伊織は困ったように頬を掻く。

 

 

「いや……それはその、実は相手が悪いというか」

「相手?」

 

アリサが聞き返すより早く、有希がにこりと微笑む。

 

 

「わたくしでしょうか?」

「うっ……」

 

 

図星だった。

育ちの良さが滲み出る立ち居振る舞い。

誰にでも分け隔てなく向けられる笑顔。

そして、こちらの考えを先回りしてしまうような観察眼。

何より、何でも聞いてあげてしまいそうにな属性。

 

 

「……周防さん、距離の詰め方が上手いから」

 

 

はあ、とため息とようやく絞り出した言葉に、有希はぱちりと瞬きをする。

 

 

「それは褒め言葉として受け取っても?」

「好きに解釈してくれて大丈夫です」

「では、そのように」

 

 

満足そうに頷く有希。

 

一方で、伊織は観念したように肩を落とした。

 

どうやら、この人に一度目を付けられると、静かに昼食を終えることは難しいらしい。

 

その様子を見ていた政近は、思わず吹き出す。

 

「やっぱ伊織が押されてるの、ちょっと新鮮だ。オレも有希くらい強引に再布教すれば、あの輝かしい時代に戻り、もとに戻せるかも?」

「前半は同感だけど、後半は無理じゃないかな? 何なら本気で嫌がる光景しか目に浮かばない」

「うんうん。そんでもって、絶縁エンド。政近ボッチエンド」

「不吉な詰め方すんなよ!! マジでヲタ友って重要なんだぞ!?? 一家に学校に! 1人! だ」

「そんな便利家電みたいな言い方されても」

 

 

光瑠も苦笑交じりに頷く。

 

アリサも挨拶もそこそこに、席につく。

教室では常に落ち着いていて、何事にも動じない伊織。政近が必要に絡むことを見ては、玉砕している光景が目立つが、こうも右往左往している彼も珍しい。

そして、有希も本当に楽しそうだ。口調や仕草が変わったわけではないのだが、見ていて何となくわかる。

でも、アリサは2人の関係性は知らない。少なくとも、中学時代は見たことなかった。

 

 

「2人は仲が良いのかしら?」

 

 

何となく、別に深い意味なくアリサはそう聞く。

敢えて理由づけするとしたら、自分を負かした唯一の相手の交友関係が少し気になったから、だろうか。

 

 

「はい。わたくしは何度も伊織くんを生徒会にスカウトしている内に、ですね」

「え、そうなの??」

 

 

アリサは伊織の方を見た。

どことなく、遠い目をしている伊織だったが、観念したように頷いて肯定する。

 

 

「勉強はともかく、誰かの上に立って仕事をする、っていうのに自信持てなかったからさ。断ってたんだけど……根負けした感じです、はい」

「ふふふ。わたくしは伊織くんが極めて優秀なのは知っていましたから。政近くんと、伊織くん。わたくしの中ではトップを争ってますね」

「いや、どの辺でだよ。果てしなく差を上げられちゃって、皮肉にしか聞こえねえよ」

 

 

アリサは伊織と政近を見る。

伊織は中学最後に自身を打ち負かして一位となった。

それは辛く苦しく、そして何よりも燃えさせられる。だからこそ誰よりも知ってる、と言っていい。

方や政近。

授業中に寝る、教科書を忘れる、次いでに感謝の気持ちも忘れる、授業中に奇声(アリサの一撃のせい)。

納得する。

 

 

「まあ、それは私も分かるわ。その通りね」

「なんだとぅ!!?」

 

 

憐れみを持たれた返事に声を上げる政近だったが、アリサはただただ、笑うだけ。

 

 

「ふふふ。2人こそが仲良しなのですね。幼馴染として、少し妬いてしまいますわ」

「え────?」

 

 

そして、そんな笑みが止まったのは有希の幼馴染、という言葉を聞いたからである。

 

 

 

 

 

 

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