「あの者はよいのですか。」
自邸に戻った真夜は一人の老執事を除いて人払いをした。
先程まで病院にいたとは思えないような様子でお茶を嗜む彼女に葉山が尋ねる。
「何のことかしら。視察中は誰にも会っていない、そうよね。」
「そうでした。歳のせいか勘違いしていたようです。」
「そう。」
文加は真夜の護衛は離れたところにいると考えていたが、本当は彼女たちのすぐそばに葉山は控えていた。それこそ、話もはっきりと聞き取れるほどすぐそばに。
空になったカップに葉山が紅茶を注ぐとき、真夜は外を見ながらつぶやいた。
「そろそろ、雪が降ってもおかしくないわね。」
「そうですな。」
「雪はあまり好きではないの。」
「そうですか。」
「冷たさだけを残して消えていくなんて、腹立たしいわ。」
薔薇の棘のように触れたものに傷でも残していけばいいのに、口に出せないな乙女のような言葉に真夜は薄ら笑いを浮かべた。
「残す方法はいくらでもございますよ。」
「そうね。でも、冷凍庫に入れたり魔法に頼ったりするなんて無粋よ。」
「風流ですな。」
手元のカップから顔をあげない真夜を、葉山は寂しそうな顔で眺めていた。彼もまた、誰かの面影を思い出しているようだった。
「もう貴方も休みなさい。」
「かしこまりました。」
葉山は食器やポットを手早くまとめると他の使用人を呼びに部屋の扉に下がった。
「私は奥様が手元に留めたいと思う気持ちになったら喜んで協力いたします。」
「考えておくわ。」
独りの寝室で床に入った真夜はぼんやりと天井を見上げていた。
去り際の文加の必死な表情、あの顔を見て咄嗟に自分よりも小さい彼女の身体を抱き寄せたくなった。葉山がいなかったらしていたかもしれない。
「これでいいのよ。」
また、この手に納めたら二度と手放すことなんてできないだろう。それこそ飼い殺しのような扱いになるかもしれない。従者が主君の為を思うならその逆もまたしかりなのだ。
「達也さん達にはよく言っておかないとね。」
あの兄弟は横浜のことが起こるよりも前から、少々彼女に近づきすぎていた。くれぐれも四葉の傘下に囲い込もうなんてしないようにそれとなく諫めなくては。
そして、今夜のことは忘れてしまおう。
「深夜、貴女にも見せたいくらい素敵な夢を見たわ。寝たら続きを見られるかしら。」
魔法は一日の終わりまで続くと相場が決まっているのだから。夢見る少女の時代は遠い過去に終わったけれど、たまには思い出してもいいでしょう。