戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
白銀の欠片が、呼応するように強く輝いた。
『この欠片を統合した場合、我に何が起きるか予測不能』
アロンダイトの警告が、静かな石室に響く。
『そして──主に何が起きるかも、予測不能』
「…………」
海斗は伸ばしかけていた手を止めた。
目の前にあるのは、アロンダイトの最後の欠片。
これを取り込めば、おそらくアロンダイトは本来の姿へ近付く。
キャロルの万象黙示録に対抗できるかもしれない。
今この瞬間も、仲間たちは圧倒的な力を持つキャロルと戦っている。
時間はない。
だったら、答えなど決まっている。
「なら──」
「海斗」
欠片へ手を伸ばそうとしたところで、響の声が止めた。
「……何?」
「今、何しようとした?」
「いや、何って……取り込むしかないだろ」
「アロンダイトが『何が起きるか分からない』って言ったばっかりだよね?」
「そうだけど」
「それなのに即決したよね?」
「…………」
響の目が細くなる。
「海斗?」
「はい」
「さっき約束したよね?」
「……しました」
「何を?」
「無茶しないって……」
「うん」
「勝手に犠牲にならないって……」
「うん」
「生命力も使わないって……」
「うん」
「知らない女の子とキス──」
「最後のは今回関係ないだろ!」
思わず海斗が叫ぶ。
だが響は笑わなかった。
「関係あるよ」
「え?」
「海斗って、こういう時いつもそうだから」
響は欠片ではなく、海斗を見ていた。
「みんなを助けられるなら、自分はどうなってもいいって顔する」
「……そんなこと」
「するよ」
はっきりと言い切られた。
「奏さんを助けた時も。バビロニアの宝物庫の時も。海斗は『自分がやれば何とかなる』って思ったら、すぐ自分のことを後回しにする」
返す言葉がなかった。
確かに。
否定できない。
海斗は小さく息を吐いた。
「でも……今は本当に時間がない」
「分かってる」
「キャロルを止めるには、たぶんこの欠片が必要だ」
「それも分かってるよ」
「だったら──」
「だから、一人で決めないで」
海斗の言葉が止まった。
「……一人で?」
「うん」
響は海斗の隣へ並び、台座の白銀の欠片を見つめた。
「アロンダイトにも聞こうよ」
『我に?』
「そう」
響が頷く。
「アロンダイトはどうしたいの?」
『…………』
「最後の欠片を取り込むの、怖い?」
『恐怖という感情の定義は困難』
「じゃあ、不安?」
沈黙。
普段なら即座に否定しそうな問いだった。
だが。
アロンダイトは答えない。
その沈黙だけで。
十分だった。
「……アロンダイト」
海斗も刀身を見る。
「お前、怖いのか?」
『…………』
「別に隠さなくていいぞ」
しばらくして。
白銀の光が静かに揺れる。
『我には欠損している記録が存在する』
「ああ」
『欠片を統合すれば、その記録が復元される可能性は極めて高い』
「……うん」
『だが』
アロンダイトはそこで言葉を止めた。
『復元された我が、現在の我と同一である保証はない』
「……!」
海斗の表情が変わった。
ようやく。
アロンダイトが何を恐れていたのか理解した。
力ではない。
暴走でもない。
記憶。
失われた全てを取り戻した時。
今まで海斗と共に過ごしてきたアロンダイトの人格が、その膨大な記憶に飲み込まれてしまう可能性がある。
「そっか……」
響も気付いたのだろう。
少し寂しそうな顔になる。
「アロンダイトも、いなくなっちゃうのが怖いんだ」
『…………』
「それって普通だよ」
『普通……』
「うん」
響は微笑む。
「だってアロンダイトも、ずっと私たちと一緒にいたんだから」
幼い頃から。
何度も。
何度も。
海斗と共に戦ってきた。
叱って。
呆れて。
助けて。
時には冗談のような受け答えまで覚えた。
それを。
ただの兵器と呼ぶには。
もう海斗たちは、アロンダイトを知りすぎていた。
「なあ、アロンダイト」
『何か』
「もし欠片を取り込んで、お前が全部思い出したとしても」
海斗は白銀の剣を握り直した。
「今までのことまで無くなるわけじゃないだろ?」
『理論上は』
「だったら大丈夫だ」
『根拠を要求』
「根拠?」
海斗は少し考える。
そして笑った。
「俺が覚えてる」
『……』
「響も覚えてる」
「うん!」
「奏さんも、未来も、翼さんも、クリスも、みんなお前を知ってる」
海斗は剣を軽く叩いた。
「仮にお前が俺たちのこと忘れたとしても、また一から教えてやるよ」
『…………』
「主の無謀な行動履歴も?」
「そこは忘れていい」
『却下』
「なんでだよ!」
響が思わず吹き出した。
「ふふっ……」
「響まで笑うなよ」
「だって……いつもの二人だから」
その言葉を聞いて。
アロンダイトの光が。
少しだけ。
穏やかになった。
『主よ』
「ん?」
『訂正』
「何を?」
『先ほどの回答』
静かな声。
『統合を拒否する理由は消失した』
「……そうか」
『ただし』
「まだあるのかよ」
『主への影響は依然として予測不能』
「そこは変わらないか」
海斗は欠片を見る。
今度こそ。
軽い気持ちではない。
力が欲しいから。
勝ちたいから。
それだけで触れるわけではない。
「響」
「うん」
「俺はこれを取り込む」
響は黙って聞いている。
「でも」
一度。
言葉を区切る。
「自分を犠牲にするためじゃない」
「……」
「みんなと帰るために使う」
響の表情が。
少しだけ柔らかくなった。
「約束できる?」
「ああ」
「危なくなったらやめる?」
「やめる」
「アロンダイトも止めてね?」
『了解』
「命と引き換えに世界を救うとか言い出さない?」
「言わない」
「本当に?」
「……できるだけ」
「海斗」
「冗談です!」
響が頬を膨らませる。
「もう……」
「分かってるって」
海斗は笑う。
「生きて帰る」
その言葉に。
響もようやく頷いた。
「うん」
そして。
二人は台座へ向き直る。
「行くぞ、アロンダイト」
『共に』
海斗の手が。
最後の欠片へ触れた。
──瞬間。
世界が白く染まった。
◇
音が消えた。
光も。
石室も。
響の姿さえ。
一瞬にして遠ざかっていく。
「……ここは」
海斗は。
どこまでも白い世界に立っていた。
以前。
精神世界でアロンダイトやフィーネと対話した場所にも似ている。
しかし。
違う。
目の前には。
無数の景色が浮かんでいた。
まるで。
砕けた鏡の破片のように。
過去が。
記憶が。
あらゆる方向へ広がっている。
『統合開始』
アロンダイトの声が響いた。
『欠損記録──復元』
一つの景色が。
海斗の前へ近付く。
◇
————先史時代。
白い研究施設。
「出力、基準値を超過!」
「復元領域が拡大しています!」
「停止しろ!」
「停止命令を受け付けません!」
研究者たちの叫び。
その中央。
巨大な装置に接続された。
一振りの白銀の剣。
『守護対象への侵害を検知』
「アロンダイト! 停止しろ!」
『侵害の排除を継続』
白銀の光が。
研究施設全体へ広がる。
そして。
床に落ちていた壊れた機械が。
直る。
負傷していた人間の傷が。
消える。
さらに。
研究施設を襲っていたノイズが。
動きを止めた。
「何が……起きている?」
ノイズが。
消えた。
倒されたのではない。
灰にもならない。
まるで。
そこに存在していたことそのものを否定されたように。
消失した。
「……成功?」
一人の研究者が。
震える声で呟く。
「違う」
老いた研究者が。
青ざめた顔で首を振った。
「これは……」
アロンダイトを見る。
「作ってはいけなかった」
◇
「……これが」
海斗は息を呑む。
「アロンダイトの……過去」
『肯定』
隣に。
人の姿を模した白銀の光が現れる。
顔はない。
だが。
海斗には分かる。
「アロンダイト」
『我が完成直前に到達した力』
過去の映像が続く。
『対象を本来の状態へ復元する』
『その定義は』
一つずつ。
変わっていった。
『肉体』
『物質』
『生命』
そして。
『現象』
さらに。
『概念』
「……概念」
『当時の我は、守護対象に害を与える現象そのものを異常と認識する段階へ到達した』
「だからノイズを……」
『肯定』
「倒したんじゃない」
『否』
「人間に害を与える存在だっていう性質そのものを……消した?」
『より正確には』
アロンダイトが答える。
『守護対象へ干渉可能な状態から排除した』
「…………」
海斗は言葉を失う。
強すぎる。
キャロルが警戒した理由も。
先史文明の人間たちが恐れた理由も。
ようやく。
本当の意味で理解できた。
「だから砕いたのか」
『肯定』
別の記憶。
何人もの研究者たちが。
白銀の剣を囲んでいる。
『アロンダイトの機能を分割する』
『これ以上の成長を許してはならない』
『我々はまた同じ過ちを犯した』
『ノイズを作り』
『今度は、それを消すために世界の理へ触れる兵器を作ってしまった』
一人の女性研究者が。
悲しそうに剣へ触れる。
『ごめんなさい』
その一言。
そして。
白銀の剣が。
砕かれた。
「……」
海斗は静かに見ていた。
不思議と。
怒りはなかった。
むしろ。
「怖かったんだな」
『……』
「作った人たちも」
世界を救いたかった。
でも。
自分たちが作った力が。
また新しい災厄になることを恐れた。
「アロンダイト」
『何か』
「お前は……恨んでるか?」
『質問の対象を確認』
「お前を砕いた人たち」
沈黙。
『否』
「そっか」
『当時の我には、現在ほど明確な自我は存在しなかった』
「今は?」
海斗が聞く。
「今ならどう思う?」
『…………』
長い。
長い沈黙。
『悲しい』
「……!」
海斗は。
ゆっくり振り返った。
『彼らは我を恐れた』
『だが』
『我を憎んではいなかった』
映像の中。
アロンダイトを砕く人々。
泣いている。
『我も』
一拍。
『彼らを憎む理由はない』
「……そうか」
海斗は。
少しだけ笑った。
「なら、良かった」
その時。
さらに奥から。
一つの記憶が流れ込んできた。
『最終記録復元』
「まだあるのか?」
『肯定』
映像が変わる。
先ほどの研究者たち。
アロンダイトを分割した後。
一つの欠片だけを。
別の装置へ封印している。
『もし』
老いた研究者が呟いた。
『いつか世界が』
『我々では想像もできない危機へ直面し』
『そして』
一人の人間が。
『この力を支配するためではなく』
『誰かを守るためだけに求めたなら』
欠片へ。
手を置く。
『その時は』
『もう一度』
『この剣へ』
穏やかな笑顔。
『選ばせよう』
海斗の目が見開かれる。
「……選ばせる?」
『記録解析』
アロンダイトの声が。
僅かに震える。
『最終欠片は』
『我が完成機能を封印するためだけのものではない』
「じゃあ……」
『最後の安全装置』
一瞬。
白銀の世界が。
震えた。
『完全な力を』
『誰に託すか』
『我自身が選択するための』
海斗の目の前。
白銀の光が。
一つの形を作り始める。
剣。
完全な。
本来のアロンダイト。
『主よ』
「……ああ」
『選択を』
「俺が?」
『否』
アロンダイトが。
初めて。
はっきりと否定する。
『選ぶのは』
白銀の剣が。
海斗へ向けられる。
『我だ』
◇
現実。
「海斗……!」
石室の中。
響は。
倒れた海斗の身体を抱えていた。
「海斗! 海斗!」
最後の欠片へ触れた直後。
海斗は意識を失った。
だが。
身体から。
白銀の光が溢れ続けている。
「アロンダイト!」
返事がない。
「お願い……!」
響は海斗の手を握る。
「帰ってきて……」
その声へ。
反応するように。
海斗の胸元から。
光が広がった。
◇
『問い』
精神世界。
アロンダイトが。
海斗を見る。
『佐々木海斗』
「……はい」
『汝』
それは。
ずっと昔。
初めてアロンダイトが海斗へ問いかけた時と同じだった。
『何故』
『力を求める』
「…………」
昔なら。
迷わず言った。
響を守るため。
今も。
その想いは変わらない。
でも。
それだけではない。
「俺は」
海斗は。
ゆっくり答える。
「帰りたい」
『…………』
「響と」
「奏さんと」
「未来と」
「翼さんたちと」
「みんなで」
一度。
笑う。
「しょうもないことで笑って」
「喧嘩して」
「怒られて」
「また次の日を迎えたい」
『それが』
『力を求める理由か』
「ああ」
「世界を支配したいわけじゃない」
「何でも元通りにしたいわけでもない」
「死んだ人を全部生き返らせたいなんて……そんなことも言わない」
できるかもしれない。
完全なアロンダイトなら。
いつか。
そんな領域にまで。
届く可能性がある。
でも。
「俺が勝手に『こうあるべきだ』って決めて」
「世界を直し始めたら」
キャロルと。
何が違う。
「だから」
海斗は。
アロンダイトを見る。
「お前の力は」
「誰かの人生を俺の都合で直すためじゃない」
一歩。
前へ。
「今、生きてる人たちの明日を」
「守るために使いたい」
沈黙。
それから。
『──承認』
白銀の世界全体が。
輝いた。
『最終安全機構解除』
『欠損構造統合』
『守護聖剣アロンダイト』
光が。
海斗へ集まる。
『完全起動へ移行』
◇
「海斗ッ!」
──ドクンッ!!
「……!」
響が息を呑む。
海斗の身体が。
浮かび上がった。
台座の欠片が。
光の粒子となって。
アロンダイトへ。
ゆっくりと。
吸い込まれていく。
──キィィィィィィンッ!!
白銀の光が。
石室を埋め尽くした。
「きゃっ……!」
響が腕で目を覆う。
そして。
光が収まった時。
「…………」
海斗が。
立っていた。
「海斗……?」
「……響」
ゆっくり。
目を開く。
「ただいま」
「……っ!」
響が。
海斗へ飛びついた。
「馬鹿ぁぁぁッ!!」
「うおっ!?」
「心配したんだからッ!」
「ご、ごめん!」
「急に倒れるし! 呼んでも返事しないし!」
「いやそれは俺のせいじゃ──」
「言い訳しない!」
「はい!」
思い切り。
抱き締められる。
「……帰ってきてよかった」
小さな声。
海斗は。
少しだけ驚いて。
それから。
響の背中へ手を回した。
「ああ」
「約束したからな」
「……うん」
しばらく。
二人とも動かなかった。
だが。
『主よ』
「ん?」
『報告』
アロンダイトの声。
同じ。
聞き慣れた声。
「……アロンダイト?」
『何か』
「お前……お前だよな?」
『質問の意図を理解不能』
「よかったぁ……」
『主よ』
「ん?」
『抱擁中の女性奏者への意識集中率が──』
「やっぱお前だわ!」
「ちょっ、アロンダイト!?」
響が顔を真っ赤にして離れる。
「今それ言わなくてもいいでしょ!」
『事実確認』
「変なところまで完全復活しなくていいんだよ!」
海斗は苦笑しながら。
白銀の剣を見る。
形そのものは。
大きく変わっていない。
しかし。
明らかに違う。
刀身の奥。
これまで複数に分かれていた光が。
完全な一つの流れとなっている。
『統合率一〇〇%』
「……完全になったのか」
『肯定』
「何ができる?」
『回答』
少しだけ。
間を置く。
『多数』
「雑ッ!」
『ただし』
「ん?」
『主への負荷を考慮し、使用可能機能は段階的に解放する』
「……え?」
『完全機能の無制限使用は許可しない』
「ちょっと待て!」
『却下』
「せっかく完全体になったのに!?」
『主の過去の行動履歴から、無制限使用は極めて危険と判断』
「アロンダイト」
『何か』
「俺のこと信用してる?」
『信用している』
「じゃあ!」
『信用と安全管理は別問題』
「正論で殴るな!」
響が。
隣で笑っている。
「よかったね、海斗」
「何が?」
「アロンダイト、変わってない」
「……まあな」
海斗も笑った。
確かに。
全部思い出して。
完全になっても。
こいつは。
自分の知っている相棒だった。
だが。
次の瞬間。
──ズズズズズズズ……!!
石室全体が。
激しく揺れ始めた。
「な、何!?」
『警告』
「今度は!?」
『チフォージュ・シャトー中枢部より大規模エネルギー反応』
海斗の表情が変わる。
『万象黙示録』
『起動段階へ移行』
「……キャロル」
「海斗!」
「ああ!」
二人は。
同時に走り出そうとする。
だが。
「待て」
声がした。
「……え?」
聞き覚えのない。
男の声。
石室の奥。
これまで闇に閉ざされていた場所に。
青白い炎が。
一つ。
灯る。
「誰だ!」
海斗が剣を構える。
響も拳を握る。
だが。
そこに。
人はいない。
代わりに。
古びた巨大な装置が。
ゆっくりと起動していた。
『記録再生』
「記録……?」
空間へ。
一人の男の姿が投影される。
遥か昔。
アロンダイトを生み出した。
先史文明の研究者。
男は。
未来の誰かへ語り掛けるように。
静かに口を開いた。
『もし』
『この記録を見ている者が』
『アロンダイトに選ばれた最後の契約者であるなら』
海斗の目が。
大きく開く。
『聞いてほしい』
『我々が』
一瞬。
男の表情が曇る。
『この剣を恐れ』
『砕いた』
『本当の理由を──』
海斗と響が。
息を呑む。
アロンダイトですら。
沈黙していた。
そして。
記録映像の男は。
ゆっくり。
告げた。
『アロンダイトの完成を』
『我々が恐れたのは』
『世界を書き換える力を得たからではない』
「……何?」
『その力が』
ノイズ。
映像が一瞬乱れる。
『既に一度』
『この世界そのものを』
『──』
激しいノイズ。
言葉が。
途切れた。
「おい!」
「海斗!」
記録が消える。
同時に。
石室の天井へ巨大な亀裂が走った。
──バキィィィィンッ!!
「まずい!」
海斗は響を抱き寄せる。
「アロンダイト!」
『聖域展開』
白銀の盾が。
二人を包み込む。
直後。
天井が。
崩落した──。