みょん柱。 作:みょん!
丸一年が過ぎた。俺、竈門炭治郎は今、鱗滝左近次と対峙している。
大岩を両断した時に俺は最終選別の許しを得ている。だけど一年、準備期間を延ばして技の精度を高める事に費やす。
最終選別に旅立つ一週間前を目途に、俺は鱗滝に真剣での手合わせを申し出る。
俺の成長した姿を見せたかった気持ちはある。
だけど、この時は、最終選別に出向く前に自分が、どれだけ強くなったのか確かめたい気持ちもあった。
鍛錬に使っている広場に最初、鱗滝は木刀を持って現れた。
お互いに剣を構えて、対峙すること数秒、不意に鱗滝は構えを解いた。
少し待て、と彼が広場を離れて数分、次に姿を見せた彼は真剣を腰に佩いていた。
彼が腰の刀を抜く、鮮やかな水色の刀身。
見覚えがある。妖夢と手合わせをする時に使っていた刀だ。
鯉口を切る。
澄んだ金属音、この音を耳にするだけで意識が変わる。
刀身が鯉口を擦る音は不思議と落ち着く。
数打ちの日輪刀。
薄っすらとした水色の刀身。
昂る心を落ち着ける為に軽く深呼吸、細長い呼吸は全集中・水の呼吸を元にしている。
自然体のまま、体内の気を充実させる。
「⋯⋯来い」
「はい」
師の言葉に俺は短く、しかし鮮明に答える。
俺は力の溜めを作らずに膝の力を抜く、起こりを消した前傾姿勢。自由落下の速度を次の一歩に乗せる。全集中の呼吸は、前方に身体を傾けた落下の最中に済ませてある。
錆兎の呼吸は、地面を砕く勢いで踏み締める。
だけど俺は地面の上を弾む様に、地面を踏み締めて速度を殺すよりも、真菰の呼吸で地面を弾んで速度を上乗せする。薄く水を張った地面を水飛沫を上げて走るよりも、波紋を散らす様に駆け抜ける。
走法は水の呼吸・玖ノ型、水流飛沫・瞬。
だけど起こりの消し方は魂魄流の居合抜刀術、初速よりも初動。起こりを消して、相手が動くより疾く刀を振る。
「これは……ッ!」
と鱗滝が驚愕の声を上げる。
疑問に思いながらも手を緩めない。
素直に攻撃しても鱗滝には通用しない事は分かっている。
故に型を玖ノ型から参ノ型に、俺には真菰の様に繊細でしなやかな攻撃は出来ないから、刀を振る時に参考にするのは錆兎。心に火を灯す。呼吸は強く、地面を強く踏み込んで、両手に握る刀を振った。一撃だけではなく、二度、三度と左右に身体を振って横薙ぎの攻撃を繰り返す。一定の拍子を刻んだ単調な攻撃、勿論、鱗滝は全ての攻撃を防ぎ切る。だけど、前に木刀でやっていた時の様に相手の剣の腹を叩くのではなく、相手の刃を受け止めて防いでいた。
前よりも通用している。
しかし、このままだと鱗滝の防御を突破する事は出来ない。
故に拍子を変えるのだ。
「水の呼吸・参ノ型、流流舞い──ッ!!」
刀を上段に振り翳す一瞬の溜め、僅かな時間で息を吸い込んで力の限りで振り落とす。
「──朝影ッ!!」
渾身の一撃は、鱗滝の身体を広場から弾き飛ばして、森の中へ。俺は胸を借りる立場だ、相手が体勢を立て直すのを待たない。追撃する、森の中ならば、使える型がある。
「水の呼吸・玖ノ型、水流飛沫・乱──」
水流飛沫には、瞬と乱の二つの性質がある。
瞬の方は、相手との距離を詰める時の型。乱の方は、縦横無尽に飛び回り、相手を撹乱。もしくは相手の攻撃を躱す為の型。どちらも走法であり、他の型に繋げる事が出来るのが特徴がある。地面を蹴り、木々の幹を蹴って空間を三次元的に利用する。
人間は、地面に立つ存在。平面の動きに強くても、立体的な動きを苦手とする傾向がある。これが元水柱の鱗滝に適応されるか分からないが、しかし真正面から攻めるよりもずっとましなはず。真菰が俺に見せてくれた動きを参考に四方八方から滅多斬り、相手に反撃の隙を与えない。妖夢の時とは違うのだ。あの時の手合わせは互いに力を見せ合う事を前提に成り立っていた。だが、今は、俺の力を見せる為だけ、試し合いではなく、俺が、一方的に、試して貰っているッ!
頭上からの攻撃に意識を向けた所で、一瞬の脱力。気の起こりを消して、ストンと鱗滝の懐に潜り込んだ。
「──泡沫、からのッ!」
刀の切っ先が十五夜の月を画く、地面を踏み締めて全身の
「弦月斬ッ!」
魂魄流指南剣術の基本技。
だが跳躍はせず、足は地面を踏み締めたまま。
弦月斬には、二種類ある。
全身の力で跳躍しながら刀を振り切る型。
もう一つは、一度目は円を画く様に刀を引き戻し、次の技に繋げる型。本来は、相手の刀を弾いて開いた胴体に、もう一度、弦月斬で相手を斬り上げる二連撃。今回、これを応用する。
俺の弦月斬で、鱗滝の刀を弾く事が出来ないのは分かっている。
だからこその全集中の呼吸。一撃目に込める力に渾身を乗せて、受け止められた刀ごと鱗滝の身体を空中に打ち上げる。
呼吸をする。今こそ、全身全霊の全集中ッ!
心臓の鼓動が高鳴った。ドクン、ドクン、と血管を廻る血が波打って、細胞の活性化。筋肉が躍動する。
「これが、俺の全力ですッ!!」
弦月斬を放った後の円の動きを殺さず、頭上を見上げる。
踏み締める地面は僅かに陥没し、鱗滝を目掛けて錐揉み回転をしながら跳躍した。
今、俺が扱える中で最も威力が高い型。
「水の呼吸・陸ノ型、ねじれ渦──ッ!!」
限界まで身体を捻り、周囲を斬り裂く竜巻の如く放たれる型は、通常の型と比較して雄々しく、猛々しかった。少なくとも、俺の知る錆兎の型は、そうだったッ!
「──遠天ッ!!」
刃同士を打ち付ける金属音、水流の剣撃に火花が散った。
受けに専念していた鱗滝の手から刀が離れる。
背中から地面に落ちる鱗滝に、俺はまだ戦場の中に心を残す。
まだ勝負は決まった訳ではない。
何故ならば、彼の戦意がまだ衰えていないのを、俺の嗅覚が教えてくれている。
故に空中で一度、縦の回転。
全集中の呼吸、早鐘を打つ心臓が痛いが耐え切れない程ではない。
「水の呼吸・捌ノ型、滝壺ッ!」
鱗滝が刀を握る俺の手首を捉えるより早く、刀を地面まで振り切った。
二年前、妖夢が斬った天狗の面。
地面を見つめる俺の視界に、パカリと割れた面が地面に落ちる。
「⋯⋯もう何も、言う事はない。本当に、何も言う事がない」
視線を上げる。鱗滝は、木々の隙間から空を見上げていた。
「錆兎、真菰⋯⋯お前達は、ずっと其処に居たのか?」
ポタリと地面が濡れる。
朝露だと思った、激しく動き回ったから葉に付いた水滴が落ちたのだ。
たぶん、きっと、そうなのだ。
刀を鞘に収めて、あえて鱗滝の背中側から距離を取る。
震える肩に、口を閉ざし、彼の背中に一礼した。
⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
錆兎と真菰が既に亡くなっている事を俺は知っている。
妖夢の弟子になった一ヶ月後、彼女に錆兎と真菰を紹介した。一目見て、妖夢は二人が幽霊だと見抜いた。妖夢は二人と手合わせをし、二人を同時に相手にして斬り伏せる。
その後で二人に指導し、稽古まで付けていた事から妖夢の桁違いの実力の高さが伺える。
妖夢の指導を受けて半年後、俺は錆兎と真菰を二人同時に相手にする事が増える。
鬼には、妖夢でも勝てない相手が居る。仲間が居て、漸く命を拾ったと彼女が云うほどの相手である。故に錆兎は、俺達二人を同時に相手に出来る程でなくてはいけない。と、二人同時に襲い掛かって来る様になった。
面も向かっての鍛錬は勿論、山菜を採ってる時も不意打ちで襲い掛かって来る。
真菰が兎も角、厄介で何度も首筋に刀の峰を添えられた。
不意打ちからの一対一での稽古を加えて、鱗滝に挑む一ヶ月前に漸く、一度だけ二人を相手に勝つ事が出来た。運もあった、偶然にも助けられた。それでも得る事が出来た勝利は、俺の確かな自信になった。
だけど、それでもまだ妖夢には一度も勝てなかった。
何時になれば、手が届くのか。
せめて、彼女の背中が見える位置まで駆け抜けたい。
鱗滝に挑んだのは、そんな気持ちからだったのかも知れない。
最終選別に出向く前日、鱗滝に鍋を御馳走して貰った。
今まで食べた食事の中で一番、美味しかったとは言わないけど、一番、感動した味だったのは確かだ。
刀を研ぎ直した。身嗜みも整えた。
俺は鱗滝に禰豆子を任せて、二年振りに狭霧山を後にした。
藤襲山での最終選別。
合格条件は一週間、生き延びる事。
この年の合格者は参加者全員、数十年振りの快挙との事だ。