みょん柱。   作:みょん!

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週に二、三回ほどの投稿を目標。


4.鬼狩り様。

 鬼の本拠地、無限城。鳴女が管理する異空間の一室にて、怪しげな儀式を執り行う成人男性が一人。

 西洋被れのスーツに袖を通す精悍な顔をした男の名は鬼舞辻無惨、世を騒がせる鬼の首魁。人皮装丁の魔術書を片手に開く彼は今、悪魔召喚の儀に挑戦している。人喰い鬼である彼に供物を用意する事は容易く、本格的に儀式を遂行する彼の姿は見る者が見れば気が触れているとしか思えない。しかし彼は本気であり、もう少し云えば、気晴らしでもある。

 鬼の生体を研究し続けること千年程度。自身が鬼に転じる前に投与された薬の原材料の一つである青い彼岸花の捜索も芳しくなく、今行っている研究から目先を変える目的も込みでオカルトに手を付けている。

 根拠がない訳ではない。

 というのも西洋出身の妖怪である紅美鈴との出会いがある。鬼以外の人非ざる者との知己を得た無惨は、西洋の怪異に興味を持つようになり、彼女の知見を借りて信頼性の高い書物を仕入れてみたのだ。貿易商から購入する時、美鈴にも立ち会わせている。邪悪な気が込められている事から魔術書が本物の可能性が高いとし、悪魔召喚の儀を試すに至る。

 満たせ満たせと呪文を唱えてみれば、供物が青く燃えて、魔法陣に力を焚べて光り出す。

 

 無惨が興味を持ったのは、吸血鬼と呼ばれる種族。

 古今東西の不老不死に類する文献を手当たり次第に集めた過去がある。

 ある古文書から徐福の丹薬を鬼に投薬した事がある。

 正体は水銀だったので、鬼は中毒起こして悶え苦しんだ。

 新薬の開発に動物実験、もとい臨床試験は必要不可欠である。

 

 閑話休題。

 吸血鬼は人が成る者、吸血鬼の成り損ないに屍食鬼の存在がある。あの医師、もしかすると治療が中途半端だったせいで半端者の屍食鬼に変貌させてしまったのではあるまいな? 兎も角、自身の生命としては不完全な生体には違和感を覚えていた。

 鬼と共通点の多い吸血鬼を調べる事で、何かしら突破口を開けるかも知れない。

 そんな腹積もりで悪魔を召喚する。

 雷撃にも似た魔力の奔流、強い光を放ったかと思えば雷轟と共に白い煙が爆ぜる。部屋の中に新たに生まれた気配を肌で感じ取り、無惨はスーツと佇まいを直す。

 煙が晴れる、六芒星の魔法陣の上に一人の少女。人間とは異なる気配に無惨は薄っすらと笑みを浮かべる。

 

「貴様は、吸血鬼で合っているか?」

 

 ポカンと口を開く西洋風の少女に無惨は高圧的に問い掛ける。少女は先ず周囲の魔方陣を見た。魔女狩り以前に行われていた古典的な魔方陣。男の衣服を見れば、自分の知る時代から結構な時間が過ぎている事を知る。魔力の薄い土壌、新鮮な屍体と魂を六体も用意しても自分が召喚される理由を察する。

 

(というよりも此処、欧州ではない。神秘の質が違っているけど、幻想が受け入れられる土壌は備わっている。私が生きていた国だと自分の信仰する神以外は絶対に許さないって感じだったのに、此処は余りにも多くの信仰が入り混じってるわね。混沌も良い所、というか邪神の類が普通に受け入れられているんですけどどういう訳?)

 

 彼女の知性的な部分が、そこまで考えさせて。

 

「ま、いっか!」

 

 彼女の本質的な部分が全ての疑問を屑籠に投げ捨てさせた。

 

「貴方、精悍な顔をしてるじゃない♪ うん、気に入った。貴方相手なら仕えてあげても良いわよ?」

 

 自分を品定めする視線に無惨はキレた。

 キレた、が。相手は己が御する鬼ではない。千年以上に渡り磨き上げた処世術が彼の怒りを押し留める。

 小さく深呼吸、多くの女子を虜にした儚げな笑みを浮かべる。

 こういった手合いの女は、持ち上げてやれば、意のままに操れる事を無惨は知っていた。

 そして無惨の護衛も込みで部屋の隅に控えていた美鈴は二人の様子に目を細める。

 

(あ~、あの吸血鬼娘。初手で分からせないと一生、調子に乗り続けるタイプなのでは?)

 

 悪魔は真名を簡単には名乗らない。

 故に彼女もまた名前を名乗らず「御主人様が付けてください」と懇願した。

 無惨は、少し考えた後、最近、取り寄せた絡繰りの事を思い出す。

 The Nutcracker.

 和訳すると、くるみ割り人形。

 胡桃を購入する時に半ば押し付けられて購入したものである。

 その人形の名に準えて、吸血鬼娘は胡桃と名付けられる。

 彼女は漢字の読み取りが出来なかったので、自分の名前の事をくるみと理解している。

 言語が通じるのは、なんかこう……魔方陣的な召喚により発生した契約的な、魂の繋がりがどうこうした結果である。彼女も幻想に生きる存在、細かい事は良いのだ。

 

 

「では、炭治郎。鬼殺隊の剣士として相応しいかどうかを試す」

 

 御堂の僧を土に埋めて埋葬したすぐ後の事だ。

 簡易的な墓の前で両手を合わせた初老の男、鱗滝左近次は俺に妹の入った籠を背負うように命じる。

 妹に言い聞かせて小さな身体の姿で籠に潜り込ませれば、彼は直ぐに駆け出す。

 妖夢は、俺に一度、目配せした後、見る見るうちに小さくなる彼の背を追い掛けた。

 そんな二人の背を見て、俺もまた慌てて駆け出す。

 

 道中、鱗滝の外見年齢とは裏腹の体力に度肝を抜かされる。

 山で生まれ育った足腰には少なからず自信を持っていた。禰豆子を背負っている分の差はあるけど、息を一つも切らしておらず、常に足音を立てない特別な走法を維持し続けている事が可笑しい。

 そして俺の数歩先を走る妖夢も同様に可笑しかった。

 鱗滝は腰に佩いた剣以外は丸腰だが、妖夢には腰に佩いた脇差の他に背中に担いだ身の丈程もある打刀がある。楼観剣が揺れない様に片手で支えながら走る姿にふと彼女から聞こえるはずの足音がない事に気付く。

 

「魂魄流にも足音を消す走法はあります。普段使いはしませんけど」

 

 どうして、と荒い吐息に視線だけを投げ返す。

 

「……祖父との気配を感じ取る訓練の時に少し嫌な思い出が」

 

 幽々子様が悪いんです。と零す言葉には珍しく憤りの臭いを感じ取った。

 何故か恥に関する臭いも混ざっていたので深く問い詰める事はやめておく。

 途中からは妹を気遣う余裕もなく、追い付くので精一杯だった。

 揺れる籠に心の内で禰豆子に謝罪する。

 我慢させてばかりだと、思えば、ずっとそうだった。

 禰豆子は俺にとっては妹が、皆にとっては姉である。

 だから他の弟妹達の為に我慢する事が多かった。

 正直、助かっていた。

 禰豆子は優しいから、その優しさに甘えて現状で良しとして来た。

 我慢しなくても良いんだと一言でも云えていれば、他の弟妹達に出来なかった分も禰豆子を可愛がる。

 その思いが全身に力を漲らせる。

 限界を超えて、二人の背中を追い掛けた。

 

 狭霧山の麓に辿り着いた時にはもう日が暮れ始めていた。

 鱗滝には余裕があり、妖夢は汗すら掻いてないように見える。

 臭いは、分からない。自分が汗だくで鼻が他人の汗を感じなくなっていた。

 自分はまだ無力で余りにも弱い。心を挫くつもりはない。

 だけど、本当に俺は、二人の背中に追い付けるのか。

 歯を食い縛る。未熟なのは当然、此処から積み重ねれば良いのだ。

 先導してくれる先駆者が二人も居る幸運を噛み締めろ。

 

「はあ……はあ……これで……認めて、貰えましたか……!」

 

 半ば、意地で鱗滝に問い掛ける。

 彼は俺を一瞥し、顔を背けて短く告げる。

 

「試すのは、此処からだ」

 

 走るだけで一人前と認められるはずがない、当然だ。

 深呼吸を繰り返す。呼吸を整えて、気を引き締め直す。

 正直、辛い。身体が悲鳴を上げている。

 だけど此処で音を上げては、認めて貰えない。

 何よりも妖夢の前であまり不甲斐ない姿を見せたくもない。

 

「……先ずは背中に担いだ妹を家の中に、試す間は儂が見ておく」

 

 小屋に禰豆子を寝かせた時にはもう外は暗くなり、外で待っていた妖夢は楼観剣を抜いていた。

 彼女は旅の道中でも鍛錬を欠かさなかった。彼女が云うには、自分の腕を錆びさせない程度の必要最低限。昨晩、鬼と対峙して、一日中、走り続けた後に合間を見つけて直ぐに鍛錬を始める。剣の道を究めるとは、こういう事か。あれだけの腕を以てしてもなお高みを目指す、その精神性に戦慄する。

 俺の視線に小首を傾げ、型稽古を繰り返す。

 隣から感嘆が漏れる。天狗の面越しに鱗滝が彼女の型に見入っているのが分かった。

 彼が見惚れる剣技の冴え、素人目にも分かる。

 素人以上に彼の目には、彼女の事が見えているに違いない。

 腰に佩いた刀を、強く握り締める程度には。

 

「鬼の噂を求めていると聞いた」

 

 不意に、言葉を口にする。

 

「鬼狩り様、と呼ばれた鬼殺の剣士がいる」

 

 鱗滝が告げる。彼の言葉に、妖夢は剣を振る手を止める。

 

「鬼舞辻無惨を狩り損ねた後、鬼殺隊を抜けた彼は生涯を賭して鬼を狩り続ける。全国行脚の旅の末に鬼を討伐した伝承の数々は今も形を変えて語り継がれている。ある時は桃太郎、ある時は──鬼狩り様は、生き永らえた伝承の鬼との決闘の記録もある。口伝にて、信憑性もないが、遠野の地に残されている」

 

 鱗滝の言葉に妖夢は聞き入っていた。

 

「大江山の鬼の首魁、酒呑童子。鬼の四天王にて暴の化身、星熊童子。鬼の身にして術の妙手、茨木童子。鬼ヶ島の温羅。この地に残る幻想の中に存在する鬼は、鬼狩り様との一騎打ちの決闘で討伐されたから世に姿を見せなくなったと云われている」

 

 彼の言葉に「私も聞いた事があります」と妖夢は続ける。

 

「とある小鬼の与太話に真正面から鬼を打ち破った剣の鬼が居ると。決闘の約束で大人しく地底に落ちた後、幻想の恥に足を踏み入れる事になったのだと。小鬼の記憶力は当てにはなりませんが、祖父が剣士の名を知っていました。桃太郎の本名を知っているかと問われた時の事です」

 

 少し間を置いて、妖夢は続く言葉を口にする。

 

「継国縁壱。桃太郎の日本一は、彼の剣の腕を称えての事だと聞いています」

 

 私とは関係ないですよ、と妖夢は申し訳なさそうにはにかんだ。

 

 

 幻想郷の鬼が思い出す。

 人は脆弱だ。謀を弄して初めて鬼と人は対等になると小鬼は考えている。

 だけど一人だけ、たった一人だけ馬鹿正直に真正面から決闘を挑んだ剣士が居る。

 話には聞いていた。

 茨木童子の術を切り捨て、彼女に仙人の道を歩ませる。

 大江山を抜ける前に教えてくれた剣士の存在、彼は刀一本で最強の鬼に挑んだ。

 

 無造作に殴り掛かった右腕が切断される。

 距離を置いて岩を投げ付ければ、賽の目に切れ目が入り、彼は無傷で凌ぎ切った。これは不味いと酒気を帯びた霧を吹き付ければ、刀で斬り飛ばし。自身の分身による数の暴力で殴り掛かれば、全てを切り伏せられた。

 規格外の怪物。

 私は鬼だ、圧倒的強者。生まれ持った最強である。

 喧嘩は好きだ。

 酒と喧嘩は鬼の華、だけど私は本気を出して相手を殴った事は一度もない。

 人も天狗も河童も大差はない。

 殴れば、死ぬ。星熊であれば、死にはしないが身内である。

 命を奪い合って喧嘩をする相手ではない。

 

 人の謀は許容する。

 それが鬼の矜持である為だ。

 鬼に挑む度量が先ず、称賛を受けるべきだと私は知っている。

 だけど、それで負けてもしこりは残る。

 敗北は認めても、何処か気持ち良くなかった。

 他種族に負ける事もある。

 例えば、スキマ妖怪とか。

 だけど、彼女の勝利は封殺に近い。

 鬼の暴力を封じて、完封される形で敗北した。

 気持ちが良い喧嘩ではなかった。

 分かっている。それが我儘だって事は。

 自分の得意な土俵でしか粋れないのは恰好悪い。

 

 だけど、それでも一度は、本気の殴り合いがしてみたかった。

 気兼ねなく全力で、喧嘩の事以外は何も考えず、気遣う事なく拳を振るってみたかった。

 私は、鬼の中だと幸せ者だ。

 それを叶えてくれる相手に恵まれた。

 茨木童子も同様、全力を出して敗れたから鬼の道を捨てる事が出来た。

 だから私は時折、彼を思い出して盃を傾ける。

 

 星熊の奴とも決闘したと聞いている。

 彼女が彼と出会った時は既に老体だったと聞いている。

 それでも三歩必殺を凌いだらしいが。

 最後まで戦うには、彼の体力の方が持たなかったのだと云う。

 星熊童子は、敗北を認めた。

 鬼の四天王が彼一人に完敗したその年に彼は息を引き取ったのだと。

 人知れず、孤独に、妖怪の賢者に聞いた話だ。

 酒の肴には、少し苦い。

 

 ああ、そういえば、彼の真似事で鬼狩りを始めた若い剣士の事を思い出す。

 名前は確か、妖忌。白玉楼の未熟な小娘の祖父である。

 自分にも血気盛んに挑んで来たので年に一度、桜の咲く時期に花見がてら白玉楼に足を運ぶようになった。

 今はもう決闘なんてしないけど。

 白玉楼の桜は綺麗なので、なんとなく今も通い続けている。

 後継の小娘には嫌な顔をされている。その露骨な嫌悪が小気味良く、それでいて彼女には打てば響く反応の良さがある。揶揄うのが楽しくてやめられず、ついついちょっかいをかけてしまうのだ。

 歳をとっても変わらない。

 あの未熟な小娘は、伊吹萃香のお気に入りである。

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