語り部は、大海を揺らす蝶となるか?   作:月日は花客

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4話目:そうぎのカタリベ

 

 くいなが死んだ。

 

 階段から落ちての転落死。

 その報は、村中を駆け回り、その叫びは私の社にも届くほどだった。

 シモツキ村は平和な村で、子どもが死ぬことなんて早々なかったから、酷く動揺していた。

 

 私は、村を監視しているわけではないし、社から離れれば他者への干渉も一苦労。

 くいなに死の未来を伝えることもしなかったのだから、まぁ、因果は収束すると言うことなのだろう。

 可哀想にとは思ったが、私はくいなやゾロのこれからを知っていても、特段、なにか変えようとか救おうとは思わない。

 

 それは私が単なる語り部で、救いの神では無いからだ。

 死ぬ時は死ぬ。多少の忠告はしよう。けれど、つきっきりで守るなんてことは、しない。

 くいなが落ちる時がわかっていても、社を離れた体では受け止めることもできまいて。

 

 悲しい死は黒と白の幕に包まれ、葬式が執り行われた。

 人々が、喪服を着てくいなの家に集まっている。

 ワノ国の葬式を、この村もまだ続けているらしい。

 流石に、道場からも子ども達の元気な声は聞こえてこなかった。

 

 私は、墓もどこに建てられるかわからないから、葬式にこっそりと参加することにした。

 社を離れ、くいなの家ほども距離を取れば、私の姿は人に見えず、私の声は人に聞こえない。

 それでも、柩を見て、そこに煙の花でも手向けようかと思っていた。

 

 葬式は、当然だが空気は重く、くいなの遺影が立てられ、焼香の煙い匂いがした。

 村の全員が参列し、その中には当然ゾロもいる。

 いつも元気で、剣を振り回している童が、今日は不気味なほどに静かで、そこでまた彼女の死を強く感じた。

 鯨幕の中、煙や仏花の匂い、衣擦れの音がどこかフィルターを通したような非現実感。唱えられている念仏らしきものも、聞いているのかいないのか。

 

「みんな俯いちまって、なぁ」

 

 私は、その暗い雰囲気がどうにも居心地悪く、部屋の隅でぼうっと立っている者に話しかけた。

 

「そりゃあ、死んじゃったんだもの」

 

 わたしが。

 

 そう言って、()()()は自分の遺影をジッと見ている。

 くいなの魂は、まだここから去ってはいなかった。

 いつもの、シャツとハーフパンツを着たくいなが、ぼんやりぼんやり、半透明に立っている。頭からは大量の血を流し、顔半分が赤黒く染まっている。

 その瞳はもう太陽の光を反射しておらず、何も映すことは無かった。

 

「足元、ちゃんと見てないとって言われてたのにね」

 

 そう、くいなは呟く。

 彼女なりに、注意はしていたのかもしれない。けれど、ほんの少し気を抜いたところで、運命が襲ってきたのだろう。

 未来というのは案外変えるのは難しい。

 まだ何者になるかもわからない、夢を持った子どものまま、彼女の道は終わってしまった。約束を遺して。

 

「して、これから、くいなはどうするんだ」

「わからない。空に昇るのかもしれないし、このまま消えるのかもしれない」

「死後とはやはりわからないものか」

 

 むかぁしに経験したとはいえ、私もまだ、死んだ者がどこへ行くのか知らなかった。

 けれど、くいなはまだ、ここに囚われたままな気がする。

 

「真剣勝負も、競争も、全部白紙になっちゃった」

「……」

「わたしの身体も、ようやく好きになってこれたのにね」

 

 淡々と、全て受け入れて諦めた口調で、くいなは私に話しかけているのか、独り言なのかわからない事を溢す。

 私の見ていない時に、死んだ自分の体を見て、泣いたのだろうか。彼女の中では、とっくに死を理解して、消化していた。

 おそらく、自分が死んだ後、死体が発見されるのも葬儀の準備も、全部ここで眺めていたのだろう。

 

「ゾロはどうなる」

「……あいつのことだから、きっと一人でも大剣豪になるって言うよ。わたしがいなくても、夢は残ってるから」

「健気なことよ。幼い夢を貫徹することがどれだけ難しいか」

「そんなこと……きっと、馬鹿だからわかってないよ」

 

 くいなは、くしゃりと笑う。

 泣き疲れた子どもが、泣くに泣けず口角を歪めるような、そんな笑み。

 私は神ではないが、語り部として、煙管の煙を吐く。その煙は、くいなを包み込み、その血と暗さを綺麗に消した。

 驚く少女に、私は隣り合う。

 

「死者は物語となる。遺された者が死者を語り、そのきらめきを、言葉として残しゆく」

「カタリベさま?」

「死者の声は、熱はやがて忘れられど、物語はその者が伝える限り、他者へ他者へと残り続け、いつしか百年も超えるかもしれない」

「突然どうしたの?」

 

 様子の変わった私に、くいなは困惑していた。

 あるいは、私の姿が、くいなが見えていたものと変わったのかもしれない。私の姿が変わって見えたら、それは本人が変わったと言うことだ。

 彼女は消えることを受け入れたが、同時に酷く惜しんでいる。悔しかろう名残惜しかろう。そんな感情で旅立たせては、どこへ堕ちるかも知らない。

 

 私は語り部。物語に関しては、すこし自由が効く身だ。

 

「お前が望むなら、くいなの魂を刀に込めようか。あの、白い刀だ。まっさらなあれに、お前という物語を付与してやろう」

「和道一文字に、わたしの魂……を?」

「ああ。お前がゾロを語る時、刀は鋭さを増すだろう。ゾロがお前を語る時、刀は光を増すだろう」

 

 刀が無けりゃ剣豪にはなれまい。ゾロがいつか大剣豪になった時、お前が宿った刀と共にあるなら、それは一緒に大剣豪になったと言えるんじゃないか。

 そう伝えると、くいなの瞳に憧れが灯る。

 くいなを形見を、あの緑の小僧は後生大事にするだろう。夢に連れていくだろう。

 ならば、あの刀が持つ物語の隙間に、くいなの魂を差し込んで仕舞えばいい。

 

 物語とは、時に口伝ではなく物として残るものであるから。

 

「そんなこと、できるの」

「お前が望むなら」

「わたしは、それを望んでいいの」

「自分の立場は、自分が一番知ってるだろう」

 

 俯いて、頭を真っ白にしているゾロ。その前に鎮座する柩に寄り添うように、和道一文字は置かれていた。

 愛刀として、最期の限界まで近くに置いておきたいのだろうか。

 それは、真っ白な鞘の中、刃の色を失ってはいない。

 主が死してなお、その刀は折れていないのだ。

 

「……素直に泣けばいいのに。人が多いから我慢してるの?」

 

 喪服の裾を握りしめて瞬きをするゾロの隣へ、くいなが座った。

 座布団が無くても、その背丈はくいなのほうが高い。

 

「泣き虫なんだから、めいっぱい、泣いちゃえばいいのに。これだから、放っておけないんだよね」

 

 あーあ! とくいなは大きなため息を漏らす。

 日常でよく見た、普段のくいなだ。

 

「しょうがないなぁ、もうちょっとだけ、一緒にいてあげる!」

 

 どうやら、決めたらしい。

 笑って振り向いた彼女に、私も微笑む。

 和道一文字は、道具らしくじっとしていた。

 しかし、その姿はどこか、主人を迎える忠臣にも見えた。

 

「お願いします、カタリベさま」

「承った。新たな門出だ、しゃんとすると良い」

 

 私は和道一文字とくいなの前に立つと、煙管の軸を軽く捻った。すると、軸はそのまま外れ、中から軸と同じ長さの針が現れる。

 裁縫針とは訳が違う、太く鋭い針だった。

 私は、それを、自分の左手甲におもいっきり突き刺した。

 

「カタリベさま!?」

「落ち着け、痛みは無いよ」

 

 血らしき赤い液体は出るが、私自身に痛みは感じない。私の身体に痛覚は無さそうだ。そもそも、煙のように淡い象り故に。

 その血は、ボタボタと和道一文字にかかるが、当然、普通の者には見えないので葬式は続いている。

 

「術を使うには、手順が必要でな」

 

 煙のようにすぐ消えてしまうものなら煙管だけで済むが、こうして物や何やらに干渉する術は血を経由しなければならない。

 等価交換、というよりは、血のほうが消えにくいからだろう。

 私は語りを口遊む。

 

『なにゆゑに こゝろかくは羞ぢらふ

 秋 風白き日の山かげなりき

 椎の枯葉の落窪に

 幹々は いやにおとなび彳ちいたり

 

 枝々の拱みあはすあたりかなしげの

 空は死児等の亡霊にみち まばたきぬ

 をりしもかなた野のうへは

 あすとらかんのあはひ縫ふ 古代の象の夢なりき

 

 椎の枯葉の落窪に

 幹々は いやにおとなび彳ちいたり

 その日 その幹の隙 睦みし瞳

 姉らしき色 きみにはありし

 

 その日 その幹の隙 睦みし瞳

 姉らしき色 きみにはありし

 あゝ! 過ぎし日の 仄燃えあざやぐをりをりは

 わが心 なにゆゑに なにゆゑにかくは羞ぢらふ……』

 

 少々、普段とは違う詩の唄い。

 すると、赤色はその文字を形どり、やがてくいなや私の周囲を回り、無い風と共に消えていった。

 文字が辺りを回るほど、くいなの姿は薄くなり、かわりに和道一文字の白がより強くなった。中の刃は、やや黒みを帯びているだろう。

 

 くいなの思いの白さと、その髪色の黒が、刀に反映されたのだ。

 くいなの姿がすっかり消えれば、刀はよく見ると数段、研ぎ上がっているように見えるだろう。

 鞘に納められている今、それを知る者はいない。

 

 くいなは声も姿も失ったが、その刀の中に確かに存在している。

 ゾロが大剣豪を思うほど、あの日の誓いを背負うほど、その力は刀の鋭利さ強さとなって、くいなに届く。そして、くいながあの日を思い出すほど、力は増すことだろう。

 

 私は、左手に刺さった針を抜き、軸をはめ直して煙管へと戻した。

 抜けばたちまち血も傷も消えるのだから、便利なものだ。

 

 魂を刀へ閉じ込めるというと悪に聞こえるが、くいなはゾロと共に進むことを決めたのだ。

 ゾロが折れ、刀も折れれば、その時は今度こそ、景色もわからぬ冥府へ逝くだろう。

 進み続ければ、くいなは約束と共にゾロと共にある。

 

 競争の果ては同時ゴールだろうか。

 そうなれば良い。それが良いと私はぱかりと煙を吐くのだった。

 

 かたり、とほんの少し動いた和道一文字に、ゾロが誰かを見つけた様に顔をあげたのだった。

 








◇煙管の煙
物語の挿し絵、姿を隠すなど、一瞬のことに使う。
実体のない煙なので、手を伸ばしてもすり抜ける。
煙なので、長くは持たず、払われてしまうこともある。
人体に害は無い。

◇左手の血
独自の術や、結界など、剥がれないことに使う。
染みる血なので、実体を持つものに干渉できる。
詩や歌を吟じれば、より効果は強まり現世に触れられる。
その気になれば、人体を害せる。

青空文庫 中原中也 在りし日の歌
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