男子三日会わざれば刮目して見よ。なんて言葉があるように長年会わなかった友人との再会は相手の変化に驚くことが多いもの。
今日、なずなが出会ったのは小学校以来の友人で——
「ナナナじゃん、何してんの」
放課後の寂れた展望台、不意に聞こえた懐かしい呼び方に私は後ろを振り向いた。
「なんだ、カッコウか」
そこに居たのは隣町の中学の制服を着た背の高い男子。
昔は私の方が背が高かった筈だが、いつのまにか背が追い抜かれている。
カッコウは眉を寄せて私に近づいてくると、「辞めろよ」と言った。
「辞めろよ、その呼び方」
「アンタが先に言い出したんでしょ」
ナナナもカッコウも互いの小学生時代のあだ名だ。
当時は苗字と名前を組み合わせて短縮するあだ名が流行っていた。
七森なずな。だから、ナナナ。
柿崎幸太。だから、カッコウ。
クラス中にブームを巻き起こし、突風の如く過ぎ去っていったこのあだ名。
クラスメイトの内数人は、ブームが去っても卒業までこのあだ名で呼ばれ続けた。
私もカッコウも、呼ばれ続けたうちの一人だ。
「な、な……えっと、なずな」
「呼び捨てかよ」
こいつ、一瞬私の名前を忘れてたな。
睨んだ私に一瞬怯んだ様子のカッコウだったが、口をへの字に曲げて憮然とした表情になった。
「なずなちゃん。なんて呼ばれる年でもないだろ」
「友達はナナちゃんって読んでくれるけど?」
言い返して見れば、カッコウは困ったように後ろ髪を掻いた。
カッコウは私が見上げなければならないほど大きくなったのに、そういう癖は変わってないのか。
「いいよ、ナナナで」
そう言ってやると、カッコウはあからさまにホッとした顔になった。
こいつ、マジで私の苗字を忘れてやがる。
「それでナナナは何してんだ? こんなとこで」
「なんでもいいでしょ。柿崎こそ、こんな寂れた展望台に何の用? アンタの中学、ここから二駅は離れてなかった?」
「野暮用」
そう言うとカッコウは私の横に並ぶように手すりにもたれかかった。
何で私の横に並ぶ? とか、野暮用って何だよ。とか聞きたい事は色々あった。だが、何だか聞くのも億劫で、私もさっきまでそうしていたように手すりにもたれて窓の外を眺めた。
どんよりと曇った街並みが若干汚れた窓ガラス越しに見える。
親指の爪ほどの大きさの自動車が、何台も列をなして信号待ちしているのをただ眺めていると、唐突にカッコウが話しかけてきた。
「お前、中学で虐められてんの?」
「は?」
思わず、カッコウの方を見る。
そうしたらカッコウも私を見下ろしていた。
「……んなわけないじゃん。どういう発想したらそうなるの」
「だって、お前。なんか嫌な事あると、高いとこ行くだろ」
「んなわけ……」
言い返そうと思ってはたと気がついた。
テストの点が悪くて親に怒られた時、友達喧嘩した時、そう言えば学校の屋上とか、高台の神社とかそういうとこで泣いていた気がする。
「……キモ。ストーカーかよ」
「クラスの奴なら大抵知ってるだろ」
そんな癖がクラス中に知れ渡っていたとか恥ずかしすぎる。そういえば、何回か先生も学校の屋上に私を呼びにきた。
という事は先生も知っていたのか。
私は思わず手すりに突っ伏した。
「どした?」
「恥ずかしさに自己嫌悪中。何で知られてんのよ」
「ナナナの隙間は二階の給食室前の廊下から見えるんだよ」
「は? は!?」
絶対何処からも見えないと思っていた屋上の私の定位置が廊下から見えていた? しかも何だ? ナナナの隙間って。そんな変な名前までつけられて……
私は反射的に上げていた頭を再び突っ伏した。
「……恥ずかしぬ! 柿崎が小学二年の時、廊下で漏らした時くらい恥ずかしぬ!」
「っ! おまえ、それ誰にも言ってないだろうな!」
焦りのあまり、上擦った声で問いかけてくるカッコウで溜飲を下げる。
「言ってないよ。なずなちゃん、誰にも言わないでぇ。って泣き顔で言われたし」
その時のカッコウの声を真似つつ揶揄うと、カッコウは「んな事、言ってねぇし、泣いてねぇ」とぶつくさ文句を言った。
「で? なんでこんなとこ居るんだ?」
「話、戻すのかよ」
いい感じに有耶無耶になってだんだから蒸し返すなよ。という気持ちと、なんかどうでも良いという気持ちが私の中でせめぎ合う。
結局勝ったのはどうでもいい、という気持ちだった。
「進路」
「シンロ?」
「アンタのとこじゃ、まだやってないの? 進路指導。将来何になりたいとか、高校どこ行くとか聞かれない?」
「あー……あった、気もする?」
こいつ、いつも学校で寝てるのか?
私は呆れたようにため息を吐くと、愚痴も吐き出した。
「私らまだ二年だよ? 早くない? そりゃ、三年になってから考えても遅いってのは分かるけどさぁ。二年の春から詰めなくってもいいじゃん」
「なんて書いて出したんだ?」
「白紙」
「そりゃ怒られるわ」
笑ったカッコウの足をこつんと蹴る。
コイツも何も考えて無さそうなのに、笑われるのは腹が立つ。
「明日までに何か考えて再提出しろって言われたわ。あんたは? 何になりたいとかあんの?」
「俺? あー、そうだな」
ガシガシと後ろ髪を掻きながら考えるカッコウを見上げ、ふと思った。
――カッコウの一人称、いつのまにか俺になってる。
小学生時代のカッコウは「僕」と言っていた筈だ。
一年ちょい会わなかっただけなのに、背まで伸びて一人称も変わり、声も低い。何だかカッコウが私を置いて、別人になった様な気もしてきた。
「俺は、ヒーローかなぁ。困ってる誰かを見捨てない奴になりたい」
「……やっぱ変わってなかったわ」
「あ?」
変な顔になる柿崎を見上げ、私は笑った。
「進路調査票に書いちゃだめよ? それ。絶対呼び出し喰らうよ」
「書かねぇよ。それにヒーローっぽい事はもうしてるし」
「なにそれ? 人助けでもしてんの?」
「ああ、世界を守ってる」
突然変な事を言い出したカッコウに、私はピンときた。
「ああ。中ニ病か」
「ちげぇ」
ブスッとした表情で否定するカッコウだが、それ以外の何があったら自分が世界を守っているなどと言い出すのか。
「ふ、フフッ。ンフフフッ」
思わず堪えきれない笑いが漏れ出し、ますますカッコウの口が歪む。
「ッ。スーッ――ごめん。で、敵は何なの? 世界征服を企む奴らはショッカーとかだっけ?」
幼稚園の頃、男の子たちが盛んに真似していたライダーヒーローの記憶を引っ張りだして尋ねると、カッコウがますます口をへの字に曲げた。
「そうだけど、違う。俺が戦ってるのは暗闇の世界からこの星の幸せエネルギーを奪い取りにきた悪の魔物達だ。妖精達の助けを借りて変身して戦うんだ」
「ンフッ!」
ダメだ、笑いが堪えきれない。
ヒーローはヒーローでも、男の子ヒーロー物じゃなくてプリティだったり、セーラーだったりする女の子ヒーロー物じゃないか。
何でそっちなんだ。せめて男の子ヒーロー物であれよ。そうじゃ無ければ邪気眼的な正当派中ニ病であれよ。
「フ、フフフフッ。アハハハッ!」
一度堰が崩れれば笑いがとまらない。
笑いすぎて変な声が出るほど笑った私は、見た事ないほど口をへの字に曲げたカッコウに謝った。
「ゴメンゴメン。ンフッ……スーッ、ハーッ。よし……あ、やっぱ、もちょいまって」
約五分後、ようやく笑い波が去った私は涙を拭いて立ち上がった。
「それで? ヒーローな柿崎は、ここに何しにきたの? もしかしてここが悪の魔物に襲われるとか?」
「そうだ。まぁ、ナナナが信じないのも無理はない。何せ悪の魔物も、妖精も一般人には見えないからな」
「あー、そういう……じゃあ変身アイテムとか、それも見えないの?」
「それは大丈夫だ」
そう言って鞄を探ったカッコウが、派手な装飾付きのコンパクトミラーを取り出した。
咄嗟に口元を押さえて横を振り向く。
何でそれなんだ。もうちょっと男女汎用的なアイテムじゃダメだったのか?
「こいつを掲げて、こう唱える。『
カッコウが、魔女っ子世代のキーワードにも似た言葉を唱えると、ピカリと世界が光った。
思わず目を瞑ってしまうほどの強烈な光、髪を躍らせるほどに吹き荒ぶ風。
双方が収まった時、私の目の前には私の背より低い、小さな女の子がステッキを手に立っていた。
「まぁ、魔法少女になった俺は誰にも見えなくなるし、魔法のことを知ったナナナの記憶は消さなきゃいけないんだけどな」
そう独白するかのように語る少女の口調はカッコウ似ている。
「さ、もうすぐフィリィもこっちに着くころだろ。魔物が現れる時間までにナナナに記憶消去魔法をかけて、適当なとこに置いて戻ってきても間に合いそう……だ、な?」
ゴテゴテとしたステッキを振りかざした少女は、私を見上げ、その目を見つめてパチパチと二度瞬いた。
「あ、れ? もしかして、見えてる?」
「……見えてる」
「あー! いたぁ! コータ君。自分だけでさっさと行くなんて酷いの! それに、また勝手に変身してー。本来、フィリィが側にいないと変身しちゃダメなんだからね!」
突如響いてきた声に私が窓の外に目を向けると、ふよふよと浮かぶ垂れ耳ウサギのような謎生物。
紐で吊ってもいなければ、下から棒で支えてもいない。
展望室のガラスをまるで無い物かのようにするりと通り抜けた謎生物は、呆然としたままのカッコウの目の前に浮かぶと矢継ぎ早に怒り始めた。
「聞いてるの? コータ君。いくら世界に選ばれたからって勝手な事ばかりしてるとフィリィが困るの! それに……あ! もしかしてまた誰かに魔法のことをバラしたでしょう! 記憶消去の魔法だってまるっきり安全なわけじゃないの! そりゃ、フィリィの魔法だもの? 99.99パーセント安全なのはそのとーりなの。でも、コータ君だけで扱うと、何かあった時にフィリィがフォロー出来ないの! 聞いてるの? コータ君!」
思わず謎生物の頬を指先で突いてみる。
プニッとマシュマロのような柔らかい弾力が指先に伝わってくる。
謎生物の耳を摘んでみる。フニフニと求肥のような感触とスベスベの毛が気持ちいい。
断じてこれはぬいぐるみでは再現できない物だ。
そうしていると気に障ったのか、謎生物の手がペシっと耳を触る私の手を習い退けた。
「フィリィの耳は気安く触れないの! 全く、コータ君ったら! ……あら?」
そこで何かに気がついた謎生物が怒るのを辞め、カッコウを下から上まで眺め回す。
呆然としたまま固まっているカッコウは、ステッキを翳したままであり、謎生物の耳を触ることは出来るはずがない。
つまり、謎生物の耳を触っていたのは謎生物の背後に居る何者かという事で……
まるで油が切れたロボットのように、ぎこちない動作で振り向いた謎生物は、私と目を合わせて恐る恐る尋ねてきた。
「も、もしかして、見えて、る、の?」
「……見えてる」
そこからの数時間は怒涛の勢いだったと言えよう。
混乱して奇声を上げる謎生物に、突如空間を割いて現れた、得体の知れない怪物としか表現できない魔物。ビームを撃ち、空を飛ぶ女の子なカッコウ。
テレビアニメにも、劇場版にも劣らない派手な戦闘だったと言える。
とっぷりと日が暮れてから漸く家に帰りつき、ベッドに倒れ込んだ私は、しばらくぼうっと天を仰いで今日の出来事思い返していた。
まるで非日常。
まさにこれから物語が始まるようなワクワク感。
久しく無かった感覚だ。
ふと横に目を向けると、投げ出した鞄からはみ出した白紙の進路調査票。
それを暫く見つめていた私は徐にペンを取り出すと、希望進路欄の第一位にデカデカと、『魔法少女』と書いてみる。
もちろん、再々提出をくらった。