アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
「馬で行く。王都ファンまでは街道を全速、その先も宿場ごとに乗り換える。徒歩で日数を使って、着いた頃には儀式が終わっていましたなんて展開は御免だ」
ラムリアース王都ライナス。
魔術師ギルドの厩舎を訪れたルクスンは、用意された馬を前に即断した。
乗用馬が三頭。
途中からゼフィーリアが使う予備馬が一頭。
荷物の大半は、無限のバック①と無限のバック②へ収めてある。
二つを組み合わせれば、嵩張る装備も重量を気にせず持ち運べる。荷馬車も荷駄も必要なかった。
ラムリアース魔術師ギルドの書状があれば、街道沿いの宿場で替え馬を借りられる。費用は調査経費として記録され、帰還後に精算されることになった。
「賛成です。ライナスからオーファン王都ファンまでは整備された道を使えます。無理に一頭を走らせ続けるより、宿場ごとに交換したほうが結果的には早く着けるでしょう」
オトフリートは慣れた手つきで鞍と鐙を確認している。
騎士身分を持つだけあって、馬の扱いは一行の中でもっとも手慣れていた。
「くそっ、騎士で貴族で魔術師なうえ、乗馬まで様になってやがる」
「また私に怒っているのですか?」
「八つ当たりだから気にしないでくれ」
もっとも、ルクスンたちも馬に乗れないわけではない。
戦場で馬上槍試合をしたり、騎馬で曲芸じみた戦闘をしたりするには専門の訓練が必要となる。
しかし、鞍を置き、馬を御し、街道を移動する程度の技術ならば冒険者の基礎に含まれていた。
「わたしも乗れる。暗殺の仕事で使ったことがある」
「その経歴を王都の厩舎で堂々と口にするな」
ノクティアは気にした様子もなく馬へ跨がった。
ゼフィーリアは王都を出るまで黒猫の姿である。ダークエルフが人間の国を堂々と移動すれば、余計な騒ぎを招きかねない。
黒猫は当然のようにノクティアの鞍へ飛び乗った。
「妾の馬はないのか?」
銀髪の人型となっていたベラトリクスが、不満そうに予備馬を見た。
「それは王都を出たあと、ゼフィーリアが使う。お前は剣に戻れ」
「せっかく人の姿になれるようになったというのに、主は妾を荷物扱いするのじゃな?」
「お前が人の姿で馬に乗ったら、落馬した瞬間にブロードソードへ戻って街道へ突き刺さりそうで怖いんだよ。急いでいるんだから、今日は腰で我慢しろ」
「主の腰に抱かれて旅をするというのも、悪くはないのう」
「言い方!」
ベラトリクスの身体が銀色の光へ包まれ、一本のブロードソードへ戻る。
ルクスンはそれを腰へ帯びた。
オトフリートの使い魔である梟が上空へ舞い上がる。
梟は偵察役であるだけでなく、オトフリートの知る古代語魔法を、自らに与えられた精神力で行使できる。街道の先を見張らせておけば、待ち伏せや崩落を早期に発見できるだろう。
「それじゃあ出発だ。目指すはオーファン王都ファン。そのまま南下してターシャスの森へ入る」
◇
一行は王都ライナスを発った。
オトフリートとルクスンが先頭を交代し、ノクティアが後方を警戒する。
黒猫となったゼフィーリアは、ノクティアの荷物に紛れて周囲を観察していた。
速さだけを求めて馬を潰すような真似はしない。
一定の速度で街道を進み、宿場へ着くたびに馬を休ませる。替え馬が使える場所では迷わず交換した。
日のあるうちは走り、暗くなる前に宿へ入る。
夜間に無理をして馬の脚を折れば、かえって時間を失う。急ぐことと無謀に走ることは違う。
途中、街道が二つに分かれた場所では、先行していた梟が正しい道の上を旋回した。
「使い魔便利すぎない? 空から偵察できて、暗視があって、主人の魔法まで使える。僕も創造神に梟くらい要求していいんじゃないか?」
「チュー」
どこからともなく、ハムスターの鳴き声が聞こえた気がした。
「お前じゃねえ!」
その日の夜、ルクスンは夢の中で巨大な回し車を延々と走らされた。
◇
国境を越え、オーファンへ入る。
街道を進むにつれ、行き交う人と荷馬車の数が増えていった。
やがて地平の先に、王都ファンの城壁が姿を現す。
前世でワールドガイドを読んだ八坂鷹は、この街の名前も、国の歴史も、おおよその雰囲気も知っていた。
だが、実際に訪れるのは初めてだった。
「オーファン王都ファン……。ついに来たぞ。ここを拠点にすれば、例の魔力の塔の遺跡だって探せる。未発見のうちに建造の魔導書を押さえて、将来は空飛ぶ魔力の塔を——」
「主よ、森へ急ぐのではなかったのか?」
「わかってるよ! 今回は通過するだけだ!」
目の前に長年狙っていた土地がある。
しかし、今は遺跡へ寄り道している場合ではない。
一行は王都へ入ると、オトフリートがラムリアース魔術師ギルドの書状を提出した。
目的は、ターシャスの森深部に発生した精霊力異常の調査。
オーファン側へ軍事介入の意思がないことも明記されている。
異変が森の北縁で起きていれば、オーファン王国も無視できなかっただろう。
しかし、問題の場所は森の奥深くである。王国軍が容易に踏み込める土地ではなく、ラムリアースの魔術師が学術調査の名目で入ることも黙認された。
手続きを終えたオトフリートが戻ってくる。
「最新の報告を聞いてきました。精霊力の異常は、まだ森の外へ大きく漏れ出してはいません。ただし、獣や鳥が森の奥から北へ逃げ始めています。エルフ、ゴブリン、ダークエルフの争いも激しくなっているようです」
「まだ外へ出ていないなら、間に合ったか」
「今なら、です。数日遅れていれば状況は変わっていたでしょう」
ルクスンの脳内で、存在しないゲームマスターの声が聞こえた。
――馬を使ったため、到着遅延による事件進行はありません。
「よし! 移動ペナルティ回避!」
「突然どうしたのじゃ?」
「こっちの話だ!」
一行はファンで食料と薬草を補充し、休養済みの馬へ乗り換えた。
王都へ滞在したのは、わずか半日。
その日のうちに南門を抜け、ターシャスの森へ向かった。
◇
森まで残り半日となったところで、一行は街道から外れた小さな林へ入った。
周囲に人の姿がないことを、梟とノクティアが確認する。
黒猫の外皮が開き、鷹の羽を思わせるマントへ戻った。
ノクティアが無限のバック①から衣服を取り出し、ルクスンとオトフリートは背を向ける。
ほどなくして、人間形態へ戻ったゼフィーリアが姿を現した。
「もう隠れる必要はありません。ここから先は、私の故郷です」
「帰りたい場所じゃないんだろ?」
「ええ。あの森から逃げるために、私はすべてを捨てました。それでも、私の代わりに別の巫女が神の器にされたのなら、見捨てることはできません」
「だったら行こう。結婚しろと言われたら断ればいい。無理に連れていこうとする奴がいたら、そいつらも殴る」
「十二支族を敵に回すことになりますよ?」
「いまさら敵が十二部族くらい増えても誤差だよ」
ゼフィーリアが小さく笑った。
予備馬へ跨がり、四人は再び南へ走り出す。
◇
ターシャスの森が見え始めた頃、最初に異変を察したのは馬だった。
四頭が一斉に足を止める。
耳を伏せ、鼻息を荒くし、それ以上進むことを嫌がった。
森の上空から、無数の鳥が北へ逃げていく。
鹿や兎まで木々の間から飛び出し、街道を横切っていった。
「森から逃げている」
ノクティアが馬を降り、木々の奥を見つめた。
ルクスンも目を凝らす。
センスオーラによって見える精霊力が、森の内側で歪んでいた。
水の精霊力へ風が食い込み、土の中へ炎の気配が混ざっている。
本来なら隣り合っても、それぞれの性質を保つはずの精霊力が、無理やり捏ね合わせられていた。
「ひどい。ここまで歪んでいるなんて」
シャーマンであるゼフィーリアの顔から血の気が引いた。
「魔精霊アトンが、膨大な魔力によって精霊力を結合させて生まれたなら……混ざり合った神聖力を宿す混沌の女神も、周囲の精霊力を引きずり込んでいるのかもしれない」
ルクスンたちは近くの宿場へ馬を預け、徒歩で森へ向かった。
森の入口へ達したところで、ベラトリクスが鞘の中から声を上げる。
「主よ、止まれ。刃物の気配がある。一つや二つではないぞ」
ルクスンが足を止める。
ノクティアは短槍へ手をかけ、オトフリートの梟が音もなく枝の上へ舞い上がった。
木々の影で、いくつもの人影が動く。
黒い肌。
白い髪。
抜き身の曲刀。
やがて、森の奥から女の声が響いた。
「祭祀長の娘、ゼフィーリア様。ようやくお戻りになられましたね。十二支族の旧き誓いに従い、あなたを花婿ゼクノワ様のもとへお連れいたします」
ゼフィーリアは鷹の羽のマントを開き、静かに前へ出た。
「私は戻ってきたのではありません。あの女神を殺し、二度とこの森に縛られないために来たのです」
枝葉の陰で、一斉に刃が持ち上がった。
馬を駆って稼いだ時間は、確かに一行を手遅れになる前に森へ届けた。
しかし、ゼフィーリアを連れ戻そうとする者たちもまた、すでに森の入口で待ち構えていた。