アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
木々の陰で、ダークエルフたちの曲刀が持ち上がる。
ノクティアは短槍を構え、ルクスンは盾を前へ出した。
オトフリートの梟が枝から枝へ飛び移り、敵の数と配置を探る。
しかし、ゼフィーリアだけは武器を抜かなかった。
「刃を収めなさい。私は祭司長の娘ゼフィーリアです。十二支族の古い誓いを口にしながら、その私が連れてきた客人へ刃を向けるつもりですか?」
先頭に立つダークエルフの女が答える。
「その者たちは人間です。あなたを部族から奪い、暗黒神の教えから遠ざけた者ではありませんか?」
「私が部族を出たのは、私自身の自由意思です。この者たちは私を連れ出したのではなく、帰る場所のなかった私を受け入れただけです。それでも客人を害するというのなら、私もあなたたちの敵になります」
女の曲刀がわずかに下がった。
周囲のダークエルフたちにも動揺が広がる。
彼女たちはゼフィーリアを捕らえに来たのではない。
祭司長の正統な娘として、十二支族へ連れ戻すために来ている。
本人から敵と宣言されてしまえば、旧守派が掲げている大義そのものが失われる。
「武器を収めろ。ただし警戒は解くな」
女の命令を受け、曲刀が下がっていく。
ルクスンもメイスを下ろした。
「話し合いが通じるなら助かる。こっちは森へ入った瞬間からダークエルフ十二支族と全面戦争なんてキャンペーンを始めたくないんだ」
「きゃんぺーんとは何です?」
「長くて死者がいっぱい出る面倒事のことだ」
◇
ダークエルフたちは一行を、森の奥にある小さな野営地へ案内した。
ここは旧守派が設けた監視所らしい。
火は焚かれていない。
木々へ溶け込むように天幕が張られ、周囲には幾重もの見張りが置かれていた。
ゼフィーリアがダークエルフたちと話している間、ルクスンたちは少し離れた場所へ集まった。
「彼女たちは敵ではなさそうですね。少なくとも、いまの巫女を排除したいという目的は一致しています」
「問題は、その後だ。混沌の女神を追い出したら、今度はゼフィーリアをゼクノワと結婚させて十二支族をまとめるつもりだろうね」
オトフリートの言葉に、ルクスンが答えた。
ノクティアがゼフィーリアを見る。
「結婚するの?」
「しません」
戻ってきたゼフィーリアは即答した。
「だよね。それなら、どうやって断る?」
「説得します。それで駄目なら、祭司の血統に認められた権利を使います」
「どんな権利?」
「自分の意思で婿を選ぶ権利です。祭司長の娘が自由意思によって伴侶を選び、ファラリスの名において宣言した場合、族長同士が決めた婚約よりも優先されます」
ルクスンは嫌な予感を覚えた。
ゼフィーリアが、まっすぐルクスンを見る。
「本当に最後の手段ですが、私がルクスンを婿に選んだと宣言します」
「なんで僕!?」
「ファラリス神官である私の自由を尊重し、十二支族から守るために同行してきた異種族の戦士です。婿としての物語は十分に成立します」
「物語の整合性だけで僕の人生を決めるな!」
ノクティアが首を傾げる。
「ルクスンなら、いいと思う」
「お前まで軽く賛成するな!」
鞘の中で、ベラトリクスが激しく震えた。
「妾という者がありながら、主は森へ入った途端に別の女の婿になるつもりか!」
「お前は僕の妻じゃなくて武器だろ!」
「夜は同じ部屋で眠っておる!」
「剣を宿の廊下へ置いて寝る冒険者がいるか!」
オトフリートが眼鏡の位置を直す。
「確認ですが、宣言だけで成立するのでしょうか?」
「いいえ。私とルクスン双方の自由意思が必要です。無理やり夫にすれば、私自身がファラリスの教えへ背くことになります」
「僕が断れば終わりじゃないか」
「ですから、本当に最後の手段です」
「最後まで使わないでくれよ!?」
ゼフィーリアは答えず、微笑んだ。
ルクスンは不安になった。
◇
旧守派の女から聞かされた話は、予想以上に深刻だった。
新たな巫女が神託を受けるようになった当初、ゼクノワは彼女を疑っていた。
正体不明の神を名乗る声。
異なる暗黒神の教義を混ぜ合わせた言葉。
森を歪ませるほどの神聖力。
族長の息子として軍事を預かるゼクノワは、その危険性を理解していたという。
ダークエルフは暗黒神の加護を受けている。
精神へ干渉する力に対しては、人間よりはるかに強い抵抗力を持つ。並の妖術や精神魔法では、ゼクノワの意思を奪うことは難しい。
だが、巫女は彼を力ずくで支配しようとはしなかった。
神託が本物か確かめるためだと説き、ゼクノワ自身の意思で祝福を受けさせた。
「抵抗力がどれだけ高くても、本人が抵抗しなければ意味がない。最初は祝福として受け入れさせ、そのあとで少しずつ精神へ根を張ったのか」
ルクスンの言葉に、旧守派の女が頷いた。
「ゼクノワ様は変わられました。巫女の言葉を疑わず、森に住むすべての種族を新たな神へ従わせるべきだと語るようになりました。しかし、完全に意思を奪われたわけではありません」
「そう判断した理由は?」
「命令が食い違うのです。ある夜、ゼクノワ様は密かに私たちを呼び、ゼフィーリア様を探し出せと命じました。翌朝になると、その命令を出したこと自体を否定し、捜索を止めるよう命じました」
「意識が戻る時間がある?」
「短い時間だけです。そのたびに、あの方は同じ言葉を残します。巫女の目を見るな。神託を聞くな。自分を信用するな、と」
ゼフィーリアの表情が険しくなる。
「ゼクノワは、まだ抵抗しているのですね」
ルクスンは頭の中で状況を整理した。
精神抵抗に対する暗黒神の加護は働いている。
そのため、混沌の女神でもゼクノワを完全な人形にはできていない。
だが、相手は仮初めとはいえ神である。
一度の支配に失敗しても、巫女の身体を通して神聖力を流し込み、何度でも干渉を繰り返せる。
ゼクノワは強く影響されている。
敵として立ち塞がる可能性は高い。
それでも、救い出せる余地は残っていた。
「普通の精神魔法なら、サニティか解呪で対処できるかもしれない。でも、神そのものが精神へ食い込んでいるなら、巫女とのつながりを断たないかぎり繰り返される。先にゼクノワを助けても、また上書きされるだけだ」
「では、巫女を倒すしかありませんね」
「正確には、巫女の身体を奪っている混沌の女神を引き剝がす。できれば身体の持ち主も助けたい」
ゼフィーリアがルクスンを見る。
「ゼクノワも助けます。彼と結婚するつもりはありませんが、女神の操り人形として死なせるつもりもありません」
「了解。元婚約者を助けてから婚約破棄だな」
「必要なら、その場で新しい婿も発表できます」
「だから僕を見るな!」
◇
旧守派のダークエルフたちは、森の奥まで案内することを約束した。
ただし、巫女の支配する祭祀場へ近づけば、旧守派といえども安全は保証できない。
新たな神へ従う者たち。
ゼクノワの命令を受けた戦士たち。
森の精霊力に侵され、凶暴化した動植物。
そのすべてが敵となる。
一行はダークエルフの案内を受け、監視所を出発した。
森の奥へ進むほど、センスオーラに映る精霊力の色が濁っていく。
やがて遠くから、低い祈りの声が聞こえてきた。
暗黒。
死。
狂気。
かつてファンドリアの地下で聞いたものと同じ三つの言葉が、今度は森そのものを震わせている。
混沌の女神は、新たな身体を得ただけではなかった。
十二支族を束ねるはずだった花婿まで、その手中へ収めようとしていた。