アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す   作:駄文亭

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第68話 神託の鎖

 ターシャスの森へ踏み込んだ一行の前を、白い光が浮遊していた。

 

 ノクティアが呼び出したウィル・オー・ウィスプである。

 

 ダークエルフたちは暗闇を見通せる。

 

 ノクティアとゼフィーリアも精霊使いとしてインフラビジョンを得ている。オトフリートの梟にも暗視があり、ルクスンもセンスオーラから得られる視界によって、完全な暗闇でも周囲の輪郭くらいは捉えられる。

 

 それでも、光が不要になるわけではない。

 

 インフラビジョンで見えるのは熱の差である。

 

 樹皮に刻まれた印。

 

 地面へ張られた細い糸。

 

 落ち葉の色の違い。

 

 そうした視覚的な仕掛けを発見するには、明かりが必要だった。

 

「ウィスプは十歩ほど先行させよう。足元を照らしながら、矢を射かけられたときの囮にもなる」

 

「精霊を囮にするの?」

 

「消えても送還されるだけだろ。人間が矢を受けるよりいい。ただし、光だけに頼るつもりはない。相手はダークエルフだ。僕たちより森の戦いに慣れている」

 

 ノクティアはウィル・オー・ウィスプへ先行を命じた。

 

 白い光が木々の間を進んでいく。

 

 そのさらに上空では、オトフリートの梟が枝から枝へ移動していた。

 

 旧守派のダークエルフたちは、ほとんど音を立てずに森を進む。

 

 その足取りには迷いがない。

 

 だが、森そのものは彼女たちの知る姿を失いつつあった。

 

 乾いたはずの場所から水が湧き、湿地に生える草が岩の上を覆っている。

 

 風のない場所で枝が揺れ、地中から熱気が噴き出す。

 

 異なる精霊力が互いの領域へ侵入し、森の法則を歪めていた。

 

          ◇

 

 一行の前を、増水した川が塞いだ。

 

 架けられていた吊り橋は中央から切れ、濁流へ垂れ下がっている。

 

「以前は、歩いて渡れる程度の流れでした。この水量は異常です」

 

 旧守派の女が川を睨む。

 

 流れは速く、泳いで渡るのは危険だった。

 

 下流へ迂回すれば、半日以上を失うという。

 

 ルクスンは水面へ目を凝らした。

 

 センスオーラの視界に、水の精霊力が映る。

 

 しかし、川の中央では水の気配へ土と闇が絡みつき、濁った縄のように捻れていた。

 

「このまま精霊魔法を使える?」

 

 ノクティアとゼフィーリアが川岸へ近づく。

 

 二人はしばらく水面を見つめたあと、上流へ歩いた。

 

「ここなら大丈夫。水の精霊が怯えているけど、まだ呼びかけには応じる」

 

「川の中央は避けます。水の精霊力が残っている場所を選んで渡りましょう」

 

 二人が精霊語で水へ語りかける。

 

 ノクティアとゼフィーリアは対象を分担して拡大し、ルクスンたちと旧守派の案内人へ水上歩行の加護を与えた。

 

 ルクスンが慎重に片足を出す。

 

 靴底が水面へ触れた。

 

 沈まない。

 

 荒れた水面が、薄い革を張った床のように体重を受け止めている。

 

「便利すぎる……。蛇王の迷宮で使っていれば、膝までの水による回避の不利も、沈んだ落とし穴も、クロコダイルも無視できたじゃないか!」

 

「ようやく思い出した?」

 

「言うな! 今回は忘れなかったんだから成長してるだろ!」

 

 一行は精霊力の安定している場所を選び、水面を渡った。

 

 濁流は足元を流れているが、身体が沈むことはない。

 

 旧守派の者たちが驚いた様子で足元を見ている。

 

「人間の精霊使いも侮れないものですね」

 

「ノクティアはハーフエルフだ。あと、そっちのゼフィーリアも精霊使いだから、今回の功績を人間だけのものにするのは無理があるぞ」

 

「主だけ何もしておらぬな」

 

「僕は作戦を思い出した!」

 

「威張ることかのう?」

 

          ◇

 

 川を渡りきった直後、ベラトリクスが鞘の中で震えた。

 

「主よ、刃物じゃ。前方と左右に分かれておる。先ほどの者たちとは別の集団じゃぞ」

 

 ルクスンは歩みを止めなかった。

 

 声を上げれば、待ち伏せに気づいたことが相手へ伝わる。

 

 ノクティアが視線だけをルクスンへ向けた。

 

「弓?」

 

「その可能性が高い。隊列を狭める。旧守派の連中も全員、ノクティアを中心に集めろ」

 

 旧守派の女が小さな身振りで指示を出す。

 

 広がっていた一行が、互いを守れる距離まで集まった。

 

「ノクティア、ミサイル・プロテクション。ゼフィーリアはまだ使うな。相手にシャーマンがいれば、シュート・アローで守りを打ち消しに来る。消された直後に二枚目を張ってくれ」

 

「最初の守りは餌?」

 

「防御であり、敵のシャーマンを見つけるための餌でもある。普通の矢だけなら、そのまま防げる。シュート・アローを使えば相殺の起きた方向から術者の位置が割れる」

 

「わかりました。二枚目は私が引き受けます」

 

 ノクティアが、歩調を変えずに精霊語で風へ呼びかけた。

 

 森を抜ける風が、その声へ応える。

 

 一行を包み込む範囲へ、目に見えない風の防壁が形成された。

 

 ミサイル・プロテクション。

 

 範囲内へ飛び込んでくる矢や投石を、風の精霊が逸らしてくれる。

 

「全員、ノクティアから離れすぎるな。効果範囲から出たら普通に射抜かれるぞ」

 

 一行は密集しすぎない程度の間隔を保ちながら、風の守りの中を進んだ。

 

 ノクティアはウィル・オー・ウィスプをさらに先行させる。

 

 オトフリートは梟へ指示を送った。

 

 使い魔が翼を広げ、右手側の木々へ飛ぶ。

 

 梟は枝の上で古代語の呪文を唱え、自らに与えられた精神力を使って小石へライトをかけた。

 

 光を帯びた小石を掴み、ウィル・オー・ウィスプとは反対側へ運ぶ。

 

 森の中に、二つの光が生まれた。

 

 片方は前方。

 

 もう片方は右側。

 

 ルクスンたちは、その中間にある暗がりを進んだ。

 

 直後、数本の矢が飛んだ。

 

 最初の矢はウィル・オー・ウィスプを通過し、地面へ突き刺さる。

 

 別の矢がライトの小石へ向けて放たれた。

 

 待ち伏せていた者たちが、二つの光を一行の先頭と後衛だと誤認したのだ。

 

「前方に二人、右に一人。まだ左がいます!」

 

 オトフリートが梟の視界から敵の位置を割り出す。

 

 左側から第二射が飛んだ。

 

 今度は、ルクスンたちを正確に狙っている。

 

 だが、矢は一行の周囲へ展開された風の範囲へ入った瞬間、その軌道を変えた。

 

 一本は頭上へ。

 

 一本は地面へ。

 

 別の一本は、ルクスンの盾へ届く前に横へ押し流された。

 

 範囲内にいた全員が守られている。

 

「ミサイル・プロテクションだ! シュート・アローで消せ!」

 

 森の左奥から声が響いた。

 

 精霊語の詠唱が始まる。

 

 一本の矢が風の精霊力をまとい、通常ではあり得ない速度で飛来した。

 

 矢を導く風と、矢を逸らす風が正面から衝突する。

 

 シュート・アローとミサイル・プロテクション。

 

 二つの精霊魔法が互いを打ち消した。

 

 飛来した矢は力を失い、ルクスンたちの手前へ落ちる。

 

 同時に、一行全体を包んでいた風の防壁も消滅した。

 

「左奥、太い樹の根元! 相殺で落ち葉が巻き上がった場所にシャーマンがいる!」

 

 ルクスンが叫ぶ。

 

 待機していたゼフィーリアが、すぐに精霊語で風へ呼びかけた。

 

 次の矢が放たれるより早く、二枚目のミサイル・プロテクションが一行の周囲へ展開される。

 

 第三射が飛び込んできた。

 

 再び風が膨れ上がり、すべての矢を範囲外へ押し流す。

 

「守りを打ち消した直後に、もう一度だと!?」

 

「こっちにはシャーマンが二人いるんだよ! 同じ手を連続で使えると思うな!」

 

「見つけました。梟を回り込ませます!」

 

 オトフリートの梟が樹上を大きく迂回する。

 

 待ち伏せていたダークエルフたちは、正面のルクスンたちへ意識を集中している。

 

 背後の枝へ降りた梟が、古代語の詠唱を始めた。

 

「全知全能たる、万象を巡るマナよ。眠りの雲となり、抗う者の意識を閉ざせ——スリープ・クラウド!」

 

 使い魔自身の精神力によって、淡い霧が発生した。

 

 霧は敵のシャーマンと、その周囲に潜んでいた弓兵を包み込む。

 

 魔法は狙いを外さない。

 

 その場にいた全員が眠りの力へ晒された。

 

 だが、眠りへ落ちたのは弓兵一人だけだった。

 

 シャーマンを含む残りのダークエルフは、暗黒神の加護によって眠りへ抵抗する。

 

「抵抗への加護は伊達じゃないか! でも位置は割れた! ベラ、自由行動! 身体は斬るな。お前にはバロウルの魔眼が入っている!」

 

「承知したのじゃ! 弓と武器だけを狙うぞ!」

 

 ベラトリクスが鞘から飛び出した。

 

 自立した魔剣が木々の間を飛び、ダークエルフたちの弓弦を次々と切断していく。

 

 剣としての打撃力はそのままだが、自由行動中の追加ダメージは魔法の武器としての強化分しか得られない。

 

 手に持って殴ったほうが強い。

 

 それでも、離れた敵の武器を破壊するには十分だった。

 

「ゼフィーリア様を生け捕りにせよ! 人間と裏切り者は殺して構わない!」

 

 シャーマンの命令を受け、曲刀を抜いた戦士たちが茂みから飛び出す。

 

 ルクスンは盾を前へ出した。

 

 飛び道具は、ゼフィーリアが張り直した風の防壁に任せられる。

 

 接近してくる敵だけに集中すればいい。

 

 ルクスンは正面の戦士へ突進した。

 

 曲刀を盾で受け、メイスを横薙ぎに振るう。

 

 金属鎧を着ていないダークエルフへ、メイスの一撃は重い。

 

 一人が脇腹を打たれ、地面へ転がった。

 

 別の戦士がルクスンの背後へ回ろうとする。

 

 ノクティアが片手を空け、精霊語で大地へ呼びかけた。

 

 距離を拡大されたスネアが足元の草と根を動かし、戦士の足首を絡め取る。

 

 転倒したところへ、旧守派の戦士が飛びかかった。

 

 森の中で、同族同士の曲刀が火花を散らす。

 

 ゼフィーリアはミサイル・プロテクションの範囲を維持しながら、鋭く命じた。

 

「殺すのは最小限にしなさい。一人は必ず生かして捕らえます。ゼクノワが何を命じたのか、直接聞き出します!」

 

          ◇

 

 戦いは長く続かなかった。

 

 待ち伏せを見破られたうえ、弓による奇襲をミサイル・プロテクションで防がれた。

 

 守りを打ち消すためにシュート・アローを使ったシャーマンも、その瞬間に居場所を割り出された。

 

 一度目の守りを消しても、待機していたゼフィーリアが範囲魔法を張り直す。

 

 弓兵たちに、三度目の機会は訪れなかった。

 

 新たな巫女へ従うダークエルフたちのうち、二人が倒れ、三人が拘束された。残る者は森の奥へ逃げていった。

 

 ルクスンは捕らえた戦士の一人を観察した。

 

 センスマジックに、精神を縛る魔法の気配は映らない。

 

 センスオーラで見える生命の精霊力にも、不自然な欠落はなかった。

 

「こいつは洗脳されていない。少なくとも、いま直接操られているわけじゃない」

 

「当然だ。我々は自らの意思でゼクノワ様へ従っている。あの方こそ、十二支族を統べる次代の族長だ」

 

 捕虜は吐き捨てるように答えた。

 

 ルクスンは顔をしかめる。

 

「なるほど。神様が十二支族全員の精神抵抗を突破する必要なんてない。次の族長一人を操って、正規の命令を出させればいいんだ」

 

 暗黒神の加護を受けたダークエルフを、一人ずつ洗脳するのは難しい。

 

 だが、命令へ従っているだけなら魔法は必要ない。

 

 混沌の女神は、ゼクノワという支配の要を押さえることで、十二支族の半数近くを動かしていた。

 

「ゼクノワは、私をどうするよう命じたのです?」

 

「傷つけずに捕らえろとの命令だ。目を覆い、耳を塞ぎ、言葉を発せないようにして、巫女様の祭壇へ連れて来いと」

 

 ゼフィーリアの表情が変わった。

 

「目と耳を?」

 

「精霊魔法や神聖魔法を使わせないためだ」

 

 捕虜はそう信じているらしい。

 

 しかし、ゼフィーリアは首を振った。

 

「精霊語も神聖語も、耳を塞いだだけでは封じられません。言葉を奪うだけで十分です。それなのに、ゼクノワは目と耳まで覆えと命じた」

 

 オトフリートが意図を察する。

 

「巫女を見せず、神託を聞かせないためですか?」

 

「おそらくは。ゼクノワの中には、まだ抵抗している部分が残っています。命令へ逆らえなくても、その命令の中へ私を守る条件を紛れ込ませたのでしょう」

 

 完全には支配されていない。

 

 だが、自由でもない。

 

 巫女の命令へ従いながら、わずかに残った自我でゼフィーリアを守ろうとしている。

 

「急ごう。次の神託を受けたら、その抵抗まで消されるかもしれない」

 

 ルクスンは捕虜から祭祀場までの道を聞き出し、立ち上がった。

 

 森の奥から響く祈りの声が、先ほどより大きくなっている。

 

 混沌の女神は、十二支族すべてを自らの信徒へ変えようとしていた。

 

 そして、そのために必要な最後の駒は、もう一人の花嫁だった。

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