アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
ターシャスの森へ踏み込んだ一行の前を、白い光が浮遊していた。
ノクティアが呼び出したウィル・オー・ウィスプである。
ダークエルフたちは暗闇を見通せる。
ノクティアとゼフィーリアも精霊使いとしてインフラビジョンを得ている。オトフリートの梟にも暗視があり、ルクスンもセンスオーラから得られる視界によって、完全な暗闇でも周囲の輪郭くらいは捉えられる。
それでも、光が不要になるわけではない。
インフラビジョンで見えるのは熱の差である。
樹皮に刻まれた印。
地面へ張られた細い糸。
落ち葉の色の違い。
そうした視覚的な仕掛けを発見するには、明かりが必要だった。
「ウィスプは十歩ほど先行させよう。足元を照らしながら、矢を射かけられたときの囮にもなる」
「精霊を囮にするの?」
「消えても送還されるだけだろ。人間が矢を受けるよりいい。ただし、光だけに頼るつもりはない。相手はダークエルフだ。僕たちより森の戦いに慣れている」
ノクティアはウィル・オー・ウィスプへ先行を命じた。
白い光が木々の間を進んでいく。
そのさらに上空では、オトフリートの梟が枝から枝へ移動していた。
旧守派のダークエルフたちは、ほとんど音を立てずに森を進む。
その足取りには迷いがない。
だが、森そのものは彼女たちの知る姿を失いつつあった。
乾いたはずの場所から水が湧き、湿地に生える草が岩の上を覆っている。
風のない場所で枝が揺れ、地中から熱気が噴き出す。
異なる精霊力が互いの領域へ侵入し、森の法則を歪めていた。
◇
一行の前を、増水した川が塞いだ。
架けられていた吊り橋は中央から切れ、濁流へ垂れ下がっている。
「以前は、歩いて渡れる程度の流れでした。この水量は異常です」
旧守派の女が川を睨む。
流れは速く、泳いで渡るのは危険だった。
下流へ迂回すれば、半日以上を失うという。
ルクスンは水面へ目を凝らした。
センスオーラの視界に、水の精霊力が映る。
しかし、川の中央では水の気配へ土と闇が絡みつき、濁った縄のように捻れていた。
「このまま精霊魔法を使える?」
ノクティアとゼフィーリアが川岸へ近づく。
二人はしばらく水面を見つめたあと、上流へ歩いた。
「ここなら大丈夫。水の精霊が怯えているけど、まだ呼びかけには応じる」
「川の中央は避けます。水の精霊力が残っている場所を選んで渡りましょう」
二人が精霊語で水へ語りかける。
ノクティアとゼフィーリアは対象を分担して拡大し、ルクスンたちと旧守派の案内人へ水上歩行の加護を与えた。
ルクスンが慎重に片足を出す。
靴底が水面へ触れた。
沈まない。
荒れた水面が、薄い革を張った床のように体重を受け止めている。
「便利すぎる……。蛇王の迷宮で使っていれば、膝までの水による回避の不利も、沈んだ落とし穴も、クロコダイルも無視できたじゃないか!」
「ようやく思い出した?」
「言うな! 今回は忘れなかったんだから成長してるだろ!」
一行は精霊力の安定している場所を選び、水面を渡った。
濁流は足元を流れているが、身体が沈むことはない。
旧守派の者たちが驚いた様子で足元を見ている。
「人間の精霊使いも侮れないものですね」
「ノクティアはハーフエルフだ。あと、そっちのゼフィーリアも精霊使いだから、今回の功績を人間だけのものにするのは無理があるぞ」
「主だけ何もしておらぬな」
「僕は作戦を思い出した!」
「威張ることかのう?」
◇
川を渡りきった直後、ベラトリクスが鞘の中で震えた。
「主よ、刃物じゃ。前方と左右に分かれておる。先ほどの者たちとは別の集団じゃぞ」
ルクスンは歩みを止めなかった。
声を上げれば、待ち伏せに気づいたことが相手へ伝わる。
ノクティアが視線だけをルクスンへ向けた。
「弓?」
「その可能性が高い。隊列を狭める。旧守派の連中も全員、ノクティアを中心に集めろ」
旧守派の女が小さな身振りで指示を出す。
広がっていた一行が、互いを守れる距離まで集まった。
「ノクティア、ミサイル・プロテクション。ゼフィーリアはまだ使うな。相手にシャーマンがいれば、シュート・アローで守りを打ち消しに来る。消された直後に二枚目を張ってくれ」
「最初の守りは餌?」
「防御であり、敵のシャーマンを見つけるための餌でもある。普通の矢だけなら、そのまま防げる。シュート・アローを使えば相殺の起きた方向から術者の位置が割れる」
「わかりました。二枚目は私が引き受けます」
ノクティアが、歩調を変えずに精霊語で風へ呼びかけた。
森を抜ける風が、その声へ応える。
一行を包み込む範囲へ、目に見えない風の防壁が形成された。
ミサイル・プロテクション。
範囲内へ飛び込んでくる矢や投石を、風の精霊が逸らしてくれる。
「全員、ノクティアから離れすぎるな。効果範囲から出たら普通に射抜かれるぞ」
一行は密集しすぎない程度の間隔を保ちながら、風の守りの中を進んだ。
ノクティアはウィル・オー・ウィスプをさらに先行させる。
オトフリートは梟へ指示を送った。
使い魔が翼を広げ、右手側の木々へ飛ぶ。
梟は枝の上で古代語の呪文を唱え、自らに与えられた精神力を使って小石へライトをかけた。
光を帯びた小石を掴み、ウィル・オー・ウィスプとは反対側へ運ぶ。
森の中に、二つの光が生まれた。
片方は前方。
もう片方は右側。
ルクスンたちは、その中間にある暗がりを進んだ。
直後、数本の矢が飛んだ。
最初の矢はウィル・オー・ウィスプを通過し、地面へ突き刺さる。
別の矢がライトの小石へ向けて放たれた。
待ち伏せていた者たちが、二つの光を一行の先頭と後衛だと誤認したのだ。
「前方に二人、右に一人。まだ左がいます!」
オトフリートが梟の視界から敵の位置を割り出す。
左側から第二射が飛んだ。
今度は、ルクスンたちを正確に狙っている。
だが、矢は一行の周囲へ展開された風の範囲へ入った瞬間、その軌道を変えた。
一本は頭上へ。
一本は地面へ。
別の一本は、ルクスンの盾へ届く前に横へ押し流された。
範囲内にいた全員が守られている。
「ミサイル・プロテクションだ! シュート・アローで消せ!」
森の左奥から声が響いた。
精霊語の詠唱が始まる。
一本の矢が風の精霊力をまとい、通常ではあり得ない速度で飛来した。
矢を導く風と、矢を逸らす風が正面から衝突する。
シュート・アローとミサイル・プロテクション。
二つの精霊魔法が互いを打ち消した。
飛来した矢は力を失い、ルクスンたちの手前へ落ちる。
同時に、一行全体を包んでいた風の防壁も消滅した。
「左奥、太い樹の根元! 相殺で落ち葉が巻き上がった場所にシャーマンがいる!」
ルクスンが叫ぶ。
待機していたゼフィーリアが、すぐに精霊語で風へ呼びかけた。
次の矢が放たれるより早く、二枚目のミサイル・プロテクションが一行の周囲へ展開される。
第三射が飛び込んできた。
再び風が膨れ上がり、すべての矢を範囲外へ押し流す。
「守りを打ち消した直後に、もう一度だと!?」
「こっちにはシャーマンが二人いるんだよ! 同じ手を連続で使えると思うな!」
「見つけました。梟を回り込ませます!」
オトフリートの梟が樹上を大きく迂回する。
待ち伏せていたダークエルフたちは、正面のルクスンたちへ意識を集中している。
背後の枝へ降りた梟が、古代語の詠唱を始めた。
「全知全能たる、万象を巡るマナよ。眠りの雲となり、抗う者の意識を閉ざせ——スリープ・クラウド!」
使い魔自身の精神力によって、淡い霧が発生した。
霧は敵のシャーマンと、その周囲に潜んでいた弓兵を包み込む。
魔法は狙いを外さない。
その場にいた全員が眠りの力へ晒された。
だが、眠りへ落ちたのは弓兵一人だけだった。
シャーマンを含む残りのダークエルフは、暗黒神の加護によって眠りへ抵抗する。
「抵抗への加護は伊達じゃないか! でも位置は割れた! ベラ、自由行動! 身体は斬るな。お前にはバロウルの魔眼が入っている!」
「承知したのじゃ! 弓と武器だけを狙うぞ!」
ベラトリクスが鞘から飛び出した。
自立した魔剣が木々の間を飛び、ダークエルフたちの弓弦を次々と切断していく。
剣としての打撃力はそのままだが、自由行動中の追加ダメージは魔法の武器としての強化分しか得られない。
手に持って殴ったほうが強い。
それでも、離れた敵の武器を破壊するには十分だった。
「ゼフィーリア様を生け捕りにせよ! 人間と裏切り者は殺して構わない!」
シャーマンの命令を受け、曲刀を抜いた戦士たちが茂みから飛び出す。
ルクスンは盾を前へ出した。
飛び道具は、ゼフィーリアが張り直した風の防壁に任せられる。
接近してくる敵だけに集中すればいい。
ルクスンは正面の戦士へ突進した。
曲刀を盾で受け、メイスを横薙ぎに振るう。
金属鎧を着ていないダークエルフへ、メイスの一撃は重い。
一人が脇腹を打たれ、地面へ転がった。
別の戦士がルクスンの背後へ回ろうとする。
ノクティアが片手を空け、精霊語で大地へ呼びかけた。
距離を拡大されたスネアが足元の草と根を動かし、戦士の足首を絡め取る。
転倒したところへ、旧守派の戦士が飛びかかった。
森の中で、同族同士の曲刀が火花を散らす。
ゼフィーリアはミサイル・プロテクションの範囲を維持しながら、鋭く命じた。
「殺すのは最小限にしなさい。一人は必ず生かして捕らえます。ゼクノワが何を命じたのか、直接聞き出します!」
◇
戦いは長く続かなかった。
待ち伏せを見破られたうえ、弓による奇襲をミサイル・プロテクションで防がれた。
守りを打ち消すためにシュート・アローを使ったシャーマンも、その瞬間に居場所を割り出された。
一度目の守りを消しても、待機していたゼフィーリアが範囲魔法を張り直す。
弓兵たちに、三度目の機会は訪れなかった。
新たな巫女へ従うダークエルフたちのうち、二人が倒れ、三人が拘束された。残る者は森の奥へ逃げていった。
ルクスンは捕らえた戦士の一人を観察した。
センスマジックに、精神を縛る魔法の気配は映らない。
センスオーラで見える生命の精霊力にも、不自然な欠落はなかった。
「こいつは洗脳されていない。少なくとも、いま直接操られているわけじゃない」
「当然だ。我々は自らの意思でゼクノワ様へ従っている。あの方こそ、十二支族を統べる次代の族長だ」
捕虜は吐き捨てるように答えた。
ルクスンは顔をしかめる。
「なるほど。神様が十二支族全員の精神抵抗を突破する必要なんてない。次の族長一人を操って、正規の命令を出させればいいんだ」
暗黒神の加護を受けたダークエルフを、一人ずつ洗脳するのは難しい。
だが、命令へ従っているだけなら魔法は必要ない。
混沌の女神は、ゼクノワという支配の要を押さえることで、十二支族の半数近くを動かしていた。
「ゼクノワは、私をどうするよう命じたのです?」
「傷つけずに捕らえろとの命令だ。目を覆い、耳を塞ぎ、言葉を発せないようにして、巫女様の祭壇へ連れて来いと」
ゼフィーリアの表情が変わった。
「目と耳を?」
「精霊魔法や神聖魔法を使わせないためだ」
捕虜はそう信じているらしい。
しかし、ゼフィーリアは首を振った。
「精霊語も神聖語も、耳を塞いだだけでは封じられません。言葉を奪うだけで十分です。それなのに、ゼクノワは目と耳まで覆えと命じた」
オトフリートが意図を察する。
「巫女を見せず、神託を聞かせないためですか?」
「おそらくは。ゼクノワの中には、まだ抵抗している部分が残っています。命令へ逆らえなくても、その命令の中へ私を守る条件を紛れ込ませたのでしょう」
完全には支配されていない。
だが、自由でもない。
巫女の命令へ従いながら、わずかに残った自我でゼフィーリアを守ろうとしている。
「急ごう。次の神託を受けたら、その抵抗まで消されるかもしれない」
ルクスンは捕虜から祭祀場までの道を聞き出し、立ち上がった。
森の奥から響く祈りの声が、先ほどより大きくなっている。
混沌の女神は、十二支族すべてを自らの信徒へ変えようとしていた。
そして、そのために必要な最後の駒は、もう一人の花嫁だった。