アレクラスト転生記〜TRPGフリーク、フォーセリアに転生す 作:駄文亭
捕らえたダークエルフたちを連れ、一行は旧守派の拠点へ向かった。
巫女に従う者たちが逃げた以上、待ち伏せの失敗は間もなくゼクノワへ伝わる。
同じ道を進み続けるのは危険だった。
旧守派の案内人は獣道さえ避け、倒木の下を潜り、沢を遡り、何度も進路を変えた。
ルクスンにもレンジャーとしての心得はある。
それでも、ターシャスの森で生まれ育ったダークエルフたちの移動を完全に追うのは難しかった。
「一人で帰れる自信がない」
「妾が道を覚えておるぞ」
「お前は方向感覚を何で補ってるんだ?」
「剣の勘じゃ!」
「信用できねえ!」
ベラトリクスの返答へ突っ込んでいる間にも、森は深くなっていく。
やがて木々の密度が変わった。
外から見れば何もない藪の奥に、幾つもの天幕と木造の小屋が隠されていた。
火は焚かれていない。
炊事の煙も、森の外から見えないよう地面の下を通されている。
旧守派の隠れ里だった。
◇
一行が姿を現すと、里にいたダークエルフたちが一斉に武器へ手を伸ばした。
先頭を歩いていたゼフィーリアが、鷹の羽のマントを開く。
銀色の髪。
褐色の肌。
祭司の血統に連なることを示す装身具。
それを認めた瞬間、里に動揺が広がった。
「ゼフィーリア様……」
「本当に戻られたのか?」
「祭司長へ知らせろ!」
声が次々と森の奥へ伝わっていく。
やがて、一人のダークエルフが小屋から姿を現した。
年齢を重ねた男だった。
銀色の髪には白いものが混じり、長い杖を手にしている。
里の者たちが道を開けた。
ゼフィーリアの父。
十二支族の祭祀を預かる祭司長だった。
父と娘は、しばらく無言で向かい合った。
「戻ったか」
「戻ったのではありません。森を歪めている者を倒すために来ました」
「それでも、再びこの森へ足を踏み入れたことに変わりはない。お前が姿を消してから、どれほどの血が流れたと思っている」
「私がゼクノワと結婚していれば、すべて丸く収まったとおっしゃるのですか?」
「少なくとも十二支族は分裂しなかった。祭司の血統と族長の血統が結ばれれば、誰も異を唱えられなかった」
「だから私は逃げました。十二支族をまとめるための道具として、生涯を差し出すつもりはありません」
祭司長の表情は変わらない。
だが、杖を握る手に力が入った。
「祭司の血統に生まれた者には、果たすべき役目がある」
「ファラリスは、自らの欲望と意思に従えと教えます。私の役目を決めるのは、あなたでも十二支族でもありません」
祭司長とゼフィーリアの視線がぶつかる。
ルクスンは口を挟むべきか迷った。
親子の問題へ他人が介入すれば、余計にこじれる可能性がある。
しかし、このまま黙っていれば、ゼフィーリアが婚姻の最終手段を使いかねない。
ルクスンは自分が婿候補にされる未来を回避するため、前へ出た。
「自由を掲げる神の祭司が、娘の自由意思を認めないのは矛盾していませんか?」
「人間に十二支族の事情がわかるものか」
「わかりませんよ。でも、自分が嫌だったことを他人に押しつける組織が、長続きしないことくらいは知っています」
「お前は娘の何だ?」
来た。
もっとも聞かれたくない質問だった。
「仲間です」
ゼフィーリアも即座に答えた。
「私が自分の意思で選んだ同行者です。それ以上でも、それ以下でもありません」
ルクスンは胸を撫で下ろした。
まだ最後の手段を使う気はないらしい。
「わらわの主でもあるぞ!」
「ベラは黙ってろ!」
鞘から響いた声に、祭司長が初めて表情を崩した。
◇
話し合いの場所は、祭司長の小屋へ移された。
ルクスンたちは武器を預けなかった。
祭司長も要求しなかった。
混沌の女神を相手にする以上、いまさら人間だからという理由で戦力を遠ざける余裕はないのだろう。
オトフリートがラムリアース魔術師ギルドの書状を差し出す。
「私たちは、森の精霊力に生じた異常を調査するために来ました。しかし、原因が混沌の女神であるなら、観察して帰るだけでは済みません」
「人間の魔術師が、我らの神々へ口を出すか」
「異変が森の中だけで収まるなら、ラムリアースは動かなかったでしょう。すでに獣や鳥が北へ逃げ始めています。このまま拡大すれば、オーファンにもラムリアースにも影響が及びます」
祭司長は書状を机へ置いた。
「巫女が神託を受け始めてから、十二支族の半数が彼女へ従った。ゼクノワも、その一人だ。残る半数は我ら旧守派についたが、正面から争えば十二支族そのものが滅びる」
「だから、ゼフィーリアを連れ戻そうとした?」
「祭司の正統な血を引く娘が戻れば、巫女の正当性を否定できる。さらにゼクノワとの婚姻が成立すれば、祭司と族長の権威を再び一つにできる」
「しません」
ゼフィーリアが冷たく言い切った。
祭司長は娘を見たが、今度は言い返さなかった。
代わりに、一枚の木板を机へ置く。
森の奥にある祭祀場と、その周囲を描いた簡素な地図だった。
「巫女とゼクノワは、明日の夜に婚姻の儀を行う」
小屋の中が静まり返った。
「そんなに早く?」
「元々は、十二支族の争いが収まってから行うはずだった。しかし、お前が森へ戻ったと知られれば、儀式をさらに早める可能性がある」
ルクスンはライナスからの行程を思い返した。
徒歩を選んでいれば、森へ到着する前に儀式は終わっていた。
馬を使って日数を縮めたことで、辛うじて間に合ったのだ。
「婚姻の儀に、宗教的な意味は?」
「巫女は、自らを新たな神の器だと宣言する。ゼクノワは次代の族長として十二支族を代表し、その神へ服従を誓う。参列する者たちも、同じ誓いを立てることになる」
オトフリートが険しい顔になる。
「十二支族から一度に信仰を集める儀式ですか」
「混沌の女神は生まれたばかりだ。まだ、この世界へ根を下ろしきっていない。十二支族の信仰と誓約を得れば、奪った巫女の身体を確かな依代とし、この森へ定着するつもりなのかもしれない」
ルクスンはファンドリアでの戦いを思い出した。
あのとき、混沌の女神は肉体を持たない霊体として逃げた。
今度は強い身体を手に入れた。
さらに信者と土地まで得れば、以前のように追い払うだけでは済まなくなる。
「明日の夜までに、巫女とゼクノワを引き離す。ゼクノワが自分の意思で服従を誓わなければ、儀式は完全には成立しないはずだ」
「どうやって近づく?」
「僕たちを襲った連中は、ゼフィーリアを目隠しして祭祀場へ連れていくつもりだった。捕虜になったふりをすれば、中へ入れる可能性がある」
「危険すぎます」
ノクティアが即座に反対した。
「わかってる。だから、すぐには決めない。祭祀場の見取り図、警備の交代、ゼクノワの居場所、巫女が神託を行う時間を調べてからだ」
祭司長が地図の一点を指した。
「ゼクノワは儀式まで、祭祀場に隣接する戦士の館にいる。巫女とは別の建物だが、日に数度、神託を受けるため祭壇へ呼ばれる」
「次に引き離せる時間は?」
「夜明け前。ゼクノワは戦士たちの巡回を自ら確認する。その時間だけは、巫女のそばを離れる」
ルクスンは決断した。
「夜明け前にゼクノワを攫う。目と耳を塞いで巫女の干渉を断ち、正気へ戻せるか試す。駄目なら拘束したまま儀式が終わるまで隠す」
「次代の族長を誘拐するというのか?」
「神に操られたまま結婚させるよりマシでしょう」
◇
すぐに出発することはできなかった。
ノクティアは水上歩行、ウィル・オー・ウィスプ、ミサイル・プロテクション、スネアを使用している。
ゼフィーリアも水上歩行とミサイル・プロテクションを使った。
オトフリート本人の精神力は温存されているが、ライトとスリープ・クラウドを使った梟の精神力は減っている。
このまま祭祀場へ入れば、必要な場面で魔法が使えなくなる。
「八時間眠ろう。精神力を全快させてから動く。馬を使って稼いだ時間を、ここで準備に回す」
「儀式まで時間がないのでは?」
「だからこそだよ。今すぐ行って魔法が足りずに全滅したら、残った時間も何もない」
旧守派が警戒を引き受け、一行は眠ることになった。
八時間後。
夜明け前の森へ向けて、ゼクノワ奪還作戦が始まる。
救出できれば、混沌の女神は十二支族を束ねる花婿を失う。
失敗すれば、ゼフィーリアは最後の手段を使わなければならないかもしれない。
ルクスンは眠りへ落ちる直前、心の中で念じた。
どうか朝になっても、僕がダークエルフの婿候補になっていませんように。