隣人の天才引きこもりと恋仲になりたいだけの話 作:散髪どっこいしょ野郎
「なあ唐本、お前進路はどうするんだ?」
「高校卒業したら働こうと思う。……どの職種にするかはまだ迷ってるけどな」
意外にも灰実は大学に進学するらしい。俺が勉強を教えたことで自信が付いたとのこと。
「奨学金は借りねぇのか?」
「返せる自信が無い」
「お前のスキルなら余裕そうだけどな~」
奨学金返済を憂うのもそうだが、俺はもう学び舎に通いたくなかった。勉強なんて元々好きでもない。
「俺は大人しく就活するよ。灰実も程々に頑張れ」
「おう! ありがとな唐本!」
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『静香? あんた就職先はどこにするの?』
「このアパートからできるだけ近い所にする予定」
月に一度の母との電話。いつもなら簡素に終わるが、将来的な話になると少し口数が増えた。
『そんな曖昧な決め方で大丈夫なの? お金は最低限生きていければいいけど、労働条件だって重要でしょう』
「色々見たけどそこの方が都合が良かったから。休みもそこそこ取れるらしいし、そっちにお金送っても余裕を持てそうだから大丈夫だよ」
『……そう。ま、頑張りなさい。あんたの人生なんだからね』
「肝に銘ずるよ」
そういえば最近、鈴鹿姉さんと話してないな。たまには電話でもしとくべきか……?
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「それでは、お世話になりました」
「ああ。今までありがとう唐本」
就職を間近に控え、俺は本屋のバイトを辞める。中々に忙しい職場だったが、やり応えはあった。
エプロンを返し、挨拶も済ませ、後は己が道を往くのみとなり……店長が一冊の本を俺に差し出した。
「就職祝いってことで、俺イチオシの小説をあげよう。暇があったら読んでみてくれ」
「……ありがとうございます」
小説、か。確かに俺はミサギ関連以外の娯楽を切り落としていた。たまには文学の熱に浮かされるのも悪くはないだろう。
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「誕生日おめでとう、ミサギ」
「うん。ありがと」
……ホワホワする。それと、ドキドキする。
いつからこうなったのかは覚えていない。そして、この高鳴りの正体を私は知らなかった。
この症状は日に日に悪化している。今までは静香の近くにいたら発現していたのが、静香を考えるだけで発生するようになった。
「ねえ静香」
「なんだ?」
私のために満漢全席をこしらえる静香に声をかける。
静香が高校を卒業するまで、もう間もない。それでもこれまでの三年間のように、これからも繋がっていたい。
「私、もっと静香と一緒にいたい。だからこれからもよろしくね」
「……ああ。俺もだよ。ミサギ。……っと、はい、まずはエビチリ」
「美味しそー、いただきまーす」
ソースがよく絡んだエビを一口。……美味しい。就職してからも作ってほしいなと常々思う。
……ん? それなら手っ取り早い方法がある。
静香が、私から離れないようにすれば──
「……それはダメだよ」
「ん? なんか言ったか」
私の都合で静香を振り回したくない。確かにそれで望みが叶うかもしれないけど、私がこの現実を楽しむ条件は静香の幸せが絶対だ。
「はい次、春巻き」
「もぐもぐ……。んー、美味しー」
ホワホワする。ドキドキする。詳細が分からなくても、それが心地よかった。
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上司や同期に不満は無い。対人関係で見ればいい職場だ。しかし忙しすぎた。
「ふー、疲れた……」
毎日残業は当たり前。安アパートに帰り、夕食も摂らず眠りに落ちる日々。最近はミサギが起きるより早く出勤しなければならないため彼女との時間が一気に減った。
「はぁ……明日やっと休み……」
学校に通うよりはマシ。そう自分に言い聞かせてみても、辛いものは辛い。
「……会いたいな、君と」
夜の闇に呟く。隣にいる筈なのに、なんて距離が遠いのだろう。
明日は休日。また一緒に食事をしたい。そんなことを考えながら眠りについて──玄関の鍵が開く音を、意識が落ちる刹那に、聞いた。
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「うーん……」
小鳥のさえずりが聞こえる。しかし体は重く、中々まぶたを開けずにいた。
何か良い匂いがする。しかし眠気は強く、中々上体を起こせずにいた。
視線を感じる。そういえば昨日鍵を開けた音──鍵を開けた音──!?
「っ!? ……って、君か」
「おはよ、静香」
慌てて跳ね起きると、ミサギが枕元に座って俺を見ていた。……ん? 何かおかしいな……。
「あー……ミサギ、いつからこうしてた」
「昨日の夜中からだね」
「……ずっと、見てたってことなのか」
「うん。そうだよ」
思わず頭を抱える。確かに最近会えてなかった。だからといってこのような行動を起こされるとは思っていなかった。
「…………どうし、たんだ? なんで俺を見て」
「今まで静香を見てるとホワホワしたりドキドキしてたんだけど、最近会えてないなーって思うと胸が痛くて。だからせめて見ていたいなーって」
「……そう、か」
俺だってミサギに会いたかった。だけど生きていくためには働かなければいけない。そうしないと、胸を張って君の隣を歩けない。
……歩けない、なんて。元々住む世界が違うだろう。俺は何を思い上がって──
「ねえ静香、そんなに辛いなら、そんなに辛いならさ、私の専業主夫にならない?」
「……え?」
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とりあえず朝食──時間的に昼だが──を食べてから話をしようということで、俺とミサギは宅配の弁当を胃に収めていた。
「もぐもぐ……たまにはお店の弁当もいいね」
「……そうだな」
先程の言葉が頭から離れない。専業主夫、専業主夫と来たか……。
「話戻すが……なんでその結論に至った?」
「静香との時間が減って、私何も楽しめなくなっちゃったんだ。こんなこと一度もなかったのに。お父さんとお母さんが亡くなった時も楽しかった私が、静香と会えないだけでおかしくなっちゃったみたいで」
……これはもう、言外に告白されているようなものでは? 思わず頭を抱えた。
「静香は静香で毎日忙しそうだし、たまに会えても死んだ目してるし。だったら私が養えばまるっと解決かなって」
「……家事なら、ミチビキがいるだろ」
「そうだね。でも私は、静香にしてもらいたいな」
突然の告白。そして疲れ切った脳。以上の条件から俺の前頭前野が絞り出した言葉は、あまりにもド直球なものだった。
「ミサギ、付き合ってくれ」
「うん、いいよ」
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「……本当にこれでよかったのか……?」
「ん? どうしたの?」
「……なんでもない」
唐突すぎた告白から一ヶ月後。俺は退職し、ミサギのヒモになってしまった。
「最近寒いね~、よいしょっと」
「っ。……君、急に抱きつかれると心臓に悪い」
「嫌?」
「……嫌ではないが」
付き合ったと言っても特別なことはしていない。学生時代の関係に変わったぐらいか。
そして、俺は腹を括り静香のホワホワを俺なりの解釈で教えるようになった。
『……君の言うホワホワとドキドキは、恐らく恋心だ』
『なるほどー! 確かにそう考えると納得がいくね。あーそっかー、私、静香に恋してたんだ……』
その時のはにかんだ表情を、生涯忘れることはないだろう。それほどまでに俺は傾倒していた。
「静香、なんで今までホワホワの正体教えてくれなかったの?」
「君が俺を好きだという確証がなかった。俺ばかり勝手に惚れているものとばかり思ってたから」
「? 私恋をする前からずっと静香のこと好きだったよ?」
「……好きにも種類があるんだよ」
「へー、興味深い……」
母さんになんて説明しよう。一花姉さんはミサギと時折メールのやりとりしてるらしいし、俺の現状は筒抜けだろう。
……それでも。
「……ミサギ。改めて言わせてくれ。俺は、君が好きだ。これからも傍にいてくれ」
「ふふっ、これからもよろしくね。……私も、静香が大好きだよ」
「ッッッ……」
「あー、照れてるー」
「……るせえ」
それでも、今この瞬間は、俺が経験してきた何よりも幸せだと、ハッキリ言える。だから俺はこの幸福を守ろう。俺の全てを懸けて。
「ところでだが、君はなんで俺に惚れたんだ?」
「特に大層な理由は無いよ。好きになったから好きになった。それじゃダメ?」
「……ずるいなぁ。そう言われたら何も返せない」
「ふふ、ずーっと一緒にいようね、静香」
了