【チラ裏】ムルタ・アズラエルは刻の涙を見る 作:d_chan
ムウ・ラ・ラメーとラウ・ル・ルシエの身元を調査した結果、二人は同じ父親を持つ異母兄弟であることが判明した。
ムウは父親とその正妻の間に生まれ、サイド2のコロニー《アイランド・フィッシュ》で、少なくとも幼い頃までは両親と一緒に暮らしていたが、ラウは父親が別の女性との間に作った婚外子であり、その存在はムウにも正妻にも長く隠されていたらしい。
父親はラウの母親へ定期的に生活費を渡すと約束していたものの、実際の送金は不安定であり、投資詐欺や賭博へ金を使うようになってからは、ほとんど支払われなくなっていた。
「ラウ・ル・ルシエの母親については、数年前に死亡した記録が確認されました。持病を抱えていたうえ、生活環境もよくなかったようです」
病院の会議室で、ハワードは調査資料を机へ置きながら、いつものように感情を交えない口調で説明した。
「母親の死後、ラウは父親が手配した民間の養育施設へ移されておりますが、実態は低所得者や身寄りのない児童を集め、将来の労働力として管理する施設だったようです」
「父親は、自分の子供だと認めていたのですか」
「公的な戸籍上では認知しておりません。しかし、私的な記録や送金履歴には、ラウを自分の子供として扱っていた形跡がございます。もっとも、父親として責任を果たすためではなく、必要になれば利用できる資産として見ていた可能性が高いでしょう」
「子供を資産として?」
「ラウの養育権を、借金の担保として提示した記録があります」
僕は資料から顔を上げた。
「ラウ本人の存在を、債権者へ売ったのですか」
「正確には、債務の返済が滞った場合、ラウを提携する職業訓練施設へ移し、その将来の労働収入を返済へ充てる契約です。父親は契約時に前金を受け取り、その大半を賭博で失っております」
養育権。職業訓練。将来の労働収入。
どれも表面上は整えられた言葉だったが、実態は子供の売買にほかならない。
「ムウは、いつラウの存在を知ったのですか」
「父親がラウを引き取るため、アイランド・フィッシュからサイド5へ連れてきた直後と思われます」
ハワードは、父親が残した記録と周辺住民の証言をまとめた資料を表示した。
「当時、ムウは父親とともに旧居住区で暮らしておりましたが、父親が見知らぬ子供を部屋へ連れてきたことで、初めてラウと会ったようです。父親はムウへ、遠い親戚の子供を一時的に預かるだけだと説明していました」
「ムウは、すぐに兄弟だと知ったのですか」
「いいえ。父親は隠していました。しかし、ムウは父親と職業紹介会社の人間が話しているところを偶然聞き、ラウが自分と同じ父親を持つ子供であること、そして数日後に業者へ引き渡される予定であることを知ったようです」
ムウは、突然現れた病弱な子供を、最初から弟として受け入れたわけではない。
知らない子供だった。父親がどこかから連れてきた、口数が少なく、すぐに咳き込み、明るい照明を嫌う少年だった。 父親からは関わるなと言われ、ラウ自身もムウを警戒していた。
それでもムウは、夜中に父親たちの話を聞いてしまった。
病気があるため高値にはならない。
だが、顔立ちがよく、成長すれば使い道はある。治療費を先に差し引く。
逃げないよう、最初は閉鎖区画へ入れる。金を受け取った後なら、父親が何を言っても返さない。
そこで初めて、ムウはラウが自分の異母弟であり、父親がその弟を売ろうとしていることを知った。
「ムウは、父親へ問いたださなかったのですか」
「問いただしたようです。しかし、父親から暴力を受け、ラウは家族ではない、余計なことへ首を突っ込むなと言われたという証言があります」
「それで、二人で逃げた?」
「はい。引き渡し予定日の前夜、ムウが父親の認証札と少額の現金を盗み、ラウを連れて逃亡しております」
八歳の子供が、突然存在を知った異母弟を連れて、旧居住区へ逃げた。
自分自身も食べていく方法を持たず、病気の弟を養う金もなく、それでも父親のもとへ置いていけば売られると理解していた。
ムウが認証札を盗み、路地を使って逃げ、人間を簡単に信用しなくなった理由は、そこから始まっていたのだろう。
「ラウは、ムウについていくことへ同意したのですか」
「当初は、ほとんど事情を理解していなかったようです。父親からは、別の施設へ移れば治療を受けられると説明されていましたので、ムウが自分の治療を邪魔していると考えていた可能性もあります」
「それでも、逃げた」
「ムウが、売られるのだと何度も説明したようです。最終的にラウが自分からついていったのか、ムウが半ば強引に連れ出したのかは、記録だけでは判断できません」
おそらく、両方なのだろう。
ラウは、自分がどこへ連れていかれるのか理解していなかった。
ムウも、逃げた後にどう暮らすのか分かっていなかった。
それでも、父親の決めた通りに進めば、二度と会えなくなることだけは分かっていた。
「父親は二人を探しましたか」
「本人が積極的に探した形跡はございません。すでに前金を受け取っていたため、職業紹介会社から返還を求められましたが、父親はムウが勝手にラウを連れ去ったのであり、自分に責任はないと主張していたようです」
「自分の息子へ、責任を押しつけたのですか」
「はい。その後、父親はムウについても別の業者へ引き渡し、受け取った金でラウの前金を返す提案をしております」
ラウを売る予定が失敗した。
ならば、ムウを売ればよい。
父親にとって二人は、家族ではなく、金へ換えられる順番が異なるだけの存在だった。
「父親は、ムウを売る契約まで?」
「健康状態、判断力、運動能力が高いため、ラウより高い評価額が付けられていました。港湾作業員、船舶整備補助、あるいは警備要員として訓練できると記録されています」
子供の値段。
帳簿にその言葉が書かれているわけではない。
しかし、年齢、健康状態、容姿、労働能力、逃亡の危険性によって、支払われる前金が変わっている。
人間を商品として評価した記録だった。
「父親が死んだのは、その後ですか」
「はい。二人の逃亡から半年ほど後、旧居住区の無許可賭博場で、債権回収を行っていた犯罪組織との争いによって死亡しています。警察記録では酔客同士の喧嘩となっていますが、実態は返済を拒んだことへの制裁だった可能性が高いでしょう」
父親は、子供を売った金で借金を返すことすらしなかった。
詐欺と賭博を繰り返し、最後には、自分が利用してきた犯罪者たちによって殺された。
因果応報という言葉を使えば簡単だが、彼が死んでも、残された契約や借金は子供たちを追い続けている。
「母親たちは?」
「ムウの母親は、父親がサイド5へ逃亡する直前に姿を消しております。父親から暴力を受けていたという証言がございますが、ムウを置いていった理由や現在の所在は不明です。ラウの母親は、先ほど申し上げたとおり死亡しております」
「つまり、親権を主張できる人物は、現状ではいない?」
「ムウの母親が生存している可能性はありますが、長期間所在不明であり、保護責任を果たしていないため、親権停止に準じた手続きを進められます。ラウについては、母親が死亡し、父親からも正式に認知されていないため、新たな保護主体が必要です」
「進めてください。父親が作った契約も借金も、二人へ引き継がせません」
「承知しました」
後に、父親の遺品からは、さらに別の女性との間に生まれた子供の記録も見つかることになる。
出生届に父親の名は記されていなかったが、残されていた医療記録と遺伝子情報を照合した結果、その子供がレイであることが判明する。
つまり、旧居住区で偶然出会ったように見えたムウ、ラウ、レイの三人は、同じ父親を通じてつながる異母兄弟だったのである。
もっとも、この時点では、僕たちの誰もその事実を知らなかった。