【チラ裏】ムルタ・アズラエルは刻の涙を見る   作:d_chan

54 / 85
第51話 ムウ・ラ・フラガとラウ・ル・クルーゼ

 父親の死と、二人が異母兄弟であることを伝えた時、ムウは驚くほど静かだった。

 病院の小さな談話室で、ムウは窓の外を見たまま何も言わず、ラウはベッドの上で毛布を握り、レイは二人の顔を交互に見ていた。

 

「俺たち、本当に兄弟だったのか」

 

 ムウが最初に尋ねた。

 

「遺伝子記録と父親の私的な記録が一致しています。同じ父親を持つ異母兄弟です」

 

「父さんは、ラウのことを親戚の子供だって言ってた」

 

「存在を隠したかったのでしょう」

 

 ムウはラウを見た。

 

「俺、あの時は証拠なんてなかった。父さんたちが話してるのを聞いただけだったから、本当は兄弟じゃないかもしれないって思ってた」

 

 ラウも、ムウを見返した。

 

「兄弟じゃなかったら、助けなかった?」

 

「助けたよ」

 

 ムウは、ほとんど間を置かずに答えた。

 

「あいつらが、お前を物みたいに売る話をしてたんだ。兄弟じゃなくても、置いていけなかった」

 

「でも、僕はムウを信じてなかった」

 

「知ってる。逃げる途中で、何回も戻るって言っただろ」

 

「施設へ行けば、薬をもらえると思ってたから」

 

「父さんも、そう言ってたからな」

 

「ムウは、ずっと嘘だって言ってた」

 

「本当に嘘だっただろ」

 

 ラウは、少しだけ笑った。

 

「うん」

 

 二人が兄弟であることは、血液検査によって初めて確定した。

 だが、ムウがラウを弟として連れて逃げたのは、証拠があったからではない。

 父親の会話を聞き、売られる子供が自分と同じ父親を持つらしいと知り、その子供を見捨てられなかった。

 血縁を確認する前から、ムウは兄として行動していた。

 

「父さんは、いつ死んだ」

 

「約三か月前です。借金をめぐる争いだったようです」

 

「俺たちが逃げた後か」

 

「ええ」

 

「探してた?」

 

 僕は嘘をつかなかった。

 

「父親本人が二人を心配して探した記録はありません。職業紹介会社に対しては、逃げた責任をムウへ押しつけていました」

 

「俺のせいにしたのか」

 

「さらに、ムウを別の業者へ引き渡し、その金でラウの前金を返す提案もしていました」

 

 ムウの拳が強く握られた。

 

「やっぱり、俺たちを売るつもりだったんだな」

 

「はい」

 

「父さんは、悪い奴だったのか」

 

「投資詐欺、賭博、家族名義の無断利用、子供を引き渡す契約が確認されています。困窮していた事情だけでは説明できません。少なくとも、善い父親だったとは言えません」

 

「かわいそうな事情があったから仕方なかった、とか言わないのか」

 

「事情は行動の原因にはなりますが、免罪符にはなりません。父親は、何度も自分の意思で他人を利用する方を選んでいます」

 

 ムウは小さく笑った。

 楽しいからではない。

 

「よかった」

 

「父親が死んだことが?」

 

「うん。もう追ってこないから」

 

 その言葉を口にした後、ムウの表情がわずかにゆがんだ。

 

「俺、ひどいこと言ってるよな。父親が死んだのに、悲しくない。むしろ、安心してる」

 

「安心して構いません。普通の子供なら悲しむはずだという考えへ、自分の感情を合わせる必要はありません」

 

「後から悲しくなったら?」

 

「その時に悲しめばよいでしょう」

 

「怒ってもいい?」

 

「もちろんです」

 

「何も感じなくても?」

 

「構いません」

 

 ムウは長く息を吐き、椅子へ深く座った。

 

「じゃあ、もう逃げなくていいんだな」

 

「父親からは逃げなくてよい。職業紹介会社や債権者との契約も、こちらで無効にします」

 

「ラウも?」

 

「ラウもです」

 

 ラウが、静かに尋ねた。

 

「僕がムウの弟だって、本当なら、これからも一緒にいていい?」

 

 ムウが先に答えた。

 

「当たり前だろ。そのために逃げたんだ」

 

「でも、ムウのお母さんは違う人で、僕のお母さんはもういない」

 

「母親が違っても、父親が同じなら兄弟なんだろ」

 

「血が違っても、家族だって言ってた」

 

「だったら、血が半分同じなら、もっと家族だ」

 

 理屈として正しいかは分からない。

 だが、二人にとっては十分だった。

 

「それに、兄弟じゃなかったとしても、今さら変わらない。俺はお前を連れて逃げたし、お前は俺と一緒に暮らしてきた。それでいいだろ」

 

 ラウは、毛布から手を離し、小さく頷いた。

 

「うん」

 

 ムウ・ラ・ラメーは、後にムウ・ラ・フラガとなる。

 ラウ・ル・ルシエは、ラウ・ル・クルーゼとなる。

 

 新しい名前は、父親の借金や犯罪から二人を切り離すための法的な意味を持つと同時に、別々の母親から生まれ、存在すら隠されていた二人が、自分たちの意思で兄弟として生きていくための名前となった。

 

 僕がその名前を選んだ理由は、SEED推しだからという、ひどく個人的で軽いものだった。

 だが、名前の意味は、名付けた者だけが決めるものではない。

 その名で誰と生き、何を守り、どのような人間になるのかによって、後から重さを持つのだろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。