スカイリムCC:釣り師の痴人 作:アーマーブレイク大好きおじさん
――リフテン。
私たちが暮らす、湖と木造建築に囲まれた街。
少しだけ傾いた太陽が、街を金色に照らしている。
遠征任務を終えた私たちは、昨日ようやくこの街へ帰ってきていた。
ちなみにドロカーンさんとラゴウさんとは、リバーウッドで別れた。
ドロカーンさんは、まだ行商の旅を続けながら、ブレイズの密偵としての仕事もあるらしい。
ラゴウさんは、そんなドロカーンさんについて行き、護衛を務めることになった。
”きっとまたどこかで会うことになるだろうな”
そう言って笑ったドロカーンさんに、私たちは頷いた。
遠征の疲れはまだ残っている。
けれど、こうして見慣れたリフテンの景色を目にした時は不思議と心が安らいだ。
リフテン北部、ノースショア地区。
私の視線の先では――。
――ドドッドドッドドッ
軍馬が、力強く地面を蹴る音。
軽快な蹄の音が、ノースショア地区に響いていた。
その馬の名は”サイレント・アバランチ”。
ドーンスターでの攻防では大活躍だった軍馬だ。
そして、その背に跨るのは、もちろんファイザルさん。
「どうどう。」
銀色の髪が風に靡いている。
手綱を握る姿勢はまっすぐで、馬の動きに合わせて身体が僅かに揺れているだけ。
無駄な動きがない。
まるで馬と一体になっているみたい。
「…………!」
私は、思わず見入ってしまった。
……なんだろう。
普段のファイザルさんは、少し――いや、結構変な人なのに。
こうやってみれば、すごく格好良い。
冷静に考えればスタイルは抜群だし、とにかく顔がいい。
キリっとしたクールな顔立ちに、整った目鼻立ち。
どこか憂いを帯びるような目つきは、この世界の物事を見通しているかのよう。
それでいて、時折見せる優しげな笑顔もまた素敵。
……いや、これ私、かなり贔屓目に見てない?
でもその姿は、リフテンの美しい紅葉もあいまって一枚の絵画のよう。
――でも。
違和感。
絵画から飛び出してきたかのような、美女。
力強く立派な軍馬。
リフテンの美しい紅葉。
完成された光景。
――けれど、何かがおかしい。
「どうどう。」
――ドドッドドッドドッ
戻ってきたファイザルさんを見て、私は口を開いた。
その違和感を訴えるために。
「ファイザルさん、その――
――タンコブどうしたんですか?」
私の視線の先には、大きなタンコブができてしまったファイザルさんの頭があった。
「これ?」
ファイザルさんは自分の頭を指差す。
いつも被っていた笠は、今日はない。
タンコブができている。
結構デカい。
「そうですよ、それ!」
私はもう一度言った。
ファイザルさんは少しだけ考え込むと、手綱を引いて馬を止めた。
ゆっくりと降り立つ。
地面に降りるだけでも様になる。
……タンコブあるけど。
「これは、アヌリエルにやられたんだ。」
ファイザルさんが答えた。
リフテンの執政、アヌリエルさん。
リフテンの首長を補佐するウッドエルフの女性だ。
従士であるファイザルさんにとっては、一応上司に当たる人……なのかな?
あまり気性の荒い人ではないハズだけど……。
「どうしてですか?」
私は訊ねた。
執政のアヌリエルさんが、明らかに強いファイザルさんに嫌がらせをするとは思えないし。そもそも、アヌリエルさんは別に暴力的な人ではない。
つまりこれは……相応の理由があるのかもしれない。
ファイザルさんは少し考え込むと、ゆっくりと口を開いた。
「殴られた理由は……殴られたから忘れてしまった。」
「……どういうことですか?」
「殴られたという事実だけが残ったというわけだ。」
「…………。」
どういうことなんだろう。
何一つ分からない。
……まぁ、ファイザルさんらしいと言えば、ファイザルさんらしいけど。
そんなことを考えていると――。
「ファイザルさーん!」
遠くから声が聞こえてきた。
振り返ると、リフテンの馬屋で働いているレッドガードの青年――シャドルさんが、こちらへ駆けてくるところだった。
手には何か紙のようなものを持っている。
「どうしたんですか?」
私が尋ねると、シャドルさんは少し息を切らしながら足を止めた。
「これ、持ってきました!」
そう言って差し出したのは、一枚の書類だった。
「これは?」
ファイザルさんが受け取る。
「血統証明です。あと、諸々の書類もあります。」
「…………。」
ファイザルさんが書類へ目を落とす。
「血統証明?」
「はい。この子(馬)、かなり良い血統なんですよ。ウチの馬屋で管理している軍馬の中でも、特に優秀な馬ですから。いやー、でも首長が手放すなんてビックリですよ。」
シャドルさんは饒舌に説明する。
私はサイレント・アバランチ号へ視線を向けた。
艶やかな毛並み。
堂々とした体格。
確かに、普通の馬とは違う雰囲気がある。
ドーンスターに行く時も、強行軍だったのに疲れが全然見えなかったのも納得だ。
その上賢くて、私たちの指示にも素直に従ってくれた。
「……なるほど。」
ファイザルさんは血統証明を眺めながら頷く。
「それで、この書類をなぜ私に?」
「え?所有者変更の件で……」
シャドルさんがきょとんとする。
「…………。」
ファイザルさんが黙る。
私も黙る。
そして、私たちは同時にサイレント・アバランチ号を見た。
……あれ?
私は首を傾げる。
「ファイザルさん。」
「うん?」
「サイレント・アバランチ号って……ファイザルさんの馬でしたっけ?」
「…………。」
ファイザルさんが再び黙り込む。
そういえば、そうだ。
ファイザルさんは我が物顔で乗り回しているけど、たしか――
「…………リフテンが所有している軍馬だったはずだ。」
「ですよね!?」
思わず声が大きくなる。
そうだ。
私も思い出した。
サイレント・アバランチ号は、ファイザルさんが個人的に買った馬ではない。
ドーンスターに行くにあたって、リフテンから借りていた軍馬だ。
つまり、元々の所有者はリフテン行政。
そもそも――。
「……あれ?」
私は血統証明へ目を向ける。
そこに書かれている名前は――。
「”フローズン”?」
「そうです」
シャドルさんが頷く。
「それがこの子(馬)の名前です。」
「…………。」
ファイザルさんが書類を見る。
そして、サイレント・アバランチ号を見る。
「……フローズン。」
「はい。」
「…………。」
「…………。」
しばしの沈黙。
「……名前、間違ってないか?」
「いやきっと、こっちの名前が正しいですよ!」
正式な登録名はフローズン。
サイレント・アバランチ号という名前は、ファイザルさんが勝手につけただけだった。
いつの間にか自分の愛馬みたいに扱っていたのに、本当の名前さえ知らなかったのだ。
私は改めて、ファイザルさんを見る。
「……そもそも、どうしてこの子(馬)がファイザルさんのところに来るんですか?」
「それは分からない。」
ファイザルさんが言い切った。
でも、私には何となく想像できる。
私は額に手を当てる。
リフテンの首長、ライラ・ロー・ギバー。
正義感が強く、領民を思いやる人物だ。
少なくとも、表向きには立派な首長だと思う。
……ただ。
身内には、かなり甘い。
そんな印象がある。
そしてファイザルさんは、その「身内」に含まれている。
従士なのだから。
ファイザルさんのタンコブを見る。
大きい。
かなり大きい。
……なるほど。
なんとなく、分かってきた。
「それで……アヌリエルさんに殴られたんですか?」
「え?」
情景が目に浮かぶ。
欲しいとおねだりするファイザルさん。
困った表情のライラ首長。
そこへ割って入るアヌリエルさん。
一連の流れを想像する。
「ファイザルさん……。」
私は天を仰いだ。
「このままだと、私は名探偵になってしまいますよ……。」
「えぇ……?」
―――――――――――――――……………………
「あの軍馬を譲ってほしい。」
ファイザルさんの突然の申し出に、執政のアヌリエルさんは口をあんぐりと開けた。
「それは公有財産だから駄目です!」
当然の反応だった。
軍馬は行政の重要な資源だ。
他国への戦争や、大規模な作業、緊急時の輸送手段として使われることも多い。
安易に手放せば問題が起きる。
何より、サイレント・アバランチ――もといフローズンは、優秀な血統を持つ馬だ。
こんな貴重で優秀な軍馬を、如何に従士といえども、いち個人に払下げするわけには行かない。
正論だった。
でも、ファイザルさんは引かない。
「頼む。」
「ダメです。」
「頼む。」
「ダメです。」
何度も何度も頭を下げ続けるファイザルさんに対して、アヌリエルさんは表情を変えずに拒否を続ける。
一方的な攻防が続く中、ファイザルさんは最後の一手に出る。
「首長~。お願いします~。」
秘儀”頭越し”
執政との交渉が不可能ならば、その上位者に直接頼み込む。
今回の場合は、ライラ首長に対してだ。
ファイザルさんの言葉に、アヌリエルさんの眉間にさらに深いしわが寄る。
「うーん……あなたがそこまで気に入っているのなら、いいでしょう。」
そしてついに首長自らの口から許可が出た。
当然アヌリエルさんは目を見開く。
「首長!?」
―――――――――――――――……………………
「点と点はつながり、――謎は、すべて解けました。」
完璧だ。
完璧な推理だった。
「まず、ファイザルさん。
貴女は……この馬を欲しがった。」
「まぁ……。(なんか始まった。)」
ファイザルさんも納得するように頷く。
「ですが、アヌリエルさんはそれを拒否した。そうですね?」
「それは覚えてない。」
でも私は続ける。
「でも、間違いありません。」
「えぇ……?」
「私の推理に狂いはありません。」
私は自信満々に頷いた。
「なぜなら、アヌリエルさんは真面目な方だからです。
リフテンの軍馬を、理由もなく個人に譲るはずがありません。
これは動かぬ証拠です。」
「……なるほど。(適当)」
ファイザルさんが頷く。
「……ええっと?話が見えてこないのですが?」
横からシャドルさんが小さく呟いてきた。
「シャドルさん。今は静かに。」
「……はい。」
素直に引き下がった。
推理を続けよう。
「しかし、貴女は諦めなかった。」
私は一歩、ファイザルさんへ近づく。
―――――――――――――――……………………
「頼む。」
「ダメです。」
「頼む。」
「ダメです。」
―――――――――――――――……………………
脳内で、二人の声が交互に響く。
「何度断られても、貴女は食い下がった。そうですね?」
「……そうなのか?」
「そうです。」
「覚えてないが。」
「でも、そうです。(断定)」
「そうかもしれない……。(適当)」
「やはり、そうだったんですね……!(確信)」
やはり私の推理は正しかったようだ。
私は言葉を続ける。
「そして、ついに貴女は――最後の手段に出た。」
私は右手を掲げ、ビシッとファイザルさんを指差す。
「ライラ首長への直談判です。」
「「…………。」」
ファイザルさんとシャドルさんが顔を見合わせる。
私は気にしない。
なぜなら、私の頭の中では、事件の全貌が鮮明に再現されているからだ。
「アヌリエルさんがダメなら、もっと上の人に頼めばいい。」
私はゆっくりとファイザルさんを指差した。
「そう考えた貴女は、ライラ首長に言った。」
私は一度、間を置く。
そして――。
「”首長~。お願いします~。”」
「…………。」
「…………。」
沈黙。
「……私は本当にそんなこと言ったのか?」
「言ったんです。」
「そうなのか……。」
「絶対です。」
「あの、帰ってもいいですか……」
シャドルさんが小声で呟く。
「シャドルさん。今は推理中ですよ。」
「すみません。」
よし。
邪魔は入ったが、推理を続けよう。
「そして、ライラ首長は悩んだ。」
私は両手を胸の前で組む。
「”確かに軍馬を個人に譲るのは問題がある。”」
「「…………。」」
「”しかし、常日頃から領地領民のために尽くしている従士ファイザルよ。”」
「「…………。」」
「”……あなたがそこまで気に入っているのなら、いいでしょう。”」
「「…………。」」
ファイザルさんが無言になる。
シャドルさんも無言になる。
私は確信した。
ここだ。
ここが事件の核心だ。
「そしてアヌリエルさんは思った。」
私は少しだけ声を低くする。
「”――またですか”と。」
「「…………。」」
「また首長がファイザルさんを甘やかした、と。」
「「…………。」」
「そして――。」
私はファイザルさんの頭にあるタンコブを指差す。
「ついに、堪忍袋の緒が切れた。」
「「…………。」」
「一発。」
私は人差し指を立てる。
「ゴツン、と。」
「「…………。」」
「これが、タンコブの正体です。」
二人を見ながら、私は最後のピースを完成させた。
全部合わさって、パズルが完成したような気分だった。
「――真実は、いつもひとつ、です。」
私は満足げに頷いた。
――完璧だ。
今日も完璧な推理だった。
また一つ、私は名探偵へ近づいてしまった。
「シズク……。」
ファイザルさんがおずおずと声をかけてきた。
「今日はもう、ご飯を食べて寝よう。」
その眉毛はハの字だった。
☆★☆★☆★☆★
夕食には少し早い時間。
私はシズクを連れて酒場『ビー・アンド・バルブ』の扉をくぐった。
――ギィ……
扉を開けた瞬間、暖かな空気とともに、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
相変わらず、ここは賑やかだ。
酒を片手に談笑する客。
料理を運ぶ給仕。
奥のほうでは、酔った男たちが何やら大声で言い争っている。
そんな喧騒を聞きながら、私とシズクは空いている席へ腰を下ろした。
「……むむっ。何やら事件の香りがします……!」
ないです。
(そんなわけ)ないです。
ちょっと前にシズクはおかしくなってしまった。
推理小説やドラマに出てくる名探偵みたいになってしまったのだ。
まぁ、可愛いので良いですけどね。
しかしまぁ、今回のドーンスター遠征が過酷だったのは間違いない。
物理的に寒かったうえに、ストームクローク領における差別、スカルド首長の怒声、秘密結社の暗躍、進撃のカニ。
疲れてしまうのも、無理はない。
それに、強行軍では、どうしても食事は簡素になりがちだ。
干し肉に冷えた硬いパン、保存の利くチーズ。
結局それ以外で食べることが出来たのは、ドーンスターでのカニビスクとリバーウッドでのブルックバスの塩焼きだけだ。
今晩は、シズクに少しばかり贅沢をさせてやろうと思ったのである。
と、いうわけで、ちょうど近くを通りかかったタレン・ジェイに声をかけた。
「タレン。今日は少し奮発したい。」
「ふむ……」
タレンが足を止める。
「随分と景気のいい話じゃないか。」
「たまには贅沢したい。」
「たまには……?」
タレンは顎に手を当て、しばらく考えるような仕草をした。
そして、少し笑みを浮かべる。
「……それなら、ちょうどいいものがある」
どうして、今日はタレンも含みのある話し方なんだ……?
「カルパッチョ……って知ってるか?」
カルパッチョ。
それは生の牛ヒレ肉を薄切りにし、チーズやソースなどを添えたイタリア料理。
日本ではアレンジされ、生魚を使ったものが一般的だが、実は肉料理でもある。
皿に並べられた薄切りの肉の鮮やかな赤色から、イタリアの画家『ヴィットーレ・カルパッチョ』の名前が付けられたのだとか。
……逆になんでタレンが知ってるの?
私は思わずタレンの顔を見る。
すると、彼は少し得意げな顔をした。
「それは第三紀433年――オブリビオン・クライシスの頃だったそうだ。」
えぇ……また何か始まるの……?
タレンはそのまま話を続ける。
「シロディールを旅していた、とある料理人が考案したらしい。
薄く切った生肉に、油や塩、香草なんかを合わせる。
それまでにも似たような料理はあったそうだが、今の形にまとめたのはその料理人だと言われている。」
「へぇ……」
「料理人はそのレシピを人々に広めて、自分で名前まで付けた。そして――」
タレンが、そこで一度言葉を切った。
「忽然と姿を消した。」
「……」
「行方は今も分かっていない」
なんだ、そのミステリー。
でもTES4(The Elder Scrolls IV: Oblivion、スカイリムの前作)の頃の話か……。
盛り上がってるところ悪いけど、たぶん転生者じゃないの?
「これは……”匂い”ますね……。」
「シズク、ステイステイ。」
やめなさい。
これは事件じゃありません。
「ちょうどその頃は、オブリビオン・クライシスの真っ最中だったからな。
帝国中がそれどころじゃなかった。
料理人一人の行方なんて、誰も探している余裕はなかったんだろう。」
なるほど。
そういう事情なら、料理人の行方が分からなくなったのも納得できる。
「そしてレシピが広まるのにも時間がかかった。
それでも料理そのものは少しずつ各地へ伝わり、やがてシロディールを代表する料理の一つとして知られるようになった――ということらしい。」
「……それで、カルパッチョがスカイリムにも?」
その言葉にタレンがニヤリと笑った。
その顔は何かを企んでいる顔だった。
「ここからが面白いところさ。」
ていうかなんだよも~、
今日はみんなして話が長いよ~。
お腹空いたよ~。
「元々のカルパッチョは牛肉を使う料理だ。
けれど、料理ってのは人の手に渡れば渡るほど変わっていく。」
タレンはそう言って、厨房の方へ視線を向けた。
「ある料理人が思いついたのさ。」
「何を?」
「――”魚でもいいんじゃないか”とね。」
「……魚」
「そう」
タレンが再び私を見る。
その顔は得意げだった。
「新鮮な魚の身を薄く切って、塩を振る。香草を散らして、オリーブオイルを垂らす」
「……」
「これが第四紀最新のカルパッチョの新常識なのはもはや疑う余地がない。」
「…………」
私は黙ってタレンを見る。
驚いてやりたいところだが、前世の記憶持ちだから驚けない。
まあ、無理もない。
アルゴニアンはともかく、この世界の人間にとって、生の魚を薄切りにして食べるということは、それなりに珍しい発想なのだろう。
しかし私たちは違う。
何しろ、前世では普通に刺身を食べていた。
カルパッチョだって知っている。
もっと意外性のある新常識を少し期待してしまっていた。
もっとピンク髪の関西弁幼女お姉ちゃんを見習って。
「驚かないのか……?」
タレンが、少し残念そうに尋ねてくる。
「カルパッチョは知ってる。」
「そうなのかい?」
「前に食べたこともある。」
「……そうか」
タレンは少し考えるように顎へ手を当てた。
そして、何事もなかったかのように言う。
「……別のにするか」
カルパッチョは好きだけど、今日じゃない気がする。
たぶん美味しいのだろう。
だが、前世的に言えば、ありふれた料理だ。
せっかく今日は贅沢をすると決めて来たのだから、もう少し特別なものが食べたい。
「……いいスローターフィッシュが入ったんだがな……。」
「!?」
――ガタッ!
思わず私は立ち上がってしまった。
「スローターフィッシュでカルパッチョを作るのか。」
「うん……?ああ、そうだが……。」
タレンが目を丸くする。
スローターフィッシュ。
人を襲う凶暴な魚。
この大陸――タムリエル大陸ではさして珍しい魚ではない。
だが、獰猛で危険であり、網を破ったり、釣り竿を圧し折ったりとやりたい放題の魚だ。
漁師には忌み嫌われており、漁をする時はスローターフィッシュを避けて行うのが通例となっているほどだ。
なので、よく見かける割には食べる機会が少ない。
そんな魚を――カルパッチョにする、だって。
「いただこう。」
「お……?」
これは食べてみたい。
「スローターフィッシュのカルパッチョを頂こう……!」
「お……おう……。」
何故か、タレンは少し引き気味だった。
だが、こちらとしては知ったことではない。
スローターフィッシュを生で食べる。
それだけで、十分に興味をそそられる。
――これは、期待できそうだ。
☆★☆★☆★☆★
しばらくして。
厨房の方から、タレンがこちらへ歩いてきた。
その手には、一枚の皿。
「お待たせしました。」
ことり、と目の前に置かれる。
「これが、スローターフィッシュのカルパッチョだ。」
「おお……」
思わず声が漏れた。
皿の上に並べられていたのは、薄く切られた白身だった。
まるで花びらのように、何枚もの切り身が円を描くように並べられている。
さっき”カルパッチョは鮮やかな赤色から名付けられた”といったのに、運ばれた皿は真っ白だった。
表面には細かな塩が振られ、緑色の香草が散らされていた。
そして何より目を引くのが――身の表面に浮かぶ、淡い黄金色の輝き。
オリーブオイルだ。
シャンデリアの光に照らされて、油が白い身の上でゆっくりと光を返している。
「うわぁ……綺麗ですね。」
シズクも身を乗り出す。
「だね。」
カルパッチョは前世において割と一般的な料理ではあったが、白身魚のカルパッチョは食べたことがない。
”料理ってのは人の手に渡れば渡るほど変わっていく。”
先ほど、タレンが言っていた言葉だ。
なるほど。
どうやら別の世界に渡っても、その世界の食べ物や調理法で料理は絶えず変化していくのだろう。
では、さっそく――
「「いただきます」」
ナイフとフォークを手に取る。
切り身の一枚を端から切り分ける。
――キュッ!
思っていたよりも、刃が入りにくい。
柔らかな白身魚とは明らかに違う。
切っている段階ですでに、身の締まりが伝わってくる。
「……結構、しっかりしてるな」
「だろう?」
いつの間にか近くに戻ってきていたタレンが、満足そうに頷いた。
「スローターフィッシュは身が締まってるからな。薄く切っても歯応えが残るんだ。」
なるほど。
それなら、カルパッチョとの相性も良さそうだ。
私は切り分けた一枚をフォークで持ち上げる。
白身は薄い。
けれど、向こう側が完全に透けるほどではない。
ほんのりとした艶があり、表面にはオイルが薄い膜を作っている。
鼻を近づけてみる。
魚特有の生臭さは――ほとんどない。
代わりに感じるのは、爽やかな香草の香り。
そして、オリーブオイルの青々しい香り。
……これは期待できそうだ。
私はそのまま、口へ運んだ。
ひんやり。
すこし、冷たい。
そして――
――コリッ!
「……!」
思わず目を見開く。
柔らかいのは、柔らかい。
だが、柔らかいだけではない。
歯を入れた瞬間に、しっかりとした弾力が返ってくる。
コリッとした歯応え。
そこから、ゆっくりと身がほどけていく。
「……美味い」
思わず呟いた。
味そのものは、意外と淡泊だ。
鯛のような上品な甘みとも少し違う。
もっと野性味がある。
けれど、生臭いわけではない。
淡い旨味が舌の上に残り、噛むほどにじわじわと濃くなっていく。
そこへ塩気が加わる。
魚の旨味が、ぐっと引き立つ。
さらに香草の爽やかな香りが鼻へ抜け――最後に、オリーブオイルの風味が舌を包み込んだ。
「……なるほど」
これは面白い。
焼いてしまえば、おそらくもっと分かりやすい魚の味になるだろう。
だが生だからこそ、この独特の歯応えが残っている。
噛む。
旨味が出る。
香草が香る。
そしてオイルがそれらをまとめる。
実にシンプルだ。
だからこそ、魚そのものの良さがよく分かる。
「お、美味しいですぅ……。」
シズクも感心した様子でカルパッチョを口に運んでいる。
幸せそうだ。
「もっと柔らかいと思っていましたが、意外と歯応えがあります。」
「私も驚いた。」
私たちがそんな感想を口にしていると、タレンが満足そうに笑った。
「気に入ってもらえたようで何よりだ。」
「このオリーブオイルもいいな。」
私が皿を見ながら言うと、タレンの眉が上がり、ニヤリと笑った。
「お?やはり気付いたか?」
タレンは嬉しそうに言葉を続ける。
「シロディールから仕入れた特別なオリーブオイルだ。
スカイリムじゃ、めったにお目にかかれないぞ。」
特別製……。
そもそもスカイリムはオリーブが育つ土地じゃない。
普通のモノでも欲しければ輸入するしかないが……良いものは当然それなりの値段がする。
にもかかわらず、”特別製”を用意したのか。
タレンは皿を指差した。
「なんでも、こういう料理に合うよう”試行錯誤した結果生まれたオリーブオイル”だとか。」
「なるほど。」
私はもう一切れを取った。
今度は少しだけオイルを多めに絡める。
口へ入れる。
――コリッ。
先ほどと同じ歯応え。
だが、今度はオリーブオイルの香りが強く感じられた。
青々しい香り。
そこへ塩味。
白身の淡い旨味。
そして、ほんのわずかな酸味。
……これは酒が欲しくなる。
「タレン。これに合う酒を頼む。」
「もちろんだ。」
タレンは嬉しそうに頷いた。
「白ワインにしよう。コイツにはよく合う。」
「任せる。」
「わかった。」
タレンはそう言うと、カウンターの方へ戻っていった。
その背中を見送り、私はもう一度カルパッチョへ視線を戻す。
皿の上には、まだ何枚かの切り身が残っている。
白い身。
緑の香草。
淡い黄金色のオリーブオイル。
さっきまでなら、ただの「前世のありふれた料理」にしか見えなかったかもしれない。
けれど、一口食べてみれば印象はまるで違う。
この世界で捕れた魚を。
この世界で作られたオリーブオイルを。
そして、この世界の料理人が。
それぞれの土地で受け継がれてきたものを組み合わせ、試行錯誤して、一つの料理に仕上げている。
――このカルパッチョは、前世からそのまま持ち込まれた料理ではなかった。
この世界にカルパッチョ伝わってから二百余年。
その間に、様々な料理人の手を渡り、少しずつ形を変えてきたのだ。
それはもう、私の知っている「カルパッチョ」とは別の料理なのかもしれない。
……いや。
別の料理だからこそ、”この世界のカルパッチョ”なのだろう。
私は、さっきまでの自分を思い返す。
――”カルパッチョなら知っている”
そう思っていた。
前世で食べたことがある。
知識もある。
だから、この世界で出てくるカルパッチョも大した違いはないのだろうと。
――今思えば、随分と傲慢だった。
知らないくせに、知ったつもりになっていたのだ。
この世界の料理人たちが、二百年もの時間をかけて積み重ねてきたものを。
私はたった一口食べる前から、「前世の料理の焼き直し」だと決めつけていたのだ。
「……」
私は、残ったカルパッチョを見る。
白い身。
緑の香草。
淡い黄金色のオイル。
見慣れた名前なのに。
そこにあるものは、私の知らないカルパッチョだった。
私は――カルパッチョを侮っていた。
それだけは、認めなければならない。
やがて、タレンがグラスを二つ運んできた。
――ことり。
――ことり。
透明な液体が、照明の下で淡く揺れる。
「お待たせしました。」
「タレン……」
私はグラスを見つめる。
そして、真剣な顔でタレンを見上げた。
「私はカルパッチョの冒涜者だった。……本当にすまない。」
「??????」
私はグラスを手に取る。
シズクも同じようにグラスを持った。
「それじゃあ――」
「はい。」
軽くグラスを合わせる。
――カチン。
小さな音が、酒場の喧騒の中へ溶けていった。
私は一口飲む。
爽やかな香りと、すっきりとした酸味。
……なるほど。
これは確かに魚によく合う。
カルパッチョを一切れ。
白ワインを一口。
もう一切れ。
そして、また一口。
そんなことを繰り返しているうちに、気付けば皿の上の料理は少しずつ減っていった。
”――地球で生まれたこの料理は、この惑星――ニルンで今も生きている。”
そしてきっと、これからも。
誰かの手に渡るたびに、新しい味へと変わっていくのだろう。
私はそんなことを考えながら、もう一切れのカルパッチョを口へ運んだ。