。
「や~~っとこの時が来たかぁ。問題なく
人間界を見渡せる『大穴』を覗きながら、大きな鎌を持った骸骨がしみじみとつぶやく。『大穴』には整った顔をした茶髪の青年が黒いノートを拾う様子が映し出されている。
「おーい、
「死神界だってつまらないんだから一緒のことだろ?」
「ケヒッヒッヒ。
話しかけてきた死神が賭博をしているのを横目に、セルダーと呼ばれた死神は歩き出す。
「おお、あのセルダーが『大穴』から動いたぞ!」
「ほら、やっぱそろそろだと思ってたんだ! あと百年は動かないって言ってたやつチップよこせ!」
周囲の死神が騒ぎ立てるのを気に留めず歩みを進める。
「って、どこ行くんだよセルダー」
「リュークみたいに
「くあっはっはは、セルダーならありうるなあ」
死神たちに背を向けたまま黒いノートを取り出して答える
「正解」
♢
死んだ記憶はうっすらあるが、生まれた記憶はなく、本当にふと気づいたら黒いノートと鎌、そして自分の名前が『セルダー』であるという実感を持って立っていた。俗にいう転生なのだろうか、前世の俺は転生して神になるほど功徳を積んだ人間ではなっかたし、実際に転生先の死神も、神とは名ばかりの人間に寄生し怠惰をむさぼる生きる屍のような存在だった。
死神の精神力ゆえだろうか、人間としての生が終わったことにも死神に生まれかわったことにも特に動揺しなかったが、唯一心を揺さぶられたのはこの黒いノート――デスノートの存在だ。
いわずと知れた名作『DEATH NOTE』のキーアイテムであり、名前を書いただけで人を殺せるノートである。二人の天才、夜神月とLの戦いに始まり、Lの後継者ニア、メロとの決着。前世で幾度も読み返した漫画の死神として生まれ変わったことに歓喜に近しい感情が芽吹いた。
せっかくの二度目の人生だし原作に介入しよう、と決めてからはいろいろ下準備をしていた。幸い、死神になったのが原作開始の数千年前であり、原作開始までの間にリュークやレム、シドウ、ジェラスの存在を確認したり、死神大王から二冊目のノートをもらったりする時間はありすぎるくらいにあった。死神が人間を殺して生きながらえる以上、千近くの人間を殺さざるを得なかったのでバタフライエフェクトは起こったには起こっただろうが、夜神月、L、弥海砂などの主要な原作キャラの実在は確認済み。おまじない程度ではあるが夜神月やLの祖先を殺すことを防ぐためにアジアとヨーロッパ以外の老人だけを殺していたことが功を奏したのか、今日無事に原作入りしたことを確認できたのである。
(デスノートを渡す相手はすでに決めている)
原作キャラに渡すのも面白いかと考えたが、作中に出てくるのはほとんどがキラ信者かキラ(殺人)否定派しかいない。そのどちらかに与えるのでは結局原作と大差ないように思われた。
(せっかく介入するなら、ちゃんとかき乱せる奴じゃなくちゃな)
キラ対Lのどちらかの陣営に与するのではなく第三陣営を作りれるような存在。人殺しをためらわない精神性、Lや月に簡単に捕まらない知能、デスノートを使って世界を変えられる野望を持った存在。そんな存在をここ数十年探していたのである。
♢
「『なぜ人を殺してはだめか』、かい?」
「うん、なんでダメなの~? ほかの動物は殺して食べてるじゃん」
黒縁の眼鏡をかけた優しそうな男性が、にやにやと意地の悪い笑みを隠そうともしない少年の話を聞いている。
「一番簡単な回答としては法律で裁かれるから、かな」
「じゃあ、法律になかったら何してもいいの~?」
「裁かれないことと許されることは少し違うんだけどねえ。じゃあ、二つ目の回答はデメリットとメリットが釣り合ってないから。能力が同じくらいだから、肉体的、精神的にもきついし、食えないからほかの動物より殺すメリットがない。⋯⋯あんまり先生が言うような答えじゃないけどさ」
「でもさ、今は禁止されてるのに殺されることもあるんだから、全員が殺しあってもいいことにしたら仕返しが怖くて誰も殺し合いにならないかもよ?」
「うーん、ちょっと話がずれてきてるね」
キーンコーンカーンコーン、と終業のベルが鳴る
「自分が言ったことと先生が言ったことをまとめてもう一回じっくり考えておいで。宿題だよ」
不満そうに立ち去る生徒を見送って事務作業を進める。
「じゃあ、お先に失礼します」
「相変わらず、
愛想笑いを浮かべて職員室を立ち去る。残って手伝えという言外の意味もなんとなく察してはいるが気づかないふりをしておけばいい。車に乗り込み、帰路につく。
「なぜ人を殺してはいけないの、か」
♢
諸岡が自宅マンションに着き、玄関を開けると身に覚えのない黒いノートが置いてあった。明らかに人為的に配置されたノートを恐る恐る手に取り、中身をパラパラと見ながらつぶやく。
「ノート⋯⋯?」
「そ。デスノートっていうんだ。かっこいいだろ?」
咄嗟に声のほうを振り向き、セルダーを見て硬直する。
「⋯死、神⋯⋯?」
「おっ、正解。まあ見た目がそのまんまだしな」
「いつの間に、なぜ⋯――このノートを触ったから?」
「正解」
(だとしてもなぜ、いや、『デスノート』? 人を殺すノート? 私の家にたまたま落とした? 否、この死神は明らかに私を待っていた。会話の意思もおそらくある。つまり、私にこのノートを与えようとしている?)
「単刀直入に聞く。あなたは、このノートで私に人殺しをさせようとしているのか?」
諸岡の質問を聞きセルダーは笑みを浮かべる。
(⋯⋯当たりだ。頭の回転が速いし、アクシデントにも動じない精神力もある。あとは、人間性が俺の見込み通りなら完璧だな)
「正解。俺、死神セルダーは
本名を言い当てられたことにも大して動揺せず、少し思案して質問を続ける。
「続けて質問。このノートに名前を書かれた人間は死ぬ?」
「正解。顔を思い浮かべながらじゃないと効果はないけどな」
「デスノートで殺す時、死因は心臓麻痺になる?」
「まあ、半分正解。死因を書かなければ自動的に心臓麻痺になる仕組み。なんで心臓麻痺だと思った?」
「キラが心臓麻痺で人を殺すから」
「くっくっく。確かにキラはデスノートで殺しを行ってる。あ、キラにデスノートを渡したのは俺以外の死神だし、犯罪者を殺してるのはデスノートを受け取ったキラ自身の意志さ」
「あなた――セルダー、もただ私に渡すだけでどう使うかは指示しない?」
「ああ、お前を選びはしたがどう使うかはお前に任せる、使いたくないなら返してもいいぜ。その時にはデスノートに関する記憶は消させてもらうが。死神からしてみれば人間界がどうなろうが知ったことじゃねえし、わざわざ人間に指示を出してやらせるくらいなら自分でやったほうが早い。わざわざ人間に渡すのは暇つぶしさ」
いったん問答が終わったので、セルダーはつらつらとデスノートのルールを説明する。一通りの説明を聞いたあと、諸岡がつぶやく。
「このノートがあれば⋯⋯証拠がないから裁かれることもなく、ほぼリスクなしで簡単に殺せる」
少しの間をおいて諸岡はセルダーに告げる。
「死神の目を取引しよう」
「私は、世界人口の半分を殺し、地球を救う
(やべえ、リュークの気持ちがわかるぜ。
原作ではちょうどリュークが月くんに接触したくらいのタイミングをイメージしてます。