折れた剣 作:Furfur
Side なのは
ずっと、考えてたんだ。
きっと、私と同い年くらいで、深くて綺麗な目をした、あの子のこと。
会えばまた、きっとぶつかり合うことになって、そして私は負けてしまうだろうけれど――――だけど――――
「いい加減にしなさいよ!」
どん、という音。
昼休みの教室、急に自分の机を叩かれ、びっくりして顔を上げる。
そこには、怒りをあらわにした親友の姿があった。
「こないだっから何話しても上の空で、ぼーっとして!」
アリサちゃんは綺麗な翡翠色の瞳に怒りを込めて真っ直ぐわたしを見つめていた。
「あ、ご、ごめんねアリサちゃん」
また考え込んでしまっていたみたいだ。アリサちゃんとお話していたのを忘れちゃってた。
とうとうアリサちゃんを怒らせてしまった。
「ごめんねじゃない! あたしたちと話してんのがそんなに退屈なら、一人でいくらでもぼーっとしてなさいよ!
いくよ、すずか」
言うが早いか、アリサはちゃんはずかずかと教室の外へ歩み去っていく。
「ア、アリサちゃん! ……なのはちゃん」
間に挟まれ、うろたえるすずかちゃん。……これも、わたしのせいだ。
「いいよ、すずかちゃん。今のは、なのはが悪かったから」
このところ二人には迷惑をかけてばっかりだ。
「……そんなことないと思うけど。
今のはアリサちゃんも言いすぎだよ。少し話してくるね」
「……うん、ごめんね」
アリサちゃんを追ってすずかちゃんも教室を出ていく。
アリサちゃんは怒りっぽいところがあるけど、今のはたぶん、わたしがぼーっとしてたから怒ったんじゃないと思う。
きっと、わたしが悩んでいることを打ち明けられないから。
そして、アリサちゃんはいつも、わたしが自分を卑下したり情けないことを言うと本気で怒る。
なのはがうじうじしているから怒られたのかな。でも、わたしは自分がどうすればいいのかわからなくて――――
わたしはただ、座ったまま呆然としていることだけしかできなかった。
アリサちゃんを怒らせちゃった。
わたしが本当の気持ちを、思っていることを言えなかったばっかりに。
アリサちゃんとすずかちゃんとお友達になったときのことを思い出す。
あれは、1年生のときのこと。
あの頃、アリサちゃんは人を馬鹿にしたり、からかってばかりいて……すずかちゃんは、今よりもずっとおとなしかったっけ。
わたしは、すずかちゃんのヘアバンドを取ってからかっていたアリサちゃんをひっぱたいて、
『痛い? でもね、大切なものをとられちゃった人の心は、もっともっと痛いんだよ』
って言ったんだ。
そのあと結局、取っ組み合いの喧嘩になって、それを大声を出して止めたのが、それまでおろおろしていたはずのすずかちゃんだった。
その事件の後、私達は少しずつ話すようになって、今みたいな親友になれたんだ。
そう、はじめはお互い友達じゃなかった。
話を出来なかったから。分かり合えなかったから。
あのときにわたしのしたことは、一番良い方法じゃなかったと思う。
だけど、それでも……
* * * * * * * * * *
あのままアリサちゃんとは一言も口を利かないまま下校時刻になってしまった。
アリサちゃんとすずかちゃんは、お稽古があるからと先に帰ってしまって……本当に久しぶりの、独りでの下校。
学校からの帰路、みんなに今の顔を見られたくなくて、寄り道をしたくなったけれど、きっとそんなことをしてる余裕なんてない。
だから、ごちゃごちゃした
うじうじしてなんかいられない。もっと強くなろう。そう、思った。
帰ってみたら幸い、お兄ちゃんたちはお店のお手伝いをしていたので、すぐ部屋に戻って着替えて、ユーノ君を連れて家を飛び出した。
ユーノ君にも、何かあったのかって心配されちゃったけど……
でも、もともと大したことじゃないんだ、ただ、わたしがボーっとしてて、アリサちゃんに怒られちゃったってだけ、なんだから。
臨海公園までやって来てベンチに腰掛け、ユーノ君と作戦会議をはじめる。
この前のあの
特に《ブリッツアクション》。
あの高速移動魔法で背後に回られる戦法を取られると、接近戦の主導権は握られっぱなしだ。
だから、あの戦いの次の日からユーノ君の指導の下、同じタイプの高速移動魔法を練習して、何とか使えるようにはなってる。
けれど、まだフェイトちゃんたちには勝てない。
何より人数が3対2。
2対2でも勝てるかわからない――――いや、きっと勝てないのに、これじゃあどうしようもない。
それは、あの日からわかってたこと。
あの日のフェイトちゃんは、最初に戦ったときよりずっと強かった。
最初は手加減してくれていたのか―――たまたまあの日は絶好調だったのかはわからないけど、あれがたぶん、フェイトちゃんの本当の強さ。
ううん、まだまだ強いのかもしれない。
今のわたしじゃあ、到底勝てない。
でも、前に進むことを諦めるのだけは嫌だった。
そうやってあの日から今までよりももっと頑張って来た。
頑張ってきたのだけれど……
ユーノ君が、なのはを見上げて、意を決したように口を開いた。
「この前も同じことを言おうとして怒られたけどさ、なのはは、もうこの事件から手を引いたほうがいいよ。
今度あいつらと出会ったら――――怪我じゃすまないことになるかもしれない」
この前、ユーノ君は温泉に泊まったときにも同じことを言った。
でもきっとあのときよりもっと危なくなっているのはわたしにもわかる。わかっている。
あの男の子が出した沢山の剣を思い出す。
彼らが去ると同時に消えてしまった、身のすくむような恐ろしい刃。
戦いの後でユーノ君に聞いたら、ユーノ君でもよくわからないって言っていた。
魔力がほとんどないのにユーノ君の防御魔法を破るっていうのは、いわゆる高速振動剣とか単分子ブレード? とか、そういうSFチックな武器だったとしてもありえないとか。
わたしは、あの剣、魔力が少ないってことはなかったと思うんだけど……
それでも、あれが非殺傷設定の、受けても命に別状のない魔法とは違うってことはわかった。
私にとってはもちろん、ユーノ君にとっても未知の魔法。
あの人と戦うのは怖い、けれど――――。
「……うん、でも、このまま終わっちゃうのは嫌なんだ。
それに、あの子の戦う理由も、聞いてないから」
「理由……あの白髪のやつは、依頼だって言ってたっけ」
「縁と恩義だって、言ってたよね。
依頼って言ってたけど、あの男の子だけじゃなくて、あの女の子も多分、お金とか、そういう理由じゃあないんだと思う。
あの女の子の瞳、なんだか、寂しそうで――――すごく、真剣だった――――何か絶対にやらなきゃいけない理由があるんだと思う」
「――――うん」
「そして――――私には、心配してくれる両親がいるっ――――て。
それを聞いて私はつい、あなたたちには――――て返しちゃって。
そのとき、あの人たちがちょっと、驚いたって言うか……
きっと、言っちゃいけないことを言っちゃったって思うんだ。
わからないまま戦うのは嫌だけど、わからないまま何もしないで、何もかも知らないところで終わってしまうのは、もっと嫌だから」
自分の知らないところで大変なことになって、そして、この町が――――ひょっとするとこの国や、地球にとても悪いことが起こってしまうかもしれないのなら。
それに、知りたいんだ。どうしていつもあの子は、あんなに寂しい目をしているのか……
今はただの赤い小さな宝石にしか見えない、待機状態のレイジングハートをぎゅっと握り締める。
「私のもってるジュエルシードは後5個。
もしもだけど、この前みたいに一対一でジュエルシードを賭けて戦って、それで私が勝てば、あの子の理由を教えてくれるなら。
きっと、私は何回も負けると思う。
でも、私は、知りたいんだ。あの子のこと、あの人たちのこと――――そうしないと、私はどうするのが一番いいのかも分からないから。
何も考えないまま戦いになるよりは、こっちのほうが少しは安全だと思うし。
ねえ、ユーノ君」
「うん、ほとんど、なのはが集めたようなものだから。
こうなってしまった以上、ジュエルシードは、なのはの好きにして欲しい。
でもなのは、あいつらは今度は、むりやり君から全部のジュエルシードを奪うかもしれないよ」
「じゃあさ、一つだけ残して、他のをどこかに隠しておくってのはどう?
それに、こないだは一つだけで見逃してくれたんだし」
「それはそうなんだけど――――あの白髪の奴、あいつが……不気味なんだ。
凄く強い、殺気――――っていうのかな? そういうのを感じたんだ。あの3人の中で、一番強くて、手強い……。
この前のはきっと警告だったけど、今度は容赦なくやってくるかもしれない。
あの女の子だけなら、まだそんな極端なことはしそうにないと思うんだけど……。
最悪の場合、下手に隠したりしたらなのはから無理矢理その場所を聞きだそうとするかもしれないよ。
隠したところを見つけられるかもしれないし、それはやめておいたほうが良いと思う」
「うん――――でも、もし向こうがそういうつもりだったら、私から行くか、向こうから来るか、くらいの違いしかないんじゃないかな。
警告はしてくれたけど、あの人たちがどうしてもジュエルシードが欲しいなら、いつかそうなっちゃう可能性は高いと思うの。
だったら、私は自分の意志で戦いたいんだ。
今までどおりにジュエルシードを集めていれば、またきっとあの人たちに出会うと思うから、やっぱりわたしは、今までどおりで行きたいな」
「――――そうだね、なのはがそういうなら」
「じゃあ、やることも決まったし、行こっか。ユーノく……」
「ユーノ=スクライアだな?」
話に夢中になっていて気がつかなかったけれど、いつの間にか目の前に一人の男の子が立っていた。
背はなのはよりも高くて、この前あった白髪の男の子よりは低い。
髪の色も瞳の色も黒だけど、日本の人ではなさそう。
「時空管理局執務官、クロノ=ハラオウンだ」
「時空……管理局?」
突然出てきた男の子―――クロノ君、そして時空管理局という聞きなれない言葉。
えっと、ユーノ君のことを知っているっていうことは、魔法関係の人なのかな?
「君はひょっとして現地の人か?」
「あ、はい。私は高町なのはって言います」
慌ててびしっと立ち上がり、お辞儀をする。
うう、なんかわたしカチコチになってる。
「えっと、その、この子は、僕が勝手に巻き込んで、えと、あー」
なんだかユーノ君もものすごくうろたえてる。
この感じは……なんていうか、校舎内で鬼ごっこをしていたら突然後ろから先生に話しかけられた男の子みたい。
「なるほど、グレアム提督のときと同じパターンか……
まあ、管理外世界の住人に魔法文明の知識を教えた件については後で聞くし、情状酌量もするから。
とりあえず管理局について彼女に説明するのが先みたいだね」
事態が把握できずにポカンとしているわたしを見て、男の子は苦笑混じりにユーノ君に語りかけた。
ユーノ君は、まだどこかぎこちないままわたしのほうを振り向いて、説明を始めてくれる。
「あ、はい。時空管理局ってのは、簡単に言うと、いくつもの次元世界を統括する組織……って言ってわかるかな?」
「あ、あんまり簡単じゃないかも……」
急に聞きなれない単語をいくつか耳にしたせいか、ちょっと頭がくらくらした。
「……えぇっとね……急に大きな話になっちゃうんだけど、僕は別の世界から来たって言ったよね。
なのはが暮らしてるこの世界のほかにもいくつもの世界があって、ぼくたちの世界もその一つで。
その間は、魔法を使って行き来することが出来るんだ。あんまり距離があると次元航行船っていう次元世界を渡る船がいるんだけどね。
で、時空管理局って言うのは、それぞれの世界に干渉しあうようなことを管理してる人たちなんだ」
「そうなんだ……」
(えっと、なのは、今ので判った……かな?)
(んと、あんまりわかってないと思うけど、必要なことはだいたいわかった……かな。
お巡りさんみたいな感じ?)
(うん、そんな感じに思ってて良いと思う)
「では、本題に入っていいかな?」
「あ、はい。でも、どうして僕を……って、やっぱり、ジュエルシード……ですよね?」
「ああ。ある事件に関連してスクライア一族に査察が入ってね。その査察でロストロギア・ジュエルシードが管理外世界にばら撒かれたことが明らかになった。
それで僕は本隊に先んじて調査とジュエルシードの回収任務に当たることになったというわけだ」
査察と聞いてユーノ君はうわっと手―――前足で顔を覆った。
一族の皆のことが不安なのかな。
何故か、背筋がむずむずした。
あれ? さっきから何か、変な感じが、する。
「たぶん心配するほどのことはないよ。スクライア一族に処分が下ったという話はない。
スクライアはどちらかといえば被害者だし、問題があるとしたら被害届けを出さなかったことくらいだからね。
そもそも、君が無謀にも一人でこの世界にやってくる必要だってなかったんだ」
「う………で、でも!」
思わず大声が出た。背筋に冷や汗が走る。
「早くに管理局に通報してくれればそれで良かったんだ。
まあ、今更言ってもしょうがない話だけどね」
クロノ君が一息つき、再び口をあけようとしたとき、それは起こった。
突然、空気が凍える。
胸が苦しい。ドクン、と心臓が跳ねた。
「これって……まさか!」
「こんなときに!」
『その』方向を見上げるわたしとユーノ君。
「そうか――――これが」
一拍遅れてクロノ君が『そちら』に目をやる。
――――そう。再び、ジュエルシードが発動したんだ。
この瞬間にわたしが想ったのはきっと、恐れでも、哀しみでもなく。
――――またあの子に会える。
ただ、それだけだった。