俺が死ぬたび世界を巻き戻す聖女は、七百一回目に俺を監禁した   作:朝を数えない人

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ミレーユside 一回目のあなた

一回目のレイは、私を愛していない。

 

十二歳だった。

 

友達だった。

 

一緒に逃げると約束した。

それを後の恋と同じ箱へ入れれば、私は最初から愛されていたことにできる。

 

しない。

 

現在のレイが私を好きだと言った今だから、なおさら分ける。

 

墓銘板へ死以外の記録を書く作業は、第六百三十回まで進んだ。永昼解除まで四時間。

私は第一回の板を持つ。

 

表。《鐘楼転落》

 

裏。《ミレーユと別れたくないと言った。崖で先に登れと言った。青い紐を一時間で外した》

 

三つ。

 

死より長い生を、三つの文へ縮める。

 

足りない。

 

全部は戻せない。

だから、私の側に残ったことも記録する。

 

鐘楼の床が崩れた時、私はレイの手を掴めなかった。

 

指先が触れた。

 

滑った。

 

彼は落ちた。

私は階段を三段ずつ下りた。途中で二度転んだ。膝から血が出た。痛みはなかった。正確には、覚えていない。

 

地面のレイ。

 

脚の向き。

 

開いた目。

 

息がない。

私は名前を呼んだ。

 

返事はない。

 

胸を押した。

 

治癒の祈りはまだ使えない。

 

口へ息を入れた。

 

戻らない。

 

先代聖女マティルダが来た。

 

「もう死んでいる」

 

私は聞かなかった。

 

「鐘を」

 

「鳴らしてはいけない」

 

「戻せる?」

 

「可能性はある。だが世界の時へ触れる。何が起きるか」

 

「レイは戻る?」

 

「その問いだけで決めるな」

 

マティルダは正しい。

 

世界と一人。

 

他の人の時間。

 

失う記憶。

 

十二歳の私は理解していなかった。

 

理解する時間を与えられても、同じ選択をした。

今の私なら分かる。

それが怖い。

 

七百一回の後でも、目の前に死んだレイがいれば、私は世界の説明を聞かない。

 

「もう一度、会いたい」

 

血で鐘を鳴らした。

 

戻る瞬間、最初に失ったのは母の声だった。

 

エレナが私を《ミレイ》と呼ぶ声。

それが薄れた。

 

代わりに、レイが地面へ当たる音が残った。

 

起点へ戻る。

 

鐘楼。

 

床が崩れる七秒前。

 

最初の七秒を、私は七つに分けた。

 

一秒目。レイの位置。床の亀裂。先代聖女の右手。鐘欠片。

 

二秒目。レイへ一歩。

 

三秒目。床が軋む。

 

四秒目。レイの胸を押す。

 

五秒目。彼が倒れる。

 

六秒目。床が崩れる。

 

七秒目。私は縁へ残る。

 

七秒あれば救える。

 

そう知った。

 

知らなかった一回目は、彼が死んだ。知っている二回目は、生きた。

結果だけ見れば、知識は善だった。

だから次の事故でも、私は自分の記憶を信じた。過去を知る私が正しい。知らないレイの動きを、先に変える。

 

監禁まで繋がる最初の成功だった。

 

「床が落ちた後、私は何をしましたか」

 

現在のレイが訊く。

 

「あなたへ抱きつきました。その後、先代聖女の脈を確認しました」

 

マティルダは床の反対側で倒れていた。生きている。戻る前には、私を止めようと階段で転び、腕を折った。戻った後は骨折がない。

私は差を見た。

 

レイの死だけではない。マティルダの骨折も、床も、雨粒も戻る。

 

世界全体。

 

「怖くなかった?」

 

「怖いより先に、レイが生きていることが嬉しかったです。後から世界を戻したことが怖くなり、マティルダの指示へ従って隠しました」

 

十二歳の私には、危険の概要、第三者、分散記録という考えがない。

 

知らない子供を現在の私の加害と同じ量で責めない。それでも、最初の嘘を善意だけで正しくもしない。

私はレイを突き飛ばした。

 

安全な側へ。

 

彼は尻餅をつく。

 

床が落ちる。

 

私だけが縁へ残る。

 

「何するんだ!」

 

怒っている。

 

生きている。

私は抱きつく。

 

「痛い」

 

腕を緩めない。

 

「生きてる」

 

「当たり前だろ」

 

当たり前ではない。

 

私だけが知っている。

 

「血が」

 

レイが私の手首を見る。

 

鐘を鳴らした傷。

 

「転んだ」

 

最初の嘘。

 

「床が落ちるの、知ってた?」

 

「音がした」

 

二つ目。

 

「俺を押す前に?」

 

「はい」

 

事実の一部。

 

レイは私の顔を見る。

 

十二歳でも、私が隠していることに気づく。

 

「何があった」

 

「何も」

 

三つ目。

 

彼は怒った。

 

「何もない顔じゃない」

 

私は説明できない。

 

言えば狙われるとマティルダが言った。世界へ触れた罪で、レイも私も教会へ閉じ込められる。

 

守るために隠す。

私は正しいと思った。

 

「もう落ちないで」

 

代わりに頼む。

 

「落ちたのは床だ」

 

「危ない場所へ行かないで」

 

「鐘草を取りに崖へ行ったお前が言う?」

 

「私はいい」

 

「よくない」

 

レイは私の手首へ布を巻く。

 

治療の手は慣れていない。結び目が強い。

 

「痛い」

 

「緩める」

 

すぐ緩めた。

 

終わりと言えば、終われる。

そのレイへ私は、死を隠した。

 

鐘楼を下りる時、彼は青い紐を返した。

 

「もう手首には結ぶな」

 

「なくす」

 

「腰袋へ入れろ」

 

「レイが持って」

 

「荷物を増やすな」

 

私は不満だった。

それでも腰袋へ入れた。

 

修道院へ戻る途中、レイが言った。

 

「明日、お前が大聖堂へ行く前に逃げよう」

 

「西へ?」

 

「西は俺の引取先。南へ行く。ニナとアデルにも話す」

 

二人だけではない。

 

最初のレイは、最初から第三の手を呼ぼうとした。

私は嫌だった。

 

ニナとアデルへ話せば、止められるかもしれない。レイと二人でなくなる。

 

「二人で」

 

「子供二人でどこまで行ける」

 

「レイがいれば」

 

「俺は道を知らない」

 

「私が守る」

 

「何から」

 

答えられない。

 

レイがもう一度死ぬ未来から。

 

「次は、お前も一緒に逃げるんだ」

 

彼が言う。

 

《次は》

その言葉へ私は反応した。

 

彼は何も知らない。

ただ、明日の計画を次と呼んだだけ。

私は還暁の次だと思った。

 

「何回でも?」

 

「一回で逃げる」

 

レイが笑う。

 

私も笑った。

 

逃走は失敗した。

 

翌朝、マティルダと教会騎士が先に来た。

 

私を大聖堂へ連れて行く。

 

レイはニナとアデルへ知らせ、門で待っていた。

 

四人で抵抗した。

 

アデルは教会法を読み上げる。本人の同意なき聖女徴用はできない。

 

ニナは馬車の車輪止めを隠す。

 

レイは私の手を引く。

 

一度だけ、門の外へ出た。

 

騎士に捕まった。

 

レイは殴られた。

 

死ななかった。

私は大聖堂へ行った。

 

彼は西の葬院へ。

 

別れた。

それでも、一回目の逃走は無駄ではない。

 

門の外へ出た十分間、私たちは道端へ座った。

 

騎士が教会法を確認している間だけ。

 

レイは石を一つ拾い、門の内側へ投げた。

 

「何を」

 

「帰る印」

 

「逃げるのに?」

 

「帰る場所がないと、逃げ続けることになる」

 

修道院へ戻れば、私は連れていかれる。西へ行けばレイの葬院。南には何もない。

 

「どこへ帰るの」

 

「作る」

 

子供の答え。

 

白塔を家と呼んだ現在のレイは、その続きを知らずに同じ問題へ答えた。

 

場所そのものではない。

 

鍵を持ち、出て、戻るか選べる場所。

 

「今の白塔を、帰る場所にしたいですか」

 

現在の彼へ訊く。

 

「したい。でも、お前が鍵を返した後に決める」

 

「はい」

 

答えを先取りしない。

 

石の印ではなく、鍵を返す。

 

アデルが法を読んだ記録が残り、聖女の外出権が一つ増えた。ニナが車輪止めを隠したため出発が遅れ、私とレイは門の外で十分話せた。

 

「次は、もっと遠くへ逃げる」

 

レイが言う。

 

「次はいつ」

 

「俺が金を貯めたら」

 

「何年」

 

「三年」

 

「長い」

 

「手紙を書く」

 

三年後、私たちは会った。

 

三年間、手紙は百七通。

私は大聖堂の検閲を通すため、祈祷文の形で書いた。

 

《本日の祈り。西では豆へ塩を何匙入れますか》

 

レイは葬院の死亡通知用紙の余白へ返した。

 

《故人は塩を入れすぎて死亡。匙半分を推奨》

 

不謹慎だと私は怒った。次の手紙でも同じ形式を使った。

 

最初の一年、私たちは逃走計画を立てた。南門の警備。宿代。仕事。ニナは薬師になりたい。アデルは修道院を離れない。

 

二年目、計画は変わった。

私は聖女として治療を学び、大聖堂を出れば治せない人が増えると思った。レイは葬院で死者の名が消されることを知り、仕事を続けたいと書いた。

 

二人とも、ただ逃げたい子供ではなくなった。

 

三年目の手紙。

 

《一緒に逃げる約束を、破っていい?》

 

私が書いた。

 

返事は一月来なかった。

 

嫌われたと思い、覚えたばかりの追跡聖刻でレイを探そうとした。

 

使わなかった。

 

当時は、まだ。

 

一月後、レイが白塔へ来た。背が伸び、声も変わり、右頬に傷があった。私の知らない三年が身体にある。

 

「手紙の返事」

 

彼は言った。

 

「逃げなくていい。一緒に外へ出よう」

 

「違いは」

 

「逃げると、追われる。出るなら、戻る場所を自分で決められる」

 

今のレイと同じ言葉。

 

同じ人だからではない。三年で互いの役目を持ち、それでも会う方法を考えた結果。

 

私たちは市場へ行った。青鈴花を買った。豆を食べた。手を繋いだ。

その時、レイは先に訊いた。

 

「手、いい?」

 

私は頷いた。

 

手首を紐で結ばず、掌を重ねた。

 

夕方、レイが言った。

 

「好きだ」

 

私は、三年前から、と答えた。

違う。

 

三年前の私は友達を失いたくなかった。今の彼を好きになったのは、百七通の手紙と今日の市場の後。

 

最初から決まっていた恋にすれば、変わらないと思えた。

 

「レイ」

 

現在の彼を呼ぶ。

 

「三年後の私も、過去の感情を今の恋へ繋げ、最初から決まっていたと考えました」

 

「今は?」

 

「一回目のあなたは友人。十五歳のあなたは手紙の後に好きになった人。五百十二回目は約束を破った相手。今のあなたは、今見て好きな人です」

 

「何を見て」

 

「手袋を残した私を証拠として数えたこと。ユアンさんの記録を書かせたこと。好意と同意を分けたこと。終了と言えば離れたこと」

 

死因ではない。

 

現在の選択。

 

「外見は?」

 

「好きです」

 

「そこは即答か」

 

「右手の傷も、髪も、目も」

 

レイの頬が赤くなる。

 

現在の反応。過去の誰とも同じではない。

 

恋をした。

それは一回目の少年と少女とは別の時間。

 

後から始まった。

 

最初から運命だったのではない。

 

会えない三年に手紙を書き、再会して、互いの変化を知って、それから選んだ。

だから現在のレイが同じ道を選ぶ義務はない。

 

白塔の墓所へ戻る。

 

第一回の板へ書く。

 

《レイは、ミレーユ、ニナ、アデルの四人で逃げようとした。門外へ一度出た。三年後に再会する手紙を約束した》

 

《恋は再会後に始まった》

 

現在のレイが読む。

 

「そこ、大事?」

 

「はい」

 

「なぜ」

 

「あなたの好意を、一回目から決まっていたことにしたくないからです」

 

彼は少し驚く。

 

「分かった」

 

「それと」

 

「何だ」

 

「今のレイと、門の外へ出たいです」

 

「鍵を返して?」

 

「はい」

 

言った。

 

まだ返していない。

 

でも、返した後に彼が戻らない可能性ごと、門の外を望む。

 

「一回で逃げる?」

 

彼が訊く。

 

「逃げません」

 

「じゃあ」

 

「出ます。隠れず、記録を持って」

 

現在のレイが笑う。

 

一回目と似ている。

 

同じではない。

 

「鍵の話は次だな」

 

「今でも」

 

腰の鍵束へ触れる。

 

外せない。

 

「今は、まだ怖いです」

 

「二日ある」

 

「はい」

 

一回目のあなたは、次は一緒に逃げると言った。

 

現在のあなたは、鍵を返したら一度出ると言う。

私は二つを同じ約束にしない。

 

今度の次を、今度のあなたと選ぶ。

 

「一回目の板へ、もう一つ書きたいです」

 

「何を」

 

「私が最初に失ったもの」

 

《還暁一回目。ミレーユは母エレナが自分を呼ぶ声を失った。代わりにレイの転落音が残った》

 

レイが読む。

 

「俺の板でいいのか」

 

「裏に私の名前も書きます」

 

一枚の墓銘板を、死者だけの物にしない。

 

死が起きた時、残された側で何が失われたか。還暁が誰へ何をしたか。

 

「次の板からも、失った記憶を対応させる」

 

「七百一全部、分かる?」

 

「分かりません。欠落を確認できない回もあります」

 

「なら《不明》と書く」

 

死以外の記録に、ミレーユの欠落欄を足す。

 

第一回。母の声。

 

第三百二十五回。ユアンの名。

 

第四百九回。母の顔。

 

第五百十二回。歌、青鈴花、約束の場所。

 

第七百一回。青鈴花を好きだった感覚。

 

空白が多い。

 

でも、空白を《代価なし》とは書かない。

 

《欠落確認不能》

それも被害記録だ。

 

「この板を錨切断の支柱にしたら、失った記憶は戻りますか」

 

私が訊く。

 

エドガーが鐘鏡越しに答える。

 

「白冠から引き戻せる可能性はある。だが全部戻れば、聖女の人格が七百の矛盾へ耐えられない」

 

「選んで戻せる?」

 

「選ぶ者が必要だ」

 

レイが首を振る。

 

「俺たちで選ばない。本人が覚えてない記憶の価値を、今の俺たちが決めるな」

 

「では」

 

「一度、保管場所を開く。戻すかは、その場で記憶の断片と現在のミレーユが選ぶ」

 

私の過去の記憶へ、現在の私が同意する。

 

できるか分からない。

 

それでも、レイが母の記憶だけを善、彼の死だけを悪として選ばないことが嬉しい。

 

「今、嬉しいです」

 

「何が」

 

「私のために母の記憶を戻す、と言わなかったこと」

 

「普通は逆だろ」

 

「戻したいです。でも、戻った後の私が壊れる可能性も私のものです」

 

「そう」

 

現在の私が、自分の危険を口にした。

 

レイの生存率へ翻訳せず。

 

記録する。

 

作業終了。

 

永昼解除まで二時間。

 

墓銘板は七百一枚すべて、裏に死以外の一文を持った。不明の板もある。空白のままではない。

 

レイが立ち上がる。

 

「次は鍵」

 

腰の重さが急に増す。

 

白塔の外鍵。

 

窓。

 

地下。

 

礼拝堂。

 

保守通路。

 

私室。

 

十一本。

 

全部、私が持っている。

 

「今、返せますか」

 

自分へ訊く。

 

手は動かない。

 

「まだです」

 

レイは怒らない。

 

「なら、次の会議で理由を全部出す」

 

「はい」

 

逃げない。

 

一回目の私は、二人だけで逃げたかった。

 

今の私は、ニナ、オスカー、エドガー、市議会の前で鍵を置く。

 

選択を見られる場所へ行く。

 

怖い。

 

返せば、レイは出る。

 

戻らないかもしれない。

 

それでも一回目の私が欲しかったのは、手首を結ぶ紐ではなく、一緒に門を越える人だった。

 

現在の彼と門を越えたいなら、先に彼の手から扉を奪わない。

 

私は鍵束を外す。

 

まだ渡さず、両手で持つ。

 

次の部屋まで、自分の意思で運ぶ。

 

返せなかった時も、理由をレイだけの説得材料にせず、私の状態として公開する。

 

次の私が隠せないように。

 

今の字で残す。

 

ここへ。

 

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