いつも通りの通学路、そこを俺はいつもより二時間早く登校していた。周りを見ると眠そうに目を擦っていたり、あくびをしている生徒もいる。もっぱら一年が多いのは学校行事を経験した数が少なく、朝早くに登校することに慣れていないせいだろう。……まあ、そんなことを考えている俺も、まだ慣れておらずあくびを噛み締めながら歩いているわけだが。
「おはよー、浩介!今日は楽しみだね」
「おはよう藍沢くん」
後ろから声が聞こえた、慎哉と清水だ。俺もおはよう、と返して一緒に登校する。この二人はいつも登校時間が早く、大体二人で登校しているので普段はこうして三人で登校するということができないが、俺は行事のときは電車ということもあり大分早い時間に登校するのでこういう風に三人で肩を並べて歩くことが出来るのだ。
「あれ?そういえば浩介、結依ちゃんとは登校してないんだね。珍しい」
「ああ、一年は大道具と小道具の人だけ登校時間が早いからな。結依は俺たちより大分後に登校してくる」
「あーそういえばそうだったね、思い出したよ。それに、結依ちゃんは劇のヒロインをするんだったっけ」
ああ、と俺は頷いた。結依がヒロインというのは意外だが、結依が言うには女子たちがそこまで乗り気ではなく仕方なくヒロインになったらしい。蓮の影響はやっぱり大きいようだ。
「劇か、懐かしいね。もう藍沢くんのカチカチの演技しか覚えてないけれど……」
「それは忘れてくれ清水、あれは黒歴史なんだよ」
俺は真剣な声で釘を刺した。
あれは本当にやばかった……ガタイがいいって理由で主人公のライバル役に選ばれた俺の演技は一言で言って壊滅的だった。周りの冷ややかな視線、苦笑い。清水がいなかったらもっと辛かったかもしれない。
「そんなことあったんだ、覚えてないなー」
「意外だなお前ならこういう揶揄えそうなこと忘れなそうなのに」
「俺が浩介達と仲良くなったのは文化祭の後ぐらいだからね。はぁこんなことならもっと早く友達になっておけばなー」
慎哉が肩を落として言った。そう言われると確かに、文化祭終わりの席替えで隣同士になったことで友達になったんだったな。
そんなことを言っていると学校の校門が見えてくる。いい感じにデコレーションされており三年の頑張りが分かる。そして校舎には文化祭と書かれた垂れ幕がかかっていた。結構派手だ、書道部の人たちが頑張ってくれたんだろうか。
……もうわかっているだろうが今日は文化祭。六月下旬の金曜日、二日間あるうちの一日目だ。そういうわけで俺たちは胸を高鳴らせながら校内へと足を踏み入れた。
「はあ……」
二年二組の教室で机を運んだ俺は息を漏らした。だがこれで内装は大体終わりだろう。周りを見渡し執事喫茶として完成度の高いものになっていることを確認してそう思う。すると、教室に執事服を着た男子たちが入ってきたのを見つけた。その中には慎哉もいた。
俺は清水を誘って慎哉の所へ近づいた。
「慎哉くん、意外とこういう服も結構似合うんだね。予想外に執事っぽく見えるよ」
「意外ってなにさー、俺はもともとこういうカッコいいタイプでしょ」
慎哉が照れたように笑いながらポーズを決めた。全然執事っぽくないというかアイドルっぽいポーズだが。
「その身長でカッコいいは無理があるんじゃないか」
「それはもう喧嘩じゃない?友情に罅が入っちゃうよ」
そう言われ俺はごめんごめん、と謝る。慎哉もふざけていただけだったのですぐ許してもらえた。
「藍沢くん、ちょっと頼みがあるんだけど」
そんなとき俺を呼ぶ声が聞こえた。女子の文化祭実行委員である委員長だ。手にはクラスメイト全員のシフトが書かれてあるプリントを持っている。いったい何の用だろうと思いながらも話を聞く姿勢をとった。
「今日鈴木くんが休みらしくてその分の仕事を代わりにやって欲しいんだけど……これを見てもらえれば分かると思うけど藍沢くんと鈴木くんのシフトがかぶってるから」
委員長はシフト表を見せながらそう説明してきた。そういう理由だったら代わりにやるのも仕方ないと思う。そもそも俺の仕事は慎哉と清水の二人と……まあ、あと美桃と一緒の時間がいいということで選んだだけの裏方仕事だったからな、仕事の一つ二つ増えたところで支障があるどころか何もしなくても支障がでないくらいなんだ。そう思って了承しようとして一番大事なことを聞いていないことに気づいた。
「別にやってもいいけど……それはどんな仕事なんだ?」
「とても簡単な仕事だけど……ただ客寄せをすればいいだけだから」
相も変わらず無表情でそう言ってきた。俺は客寄せ?と聞く。するとカウンターの裏に行き、でかい看板を取り出してきた。横幅は一メートル以上ある。
「まさか、それを持ってするのか?」
「当たり前でしょ、ああ、後出来るだけ校内のいろんな場所に満遍なく行って」
俺がオズオズといった雰囲気で尋ねたというのに委員長はピシャッと言ってくる。そしてその看板を俺に渡してきた後そのまま忙しそうに川崎の所へ行った。何かまだ話すことがあるんだろう。……はあ、まじか。これ、看板は持たなくてもいいかなんて言えないよな。
そう肩を落としていると慎哉と清水が近づいてきた。
「残念だったね、でもそう気を落とさずにさ。それが多分、浩介の一番の適所だよ。だって背が高いから目立つもんね!」
慎哉が肩に手を置いて労うように言ってきた。
「お前……さっき身長のことで煽ったの根に持ってるだろ」
「いや?そんなこと全然思ってないよー」
「じゃあさっきの言葉はどういう気持ちで言ったんだよ」
「それはもちろん俺は執事、清水さんは料理担当だってのに一人だけ楽しようとしてた浩介に仕事ができて嬉しいなって」
とてもいい笑顔でそう言ってきた。執事服も合わさって結構カッコよく見えるのが腹立たしい。というかどっちにしても悪い意味じゃねえか!
「お前の方が友情に罅いれようとしてないか?ワンチャン喧嘩だぞ」
「ははは、まったく、冗談がうまいね」
慎哉はそうやって軽く受け流した。……ちょっと、軽く暴力を振るいたくなってきた。頭を叩くぐらいだったら許されるか?
俺が慎哉を睨みつけていると川崎が黒板の前に立った。そして教卓に体重を乗せる。これには俺もつい目線をそっちに向けた。そして皆の視線に晒される中川崎は口を大きく開いた。
「お前ら、今から文化祭が始まるぞ!全員しっかり楽しめよ!」
そう言った瞬間わーっ、と男子たちが歓声を上げて拍手でこの場を埋め尽くした。女子たちも一応といった様子で拍手をしている。そして、まだ熱気冷めやらぬ間に教室の外に行く者やカウンターの下で準備をする者が現れた。それを見ていると清水が床に転がっている看板を指差し俺に向かって言う。
「藍沢くんも早く行った方がいいんじゃないかい、それ」
……じゃあ、行くかあ。俺は看板を両手で持って歩き出した。そして、笑顔で手を振ってくる慎哉へのちょっとしたむかつきを塗りつぶしてくる憂鬱さに足取りが重くなりながらも教室の外に出る。
「さて、どうしたもんかな」
そうは言ったもののやることはシンプルだ。その面倒くささや恥ずかしさに目を瞑ればいい仕事だと言えるだろう。俺はひとまず看板を少し上に掲げて少し大きな声で客引きをし始めた。周りからの視線が痛いが気にしない。
だがそんな風に真面目にしていたのも過去のことで、数十分分程度経ち、三階から一階へと場所を移る頃には恥ずかしさもなくなり、面倒くさくなって看板を肩にかけて他のクラスの出し物を見ながら客引きをしていた。
お化け屋敷か……こういうのって本当に文化祭にあるんだなアニメとかだけのやつかと思ってたけど
一年五組の教室の前を通りながらその出し物を見てそう思った。中から叫び声が聞こえてくるのでなかなか怖いのだろう。
でも清水がこういうの苦手だから、慎哉たちとはここいけないよな。
「ねえ、こんな所で何してんの〜?」
そうやってサボっていたのが悪かったのだろうか、後ろから文化祭では聞きたくなかった声がかかってきた。一応後ろを見ると、予想通りでため息をつく。
「母さん、なんでいるの」
「え〜、親が子供の文化祭に行ったらいけないの〜?ひどくな〜い」
「そういうことじゃなくて、今日金曜日だろ。仕事はどうしたんだよ」
俺は看板を壁に立てかけてそう問い詰めた。しかし、母さんはまたもや何言ってるの?と言いたそうな顔で返答する。
「有給使ったの」
そうニッコリと笑いながら言った。慎哉のときも思ったが美形が笑いかけるとそれだけで華があってずるい、ってそんなことを思っている場合じゃなくて
「一応明日も文化祭なんだけど……わざわざ有給まで使わなくてもよかったんじゃ……」
「普通はそう思うでしょ。だからこそ逆に今日来たら人混みが少ないんじゃないかって思ってね。私待ち時間とか結構苦手だからさ」
そこまでして高校の文化祭に行きたいものなのか?多分面白いものとかあんまりないぞ。そう心の中で呟いていると母さんが俺の顔を凝視していた。俺がまたか、と思うと母さんはそれをやめて話し出した。
「ふふん。い〜のい〜の。行きたくてきてるんだから。それに、自分の子供がいる学校の文化祭ってだけで楽しくて面白いものなんだから」
「考えてることを読まないでくれよ」
ごめ〜んごめん、と母さんは謝ってきたが誠意がこれっぽっちも感じられない。そもそもこの心を読む技術はなんなんだ、たまに結依もしてくるが俺が顔に出やすいだけなのか?いや、でも前に慎哉も結依に考えが読まれたって言ってたよな……
「じゃあ、一緒に二年二組まで行ってくれる?一人だけだと寂しくて寂しくて」
俺が考え込んでいると母さんがいきなりそう言ってきた。
「俺は今仕事してんだけど、それに寂しいって言ってるくせに父さんはどうしたんだよ」
「てっちゃんは一年生の劇を観に行ってもらってるの。だから一人なんだよね〜」
観に行ってもらってるって自分から一人になってないか?そう思って母さんを非難するように見ると、にへらと笑ってきた。
「それで、やっぱり一緒に行ってくれないの?」
「まあ、さっきも言ったけど今仕事してるから行けないんだよ」
俺がそう断固拒否すると母さんはため息を漏らした。そして両手を重ねて上に伸ばした。
「ん〜、だったら仕方ないか、じゃあ慎哉くんたちにちょっかいかけてくるね〜」
母さんは後ろも見ずに階段を上がって行った。あとで慎哉たちに謝らないといけないかもしれないな……そうやってさらに憂鬱になりながらも壁に立てかけてある看板に手をかける。すると、また声が声がかかってきた。今度は誰だと思いながらそちらを向く。
「さっきは大変だったね〜、お兄ちゃん」
立っていたのは結依、その隣に佐藤もいる。
「お前さっきはって、見てたんなら助けに来てくれてもよかったのに」
「いやいや〜、私が行っても変わらなかったって。それに佐藤と一緒の所を見られたら拘束時間が何十分増えたかわかんないよ?」
結依は手のひらを上に向けて顔の横に置いてわからないと訴えかけるようなポーズをしながらそう言った。佐藤はというと何も話さずただ俺たちの会話を見守っている。
「それで、何で佐藤は結依と一緒にいるんだ?別にこんなのと文化祭を周る必要なんてないだろ」
結依はこんなのってひどくな〜いなんて言っているが俺も佐藤も無視をして話を進める。
「えっと、これはその、明日ひかりさんと周るときのためにどこが面白いのか知りたいって相談したら藍沢さんが……だったら私と一緒に回らない?って言ってきて……」
「おいおい……さすがに彼女持ちは諦めろって」
そう言って結依の肩に手を置くと結依は心外!という顔をしてきた。
「そんなわけないでしょ。佐藤が付き合ってるって知ってるのが私か『神崎蓮を監視しようの会』の人たちだけだったから消去法でだよ〜。先輩たちに頼むのは申し訳ないし、友達に教えたものならどうなるか分かったもんじゃないってさ〜」
俺がそうなのかと佐藤の方を見るとうんうんと頷く。だが、その視線は時折結依の方に向かっていて結依が一体どんなことを言うのか心配だったのが見て取れる。まあ、俺だって心配なときあるしなと同情していると突然結依が、で!と言い、話し始めた。
「お兄ちゃん、一緒に文化祭周らない?」
俺は怪訝な顔をして結依には?と聞き返す。
「いや、仕事してるのは知ってるけどさ〜。でも、面倒くさいって思ってるでしょ。それにクラスメイトの皆は友達と周ったり執事喫茶で一緒に協力して働いてるのにお兄ちゃんは一人歩き回るだけで文化祭を楽しめないんだよ?」
そう言われて俺の心は揺らいだ。確かに俺が面倒くさいと思いながら面白そうだなと思ったクラスを一人寂しく素通りしている間に慎哉たちは、大変だったけどいい思い出だな、と言えるような経験をして絆を深めているのだ。そう気づいたが必死に頭の外に追い出す。
「い、いや、やっぱりだめだ。クラスメイトに迷惑はかけられない」
「なるほど〜……だったらさ〜、文化祭を周って宣伝するついでに出し物を楽しんだらいいんじゃない」
「ついでに?」
俺はそう疑問の声を漏らした。
「そうそう、ついでに。というか、こうやって歩き回るより教室の中の生徒に宣伝する方が聞こえやすいだろうし、効率いいんじゃな〜い?」
結依が言った内容は俺にとって禁断の果実のようなものだった。そんな今作りましたみたいな理由、通るわけがないのにそれに説得されてもいいかと思う自分もいる。俺はどうしたら……そう悩んで……
「分かった、周るよ」
俺は了承した。してしまったという後悔もほとんどなかった。
「さすがお兄ちゃん、じゃあさっきお兄ちゃんが見てたお化け屋敷——の隣にある間違え探しをやろうか」
結依はお化け屋敷じゃないのかよと言えないほどの速さで一目散に一年四組の教室の方に向かって歩いていく。俺たちもそれを追って入り口に入った。
「お〜結構面白そうだね〜。ね、お兄ちゃん、楽しそうじゃない?」
「まあ、楽しそうだけど……あくまでついでだからな」
俺がそう言うと結依はまたまた〜と返してきて、佐藤はそれを見て堪えきれないという感じに吹き出した。
俺は入り口にいた案内役の生徒に説明して看板を邪魔にならないように置かせてもらう。そのときに説明してもらったがこれは映画にもなった間違い探しゲームをモチーフにしているらしい。そのせいもあってかホラー要素があるかもね〜なんて結依が言ってくる。それで佐藤がビビってしまった。こんなんで大丈夫か?とも思ったが間違え探しに身を投じた。
一年一組と二組の教室を使っている二年一組の出し物を楽しんだ俺たちは教室の外に出てきて話し始める。
「面白かったですね。これならひかりさんも楽しんでくれると思います。それと、一緒に周ってくれてありがとうございました浩介先輩」
「あれ〜、私は〜?」
「あれ?藍沢さんにはもうありがとうって言ってなかったっけ」
結依は舌を出してニッコリと笑った。まったく……と心の中で呆れた。
俺たちは間違い探しが終わった後二、三個他の出し物を楽しんだ。結局、お化け屋敷はあの間違い探しのちょっとしたびっくり要素だけで叫び声をあげた佐藤のお願いでいけなかったが面白かったと思う。何か忘れてる気がするけど……
俺の喉からあ、と叫び声に近い音が出る。目の前にはもうシフトの時間が終わっているというのにまだ執事服姿の慎哉がいた。俺は今客引きをしている最中だったと思い出して汗が湧き出る。
「し、慎哉。えーっと、これは……」
俺は誤魔化そうにもこんな状況を何とかする言葉が思いつかなかった。
「いや、大丈夫だよ浩介」
そう優しげな笑みで言われる。な、何だ大丈夫なのか。そう現実逃避する。
「ただ、何で仕事もせず遊んでばかりいるのか問い詰めるだけだから」
そうきっぱりと言い切られた。
まあ、だよなー。俺はこの後を想像して身を縮こまらせた。