嘆きの裏野は頑張りたい   作:永佑

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第12話 レベル6宝物殿

 

 どうにかソーラの機嫌を取り戻した俺は、ひとまず帝都ゼブルディアへ戻ることにした。

 

 荒野を吹き抜ける乾いた風は、相変わらず肌に砂を運んでくる。ざらついた感触が首筋に張り付くのは正直あまり気持ちのいいものではないが、不思議と気分は悪くなかった。ついさっきまで命懸けの戦いをしていたというのに、足取りは行きよりもずっと軽い。たった一度ゴーレムを倒しただけで強くなった気がするほど、俺という人間は単純らしい。現金なものだと自分でも思う。

 

 周囲を見渡すと、ゴーレムとの戦闘中は緊張で気付く余裕すらなかったのか、小さな砂色の生き物があちこちを飛び跳ねているのが目に入った。長い耳をぴこぴこと動かしながら、砂の上を軽やかに跳ねる姿は、殺伐とした遺跡の光景とはあまりに不釣り合いだった。

 

 砂兎。この世界では魔物に分類されているらしいが、見た目だけならウサギそのものだ。危険そうには全く見えない。むしろ和む。さっきまで巨大なゴーレムに殺されかけていた身としては、なおさらそのギャップに癒される。

 

 行きは右も左も分からず警戒しっぱなしだったが、今は少し違う。何故なら――、

 

「今の俺、たぶんレベル2ハンターくらいの実力はあるよね」

 

 自分で言っていて少し照れ臭いが、あながち間違いでもないと思う。実際、あのゴーレムを相手に、曲がりなりにも戦えたのだ。多少は自信を持ってもいいはずだった。

 

 ソーラが本来与えるはずだった補正のおかげで、身体能力は見違えるほど上がった。まだ全身が痛いし、拳は今も少し痺れているけれど、それでもようやく、この世界で生きていくための最低限のスタートラインに立てた気がする。

 

 右肩へ担いでいる黒い狙撃銃へ視線を向ける。ずしりとした重みが、まだ現実味を持って肩へ食い込んでいる。使い方はまださっぱり分からないが、宝具のスナイパーライフルまで手に入った。この見た目だけで、多分そこらの新人ハンターよりは強そうに見えるはずだ。中身が伴っているかは別として。

 

 チート能力だとか最強スキルだとか、そんな都合のいいものではないとソーラは言っていたが、それでも丸腰だった昨日の俺に比べれば天と地ほどの差がある。多少は誇っていいだろう。

 

「今の俺なら、砂兎くらい確実に倒せるね」

 

『動物いじめるのは良くないですよ』

 

「……魔物って言ってなかった?」

 

 真面目なトーンで突っ込まれて、思わず拍子抜けする。一応魔物に区分されるみたいだけど、見た目も動きも普通の動物みたいなもんだしね。本当に襲うつもりなんてない。

 

 俺は別に博愛主義という訳ではないが、流石にこんなモフモフした小動物を狩る気はない。兎じゃなくても同じだ。やる必要もないのに命を奪いたいとは思わない。それに、あの丸っこいシルエットを見ていると、なんだか小学校で飼育していたウサギを思い出して、余計に手を出す気になれなかった。

 

『帝都へ戻ったら何をしますか?』

 

「うーん……」

 

 正直に言うと、ノープランだ。金もないし目標もぼんやりしている、あるのは謎の狙撃銃と若干の実力向上だけ。帝都へ戻ったところで、何から手をつければいいのかすら分からない。

 

『原作だと今は三章です! ゼブルディアオークション編ですよ!』

 

 ソーラが妙に張り切った声で言う。まるでずっと言いたかったことをようやく言えたみたいなテンションだった。

 

「ソーラ……オークションは無理だ。金ないし」

 

 俺は苦笑しながら首を振る。オークションだなんて、金持ちの遊びに素寒貧の俺が混ざれるわけがない。仮に会場に入れたとしても、目玉商品が出るたびに震えながら傍観する係になるのが目に見えていた。

 

『……そ、そうでした』

 

 急に現実へ引き戻され、ソーラの声がしょんぼりする。テンションの上がり下がりが激しい女神だ。さっきまでの浮かれた声が嘘のように、今度は明らかに落ち込んでいるのが伝わってくる。

 

 ゼブルディアオークション編。地味に長かったアーノルド・ヘイルのかませ犬エピソードだ。

 

「そういえば、ここに来た頃アーノルドさんに会ったな」

 

 ふと思い出して呟く。あの時のやり取りを思い返すと、今でも少し胃の辺りがきゅっとする。忙しいと一蹴されただけの、ほんの数分間のやり取りだったはずなのに、なぜか妙に記憶に残っていた。

 

 俺が原作の内容を知る前、クリュスと同じレベル3ハンターになろうと、片っ端から強者に話しかけるという中々に意味不明な行動を取っていた時のことだ。今思い返しても、我ながらとんでもない突撃精神である。

 

 あの時は、「絶対強いだろうな」くらいにしか思っていなかったが、予想を超えたレベル7ハンターだった。まあ、でも原作見る限りだとレベル7の中だと割と下の方の実力なのかもしれない。リィズに気絶させられてたし、バレル盗賊団の時もあまり活躍がなかった。強いのは強いが毎回相手(クライ)が悪い。運がない奴だなと、他人事ながらちょっと同情する。

 

 でも、この世界にはクライがいないんだよな。なんか行方不明になったとかで。クライの事だから生きてはいるだろうけど。

 

 でも、クライがいないってことはつまり、アーノルドとの確執がないって事か。アーノルドとの確執がなければオークションにも参加してないんじゃない? シトリーから金借りることもなかったかもだし。貴族の令嬢とかいたけど、正直オークション編はアーノルドから始まってる気がするし。つまり、三章丸々なかったことになるのでは? やばくね?

 

 やっぱりこの作品はクライが主人公だから面白いんだろう。間違いない。それに今思ったんだが、俺とクライって性格的に見れば友達の量以外ではそんなに差はない気がする。なのに俺がこの物語の主役になった途端、面白さが半減どころじゃなくなった。原作換算で言えば体感八割減くらいの落差だ。世知辛い。

 

 そんなことを考えていたら、ソーラが不意に言ってきた。

 

『……そういえば、ウラノ………あの時は3日も私を放置しましたよね?』

 

「…………え?」

 

 急に切り込まれて、心臓が跳ねる。あの時、というのがいつのことを指しているのか、俺には心当たりがあった。俺がのんびり薬草採取していた三日間のことだろう。

 当時は生活費を稼いだり、強くなる為に何をすべきか考えたりして、ソーラのことを頭の片隅に追いやっていた自覚がある。

 

『……次はありませんからね? 次からは毎日話かけてもらいますから』

 

「いやまあ、それは…………き、気が向いたらね」

 

 明らかに動揺した声で誤魔化す。だが、そんな逃げ道は許してもらえなかった。

 

『毎日です!』

 

 語気がやけに強い。冗談を言っている雰囲気ではなかった。最近は色々あったからかソーラとの距離が近くなった気がする。

 心を開いたソーラ・システリアはかなり子供っぽい女神だった。だが、その一端でも見せてくれた事が素直に嬉しい。

 

「毎日話してたらネタつきるよ」

 

 なるべく軽い調子で返してみる。

 冗談で交わせるだろうと、その程度の気持ちだった。だが、それがまずかったらしい。

 

『ずっと一緒にいるって言ったのに……』

 

 しゅん、という擬音がそのまま声になったような、しおれた口調だった。しまった、と思う。

 さっきあれだけかっこつけて「隣にいてくれるならそれでいい」なんて言った直後にこの発言はまずい。自分の言葉が、自分の首を絞めてくる。

 

「一緒にはいるよ………でも、ソーラも俺と毎日話してると飽きるって……」

 

『うー……』

 

 言葉にならない呻き声が返ってくる。まるで駄々をこねる子供の唸り声そのものだった。

 これは相当拗ねている。取り繕えば取り繕うほど、逆に深みへはまっていく感覚があった。

 

「2日に一回とかでどう?」

 

 妥協案を出してみる。我ながら悪くない落としどころだと思ったのだが。

 

『うー、うー……』

 

 まだ納得がいかないのか、唸り声をあげるソーラ。

 拗ね方が子供なんだけど、君何歳だよ。

 女神という肩書きと、この駄々っ子っぷりの落差が、いまだに慣れない。

 

「………毎日話しかけます」

 

 結局、俺の方が折れた。押し問答をする気力もなかったし、なにより、これ以上しょんぼりされるのは俺の精神衛生上よろしくなかった。

 

『…………………………!? …………本当に?」

 

 お、動き出した。ソーラの声がいつもの調子を取り戻し、俺にか細い声で聞き返してくる。

 

「本当だよ……ソーラが飽きるまで話しかけるよ」

 

『はい! そうしてください!!』

 

 声のトーンが一瞬で明るく跳ね上がる。現金なやつだ。さっきまでの唸り声はどこへ行ったのか、今度は弾むような声になっている。

 

 やれやれ、僕より十倍めんどくさいじゃないか。でも可愛いからなんでもいいか。

 

 ソーラと話すのは楽しい。だが、一生というものがないことを俺は痛い程知っている。もうそんな事は考えないようにしたいが、やっぱりいつかソーラとも離れることになるかもしれないと考えると、嫌だな。

 あんな覚悟を伝えたばかりなのに、心のどこかでまだ怖がっている自分がいる。

 

 とにかくこれからはソーラに良いところを見せていかなくてはならない。いくらソーラが俺を慕ってくれてるからって、情けない姿ばかりみせる訳にはいかない。男の誇りってものが多少俺にも残ってる。

 

「帝都に戻ったらまず探協に寄ろうかな」

 

 気持ちを切り替えるように、俺は話題を変えた。せっかく仲直りしたばかりなのに、これ以上湿っぽい空気を続けたくなかった。

 

『……依頼受けるんですか?』

 

「受ける……クリュスと同じやつ」

 

『やめてください! それストーカーですから! 本当に嫌われますよ!?』

 

 ソーラの声が本気で焦っている。俺のちょっとした冗談に、思いのほか食いついてきた。慌てふためく様子が容易に想像できて、思わずにやける。

 

「……冗談だよ……普通に金ないから、そろそろ何かしないと」

 

『……はぁ、全然冗談に聞こえないんですけど……あなた本当にそういう事しそうですよね?』

 

 地味に信用がない。心外だ、と思う一方で、否定しきれない自分もいる。

 

 でも、本当に冗談である。そもそも、クリュスが今何しているのかも分からないし、探協の人がそう安安とプライバシーを話すとは思えない。クロエさんは口軽そうだけど。原作でも隠し事ができないタイプだって描写があった気がするし。

 

「目標は『創星界(ステラ・ファミリー)』をなんとかすること……でもまだ1人とも出会してないからなぁ。そこら辺のことも探協に聞いてみようかなって」

 

『あぁ、そういう事………良いと思います!』

 

 声のトーンが元に戻る。切り替えの早さも子供っぽい。さっきまで本気で怒っていたはずなのに、話題が変わった途端けろりとしているのがなんだかおかしかった。

 

「ちなみになんだけど……『創星界』って他にどんな人達がいるの?」

 

 前に聞いたのは、クランマスターであり、レベル10の帝都最強ハンター、ソル・バートンと副クランマスターであり、レベル9の無敗女帝ルーナ・ネロナである。ソルはやばいやつ、ルーナはかっこいい人って感じで覚えてはいるが、あの二人だけでも十分に規格外だ。他にも曲者揃いなのだろうか? 正直、聞くのが少し恐ろしい。

 

『私も詳しくは知りませんが、所属メンバーの殆どが高レベルハンターだとか……二つ名持ちのハンターも20名近くいるって話ですよ』

 

「マジかよ」

 

 思わず声が裏返る。二十人。一人一人がそれなりに厄介な存在だとしたら、その集団に喧嘩を売るなんて正気の沙汰ではない。もう完結は諦めた方がいいのかもしれない。ちょっとソーラにも提案してみるか。

 

「ソーラ………もう一生ここで暮らさない?」

 

『………ふぇっ!?』

 

 素っ頓狂な声が返ってくる。真剣に相談したつもりなのに、明後日の方向で驚かれてしまった。少しくらい真面目に検討してくれてもいいものを。

 

 まあ、半分は本気で半分は冗談みたいな提案だ。今すぐ答えが欲しいわけでもない。とりあえず頭の片隅にでも置いといてくれればいい。俺はそんな軽い気持ちで、次の話題へ移ろうとしていた。

 

 

 そんなくだらないやり取りをしながら歩いていると、不意に前方から二人組の女性ハンターらしき人影が歩いてくるのが見えた。距離が縮まるにつれ、その顔がはっきり見えてくる。あれって……、

 

『ウラノ、私も…』

 

「なぁ、ソーラ……あれ、イザベラとユウじゃね?」

 

 ソーラの言葉を遮る形になったが、それどころではなかった。見覚えのある顔が、確実にこちらへ近づいてきている。

 

『…え?』

 

 イザベラとユウ。クライがクランマスターを務める『始まりの足跡(ファースト・ステップ)』に所属する『聖霊の御子(アーク・ブレイブ)』のメンバーだ。

 

 『聖霊の御子』とは、実質クランNo.2とも言われるアーク・ロダン率いるレベル7パーティであり、最近ではレベル7宝物殿の攻略したことで帝都でもかなり名を上げている。

 

『え? あ、あー、本当ですね。なんでいるんでしょう』

 

「分からん」

 

 俺ら全く原作に沿って行動してないから分からないことだらけで先が読めない。だけど、なんか裏側を知ったみたいでちょっと楽しい。

 原作を追体験するだけが異世界じゃないんだよ。うん、きっとそう。間違ってない。

 俺たちは俺たちで、この世界を歩く。

 

「話しかけてみる?」

 

 半分冗談のつもりで提案してみる。原作キャラと接触するチャンスなんて、そう頻繁にあるものではない。今のところは。

 

『やめときましょう……イザベラ怖いです』

 

「ま、まあ、確かに怖いね」

 

 食い気味に却下された。即答すぎる。よほど苦手意識があるらしい。

 ユウならともかく、イザベラは気が強い女性だ。原作でも彼女の毒舌っぷりには定評がある。陰キャ二人組には、まだ少しハードルが高すぎる。せめてレベル4くらいになってから絡みに行きたい。

 

 結局、そのまま何事もなくすれ違う。向こうはこちらへ一瞬だけ視線を向け、そのまま歩き去っていった。心臓に悪い数秒間だった。

 

『ウラノ!ウラノ!』

 

「ん?」

 

 すれ違った直後、急にソーラのテンションが上がる。何かいいことでもあったのかと身構えた。さっきまでとは打って変わって、明らかにはしゃいだ声色だった。

 

『気付きました? 今、イザベラもユウも、あなたを見て”やばい人”を見る目をしてましたよ』

 

 ソーラの声は妙に弾んでいる。完全に面白がっている声だ。何がそんなに嬉しいんだか。

 

「え、なんで?」

 

『だって、一人でブツブツ喋りながら歩いてる人がいたら怖いじゃないですか』

 

「……え?」

 

『今さらなんですけど……なんで心の中で話さないんです?』

 

「……」

 

 言われてみれば、当然の疑問だった。ソーラとは頭の中だけで会話できるんだった。なぜ俺は、わざわざ声に出して喋っていたのだろう。返す言葉が見つからず、俺はただ立ち尽くす。

 

『私、普通に心の声も聞こえますよ? 分かってますよね?』

 

「……」

 

 気づいていたなら、もっと早くに言って欲しかった。つまり端から見れば誰もいない荒野で、一人笑ったり、一人ツッコミを入れたり、一人で会話している危ない男である。それも、さっきまで狙撃銃を担いで一人でブツブツ喋っていたとなれば、通報レベルの不審者だ。

 

「……帝都に着く前で良かった」

 

 本気でそう思う。もし探協のロビーで同じことをやっていたら、間違いなく変人認定されていただろう。むしろ今までの十数日間、一度も通報されなかったことの方が奇跡かもしれない。俺は一人静かに顔を覆い、小さくため息を吐いた。

 

(……よし。これからは心の中で話そう)

 

『最初からそうしてください』

 

 ソーラの呆れた声を聞き流しながら、俺は気を取り直して歩き出す。

 少し歩調を速めたところで、頭の中の声のトーンがふっと変わった。今までの茶化すような響きとは違う、どこか遠慮がちな声だった。

 

『そ、それで、ウラノ………さっきの……話なんですが……』

 

(ん? さっきって?)

 

 何のことか分からず、俺は素直に聞き返す。直前まで散々くだらない話をしていたせいで、「さっき」がどこを指しているのか見当がつかなかった。

 

『で、ですから………その……一生ここにいるか……って』

 

(ん? あぁ? あぁ、最悪ね。最悪、それはそれでアリなのかなぁって)

 

 軽い調子でそう答える。半分冗談、半分本気の提案のつもりだったし、深く考えて出した言葉ではなかった。だからこそ、続く沈黙の意味に気づくのが少し遅れた。

 

『……最悪……?』

 

 ソーラの声のトーンが下がった。怒ってる? まあ、あくまでも最悪の手段だから、本気には捉えないで欲しい。

 

 俺がこの世界で生きると決めた大きな理由は2つ。1つはクリュスともう一度会いたいから。初めてガチで一目惚れした相手だ。また会いたくもなるだろう。2つ目はソーラの夢を叶えること。夢かどうかは分からないが、この作品の完結をソーラは望んでいる。ついでに言うなら面白くして欲しいとか。『創星界』を放っておいて、何もせず暮らすってのは、ソーラとの約束を破るのと同じ。だからと言って、下手に何か行動して俺が死ぬような事があれば、ソーラが悲しむ事は目に見えている。それだけは避けたい。

 

 だが、俺は頑張ると決めてここにいる。頑張ることもせずに諦めるのは違うよな。ソーラが怒るのも無理はない。思った事をすぐに口に出すのは俺の悪い癖だ。発言には気をつけないと。

 

(………ごめん、さっき一生ここにいるって言ったけど)

 

『…………は、はい』

 

(撤回するよ……自分でも失言だったと思う)

 

『…は?』

 

(ソーラの気持ち考えたら、軽はずみに言っちゃいけない事だったね……ごめん)

 

『…………』

 

 返事がない。頭の中に広がる沈黙が、いつもよりずっと重く感じられた。さっきまであれだけ賑やかに喋っていた声が、ぴたりと止んでしまっている。その静けさが逆に怖い。俺は恐る恐る、もう一度声をかけた。

 

(…………ソーラ、許してくれる?)

 

 答えを待つ数秒が、やけに長く感じられた。心臓の音が、やたらとうるさい。

 

『………………………ウラノ、もう、しばらく話しかけないでください』

 

(え?)

 

 予想していた反応と、あまりにも違った。てっきり少し拗ねる程度で終わると高を括っていた自分が、急に恥ずかしくなる。

 

(………そんなに完結できないのが嫌だったのか…)

 

『!? もう知りません! このダメ人間!!』

 

(え? ちょ——)

 

 テレパシーが消えた。さっきまで毎日話しかけるって言うまであんなにごねてた人があんなに怒るなんて。謝りたいけど、今は流石にダメだよな。

 

(………3日も経てば機嫌も直るだろ……その時にもう一度謝ればいいか…)

 

『!?』

 

 一瞬だけ、消えたはずの声が微かに反応した気がした。空耳だろうか。それとも、まだギリギリ聞こえているんだろうか。だとしたら、今の発言は完全に藪蛇だった。「3日も」なんて、さっきの喧嘩の火種そのものじゃないか。俺は慌てて口を噤んだが、後の祭りだった。

 

 俺は、この気まずさを誤魔化すように【アレイン円柱遺跡群】があった場所を振り返る。もう円柱は見えなくなってきた。そして、周囲を見る。

 

(兎かわいいなぁ)

 

 荒野を抜ける前に、一度砂兎をモフってから帰ろ。

 

 せめてもの現実逃避だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……独り言が凄い人でしたね」

 

 歩きながら、ユウが小さく振り返る。

 砂漠の向こうでは、先ほどの青年が一人で何やら真剣な表情を浮かべたかと思えば、急に頭を抱えたり、頷いたりしている。どう見ても、誰かと会話しているような仕草だった。

 イザベラは興味なさげに肩をすくめて言う。

 

「放っておきなさいよ。帝都には変わった奴なんて腐るほどいるわ」

 

「そうですね」

 

「あれくらいじゃ珍しくもない……私達のマスターの方がよっぽど変わってるわよ」

 

「……確かに」

 

 とは言ったものの、イザベラも内心では少しだけ気になっていた。あの青年からは、奇妙な違和感があった。ハンターらしい武器も防具も身につけていない。それなのに、肩へ担いでいた黒い長銃だけは妙に場違いなほど存在感を放っていた。

 

「でも、なんでこんなところにいたんでしょう? もしかして……【アレイン円柱遺跡群】に入ったんじゃ」

 

「それはないんじゃない?………あのレベルじゃ通用しないもの」

 

 今の帝都ゼブルディアの周辺にある宝物殿には不穏な空気が漂っている。帝都を拠点としないハンターはまるで沈みゆく船から逃げ去る鼠のように帝都を脱出し、事情があって帝都を出られない者も備えを行っている。探索者協会にはいつもの数倍の数の出動要請の依頼が持ち込まれている。

 

 宝物殿の異常発生については公になっていないが、それでも皆が何かを察していた。全ては連日発生している事件が原因だ。

 

 レベル3宝物殿【白狼の巣】の認定レベル異常上昇、そこに向かったっきり行方不明になったレベル8ハンターの失踪、それを皮切りに次々に宝物殿に異変が起きている。

 最近はこのような宝物殿のレベルが急激に上昇する現象が多発しており、帝都にいる高レベルハンターは狩り出されるのだ。

 

 イザベラ達が向かっているのは、その一つ。

 つい数週間前まで何事もなかったレベル1の宝物殿【アレイン円柱遺跡群】だ。

 

「……仕事から帰ってきたばかりだってのに」

 

 イザベラは肩を回しながら、大きくため息をついた。

 高レベルパーティは多忙で休みがほとんどない。帝都へ戻ってきて、ようやくハンター活動もお休みだと思ったのに、休む間もなく次の依頼である。

 

「どこも人が足りてないみたいですし」

 

 ユウも困ったように苦笑する。

 高レベルハンターは今や帝都中を飛び回っていた。異常化した宝物殿の制圧、周辺地域の警戒、そして内部調査。やるべきことはいくらでもある。それに対して、人手は圧倒的に足りていなかった。

 

「そりゃね。レベル1の宝物殿が、いきなりレベル6になるってどういう事よ」

 

 イザベラは呆れたように吐き捨てる。

 宝物殿の認定レベルが変動すること自体は、前例がないわけではない。だが、それはせいぜい1上がる程度だ。レベル1が一夜にしてレベル6へ跳ね上がるなど、聞いたこともない。そんな異常事態が、今の帝都では立て続けに起きていた。

 

 レベル6宝物殿【アレイン円柱遺跡群】の内部調査。

 

 それが、今回イザベラとユウに与えられた任務だった。

 何が原因でレベルが上昇したのか、内部で何が起きているのか。そして、本当に認定レベル6相当なのかを確かめる。

 

「……正直、嫌な予感しかしません」

 

 ユウがぽつりと漏らす。その声には硬さが滲んでいた。

 無理もない。探協からの指名依頼にも関わらず、情報が少なすぎるのだ。本当に割に合わない依頼だ。

 

「奇遇ね。私もよ」

 

 軽口を返しながらも、その表情は硬い。

 レベル7パーティ《聖霊の御子》に所属する二人であっても、未知の異常には警戒せざるを得ない。

 

「さっきの人……」

 

 ユウが不意に口を開く。

 歩調は変わらないまま、視線だけが遠くの荒野へ向けられていた。

 

「ん?」

 

「もし本当に【アレイン円柱遺跡群】へ入っていたとしたら……運が良かったんでしょうか」

 

「……どうかしら、運だけで帰って来られる場所じゃないわ」

 

 イザベラは前を向いたまま答える。

 声の抑揚は変わらないのに、言葉の端にわずかな重みが滲んでいた。

 

 あの青年は、傷こそ多少負っていたものの、怯え切った様子はなかった。むしろ、何かをやり遂げた後のような、不思議と晴れやかな顔をしていた。それが、イザベラの胸に小さな引っ掛かりを残していた。

 

「まあ、考えても仕方ないわ」

 

 首を軽く振り、その違和感を追い払う。

 今は目の前の任務に集中するべきだ。答えの出ない疑問をいつまでも抱えていても、足取りが重くなるだけだった。

 

「今は自分たちの仕事に集中しましょう」

 

「ッ……はいッ!」

 

 急に気合を入れ直したような、少し裏返った返事だった。二人は速度を落とすことなく、砂漠の彼方にそびえる円柱群へ向かって歩き続けた。

 

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