赤い煙が充満する。
「おい!、あの一角落ちるぞ!」
赫い煙が停滞する。
「がぁ、くそ。オレにフォロー走らせるとかいいご身分だな雑魚共!!!」
紅い煙が舞い踊る。
「クズ虫共が……テメェら、何を持ってやがるんだ!!!」
真紅の空の下、深紅の大地に男は立つ。
危機的状況に陥った味方が為、男はその地を踏み抜いた。或いは何かの血であったかもしれないが、男はそんなことを気にしている暇はない。
それに散々、死体の山を踏み締めて戦場を駆けてきたのだ。
自分、或いは味方の為とは言え肉塊となった人間を踏み抜くことは、悪いことであろうか?
否、むしろ光栄に思うといいだろう。
この親指のカポIIII〝グリエルモ・ボニャテッリ〟の狩場として利用されることほど、光栄なことはない。
「死ね、クズ虫共…!」
パレルモ式レイピア『モメンタネオ』が主の意向に従い黄金の軌跡を走らせた。
加速弾を弾いてその剣身からはガスが噴出され、モメンタネオの主たるグリエルモの身を跳躍させる。
瞬間、切斬刀『刹那』がその刀身を瞬かせた。
その身を跳躍させながらも姿勢は低く、薙ぎ払うように刹那を振るう。グリエルモに染み付いたパレルモの流儀が複数の敵を屠る。
「ぎっ、」「が、」「ひゅっ」
横並び、足先に貫いた心臓を持つG社の害虫兵士3匹が一斉に首を飛ばした。
グリエルモは止まらない。
もう1匹、踏み込んでモメンタネオで心臓を貫く。刺したモメンタネオを一度捻ってから引き抜き、その勢いのまま回るように刹那を振るって大勢を切り払った。
それでもグリエルモは止まらない。
刹那で切り上げた虫の頭を続け様にモメンタネオで貫く。追い縋る数十の虫を破片鉄鋼弾でズタズタにする。積み上がった虫共を足蹴に更に跳躍し、刹那とモメンタネオを振るう。
それでもグリエルモは加速し続ける。
最も多く、最も早く獲物達を刈り取る為に。
モメンタネオの中で、加速弾が弾かれた。
「死ね、クズ虫共、全部全部解体されろ」
グリエルモは異端の決闘者であった。
パレルモを充分に修めながらも多対一を好み、獲物を追い縋る姿は清廉な狩人よりも獣が如きもの。
戦場を駆けるその姿はボニャテッリの猟犬と謳われ、或いは蔑まれたものであった。
「グリ、エルモ、さま…」
グリエルモの足元に一つの〝肉塊〟が落ちていた。それは口と片目はあるが逆に言えば〝それ以外は殆ど無く〟まるで食い散らかされた残りのような様であった。
「これ…を」
自らの血肉と同化した深紅のコートのポケットを見る肉塊は、グリエルモがそのポケットから一つの物を取り出すと目を細めた。
「……我れらが、群の長…狩りを一人抜けること…お罰しください…」
「…目上の者に許可なく口を開き、あまつさえ要求をするとはな。万死に値する」
ご苦労だった。
グリエルモはポツリと溢した言葉の後、モメンタネオで肉塊の心臓部と思われる所を貫いた。そして引き抜いたモメンタネオを地に突き立て、刹那の〝弾倉〟を外した。
そして献上された一つの物、新たな弾倉と交換する。
既に弾丸は加速弾以外尽きていた。
先の破片鉄鋼弾が最後のものであり、故にこの弾倉は活路を開く。
本来ならば1匹の獲物を追跡し、華やかに、周囲へ見せびらかすように命を刈り取るボニャテッリの剣技。多対一を得意とするグリエルモのパレルモは、未だ染みついているものはあるにせよ既にボニャテッリの本流から外れている。
レイピアだけでなく、切斬刀にも回転式弾倉が備わっていることが何よりの証拠であろう。
グリエルモは〝群れ〟を前にして一瞬と言うにも短い時間、思考に浸かる。
────頭はあれか。
少しだけ意匠の多い軍服に包んだ蟷螂頭のG社軍人。無数の害虫兵士共が並び立つこの戦場の奥に、それが見えた。
モ
「…行けるが、はっ…あの馬鹿」
刹
それは狩りの宣言をする為の準備であり、グリエルモが…いやこの前線へ居る全ての人間達が覚悟を決めるのに必要な事だった。
「戦友諸君!、今よりこの狩りは私のものだ!!」
それはこの前線が今まで持ち堪えられた所以の一つを周知させ、現状が危機的状況である事を意味する言葉。
────刹那の中で、灼熱加速弾が弾かれた。
戦場の一角が加速する。
虫ケラなど容易く焼き尽くす熱をもってグリエルモが戦場を直走る。
犠牲者の1匹目は両腕を刹那で焼き切られて血溜まりに沈んだ。
2匹目はモメンタネオに頭を貫かれて命を終わらせ。3匹目は刹那に袈裟切られ、モメンタネオに腑掻っ捌かれて死ぬ。
「まだ…!」
────モメンタネオの中で、加速弾が弾かれた。
4匹目はグリエルモが加速する足場として首と肩を踏み砕かれ、刹那の弾丸で脳天に穴を開けられて終わる。
5匹目は刹那とモメンタネオに滅多斬りにされ、未だ加速し続けるグリエルモに轢殺される。
6匹目はやっと迫り来るグリエルモに反応出来たようで、その鎌のような腕を振るうが、グリエルモはそれをモメンタネオの剣先で逸らし躱し、刹那を滑り込ませて断頭した。
「まだだ…!」
7匹目と8匹目、この物達は羽が生えており、高速軌道でグリエルモを空中から狙う。
────刹那の中でもう一度、灼熱加速弾が弾かれた。
突撃してくる2匹を刹那で溶斬。
グリエルモは加速し続ける。
そして蟷螂の将官は迫り来るグリエルモに気付いたらしく、手を振り払うようにして部下に命令を出していた。
「チッ、道が狭まる…」
今度はグリエルモも確と狙われる番だ。
明らかに迫り来る兵士の数が増える。
「舐めるなクズ虫共!」
だがそれで狩りは終わらない。
まだ、まだ、グリエルモは加速する。
もう剣と刀を振るうだけには終わらない。
蹴りや拳まで混ざって、グリエルモは蟷螂の将官目掛けて加速し続ける。
切って、殴って、断って、蹴って、貫いて。
時には虫の兵士を足場に、時には死体の山を足場に、グリエルモは戦場を駆ける。
モメンタネオの中で加速弾が弾かれその身は跳躍し、気付けばそこは蟷螂の将校の目の前だった。
赤い煙の向こう側から、猟犬が躍り出る。
「化け物め…!」
「黙れよ虫ケラァ!!!」
モメンタネオが振り下ろされる。
その充分に加速された神速の刃は、しかして蟷螂の手に止められる。しかしグリエルモがそれに眉一つ動かさない。
その目はただ、獲物を観察していた。
高い身長、鋭い牙、気色の悪い複眼。
両手の指は一本一本が鋭い蟷螂の爪であり、鋭く乱雑に傷と痛みを刻み込んでくるだろう。
掴まれたモメンタネオと爪の間に金切り音が奏でられる。
「ふんッ!!!」
グリエルモ目掛けてその5本爪が振るわれる。
だがそれに対し、グリエルモは刹那を滑り込ませ〝引き金を引くだけ〟だった。
銃声と共に、その鋭い爪と屈強な蟷螂の腕…それどころか蟷螂将官の半身が爆ぜる。
「ば、かな…!」
「ハッ…遅えんだよ」
黒縄爆熱鉄鋼弾。
それはグリエルモも優秀な部下に一つずつしか下賜していない最高級の弾丸。
「オレでさえ二つぐらいしか持ってねぇし、なんならもう使った…優秀な部下ってのはいいもんだな」
グリエルモの言葉を聞いて、蟷螂の将官は自分の部下達を見たのだろう。その複眼を何処か遠い目のようにして、息を吐いた。
「………アイツらは責めれんよ、戦争なんかクソ喰らえだ」
グリエルモは刹那を振り上げ、その蟷螂の頭を断ち切る。
「狩りは終わりだ」
だが戦争は終わらない。
戦争が終わらない限り、グリエルモは戦場を駆け続けることになるだろう。
「ぎっ、が」
「がぁっ」
「ぅぇ」
「たずっ」
「こぉ」
「がぁっ」
虫達も人も、兵士も殺し殺され続けるだろう。
グリエルモは将を討ち取ったが、その部下達を全員狩ったわけではない。しかし頭目を失った群れに出来ることはなく、ただ蹂躙されるしかない。
グリエルモは群れを解体するのが得意だった。
「容赦はするなよ」
部下達や従えているフィクサー達にそう言うと、グリエルモはシガーを取り出した。
既にこのような形の勝利は幾つも積み上げている。グリエルモが単騎駆けをしている際に他の者がどうするべきかも既に決まりきっており、グリエルモが将を討ち取った後どうするかも決まっている。
蹂躙される虫達を見ながら、グリエルモはシガーを味わった。
「戦争なんか、クソ喰らえか…」
だがグリエルモのような戦いしか能のない人間は、争いの中でしか生きれない。戦いに勝利し名誉と称賛を手に入れ、それを非効率な形で消費しながら生きるしかない。
〔…名誉に恥と、しつけぇしうるせぇんだよ〕
それが嫌だと思っていても、根本がそうなのだからどうしようもない。
かつてグリエルモも名誉と称賛に完全に酔いしれ、それ以外どうでも良いと思っていた。だがあの日…グリエルモの妹が手のひら返されたように貶められ、落ちぶれた姿を見て酔いが覚めたのだ。
「……アイツはまだ、ゴールデンチケットとやらに縋ってるのか」
妹もこの戦争に参加している。
そして日々を謳歌しているようだ。
噂に聞く戦績を真実だとするならば英雄と言っても差し違えなく、一級フィクサーだろうが翼の五級職員だろうが一騎打ちで沈ませる姿は本来ならばボニャテッリの誇りと言っていいはずだ。
「…」
プライド。
妹が他のやり方をしないのも、親指やボニャテッリ家が妹を許さないのも、全てプライドのせいなのだろう。
「オレも、言えた話ではねぇがな」
グリエルモは妹に勝ったことがない。
デュエルでも一騎打ちでも、アンダーボスの昇格スピードでも。最後のは少し違うかも知れないが、とにかく負け続きだ。
だから、グリエルモは本来のパレルモの戦いでは無い多対一と指揮能力に専念した。
正直に言えば指揮の才能も無く、真に多対一を極められたわけでもないが、とにかく妹の背をただ追うのだけは嫌だったのだ。
何故だろうか。
妹は既に落ちぶれているのに、何故グリエルモは未だ妹の背を見ているのだろうか。
家はグリエルモのやり方に理解を示さない、ただ前と変わらず一騎打ちに異様な程執着しているだけだ。それで成り上がったからか、それしか名誉と称賛を受ける試しが無かったからか。
それとも、今更他のやり方を模索することがプライドに触ったのかもしれないが。
結局全てを理解できるわけはなく、きっと全てに答えがあるわけでもないがグリエルモの本音だった。
「戦いの中だけが…この答えのでない…雁字搦めの思考を止ませてくれる」
たとえ戦いそのものがこの身を呪い、逃げられないように糸を巻きつけているとしても、もう遠くまで来すぎた。走って駆けて、グリエルモには加速し続けた未来がただ見えなかっただけ。
前よりずっと近くに見える敵陣は、それを証明しているような気がした。
パレルモ式レイピア モメンタネオ
加速し極まった未来、獲物を刺し貫く為に造られたレイピア。
対応するのは加速弾だけであり、他の弾丸の使用を想定していない。
「家宝の模造品じゃあこれで精々だ」
切斬刀 刹那
加速し極まった未来、獲物を断ち切る為に鍛えられた刀。グリエルモ・ボニャテッリが外郭より持ち帰った特殊かつ希少な鉱石物が使用されており、全ての弾丸に耐えうる強度を持つ。
「戦い方を変える上でレイピアと切斬刀…何方を鍛造するかは決めていた。アイツは狩りを貫いて終わらせる、ならオレは狩りを断ち切って終わらせるだけだ」
グリエルモ・ボニャテッリ
家族仲は大体最悪だが、妹とはちょくちょく会話していた。だが落ちぶれた妹が地位を取り戻すことに執着し、なりふり構わず周りを利用するような姿まで見せたことでグリエルモは距離を置くことを選んだ。
実力は相当なものだが多対一や指揮に傾倒し、一時期はかなり迷走していた。しかし最終的には多対一というより、如何に少数で多数を打ち破るかを極め、アンダーボスとなる。
煙戦争 終戦二ヶ月前、彼は名誉の戦死を遂げた。