召喚状が来たのは、布告の四日後だった。
参事会の紋が押してある。開けなくても中身は分かる。
開けた。分かった通りだった。
——布告に違反した疑いにより、参事会に出頭せよ。
◆
ボリスが、俺の手から紙を取って、逆さに眺めた。
「読めん」
「捕まえるって書いてある」
「殴っていいか」
「駄目だ」
俺は、上着を取った。
「殴ったら、あっちが正しくなる」
大広間に、椅子が並んでいた。
参事会が十二人。傍聴の席に、大商会の当主と、組合の頭。
二十日前と、同じ部屋だ。
あのとき、俺は術師組合の末席にいた。
今日は、真ん中に立っている。
立たされている、というべきかもしれない。
参事会長は、ヘルダーという男だった。
七十を越えている。この街で、いちばん長く参事会にいる。
「カイ・ハーゼル」
「はい」
「布告は読んだか」
「読みました」
「三日前、この街の酒場で、そなたの紙が使われた」
彼は、書付を持ち上げた。
「これは、布告に反する」
「一つ、お伺いします」
俺は言った。
「その紙は、いつ出したものですか」
「……なに?」
「布告は、四日前に出ました。俺が紙を出したのは、半年前です」
俺は、指を一本立てた。
「四日前の掟で、半年前の紙を罰する。——そういう掟が、この街にありますか」
ヘルダーは、書付を見た。
それから、隣の参事会員を見た。
参事会員は、その隣を見た。
誰も、答えなかった。
答えられないのではない。答えると負けるから、答えない。この街の掟には、遡って罰する条項はない。あるはずがない。あったら、商売が成り立たない。
三十を数えるくらい待った。
誰も、口を開かなかった。
◆
「では、今後の話をしましょう」
俺は言った。
「布告のあとは、紙を出しません」
広間の空気が、少し緩んだ。
ヘルダーが、頷いた。
「よろしい。それで——」
「銀貨に代わる紙は、出しません」
ヘルダーの手が、止まった。
俺は、懐から紙を出した。
新しい紙だ。三日、宿で書いていた。
卓の上に置いた。
——この紙を持つ者は、カイ・ハーゼルの倉より、麦一俵を受け取ることができる。
——いつでも、誰でも、この紙を持ってくれば、麦を渡す。
——渡さなければ、この紙は、俺の首と引き換えである。
「これは、銀貨と引き換える紙ではありません」
俺は言った。
「麦と引き換える紙です」
「屁理屈だ」
参事会員の一人が、立ち上がった。
穀物商のケラーだ。倉が燃えると言われた男である。
「麦一俵は、二ターレンだ。麦の紙は、二ターレンの紙と同じだろうが」
「同じではありません」
俺は、首を振った。
「麦一俵は、麦一俵です。去年も、今年も、来年も、麦一俵だ」
俺は、卓の上に、秤を置いた。
布に包んで持ってきた。市場で借りた。二グロートだった。
広間の全員が、それを見た。
商人というのは、秤を見ると、体が反応する。
俺は、懐から銀貨を二枚出した。
どちらも、一ターレン銀貨だ。
どちらにも、王の横顔が刻んである。
どちらも、この街で使える。
一枚は、去年、市庁舎から出たものだ。
もう一枚は、書記室の綴りの箱に入っていた。二十年前のものだ。ヴィルムが、埃を払って寄越した。
俺は、二枚を、秤の皿に一枚ずつ乗せた。
傾いた。
広間が、静かになった。
参事会の十二人が、身を乗り出していた。
傍聴の商人たちも、立ち上がっていた。
誰も、声を出さなかった。
◆
「二十年前のターレンは、銀の目方で十匁あります」
俺は言った。
「今年のターレンは、八匁です」
俺は、秤の傾きを指した。
「二割、痩せてます」
沈黙は、長かった。
俺は、待った。
こういうときに喋る奴は、負ける。
「……それは」
ヘルダーが、やっと口を開いた。
「改鋳だ。王が、お決めになる」
「その通りです」
俺は、頷いた。
「参事会のせいじゃない。改鋳をするのは王です」
俺は、秤を指で押さえた。
「あんたらは、王が痩せさせた銀貨を、守らされてるだけだ」
「あんたらは、この街の掟を守っている。銀貨を守っている。守るのが仕事だ」
俺は、二枚の銀貨を持ち上げた。
「だが、その銀貨は、二十年で二割痩せた」
俺は、一枚を、卓に置いた。
「これは、誰から盗んだ二割ですか」
「盗まれたのは、この街の全員です」
俺は言った。
「荷役も、船具屋も、パン屋も、術師も、あんたらもです」
俺は、参事会の席を見回した。
「二十年、毎年少しずつ、痩せていった。誰も気づかない。気づかないように痩せさせるのが、上手いんです」
俺は、笑った。
「——豊作の年は返済を待つ、と同じですよ」
◆
誰も、動かなかった。
俺は、麦の紙を、もう一度、卓の中央に押した。
「麦は、痩せません」
俺は言った。
「一俵は、一俵です。王が改鋳しても、一俵は一俵だ。麦の目方は、王にも変えられません」
ヘルダーは、麦の紙を、長いこと見ていた。
この老人は、七十を越えている。二十年前の銀貨で商売をしていた男だ。
「……ハーゼル」
「はい」
「そなたは、いくら出すつもりだ」
「秋に、北の村から麦が返ってきます」
俺は、二枚目の紙を出した。
「およそ六百俵。値にして、千二百ターレン」
俺は、その紙を広げた。
「ですが、俺が出す紙は、三百俵分までです」
「……なぜ、半分だ」
「規則です」
俺は、三枚目の紙を出した。
俺が、自分に書いた規則だ。
——俺の紙は、俺が値をつけられるものの値打ちを超えて出さない。数えられるものに限る。畑の麦は、海の荷より当てにならない。だから、値打ちの半分しか紙を出さない。
紙の下に、判が二つ押してある。
俺の判と、もう一つ。
「マイヤーさん」
俺は、傍聴の席に声をかけた。
金貸しのマイヤーが、立ち上がった。
この男は、来ていた。呼んでいない。だが、来ていた。
「毎月、俺の帳面を見ています」
彼は、参事会に向かって言った。
「この男が規則を破ったら、街に触れを出す約束です。触れが出れば、この男は終わる」
彼は、鼻を鳴らした。
「俺は、この男が嫌いだ。潰れりゃいいと思ってる」
彼は、椅子に座った。
「だから、数えてる」
◆
広間が、ざわついた。
俺は、その音を聞きながら、少し笑った。
この街で、自分を憎む男に帳面を見せている商人は、俺一人だ。
だが、この街で、帳面を人に見せている商人も、俺一人だ。
◆
参事会は、決を採った。
麦の紙は、布告に触れない。
銀貨に代わる紙ではないからだ。
九対三で、通った。
ケラーは、反対に手を挙げた。
アルノー・ヴィントは、手を挙げなかった。
賛成にも、反対にも。
広間を出ようとしたとき、後ろから声がかかった。
「ハーゼルさん」
低い声だ。
俺は、振り返った。
アルノー・ヴィントが、立っていた。
この男が、俺に声をかけたのは、初めてだった。
「一度、話しませんか」
「割に合いません」
俺は、即答した。
この男は、笑わなかった。
怒りもしなかった。
ただ、俺を見ていた。
俺の目を、まっすぐに。
「あなたは、掟が欲しい」
俺は、動かなかった。
その一行を、俺は、四日前の夜に、宿の机で書いた。
誰にも、見せていない。
「掟は、この街にはありません」
ヴィントは言った。
「参事会が持っているのは、掟ではない。掟の写しです」
彼は、広間を指した。
「本物は、王が持っています」
俺は、この男の顔を見た。
六十を越えた男の顔だ。目立たない。飾りがない。
この男は、俺を潰そうとした。金を止め、倉を止め、荷役を止め、契約を破らせ、紙を禁じた。
全部、しくじった。
しくじって、この男は、まったく困っていない。
「取りにいらっしゃい」
アルノー・ヴィントは、そう言った。
「王都へ。掟を、取りに」
彼は、上着の埃を払った。
払うほどの埃は、ついていなかった。
「わたしは、そこで待っています」