髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第十七話 痩せた銀貨

 

 召喚状が来たのは、布告の四日後だった。

 参事会の紋が押してある。開けなくても中身は分かる。

 開けた。分かった通りだった。

 ——布告に違反した疑いにより、参事会に出頭せよ。

 

              ◆

 

 ボリスが、俺の手から紙を取って、逆さに眺めた。

 

「読めん」

「捕まえるって書いてある」

「殴っていいか」

「駄目だ」

 

 俺は、上着を取った。

 

「殴ったら、あっちが正しくなる」

 

 大広間に、椅子が並んでいた。

 参事会が十二人。傍聴の席に、大商会の当主と、組合の頭。

 二十日前と、同じ部屋だ。

 あのとき、俺は術師組合の末席にいた。

 今日は、真ん中に立っている。

 立たされている、というべきかもしれない。

 参事会長は、ヘルダーという男だった。

 七十を越えている。この街で、いちばん長く参事会にいる。

 

「カイ・ハーゼル」

「はい」

「布告は読んだか」

「読みました」

「三日前、この街の酒場で、そなたの紙が使われた」

 

 彼は、書付を持ち上げた。

 

「これは、布告に反する」

「一つ、お伺いします」

 

 俺は言った。

 

「その紙は、いつ出したものですか」

「……なに?」

「布告は、四日前に出ました。俺が紙を出したのは、半年前です」

 

 俺は、指を一本立てた。

 

「四日前の掟で、半年前の紙を罰する。——そういう掟が、この街にありますか」

 

 ヘルダーは、書付を見た。

 それから、隣の参事会員を見た。

 参事会員は、その隣を見た。

 誰も、答えなかった。

 答えられないのではない。答えると負けるから、答えない。この街の掟には、遡って罰する条項はない。あるはずがない。あったら、商売が成り立たない。

 三十を数えるくらい待った。

 誰も、口を開かなかった。

 

              ◆

 

「では、今後の話をしましょう」

 

 俺は言った。

 

「布告のあとは、紙を出しません」

 

 広間の空気が、少し緩んだ。

 ヘルダーが、頷いた。

 

「よろしい。それで——」

「銀貨に代わる紙は、出しません」

 

 ヘルダーの手が、止まった。

 俺は、懐から紙を出した。

 新しい紙だ。三日、宿で書いていた。

 卓の上に置いた。

 

 

 ——この紙を持つ者は、カイ・ハーゼルの倉より、麦一俵を受け取ることができる。

 ——いつでも、誰でも、この紙を持ってくれば、麦を渡す。

 ——渡さなければ、この紙は、俺の首と引き換えである。

 

 

「これは、銀貨と引き換える紙ではありません」

 

俺は言った。

 

「麦と引き換える紙です」

「屁理屈だ」

 

参事会員の一人が、立ち上がった。

 穀物商のケラーだ。倉が燃えると言われた男である。

 

「麦一俵は、二ターレンだ。麦の紙は、二ターレンの紙と同じだろうが」

「同じではありません」

 

 俺は、首を振った。

 

「麦一俵は、麦一俵です。去年も、今年も、来年も、麦一俵だ」

 

 俺は、卓の上に、秤を置いた。

 布に包んで持ってきた。市場で借りた。二グロートだった。

 広間の全員が、それを見た。

 商人というのは、秤を見ると、体が反応する。

 

 俺は、懐から銀貨を二枚出した。

 どちらも、一ターレン銀貨だ。

 どちらにも、王の横顔が刻んである。

 どちらも、この街で使える。

 一枚は、去年、市庁舎から出たものだ。

 もう一枚は、書記室の綴りの箱に入っていた。二十年前のものだ。ヴィルムが、埃を払って寄越した。

 俺は、二枚を、秤の皿に一枚ずつ乗せた。

 傾いた。

 広間が、静かになった。

 参事会の十二人が、身を乗り出していた。

 傍聴の商人たちも、立ち上がっていた。

 誰も、声を出さなかった。

 

             ◆

 

「二十年前のターレンは、銀の目方で十匁あります」

 

 俺は言った。

「今年のターレンは、八匁です」

 

 俺は、秤の傾きを指した。

 

「二割、痩せてます」

 

 沈黙は、長かった。

 俺は、待った。

 こういうときに喋る奴は、負ける。

 

「……それは」

 

 ヘルダーが、やっと口を開いた。

 

「改鋳だ。王が、お決めになる」

「その通りです」

 

 俺は、頷いた。

 

「参事会のせいじゃない。改鋳をするのは王です」

 

 俺は、秤を指で押さえた。

 

「あんたらは、王が痩せさせた銀貨を、守らされてるだけだ」

「あんたらは、この街の掟を守っている。銀貨を守っている。守るのが仕事だ」

 

 俺は、二枚の銀貨を持ち上げた。

 

「だが、その銀貨は、二十年で二割痩せた」

 

 俺は、一枚を、卓に置いた。

 

「これは、誰から盗んだ二割ですか」

「盗まれたのは、この街の全員です」

 

 俺は言った。

 

「荷役も、船具屋も、パン屋も、術師も、あんたらもです」

 

 俺は、参事会の席を見回した。

 

「二十年、毎年少しずつ、痩せていった。誰も気づかない。気づかないように痩せさせるのが、上手いんです」

 

 俺は、笑った。

 

「——豊作の年は返済を待つ、と同じですよ」

 

              ◆

 

 誰も、動かなかった。

 俺は、麦の紙を、もう一度、卓の中央に押した。

 

「麦は、痩せません」

 

 俺は言った。

 

「一俵は、一俵です。王が改鋳しても、一俵は一俵だ。麦の目方は、王にも変えられません」

 

 ヘルダーは、麦の紙を、長いこと見ていた。

 この老人は、七十を越えている。二十年前の銀貨で商売をしていた男だ。

 

「……ハーゼル」

「はい」

「そなたは、いくら出すつもりだ」

「秋に、北の村から麦が返ってきます」

 

 俺は、二枚目の紙を出した。

 

「およそ六百俵。値にして、千二百ターレン」

 

 俺は、その紙を広げた。

 

「ですが、俺が出す紙は、三百俵分までです」

 

「……なぜ、半分だ」

「規則です」

 

 俺は、三枚目の紙を出した。

 俺が、自分に書いた規則だ。

 ——俺の紙は、俺が値をつけられるものの値打ちを超えて出さない。数えられるものに限る。畑の麦は、海の荷より当てにならない。だから、値打ちの半分しか紙を出さない。

 

 紙の下に、判が二つ押してある。

 俺の判と、もう一つ。

 

「マイヤーさん」

 

 俺は、傍聴の席に声をかけた。

 金貸しのマイヤーが、立ち上がった。

 この男は、来ていた。呼んでいない。だが、来ていた。

 

「毎月、俺の帳面を見ています」

 

 彼は、参事会に向かって言った。

 

「この男が規則を破ったら、街に触れを出す約束です。触れが出れば、この男は終わる」

 

 彼は、鼻を鳴らした。

 

「俺は、この男が嫌いだ。潰れりゃいいと思ってる」

 

 彼は、椅子に座った。

 

「だから、数えてる」

 

              ◆

 

 広間が、ざわついた。

 俺は、その音を聞きながら、少し笑った。

 この街で、自分を憎む男に帳面を見せている商人は、俺一人だ。

 だが、この街で、帳面を人に見せている商人も、俺一人だ。

 

              ◆

 

 参事会は、決を採った。

 麦の紙は、布告に触れない。

 銀貨に代わる紙ではないからだ。

 九対三で、通った。

 ケラーは、反対に手を挙げた。

 アルノー・ヴィントは、手を挙げなかった。

 賛成にも、反対にも。

 広間を出ようとしたとき、後ろから声がかかった。

 

「ハーゼルさん」

 

 低い声だ。

 俺は、振り返った。

 アルノー・ヴィントが、立っていた。

 この男が、俺に声をかけたのは、初めてだった。

 

「一度、話しませんか」

「割に合いません」

 

 俺は、即答した。

 この男は、笑わなかった。

 怒りもしなかった。

 ただ、俺を見ていた。

 俺の目を、まっすぐに。

 

「あなたは、掟が欲しい」

 

 俺は、動かなかった。

 その一行を、俺は、四日前の夜に、宿の机で書いた。

 誰にも、見せていない。

 

「掟は、この街にはありません」

 

 ヴィントは言った。

 

「参事会が持っているのは、掟ではない。掟の写しです」

 

 彼は、広間を指した。

 

「本物は、王が持っています」

 

 俺は、この男の顔を見た。

 六十を越えた男の顔だ。目立たない。飾りがない。

 この男は、俺を潰そうとした。金を止め、倉を止め、荷役を止め、契約を破らせ、紙を禁じた。

 全部、しくじった。

 しくじって、この男は、まったく困っていない。

 

「取りにいらっしゃい」

 

 アルノー・ヴィントは、そう言った。

 

「王都へ。掟を、取りに」

 

 彼は、上着の埃を払った。

 払うほどの埃は、ついていなかった。

 

「わたしは、そこで待っています」

 

 

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