三年前、俺は無一文だった。
無一文というのは比喩ではなく、文字通り一グロートも持っていないということだ。ターレン銀貨の話ではない。銅のグロートが、一枚もない。
二十一の男が港で担げるものは、麻袋と樽と、それから自分の体だけである。俺は三年、それを担いでいた。担いで、食って、寝て、また担ぐ。ハーゼル商会の倅だった男がそれをやっているというのは、この街の人間にとっては少し面白い話だったらしく、最初の一年はよく笑われた。二年目には誰も俺の顔を覚えていなかった。人の記憶というのは、そういう値付けをする。
その日は雨で、荷が出ず、日銭がなかった。
雨の日に飯を食える荷役はいない。それが決まりだ。
俺は港の石段に座って、腹が減るというのはどういう仕組みで痛くなるのかを考えていた。考えたところで何も出ないのだが、考えていないと腹が減ったことを認めることになる。
そこにボリスが来た。
まだ名前も知らない男だった。腕が俺の腿より太くて、パンを二つ持っていて、そのうちの一つを俺の膝に置いた。
「食え」
「なんで」
「腹が減ってる奴を見るのが嫌いなんだ」
それだけ言って、こいつは隣に座って自分のパンを食った。
理由になっていない。だが、この街で聞いた説明の中で、その日それが一番筋が通っていた。
◆
港の賭場は「三の目」という。
名前の通り、賽を使う。二つ振って、出た目の和を当てる。二から十二までのどれかに賭けて、当たれば十倍。外れれば取られる。それだけの、単純な遊びだ。
単純だから、誰も疑わない。
ボリスはそこで負けていた。三月ぶん負けていた。俺が知る限り、この男は一度も勝っていない。
「なんで通うんだ」
「たまには当たるからな」
「当たらんだろ」
「当たらんな」
こいつは笑う。笑いながら、また銭を置く。俺はそれを横で見ていた。見ながら、数えていた。
二つの賽で和を作るとき、その和は同じ顔をしていない。
二を出すには、一と一しかない。一通りだ。
十二を出すには、六と六しかない。これも一通り。
だが七は違う。一と六、二と五、三と四、四と三、五と二、六と一。六通りある。
二から十二まで、賭けられる数は十一ある。だから客は、なんとなく十一分の一だと思っている。十一分の一のものに十倍払うなら、胴元が少し取る。当たり前の話だ、と皆が思っている。
思っているだけだ。
七は、十一分の一ではない。六分の一だ。
六分の一のものに十倍払えば、払いすぎる。
「ボリス」
「なんだ」
「銭、いくらある」
「……八グロート」
「貸せ」
こいつは俺の顔を見た。それから、何も聞かずに八枚を掌に乗せた。
貸せと言われて貸す男は、この街に一人しかいない。
◆
俺は七に置いた。
外れた。
また七に置いた。外れた。三度目も外れた。ボリスが何か言いたそうな顔をしたが、言わなかった。四度目で当たった。八グロートが八十グロートになった。
俺はまた七に置いた。
五度目、六度目、外れ。七度目、当たり。
卓の周りが静かになってきた。皆、俺が七にしか置かないことに気づき始めている。気づいて、なぜかを考えている。考えても分からないので、こう言う奴が出てくる。
「あんた、ツいてるな」
ツいていない。数えているだけだ。
だが、そう言われたほうが都合がいいので、俺は笑って肩をすくめた。ツいている男は放っておかれる。数えている男は、追い出される。
八度目、十度目、十三度目。
半刻もしないうちに、八グロートは六ターレンになった。銀貨で六枚。荷役の日銭の、四十日分だ。
その頃には、卓の裏から男が出てきていた。
◆
胴元の名はゲルトといった。
賭場の主というより、荷役の親方に近い体をしている。実際、この男は元は荷役だったらしい。首の後ろに古い焼き印があって、それは南方の船で漕がされていた奴につく印だ。
「兄さん」
声は低いが、荒くはない。
「賽を見るか」
賽を疑っている、という意味だ。細工がしてあるなら、俺が勝ち続ける説明がつく。この男はそう考えている。
「いや」
「見なくていいのか」
「あんたの賽は正直だよ」
俺は椅子から降りずに、六枚の銀貨を卓に並べた。
「正直だから、潰れるんだ」
ゲルトは黙った。
俺は賽を二つ手に取って、卓の上に置いた。片方を一の目に、もう片方を一の目に。
「これで二だ。二を出す出し方は、これしかない」
片方を六に、もう片方を六に。
「十二も、これしかない」
それから、俺は賽を並べ直した。一と六。二と五。三と四。四と三。五と二。六と一。
「七は、六通りある」
卓の周りの誰かが、息を吸う音がした。
「あんたは二から十二まで、全部同じ十倍で払ってる。一通りしかない二と、六通りある七を、同じ値段で売ってるんだ」
俺は銀貨を一枚、指で弾いた。
「子供が数えても分かる。まだ誰も数えなかっただけだ」
ゲルトは動かなかった。
この男は数字を読まない。読まないが、馬鹿ではない。馬鹿は賭場の主にはなれない。だから彼は、俺の言ったことの中身ではなく、その帰結だけを正確に理解した。
——今日、俺が数えた。
——明日、誰かが数える。
卓の周りの十人は、もう七に置き始めている。
ゲルトの賭場は、今日死んだ。
◆
こういうとき、賭場の主が取る手は二つある。
一つは、俺を裏に連れて行って、二度と数えられない体にすること。腕は太い。人手もある。ここは港で、夜で、雨だ。何一つ、こいつには不足がない。
もう一つは、賽の目に細工をすること。だがそれは、正直な卓で二十年やってきた男が、二十年ぶんの信用を一晩で焼く話だ。
どちらも、こいつは選ばなかった。
ゲルトは俺の向かいに腰を下ろした。椅子が悲鳴を上げた。
「兄さん。どうすりゃいい」
この一言に、俺はこの男の値段をつけた。
高い。この街の商会の当主連中より、ずっと高い。
「払う値を、目ごとに変える」
俺は卓の上に、指で数を書いた。
「二つの賽の出方は、全部で三十六通りある。三十を、出方の数で割れ。それが払う値だ」
「……三十を、割る」
「七は六通り。三十を六で割って、五倍。二は一通りだ。三十を一で割って、三十倍」
「三十だと?」
「三十だ。あんたは今、二に当てた客に十倍しか払ってない。あれは客から盗んでるのと同じだよ。ただ、盗まれてる客が、盗まれてることに気づいてないだけだ」
ゲルトの眉が動いた。この男は、盗む、という言葉に反応した。
「そうすると、どの目に置いても、あんたの取り分は同じになる。六分の一だ」
「今より、多いんじゃねえのか」
「均せば、多い」
俺は頷いた。
「だが今のあんたの取り分は、客が馬鹿でいる間だけのものだ。二に置く客から盗んで、七に置く客に盗まれる。今夜、俺が数えた。明日、誰かが数える」
俺は銀貨を卓に戻した。
「三十を出方の数で割れば、誰が数えても、あんたの取り分は変わらない。数えられても、卓は死なない」
俺は立ち上がった。
「全部取ろうとした奴から、全部持っていかれる。俺の親父がそうだった」
◆
銀貨六枚のうち、五枚をボリスの前に置いた。
「多いぞ」
「八グロート借りた。返す」
「六十倍だぞ、これは」
「借りた時の値段で返すなら、俺は雨の日にパンを寄越した奴を、パン一つで買ったことになる」
ボリスは黙って、それから声を出して笑った。
こいつは俺の言うことの半分も分かっていない。だが笑うところだけは、いつも間違えない。
外に出ると、雨は止んでいた。
ゲルトが戸口まで出てきていた。首の焼き印が松明で光っている。
「兄さん」
「なんです」
「名前は」
俺は少し考えた。考えるようなことではなかったが、その名を口に出すのは十二年ぶりだった。
「カイ・ハーゼル」
ゲルトの顔から、表情というものが消えた。
「……ハーゼル」
「知ってますか」
「知ってる」
この男は、それ以上何も言わなかった。
言わなかったが、その黙り方には見覚えがあった。
——ヴィント商会の応接間で、フォーゲルが黙ったときと、同じ黙り方だ。