髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第二十三話 俺の言うことは、疑ってください

 

 東門の市で、俺の紙は、五割になっていた。

 額面千五百ターレン。

 五割なら、七百五十ターレンだ。

 俺は、六百ターレンで買った。

 ——百五十ターレン、儲かっている。

 ボリスが、宿の藁の上で、指を折っていた。

 

「六百で買って、七百五十になったのか」

「なった」

「じゃあ、売ればいいだろ」

「売れる」

「売れよ」

 

 俺は、天井を見ていた。

 

「俺が、値を上げた」

 

 こいつは、しばらく黙っていた。

 

「……上げたな」

 

「釘を三本打って、上げた」

 

 俺は、上体を起こした。

 

「俺は、自分が持ってる紙の値を、自分で上げたんだ」

 

              ◆

 

 俺が壁に貼った紙には、嘘は一つも書いていない。

 ヴィント商会が二割で買っている。額面で使っている。五倍だ。売るな。

 全部、本当だ。

 軍務庁の帳簿にある。誰でも数えられる。

 だが。

 それを言った男が、その紙を千五百ターレン分、持っている。

 こういうのを、何と言うか。

 俺は、書記室の綴りで、二百年ぶんの商いを読んだ。

 名前は、ついていなかった。

 名前がついていないというのは、誰もやったことがないか、誰もそれを咎めなかったか、どちらかだ。

 俺は、東門の市へ行った。

 三日前に釘を打った紙が、まだ貼ってある。誰かが、雨よけに板を掛けてくれていた。

 俺は、その隣に、もう一枚貼った。

 釘は、三本使った。

 ——読んだ方へ。

 ——先の紙を書いたのは、カイ・ハーゼルです。

 ——わたしは、その徴発手形を、額面千五百ターレン分、持っています。

 ——四つの村から、六百ターレンで買いました。額面の四割です。

 ——値が上がれば、わたしは儲かります。

 ——先の紙を書いた男は、儲かる側にいます。

 ——ですから、わたしの言うことは、疑ってください。

 ——数字は、軍務庁の帳簿にあります。自分で数えてください。

 

 俺は、字の読めない者に、それを読んでやった。

 三十人ばかりが、聞いた。

 誰も、何も言わなかった。

 俺は、続きを読んだ。

 ——ただし、一つ、申し上げます。

 ——王国が、この紙を額面で払ったとき。

 ——わたしは、六百ターレンを出した者に、六百ターレンと、一割の利息を返します。締めて、六百六十ターレンです。

 ——残りは、四つの村に返します。

 ——千五百から、六百六十を引く。八百四十ターレンです。

 ——わたしは、この紙で、一グロートも儲けません。

 

 誰かが、声を上げた。

 

「なんでだ」

 

 俺は、その男を見た。

 徴発された村から出てきた男だ。手が、麦の握り方をしている。

 

「儲けりゃいいだろ。あんた、買ったんだ。買った奴が儲けて、何が悪い」

「悪くない」

 

 俺は、頷いた。

 

「四割で買って、額面で受け取る。それは、商売です」

 

 俺は、一度、言葉を切った。

 

「——ヴィント商会が、やってることと、同じです」

 

 市が、静かになった。

 

「二割で買って、額面で使う。あの男は、それをやってる」

 

 俺は言った。

 

「俺は、四割で買って、額面で受け取る。値が違うだけです」

 

 俺は、市を見回した。

 

「同じことをやる男の言うことを、あんたらは、信じますか」

 

 誰も、答えなかった。

 

「だから、儲けません」

 

 俺は言った。

 

「儲けない男の言うことなら、少しは信じてもいい。それだけの話です」

 

 俺は、市を出た。

 出るときに、後ろから声がかかった。

 

「兄さん」

 

 振り返ると、さっきの男が立っていた。

 手に、紙を持っている。額面、五十ターレン。

 

「これ、いくらで買う」

「買いません」

「なんでだ」

「俺が買えば、俺の紙が増える」

 

 俺は、首を振った。

 

「増えれば、俺は、もっと儲かる側になる」

 

 男は、しばらく、俺の顔を見ていた。

 それから、紙を懐に戻した。

 

「……持っとくわ」

「そのほうがいい」

「五割まで来たしな」

「まだ上がります」

 

 俺は、笑った。

 

「額面は、百ターレンだ。五十で売るのは、まだ半分損してる」

 

              ◆

 

 軍務庁の前を通ったとき、ブラントが立っていた。

 俺を、待っていたらしい。

 インクの染みのついた指で、書付を持っている。

 

「ハーゼルどの」

「ブラントさん」

「市の紙を、読みました」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「……四十年、書類を書いてきました」

 

 彼は、書付を握り直した。

 

「自分に不利なことを、先に書く男を、初めて見ました」

 

 俺は、少し笑った。

 

「有利なことしか書かない紙は、いつか、誰かを殺します」

 

 俺は、上着の襟を立てた。

 

「うちの親父が、そういう紙に判を押しました」

 

 ブラントは、書付を差し出した。

 

「これを」

「なんです」

「ヴィント商会の、過去十年の相殺の記録です」

 

 彼の手が、震えていた。

 

「写しです。わたしが、写しました」

 

 俺は、それを受け取らなかった。

 

「ブラントさん」

「はい」

「それを俺に渡したら、あんたは、どうなります」

 

 彼は、答えなかった。

 

「四十年、書類を書いてきたんでしょう」

 

 俺は言った。

「明日も、書いてください」

 

 俺は、その書付を、彼の胸に押し戻した。

 

「まだ、要りません」

「……まだ?」

「俺には、掟がない」

 

 俺は、歩き出した。

 

「掟のない男がその紙を持っても、紙屑です。あんたが首を落とされるだけだ」

 

 俺は、振り返らずに言った。

 

「持っていてください」

「……いつまで」

「俺が、首輪をつけてくるまで」

 

 ボリスと二人、十一日かけて、メルクへ帰った。

 行きと同じだ。荷馬車に便乗して、途中から歩いた。

 道中、ボリスが一度だけ聞いた。

 

「なあ。あんた、九百ターレン、村に返すのか」

「返す」

「もったいねえな」

「もったいない」

 

 俺は、麻袋を担ぎ直した。

 

「だが、もったいないと思う男の言うことを、誰が信じる」

 

 ボリスは、しばらく歩いてから、こう言った。

 

「俺は、信じるぞ」

「知ってる」

「あんたが儲けても、信じる」

「知ってる」

 

 俺は、笑った。

 

「だから、あんたには、見張らせないんだ」

 

 

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