東門の市で、俺の紙は、五割になっていた。
額面千五百ターレン。
五割なら、七百五十ターレンだ。
俺は、六百ターレンで買った。
——百五十ターレン、儲かっている。
ボリスが、宿の藁の上で、指を折っていた。
「六百で買って、七百五十になったのか」
「なった」
「じゃあ、売ればいいだろ」
「売れる」
「売れよ」
俺は、天井を見ていた。
「俺が、値を上げた」
こいつは、しばらく黙っていた。
「……上げたな」
「釘を三本打って、上げた」
俺は、上体を起こした。
「俺は、自分が持ってる紙の値を、自分で上げたんだ」
◆
俺が壁に貼った紙には、嘘は一つも書いていない。
ヴィント商会が二割で買っている。額面で使っている。五倍だ。売るな。
全部、本当だ。
軍務庁の帳簿にある。誰でも数えられる。
だが。
それを言った男が、その紙を千五百ターレン分、持っている。
こういうのを、何と言うか。
俺は、書記室の綴りで、二百年ぶんの商いを読んだ。
名前は、ついていなかった。
名前がついていないというのは、誰もやったことがないか、誰もそれを咎めなかったか、どちらかだ。
俺は、東門の市へ行った。
三日前に釘を打った紙が、まだ貼ってある。誰かが、雨よけに板を掛けてくれていた。
俺は、その隣に、もう一枚貼った。
釘は、三本使った。
——読んだ方へ。
——先の紙を書いたのは、カイ・ハーゼルです。
——わたしは、その徴発手形を、額面千五百ターレン分、持っています。
——四つの村から、六百ターレンで買いました。額面の四割です。
——値が上がれば、わたしは儲かります。
——先の紙を書いた男は、儲かる側にいます。
——ですから、わたしの言うことは、疑ってください。
——数字は、軍務庁の帳簿にあります。自分で数えてください。
俺は、字の読めない者に、それを読んでやった。
三十人ばかりが、聞いた。
誰も、何も言わなかった。
俺は、続きを読んだ。
——ただし、一つ、申し上げます。
——王国が、この紙を額面で払ったとき。
——わたしは、六百ターレンを出した者に、六百ターレンと、一割の利息を返します。締めて、六百六十ターレンです。
——残りは、四つの村に返します。
——千五百から、六百六十を引く。八百四十ターレンです。
——わたしは、この紙で、一グロートも儲けません。
誰かが、声を上げた。
「なんでだ」
俺は、その男を見た。
徴発された村から出てきた男だ。手が、麦の握り方をしている。
「儲けりゃいいだろ。あんた、買ったんだ。買った奴が儲けて、何が悪い」
「悪くない」
俺は、頷いた。
「四割で買って、額面で受け取る。それは、商売です」
俺は、一度、言葉を切った。
「——ヴィント商会が、やってることと、同じです」
市が、静かになった。
「二割で買って、額面で使う。あの男は、それをやってる」
俺は言った。
「俺は、四割で買って、額面で受け取る。値が違うだけです」
俺は、市を見回した。
「同じことをやる男の言うことを、あんたらは、信じますか」
誰も、答えなかった。
「だから、儲けません」
俺は言った。
「儲けない男の言うことなら、少しは信じてもいい。それだけの話です」
俺は、市を出た。
出るときに、後ろから声がかかった。
「兄さん」
振り返ると、さっきの男が立っていた。
手に、紙を持っている。額面、五十ターレン。
「これ、いくらで買う」
「買いません」
「なんでだ」
「俺が買えば、俺の紙が増える」
俺は、首を振った。
「増えれば、俺は、もっと儲かる側になる」
男は、しばらく、俺の顔を見ていた。
それから、紙を懐に戻した。
「……持っとくわ」
「そのほうがいい」
「五割まで来たしな」
「まだ上がります」
俺は、笑った。
「額面は、百ターレンだ。五十で売るのは、まだ半分損してる」
◆
軍務庁の前を通ったとき、ブラントが立っていた。
俺を、待っていたらしい。
インクの染みのついた指で、書付を持っている。
「ハーゼルどの」
「ブラントさん」
「市の紙を、読みました」
彼は、俺を見なかった。
「……四十年、書類を書いてきました」
彼は、書付を握り直した。
「自分に不利なことを、先に書く男を、初めて見ました」
俺は、少し笑った。
「有利なことしか書かない紙は、いつか、誰かを殺します」
俺は、上着の襟を立てた。
「うちの親父が、そういう紙に判を押しました」
ブラントは、書付を差し出した。
「これを」
「なんです」
「ヴィント商会の、過去十年の相殺の記録です」
彼の手が、震えていた。
「写しです。わたしが、写しました」
俺は、それを受け取らなかった。
「ブラントさん」
「はい」
「それを俺に渡したら、あんたは、どうなります」
彼は、答えなかった。
「四十年、書類を書いてきたんでしょう」
俺は言った。
「明日も、書いてください」
俺は、その書付を、彼の胸に押し戻した。
「まだ、要りません」
「……まだ?」
「俺には、掟がない」
俺は、歩き出した。
「掟のない男がその紙を持っても、紙屑です。あんたが首を落とされるだけだ」
俺は、振り返らずに言った。
「持っていてください」
「……いつまで」
「俺が、首輪をつけてくるまで」
ボリスと二人、十一日かけて、メルクへ帰った。
行きと同じだ。荷馬車に便乗して、途中から歩いた。
道中、ボリスが一度だけ聞いた。
「なあ。あんた、九百ターレン、村に返すのか」
「返す」
「もったいねえな」
「もったいない」
俺は、麻袋を担ぎ直した。
「だが、もったいないと思う男の言うことを、誰が信じる」
ボリスは、しばらく歩いてから、こう言った。
「俺は、信じるぞ」
「知ってる」
「あんたが儲けても、信じる」
「知ってる」
俺は、笑った。
「だから、あんたには、見張らせないんだ」