髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第二十七話 沈めたら、塩が沈む

 

 四十三日目に、南の海が見えた。

 海の色が違う。北の海は灰色で、南の海は青い。

 青いというのは、澄んでいるということだ。

 澄んでいる海には、魚が少ない。

 だから南の連中は、魚を遠くまで獲りに行く。

 遠くまで行くと、帰るまでに魚が腐る。

 ——だから、塩が要る。

 ヨストが、俺の隣に立った。

 片方の耳がない船長だ。二十年、南方便に乗っている。

 

「船が三隻、出てきた」

「軍船ですか」

「軍船だ」

 

 彼は、目を細めた。

 

「舷側に、砲がある」

 

 メーヴェは、帆を降ろした。

 降ろすのが、正しい。逃げれば、沈められる。

 三隻が、両側と後ろについた。

 板が渡された。

 男が七人、乗り込んできた。

 

 先頭の男は、四十がらみだった。

 日に焼けている。目が細い。剣は抜いていない。

 抜かないのは、抜く必要がないと思っているからだ。

 

「北の船か」

 

 言葉は、通じた。

 商人の言葉は、どこの海でも同じだ。

 

「メルクハーフェンです」

「アルヴェントの街だな」

「自由市です」

「アルヴェントの、自由市だ」

 

 彼は、正しい。

 俺は、頷いた。

 

「荷は」

「塩です」

 

 男の顔が、動いた。

 瞬きが、一度。

 俺は、それを見た。

 ——この男は、塩を欲しがっている。

 

「船倉を、見せろ」

「どうぞ」

 

 俺は、梯子を降りた。

 男が三人、ついてきた。

 船倉には、麻袋が積んである。

 男は、一つ切った。

 白い粉が、こぼれた。

 彼は、指で掬って、舐めた。

 舐めて、動かなくなった。

「……北の岩塩だ」

 

 彼は、言った。

 声が、少し変わっていた。

 

「二年、見ていない」

 

 俺は、船倉の梁に、背中を預けた。

 

「八百ターレン分あります」

 

 俺は言った。

 

「北の値で、八百です」

 

 男は、俺を見た。

 

「ここでは、四倍だ」

「知ってます」

「知ってて、来たのか」

「知ってて、来ました」

 

 彼は、麻袋の上に腰を下ろした。

 剣は、まだ抜いていない。

 

「兄さん」

「はい」

「わしは、この船を沈められる」

「沈められます」

「沈めて、塩を取ればいい」

 

 彼は、指を折った。

 

「三千二百ターレン分の塩が、ただで手に入る」

「そうですね」

 

 俺は、頷いた。

 

 男の眉が、動いた。

 

「……否まないのか」

「否めません」

 

 俺は、袋に手を置いた。

 

「あんたは、沈められる。俺は、沈められる。それは、事実です」

 

 俺は、この男を見た。

 

「事実に、口ごたえしても、しょうがない」

 

 沈黙は、長かった。

 船倉は、暗い。塩の匂いがする。

 俺は、待った。

 

「一つだけ」

 

 俺は、やっと言った。

 

「沈めたら、塩が沈みます」

「船倉に穴が開けば、水が入ります。塩は、水に溶けます」

 

 俺は、袋を叩いた。

 

「三千二百ターレン分の塩が、海の水になる」

 

 俺は、指を一本立てた。

 

「引き上げるには、船が要ります。潜る者が要ります。塩は、その間に溶けます」

 

 俺は、手を開いた。

 

「——沈めた塩は、塩じゃない」

 

 男は、動かなかった。

 

「では、沈めずに、奪えばいい」

 

 彼は、言った。

 

「板を渡して、袋を運ぶ。それだけだ」

「できます」

 

 俺は、頷いた。

「今日は、できます」

 

 俺は、麻袋の上に座り直した。

 

「明日は、どうします」

 

「来年は、どうします」

 

 俺は言った。

 

「北の岩塩は、二年、来ていない。あんたが、そう言った」

 

 俺は、この男を見た。

 

「なぜ来ないか。沈められるからです」

「北の商人は、馬鹿じゃない。沈められる海に、船は出さない」

 

 俺は言った。

 

「二年、誰も来なかった。だから、あんたらは魚を捨ててる。獲って、腐らせて、捨ててる」

 

 俺は、指を折った。

 

「今日、俺の塩を奪えば、三千二百ターレン、儲かります」

 

 二本目。

 

「明日から、また、二年、誰も来ません」

 

 俺は、手を開いた。

 

「——あんたは、一度きりの儲けと、毎年の塩を、天秤にかけてる」

 

 男は、麻袋の上で、動かなかった。

 日に焼けた顔だ。目が細い。

 この男は、算術を知らない。

 知らないが、二十年、海で人を数えてきた。

 彼は、立ち上がった。

 立ち上がって、俺の顔を、しばらく見ていた。

 

「兄さん。名は」

「カイ・ハーゼルです」

「塩の商人か」

「そうです」

 

 俺は、笑った。

 

「うちの親父も、そうでした」

 

 男は、梯子に手をかけた。

 かけて、振り返った。

 

「アドリク」

 

 彼は、言った。

 

「サルヴァの、港務の頭だ」

 

「四倍で買う」

 

 彼は言った。

 

「三千二百ターレン。銀貨で払う」

 

 彼は、梯子を登った。

 

「来年も、来い」

 

 メーヴェは、軍船に挟まれたまま、サルヴァに入った。

 白い街だった。

 石が白い。屋根が白い。日が強いからだ。

 メルクの石は、灰色だ。北の石は、日を吸う。南の石は、日を返す。

 港は、静かだった。

 船が、少ない。

 荷役が、少ない。

 物乞いが——

 俺は、桟橋から、大通りを見た。

 数えた。

 物乞いは、五十六人いた。

 そのうち、二十三人が、片腕か片脚がなかった。

 王都では、四十一人だった。

 うち十九人が、腕か脚を失っていた。

 ——こっちのほうが、多い。

 ボリスが、俺の隣に立った。

 

「同じだな」

「同じだ」

「敵なんだろ、こいつら」

「敵だ」

 

 俺は、大通りを見ていた。

 

「敵は、同じ形をしてる」

 

 桟橋の奥に、船が一隻、繋いであった。

 北の船だ。

 帆は畳んである。

 舷側に、紋が描いてあった。

 ——鷲が、天秤を掴んでいる。

 

 

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