塩は、三日で売れた。
三千二百ターレン。銀貨で。
アドリクは、約束を守った。港務の頭が、北の商人との約束を守る理由は、一つもない。
守ったのは、来年も塩が欲しいからだ。
それが、いちばん強い理由だ。
銀貨を数え終わって、俺は市へ行った。
サルヴァの、秘薬の市だ。
南方諸市の秘薬は、内陸の畑で採れる。採れたものが、この港の市に集まって、北へ出る。
二百年、そうしてきた。
市は、空だった。
樽が、一つもない。
商人は、いる。二十人ばかりが、卓を出して座っている。
だが、卓の上に、何もない。
俺は、一番手前の男に聞いた。
「秘薬は」
「売れた」
「誰に」
男は、答えなかった。
答えずに、桟橋のほうを見た。
鷲が、天秤を掴んでいる。
「北の商人が来た」
彼は、言った。
「二十日前だ。市の秘薬を、全部買った」
「値は」
「一樽、三百」
三百。
北の市の値が、二百だ。
この男は、三百で売った。儲かっている。
「何樽ありました」
「十四」
「全部?」
「全部だ」
俺は、市の卓を見た。
二十人の商人が、何もない卓の前に座っている。
売るものがない。
だが、金は入った。
この連中は、儲かったのだ。
俺は、笑った。
アルノー・ヴィントは、二十日前に、ここに来た。
俺より、二十日早い。
俺が塩を積んでいる間に、あの男は、南で市を買っていた。
三百で買った。十四樽で、四千二百ターレン。
あの男には、金がある。
そして、あの男は、その十四樽を、王国に納めない。
納めなければ、手形が残る。利がつく。
二十樽ぶんの手形、三千ターレン。年に一割五分。
——納めないほうが、儲かる。
だから、あの男は、十四樽を買った。
使うためではない。
俺に、買わせないためだ。
ボリスが、市の真ん中で、腕を組んでいた。
「どうすんだ」
「分からん」
「あの船から、盗るか」
「盗らん」
俺は、卓の間を歩いた。
「盗ったら、あっちが正しくなる」
俺は、三日、この市に通った。
通って、商人と話した。
二十人と、順に話した。
酒を、二十杯おごった。
安い投資だ。
分かったことが、二つある。
一つ。
市に集まる秘薬は、サルヴァの商人が、内陸から買ってくる。
畑は、内陸にある。三日、馬で行ったところだ。
商人は、そこへ行って、買って、港へ運ぶ。
二つ。
二年、戦をしている。
港が閉じている。
北へ出せない。
だから、畑の秘薬は、売れていない。
商人は、去年、内陸から買わなかった。
買っても、売れないからだ。
だから、内陸には——
俺は、卓の商人に聞いた。
「畑には、いくらあるんです」
「知らん」
「知らない?」
「二年、行っとらん」
彼は、麦酒を飲んだ。
「行っても、買えん。金がない」
俺は、その男の顔を、しばらく見ていた。
「畑の連中は、どうしてるんです」
「腐らせとるだろ」
彼は、肩をすくめた。
「秘薬は、腐る。二年も置いたら、半分は駄目だ」
彼は、麦酒の椀を置いた。
「しょうがねえ」
俺は、椀を持ち上げた。
持ち上げて、飲まずに、置いた。
しょうがない。
この言葉を、俺は、この世で一番嫌っている。
しょうがない、というのは、誰も数えていないという意味だから。
俺は、立ち上がった。
「馬を、二頭」
俺は、ボリスに言った。
「どこ行くんだ」
「内陸だ」
ボリスが、市を見回した。
「ここに、樽はねえぞ」
「ない」
「畑にあるのか」
「あるかもしれん」
俺は、上着を取った。
「腐ってるかもしれん」
「じゃあ、行っても無駄かもしれねえだろ」
「かもしれん」
俺は、市の出口へ歩いた。
「だが、二年、誰も数えてない」
俺は、桟橋のほうを見た。
鷲が、天秤を掴んでいる。
あの男は、市を買った。
市を買えば、秘薬が手に入る。
この二百年、そうだった。
二百年、秘薬は市にあった。
だが、二年、戦をしている。
二年、市に秘薬が集まっていない。
集めるのは、商人だ。
商人は、金がなくて、内陸へ行っていない。
——市にあった十四樽は、二年前の残りだ。
俺は、笑った。
今度は、笑うようなことだった。
「ボリス」
「なんだ」
「あの男は、市を買った」
俺は、馬に手をかけた。
「俺は、畑へ行く」
馬に乗ったのは、生まれて三度目だ。
乗り方は、上手くない。
ボリスは、もっと上手くなかった。
二頭で、三日かかるところを、四日かかった。
内陸は、丘だった。
丘の斜面に、畑がある。
背の低い草が、一面に生えている。
白い花が咲いていた。
これが、秘薬の元だ。
俺は、初めて見た。
術師が使う薬の、元の姿だ。
——ただの、草だった。