髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第二十八話 市を買った男

 

 塩は、三日で売れた。

 三千二百ターレン。銀貨で。

 アドリクは、約束を守った。港務の頭が、北の商人との約束を守る理由は、一つもない。

 守ったのは、来年も塩が欲しいからだ。

 それが、いちばん強い理由だ。

 銀貨を数え終わって、俺は市へ行った。

 サルヴァの、秘薬の市だ。

 南方諸市の秘薬は、内陸の畑で採れる。採れたものが、この港の市に集まって、北へ出る。

 二百年、そうしてきた。

 市は、空だった。

 樽が、一つもない。

 商人は、いる。二十人ばかりが、卓を出して座っている。

 だが、卓の上に、何もない。

 俺は、一番手前の男に聞いた。

 

「秘薬は」

「売れた」

「誰に」

 

 男は、答えなかった。

 答えずに、桟橋のほうを見た。

 鷲が、天秤を掴んでいる。

 

「北の商人が来た」

 

 彼は、言った。

 

「二十日前だ。市の秘薬を、全部買った」

「値は」

「一樽、三百」

 

 三百。

 北の市の値が、二百だ。

 この男は、三百で売った。儲かっている。

 

「何樽ありました」

「十四」

「全部?」

「全部だ」

 

 俺は、市の卓を見た。

 二十人の商人が、何もない卓の前に座っている。

 売るものがない。

 だが、金は入った。

 この連中は、儲かったのだ。

 俺は、笑った。

 アルノー・ヴィントは、二十日前に、ここに来た。

 俺より、二十日早い。

 俺が塩を積んでいる間に、あの男は、南で市を買っていた。

 三百で買った。十四樽で、四千二百ターレン。

 あの男には、金がある。

 そして、あの男は、その十四樽を、王国に納めない。

 納めなければ、手形が残る。利がつく。

 二十樽ぶんの手形、三千ターレン。年に一割五分。

 ——納めないほうが、儲かる。

 だから、あの男は、十四樽を買った。

 使うためではない。

 俺に、買わせないためだ。

 ボリスが、市の真ん中で、腕を組んでいた。

 

「どうすんだ」

「分からん」

「あの船から、盗るか」

「盗らん」

 

 俺は、卓の間を歩いた。

 

「盗ったら、あっちが正しくなる」

 

 俺は、三日、この市に通った。

 通って、商人と話した。

 二十人と、順に話した。

 酒を、二十杯おごった。

 安い投資だ。

 分かったことが、二つある。

 一つ。

 市に集まる秘薬は、サルヴァの商人が、内陸から買ってくる。

 畑は、内陸にある。三日、馬で行ったところだ。

 商人は、そこへ行って、買って、港へ運ぶ。

 二つ。

 二年、戦をしている。

 港が閉じている。

 北へ出せない。

 だから、畑の秘薬は、売れていない。

 商人は、去年、内陸から買わなかった。

 買っても、売れないからだ。

 だから、内陸には——

 俺は、卓の商人に聞いた。

 

「畑には、いくらあるんです」

「知らん」

「知らない?」

「二年、行っとらん」

 

 彼は、麦酒を飲んだ。

 

「行っても、買えん。金がない」

 

 俺は、その男の顔を、しばらく見ていた。

 

「畑の連中は、どうしてるんです」

「腐らせとるだろ」

 

 彼は、肩をすくめた。

 

「秘薬は、腐る。二年も置いたら、半分は駄目だ」

 

 彼は、麦酒の椀を置いた。

 

「しょうがねえ」

 

 俺は、椀を持ち上げた。

 持ち上げて、飲まずに、置いた。

 しょうがない。

 この言葉を、俺は、この世で一番嫌っている。

 しょうがない、というのは、誰も数えていないという意味だから。

 俺は、立ち上がった。

 

「馬を、二頭」

 

 俺は、ボリスに言った。

 

「どこ行くんだ」

「内陸だ」

 

 ボリスが、市を見回した。

 

「ここに、樽はねえぞ」

「ない」

「畑にあるのか」

「あるかもしれん」

 

 俺は、上着を取った。

 

「腐ってるかもしれん」

「じゃあ、行っても無駄かもしれねえだろ」

「かもしれん」

 

 俺は、市の出口へ歩いた。

 

「だが、二年、誰も数えてない」

 

 俺は、桟橋のほうを見た。

 鷲が、天秤を掴んでいる。

 あの男は、市を買った。

 市を買えば、秘薬が手に入る。

 この二百年、そうだった。

 二百年、秘薬は市にあった。

 だが、二年、戦をしている。

 二年、市に秘薬が集まっていない。

 集めるのは、商人だ。

 商人は、金がなくて、内陸へ行っていない。

 ——市にあった十四樽は、二年前の残りだ。

 俺は、笑った。

 今度は、笑うようなことだった。

 

「ボリス」

「なんだ」

「あの男は、市を買った」

 

 俺は、馬に手をかけた。

 

「俺は、畑へ行く」

 

 馬に乗ったのは、生まれて三度目だ。

 乗り方は、上手くない。

 ボリスは、もっと上手くなかった。

 二頭で、三日かかるところを、四日かかった。

 内陸は、丘だった。

 丘の斜面に、畑がある。

 背の低い草が、一面に生えている。

 白い花が咲いていた。

 これが、秘薬の元だ。

 俺は、初めて見た。

 術師が使う薬の、元の姿だ。

 ——ただの、草だった。

 

 

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