髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第二十九話 してるのは、王と議会だ

 

 サルヴァから、馬で四日。

 村があった。

 オルデ、という名だと、あとで聞いた。

 丘の中腹に、石を積んだ家が、三十ばかり。

 人が出てきた。

 痩せていた。

 北の四つの村で、俺は同じ痩せ方を見た。

 村の長は、女だった。

 マレナ、という。

 六十を越えている。背が低い。目が、鋭い。

 この女は、俺を見て、最初にこう言った。

 

「北の者か」

「メルクハーフェンです」

「アルヴェントか」

「そうです」

 

 村の男が、鍬を持った。

 三人。四人。七人になった。

 俺は、動かなかった。

 ボリスが、俺の前に出ようとしたので、腕で止めた。

 

「息子を、二人やった」

 

 女は、言った。

 

「北の戦で」

 

 俺は、頷いた。

 

「帰ってきませんか」

「片方は、帰った」

 

 彼女は、家のほうを見た。

 

「脚が、ない」

 

 俺は、しばらく、何も言わなかった。

 言うことがなかったのではない。

 言っていいことが、一つもなかった。

 

「秘薬を、買いに来ました」

 

 俺は言った。

 

「二年、売れとらん」

 

 彼女は、鋭い目で、俺を見た。

 

「腐っとる。半分は、もう使えん」

「残りは」

「残りも、じきに腐る」

「いくつ、ありますか」

 

 女は、答えなかった。

 答えずに、俺の顔を見ていた。

 俺も、見返した。

 

「二十二」

 

 マレナは、言った。

 

「腐ってないのが、十二」

 

 十二。

 俺は、その数字を、頭の中に置いた。

 十樽、要る。

 

「買います」

 

 俺は言った。

 

「一樽、いくらです」

 

 女は、鼻を鳴らした。

 

「銀貨は、要らん」

 

「銀貨で、何が買える」

 

 彼女は言った。

 

「港は閉じとる。船は来ん。銀貨を持っとっても、この丘には、何も来ん」

 

 彼女は、村を指した。

 

「去年、麦を買いに、港へ行った。銀貨を持ってな」

 

 彼女は、俺を見た。

 

「売る麦が、なかった」

 

 俺は、頷いた。

 

「では、何が要りますか」

 

 女は、答えなかった。

 答える必要が、なかったからだ。

 俺は、もう、分かっていた。

 この村の家の軒に、魚が吊るしてある。

 干した魚だ。

 塩を、使っていない。

 だから、黒く変わっている。

 

「塩、ですね」

 

 女の目が、動いた。

 初めて、動いた。

 

「持っとるのか」

「売りました」

 

 俺は言った。

 

「港で。三千二百ターレンで」

 

 彼女は、俺を睨んだ。

 

「では、ないではないか」

「銀貨があります」

「銀貨では、塩は買えん」

「買えます」

 

 俺は、笑った。

 

「港に、俺が売った塩があります」

 

 女は、動かなかった。

 

「アドリクという男に、売りました。港務の頭です」

 

 俺は言った。

 

「あの男は、四倍で買った。北の値が八百、南の値が三千二百です」

 

 俺は、指を折った。

 

「あの男が、それを、この丘まで運びますか」

「運ばん」

 

 彼女は、即答した。

 

「港の連中は、丘に来ん」

「なぜです」

「銭にならんからだ」

 

 俺は、頷いた。

 

「では、俺が運びます」

 

「買い戻します」

 

 俺は言った。

 

「アドリクから、塩を買い戻す。南の値で。三千二百ターレンで」

 

 俺は、女を見た。

 

「それを、この丘へ運ぶ」

「……ちょっと待て」

 

 女が、言った。

 

「お前は、八百の塩を、三千二百で売った」

「売りました」

「その三千二百で、同じ塩を買い戻す」

「買い戻します」

「それでは、何も儲からんではないか」

「塩は、儲かりません」

 

 俺は言った。

 

「儲けるのは、秘薬です」

 

 俺は、指を一本立てた。

 

「あんたの秘薬を、十二樽もらいます。塩と換えます」

 

 俺は、二本目を立てた。

 

「十樽は、王国に納めます。一樽二百ターレンで、二千です」

 

 三本目。

 

「残り二樽は、俺のものです」

「二千で、足りるのか」

「足りません」

 

 俺は、正直に答えた。

 

「塩の買い戻しが、三千二百。王国からもらえるのが、二千」

 

 俺は、手を開いた。

 

「千二百、足りません」

 

 女は、俺を見た。

 

「では、なぜやる」

「残りの二樽です」

 

 俺は言った。

 

「北で、一樽二百で売れます。四百ターレン」

「まだ、八百足りん」

「足りません」

 

 俺は、笑った。

 

「腐りかけの秘薬が、十樽あるとあんたは言った」

 

 俺は、指で家を指した。

 

「それも、もらいます」

「腐っとるぞ」

「腐ってます」

「使えんぞ」

「使えません」

 

 俺は、頷いた。

 

「今は」

 

 女は、鋭い目で、俺を見ていた。

 

「秘薬は、熱で腐ります」

 

 俺は言った。

 

「腐りかけの十樽も、全部が駄目なわけじゃない。上の方は、まだ生きてます」

 

 俺は、丘を見た。

 

「北の術師に、選り分けさせます。生きてる分だけ取れば、三樽か四樽にはなる」

 

 俺は、女を見た。

 

「六百ターレンから、八百ターレン」

 

「二十二樽、全部もらいます」

 

 俺は言った。

 

「塩を、三千二百ターレン分、この丘に運びます」

 

 俺は、腰を下ろした。

 

「勘定は、ぎりぎりです。沈めば、俺は四年、港で担ぎます」

 

 村の男たちが、鍬を下ろした。

 いつ下ろしたのか、俺は気づかなかった。

 女は、しばらく黙っていた。

 

「北の者」

「はい」

「その秘薬は、どこへ行く」

 

 俺は、答えなかった。

 答えないのは、卑怯だ。

 俺は、この女に、卑怯なことをしたくなかった。

 

「アルヴェントの、傷病兵に行きます」

 

 俺は言った。

 

「二千人います。半分は、これで戦列に戻ります」

 

 俺は、顔を上げた。

 

「戻れば、また、南に来ます」

 

 村が、静まり返った。

 男たちが、鍬を握り直した。

 ボリスが、俺の前に出ようとした。

 俺は、また、腕で止めた。

 女は、俺を見ていた。

 六十を越えた、痩せた女だ。

 息子を二人やって、一人が脚をなくして帰ってきた。

 

「なぜ、言った」

 

 彼女は、聞いた。

 

「隠せたぞ。北の術師が使う、とでも言えば、わしらは分からん」

「隠した紙が、うちの親父を殺しました」

 

 俺は言った。

 

「俺は、隠しません」

 

 俺は、立ち上がった。

 

「読めば、書いてある。書いてないことは、口で言う」

 

 女は、長いこと、動かなかった。

 風が、丘を渡った。

 白い花が、揺れた。

 

「北の者」

「はい」

「戦をしとるのは、誰だ」

 

 俺は、この女を見た。

 

「王です」

 

 俺は言った。

 

「アルヴェントの王と、南方諸市の議会です」

 

 俺は、丘を見回した。

 

「——あんたと俺は、してません」

 

 マレナは、鼻を鳴らした。

 鼻を鳴らして、それから、家のほうへ歩いた。

 歩きながら、こう言った。

 

「二十二樽だ」

 

 彼女は、振り返らなかった。

 

「塩を、持ってこい」

 

 俺は、その背に、頭を下げた。

 下げてから、思い出した。

 俺は、この村で一度も、名を名乗っていない。

 

「カイ・ハーゼルです」

 俺は、言った。

 女は、足を止めた。

 止めて、こう言った。

 

「次は、麦も持ってこい」

 

 

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