髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第三十一話 樽は、王都へ

 

 帰りは、四十六日かかった。

 向かい風だった。行きと同じだ。この海は、いつも向かい風らしい。

 俺は、船倉で、二十二の樽を数えていた。

 数えても、増えない。

 増えないと分かっていて、数えた。

 王令は、二十日前に出た。

 俺が塩を売ったのは、十六日前だ。

 ——四日、遅い。

 俺は、船倉で、三十回、数え直した。

 王令が出たのは、王都だ。

 王都からメルクまで、十一日。

 メルクから南まで、四十日。

 王令が南に届くには、五十一日かかる。

 俺が塩を売ったとき、この港に、王令は届いていない。

 届いていない掟を、俺は破った。

 破ったことになるのか。

 俺は、それを、四十六日、考えた。

 答えは、出なかった。

 ——掟は、持ってる奴のものだ。

 メルクハーフェンの港が見えたのは、春の初めだった。

 桟橋に、人が立っていた。

 ゲルトがいた。トーマがいた。マイヤーがいた。

 ボーデが、いちばん前に立っていた。

 その後ろに、兵がいた。

 二十人ばかり。

 王国の兵だ。メルクの市兵ではない。

 

「来たな」

 

 ボリスが、舷側を掴んだ。

 

「来た」

「殴っていいか」

「駄目だ」

 

 俺は、上着の埃を払った。

 

「殴ったら、あっちが正しくなる」

 

 板が渡された。

 俺は、先に降りた。

 降りて、兵の前に立った。

 

「カイ・ハーゼルどのか」

「そうです」

「王令により、捕縛する」

「はい」

 

 兵が、俺の腕を掴んだ。

 俺は、抵抗しなかった。

 抵抗すると、値が下がる。

 

「一つだけ」

 

 俺は言った。

 

「なんだ」

「船倉に、樽が二十二あります」

 

 俺は、メーヴェを指した。

 

「秘薬です」

 

 兵の隊長が、俺を見た。

 

「秘薬」

「十二樽は、生きてます。十樽は、腐りかけです」

 

 俺は言った。

 

「王国と、契約があります。ヴェルナーどのの判が押してあります。秘薬十樽。一樽二百ターレン。納入後に支払う」

 

 俺は、桟橋の術師組合の連中を見た。

 カスパーが、いた。

 

「腐りかけの十樽は、選り分けが要ります。術師にしかできません」

 

 俺は言った。

 

「生きてる分だけ取れば、三樽か四樽になります」

 

 俺は、隊長を見た。

 

「締めて、十五樽から十六樽です」

 

「俺を捕まえるのは、構いません」

 

 俺は言った。

 

「樽は、王都へ運んでください」

 

 桟橋が、静かになった。

 

「傷病兵が、二千人います」

 

 俺は言った。

 

「秘薬があれば、半分は戦列に戻ります。戻らなければ、死にます」

 

 俺は、隊長の目を見た。

 二十歳そこそこの、若い男だ。

 

「軍務庁の主計官、ブラントどのが、そう言いました」

 

「代金は、要りません」

 

 

「一グロートも」

 

 隊長の手が、緩んだ。

 

「……代金を、取らんのか」

「取れません」

 

 俺は、笑った。

 

「売国の商人から、王国が物を買うわけにはいかんでしょう」

 

 俺は、肩をすくめた。

 

「献上します」

 

 隊長は、動かなかった。

 この男は、若い。

 若いから、まだ、目を伏せない。

 

「ハーゼルどの」

「はい」

「なぜ、そこまでする」

「二千人です」

 

 俺は言った。

 

「二千人が、生きるか、死ぬか。それだけの話です」

 

 俺は、上着の襟を直した。

 

「俺の首と、どっちが安いですか」

 

 桟橋は、静かだった。

 波が、三度、桟橋を叩いた。

 カスパーが、前に出た。

 術師の白い手で、俺の肩を掴んだ。

 

「選り分けは、俺がやる」

「二日かかります」

「二日でやる」

 

 彼は、俺を睨んだ。

 

「あんた、二に置く男を、笑ったな」

「笑ってません」

「笑った」

 

 彼は、鼻を鳴らした。

 

「三十六回に一回だと言った。それでも置くのが博打だと、あんたは言わなかった」

 

 彼は、メーヴェのほうへ歩いた。

 

「俺は、置く」

 

 彼は、振り返らずに言った。

 

「あんたに、置く」

 

 ゲルトが、卓の裏から出てくるような顔で、前に出た。

 二十年、賭場の主をやってきた男だ。

 この男は、俺を見て、一つだけ聞いた。

 

「勝てるのか」

「分かりません」

「じゃあ、いくらだ」

「……何がです」

「あんたの首の値だ」

 

 俺は、この男を見た。

 数字を読まない男だ。掛け算ができない。

「値は、つきません」

 

 俺は言った。

 

「首は、一つしかない。割れないものに、値はつかない」

 

 ゲルトは、鼻を鳴らした。

 

「じゃあ、割れ」

「あんたの首を、二十に割れ」

 

 彼は言った。

 

「一口、いくらだ」

 

 俺は、しばらく、この男の顔を見ていた。

 見て、それから、笑った。

 

              ◆

 

 兵が、俺を連れて行った。

 荷馬車に乗せられた。行き先は、王都だ。

 十一日かかる。

 ボリスが、荷馬車の後ろについてきた。

 

「乗るな」

「乗らねえよ」

 

 こいつは、麻袋を担いでいた。

 

「歩く」

 

 マイヤーが、荷馬車の脇に来た。

 金貸しの、狭い店の主だ。

 この男は、俺を憎んでいる。俺が潰れれば、儲かる。

 彼は、荷馬車の縁に、紙を一枚置いた。

 俺は、それを開いた。

 ——四つの村の長、四名の書面。

 ——徴発手形の代理人として、カイ・ハーゼルを立てる。

 ——王都、軍務庁、主計官ブラント宛て。

 ——すでに、送った。

 俺は、顔を上げた。

 マイヤーは、こちらを見ていなかった。

 

「立て替えは、三ターレンだ」

 

 彼は、言った。

 

「利息は、一割三分」

 

 彼は、背を向けた。

 

「この街の金の値段だ。あんたが決めた」

 

 

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