帰りは、四十六日かかった。
向かい風だった。行きと同じだ。この海は、いつも向かい風らしい。
俺は、船倉で、二十二の樽を数えていた。
数えても、増えない。
増えないと分かっていて、数えた。
王令は、二十日前に出た。
俺が塩を売ったのは、十六日前だ。
——四日、遅い。
俺は、船倉で、三十回、数え直した。
王令が出たのは、王都だ。
王都からメルクまで、十一日。
メルクから南まで、四十日。
王令が南に届くには、五十一日かかる。
俺が塩を売ったとき、この港に、王令は届いていない。
届いていない掟を、俺は破った。
破ったことになるのか。
俺は、それを、四十六日、考えた。
答えは、出なかった。
——掟は、持ってる奴のものだ。
メルクハーフェンの港が見えたのは、春の初めだった。
桟橋に、人が立っていた。
ゲルトがいた。トーマがいた。マイヤーがいた。
ボーデが、いちばん前に立っていた。
その後ろに、兵がいた。
二十人ばかり。
王国の兵だ。メルクの市兵ではない。
「来たな」
ボリスが、舷側を掴んだ。
「来た」
「殴っていいか」
「駄目だ」
俺は、上着の埃を払った。
「殴ったら、あっちが正しくなる」
板が渡された。
俺は、先に降りた。
降りて、兵の前に立った。
「カイ・ハーゼルどのか」
「そうです」
「王令により、捕縛する」
「はい」
兵が、俺の腕を掴んだ。
俺は、抵抗しなかった。
抵抗すると、値が下がる。
「一つだけ」
俺は言った。
「なんだ」
「船倉に、樽が二十二あります」
俺は、メーヴェを指した。
「秘薬です」
兵の隊長が、俺を見た。
「秘薬」
「十二樽は、生きてます。十樽は、腐りかけです」
俺は言った。
「王国と、契約があります。ヴェルナーどのの判が押してあります。秘薬十樽。一樽二百ターレン。納入後に支払う」
俺は、桟橋の術師組合の連中を見た。
カスパーが、いた。
「腐りかけの十樽は、選り分けが要ります。術師にしかできません」
俺は言った。
「生きてる分だけ取れば、三樽か四樽になります」
俺は、隊長を見た。
「締めて、十五樽から十六樽です」
「俺を捕まえるのは、構いません」
俺は言った。
「樽は、王都へ運んでください」
桟橋が、静かになった。
「傷病兵が、二千人います」
俺は言った。
「秘薬があれば、半分は戦列に戻ります。戻らなければ、死にます」
俺は、隊長の目を見た。
二十歳そこそこの、若い男だ。
「軍務庁の主計官、ブラントどのが、そう言いました」
「代金は、要りません」
「一グロートも」
隊長の手が、緩んだ。
「……代金を、取らんのか」
「取れません」
俺は、笑った。
「売国の商人から、王国が物を買うわけにはいかんでしょう」
俺は、肩をすくめた。
「献上します」
隊長は、動かなかった。
この男は、若い。
若いから、まだ、目を伏せない。
「ハーゼルどの」
「はい」
「なぜ、そこまでする」
「二千人です」
俺は言った。
「二千人が、生きるか、死ぬか。それだけの話です」
俺は、上着の襟を直した。
「俺の首と、どっちが安いですか」
桟橋は、静かだった。
波が、三度、桟橋を叩いた。
カスパーが、前に出た。
術師の白い手で、俺の肩を掴んだ。
「選り分けは、俺がやる」
「二日かかります」
「二日でやる」
彼は、俺を睨んだ。
「あんた、二に置く男を、笑ったな」
「笑ってません」
「笑った」
彼は、鼻を鳴らした。
「三十六回に一回だと言った。それでも置くのが博打だと、あんたは言わなかった」
彼は、メーヴェのほうへ歩いた。
「俺は、置く」
彼は、振り返らずに言った。
「あんたに、置く」
ゲルトが、卓の裏から出てくるような顔で、前に出た。
二十年、賭場の主をやってきた男だ。
この男は、俺を見て、一つだけ聞いた。
「勝てるのか」
「分かりません」
「じゃあ、いくらだ」
「……何がです」
「あんたの首の値だ」
俺は、この男を見た。
数字を読まない男だ。掛け算ができない。
「値は、つきません」
俺は言った。
「首は、一つしかない。割れないものに、値はつかない」
ゲルトは、鼻を鳴らした。
「じゃあ、割れ」
「あんたの首を、二十に割れ」
彼は言った。
「一口、いくらだ」
俺は、しばらく、この男の顔を見ていた。
見て、それから、笑った。
◆
兵が、俺を連れて行った。
荷馬車に乗せられた。行き先は、王都だ。
十一日かかる。
ボリスが、荷馬車の後ろについてきた。
「乗るな」
「乗らねえよ」
こいつは、麻袋を担いでいた。
「歩く」
マイヤーが、荷馬車の脇に来た。
金貸しの、狭い店の主だ。
この男は、俺を憎んでいる。俺が潰れれば、儲かる。
彼は、荷馬車の縁に、紙を一枚置いた。
俺は、それを開いた。
——四つの村の長、四名の書面。
——徴発手形の代理人として、カイ・ハーゼルを立てる。
——王都、軍務庁、主計官ブラント宛て。
——すでに、送った。
俺は、顔を上げた。
マイヤーは、こちらを見ていなかった。
「立て替えは、三ターレンだ」
彼は、言った。
「利息は、一割三分」
彼は、背を向けた。
「この街の金の値段だ。あんたが決めた」