髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第三十二話 届けを出した男

 

 王都の裁きは、王城の西の間で行われた。

 石造りで、窓が高い。

 高い窓は、外を見せないためにある。

 俺は、真ん中に立たされた。

 四度目だ。

 ヴィント商会の応接間。メルクの大広間。二度。そして、ここ。

 立たされることに、慣れてきた。

 慣れてはいけない、と思った。

 裁くのは、王ではない。

 法官が三人。

 傍聴の席に、宰相グレゴール・ザイツがいた。

 その隣に、アルノー・ヴィント。

 いちばん後ろに、頭巾を被った女が座っていた。

 法官の一人が、羊皮紙を読み上げた。

 

「王令、第十七号」

 

 彼は言った。

 

「塩を、南方諸市に売りたる者は、これを売国とす」

 

 彼は、顔を上げた。

 

「公布は、二月三日。カイ・ハーゼルが塩を売りたるは、二月十九日」

 

 彼は、羊皮紙を巻いた。

 

「十六日、遅い」

 

 法廷が、静かになった。

 俺は、頷いた。

 

「売りました」

 

 法官が、俺を見た。

 

「認めるのか」

「認めます」

「八百ターレン分の岩塩を、南方諸市の港務の頭、アドリクなる者に、三千二百ターレンで売却した」

「しました」

「王令公布の、十六日後に」

「そうです」

 

 俺は、法官の顔を見た。

 

「一つ、伺っていいですか」

「なんだ」

「王令は、南に届いていましたか」

 

 法官は、答えなかった。

 

「王都から南まで、五十一日かかります」

 

 俺は言った。

 

「王都からメルクまで、十一日。メルクから南まで、四十日」

 

 俺は、指を折った。

 

「公布から十六日目に、王令は、まだ王都とメルクの間にありました」

 

 俺は、顔を上げた。

 

「俺は、届いていない掟を破りました」

 

 法官の一人が、身を乗り出した。

 

「掟は、公布の日より効力を有する」

「そうです」

「知らなかったでは、済まぬ」

「済みません」

 

 俺は、頷いた。

 

「済まないから、認めました」

 

 法廷が、ざわついた。

 俺が争わないので、法官が困っている。

 争わない被告というのは、扱いにくい。

 

「ただ」

 

 俺は言った。

 

「一つ、数えていただきたいことがあります」

 

 俺は、懐から紙を出した。

 書記室で、三日かけて写した表だ。

 メルクハーフェンの、港の綴りである。

 

「この冬です」

 

 俺は言った。

 

「メルクハーフェンから南へ出た船は、十一隻」

 

 俺は、紙を広げた。

 

「そのうち、塩を積んだ船は、七隻」

 

 法廷が、静かになった。

 

「七隻が積んだ塩は、締めて六千四百ターレン分です」

 

 俺は言った。

 

「俺が積んだのは、八百です」

 

 俺は、指を折った。

 

「俺は、五番目です」

 

「五番目に、大きく売りました」

 

「一番大きく売った商会は、千四百ターレン分です。俺の、倍近い」

 

 俺は、紙を卓に置いた。

 

「その商会は、ここにいません」

 

 法官が、書付を掴んだ。

 

「……そのような届けは、出ておらん」

「出ていません」

 

 俺は、頷いた。

 

「届けを出したのは、俺だけです」

 

 俺は、法廷を見回した。

 法官が三人。宰相。ヴィント。頭巾の女。

 

「俺は、参事会に届けを出しました」

 

 俺は言った。

 

「塩を、八百ターレン分、南方諸市に売ります、と」

 

 俺は、指を一本立てた。

 

「黙って出せば、誰も知りませんでした。港の書記に酒を一杯おごれば、荷の中身など、どうにでもなる」

 俺は、二本目を立てた。

 

「六隻は、そうしました。だから、ここにいません」

 

 俺は、三本目を立てた。

 

「俺は、届けを出しました。だから、ここにいます」

 

 俺は、手を開いた。

 

「——掟は、届けを出した男を罰するためにあるんですか」

 

「それとも、出さなかった男を罰するためにありますか」

 

 法廷は、静かだった。

 高い窓から、光が入っていた。

 外は、見えない。

 

「わたしを、罰してください」

 

 俺は言った。

 

「掟の通りに。それは、構いません」

 

 俺は、法官を見た。

 

「ただ、その日から、この街の商人は、二度と届けを出しません」

 

「届けを出した男が、首を落とされた」

 

 俺は言った。

 

「出さなかった男は、生きている」

 

 俺は、肩をすくめた。

 

「明日から、誰が届けを出しますか」

 

「王国は、二度と、何が売られているか、分からなくなります」

 

 俺は言った。

 

「鉄が売られても、分からない。硝石が売られても、分からない」

 

 俺は、法官の目を見た。

 

「掟が、掟を殺します」

 

 沈黙は、長かった。

 法官の一人が、書付を落とした。

 拾わなかった。

 傍聴の席で、アルノー・ヴィントが、立ち上がった。

 

「発言を、お許しいただきたい」

 

 法官が、頷いた。

 

「ハーゼルさんの申されたことは、正しい」

 

 彼は言った。

 

「二月に塩を積んだ七隻のうち、六隻は届けを出していない。そのうち二隻は、わたしの船です」

 

 法廷が、ざわついた。

 俺は、この男を見た。

 六十を越えた、目立たない男だ。

 この男は、俺を見ていなかった。

 

「千四百ターレン分の塩を、南に売りました」

 

 彼は言った。

 

「王令公布の、九日後です」

 

 彼は、法官に向かって、頭を下げた。

 

「わたしも、罰してください」

 

 法廷は、崩れた。

 法官が、三人とも立ち上がった。

 書記が、羽根ペンを落とした。

 傍聴が、ざわめいた。

 俺は、動かなかった。

 動けなかった。

 この男は、俺の首を取れた。

 黙っていれば、取れた。

 俺は、届けを出した。あの男は、出していない。掟は、俺だけを罰する。

 あの男は、自分から名乗り出た。

 俺は、そのとき、初めて理解した。

 ——この男は、俺と一緒に罰せられたいのだ。

 二人とも罰すれば、この街の商いは止まる。

 メルクの大商会の当主と、この街で一番速い新参が、同じ日に首を落とされる。

 王国は、それを、やれない。

 やれないなら、掟を曲げるしかない。

 曲げれば、王令は死ぬ。

 王令が死ねば——

 俺は、この男を見た。

 アルノー・ヴィントは、席に座り直していた。

 顔は、こちらを向いていない。

 ——この男は、俺を助けたんじゃない。

 ——掟を、殺しに来たんだ。

 法官は、その日、裁きを下さなかった。

 俺は、牢に戻された。

 牢は、王城の地下にある。

 窓は、ない。

 三日目の夜、格子の向こうに、人が立った。

 燭台を、持っている。

 頭巾は、被っていなかった。

 

「ハーゼル」

 

 イレーネ・ヴァル・アルヴェントは、言った。

 

「裏は、読みましたか」

 

 俺は、藁の上から、この女を見上げた。

 見上げて、笑った。

 

「読みました」

「遅い」

「遅かったです」

 

 彼女は、燭台を格子の上に置いた。

 置いて、紙を一枚、差し入れた。

 軍務庁の判が、押してある。

 ——四つの村の徴発手形、額面千五百ターレン。

 ——代理人カイ・ハーゼルの呈示により、受理せり。

 

「ブラントが、通しました」

 

 彼女は言った。

 

「呈示は、期日の二日前でした」

 

 

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