王都の裁きは、王城の西の間で行われた。
石造りで、窓が高い。
高い窓は、外を見せないためにある。
俺は、真ん中に立たされた。
四度目だ。
ヴィント商会の応接間。メルクの大広間。二度。そして、ここ。
立たされることに、慣れてきた。
慣れてはいけない、と思った。
裁くのは、王ではない。
法官が三人。
傍聴の席に、宰相グレゴール・ザイツがいた。
その隣に、アルノー・ヴィント。
いちばん後ろに、頭巾を被った女が座っていた。
法官の一人が、羊皮紙を読み上げた。
「王令、第十七号」
彼は言った。
「塩を、南方諸市に売りたる者は、これを売国とす」
彼は、顔を上げた。
「公布は、二月三日。カイ・ハーゼルが塩を売りたるは、二月十九日」
彼は、羊皮紙を巻いた。
「十六日、遅い」
法廷が、静かになった。
俺は、頷いた。
「売りました」
法官が、俺を見た。
「認めるのか」
「認めます」
「八百ターレン分の岩塩を、南方諸市の港務の頭、アドリクなる者に、三千二百ターレンで売却した」
「しました」
「王令公布の、十六日後に」
「そうです」
俺は、法官の顔を見た。
「一つ、伺っていいですか」
「なんだ」
「王令は、南に届いていましたか」
法官は、答えなかった。
「王都から南まで、五十一日かかります」
俺は言った。
「王都からメルクまで、十一日。メルクから南まで、四十日」
俺は、指を折った。
「公布から十六日目に、王令は、まだ王都とメルクの間にありました」
俺は、顔を上げた。
「俺は、届いていない掟を破りました」
法官の一人が、身を乗り出した。
「掟は、公布の日より効力を有する」
「そうです」
「知らなかったでは、済まぬ」
「済みません」
俺は、頷いた。
「済まないから、認めました」
法廷が、ざわついた。
俺が争わないので、法官が困っている。
争わない被告というのは、扱いにくい。
「ただ」
俺は言った。
「一つ、数えていただきたいことがあります」
俺は、懐から紙を出した。
書記室で、三日かけて写した表だ。
メルクハーフェンの、港の綴りである。
「この冬です」
俺は言った。
「メルクハーフェンから南へ出た船は、十一隻」
俺は、紙を広げた。
「そのうち、塩を積んだ船は、七隻」
法廷が、静かになった。
「七隻が積んだ塩は、締めて六千四百ターレン分です」
俺は言った。
「俺が積んだのは、八百です」
俺は、指を折った。
「俺は、五番目です」
「五番目に、大きく売りました」
「一番大きく売った商会は、千四百ターレン分です。俺の、倍近い」
俺は、紙を卓に置いた。
「その商会は、ここにいません」
法官が、書付を掴んだ。
「……そのような届けは、出ておらん」
「出ていません」
俺は、頷いた。
「届けを出したのは、俺だけです」
俺は、法廷を見回した。
法官が三人。宰相。ヴィント。頭巾の女。
「俺は、参事会に届けを出しました」
俺は言った。
「塩を、八百ターレン分、南方諸市に売ります、と」
俺は、指を一本立てた。
「黙って出せば、誰も知りませんでした。港の書記に酒を一杯おごれば、荷の中身など、どうにでもなる」
俺は、二本目を立てた。
「六隻は、そうしました。だから、ここにいません」
俺は、三本目を立てた。
「俺は、届けを出しました。だから、ここにいます」
俺は、手を開いた。
「——掟は、届けを出した男を罰するためにあるんですか」
「それとも、出さなかった男を罰するためにありますか」
法廷は、静かだった。
高い窓から、光が入っていた。
外は、見えない。
「わたしを、罰してください」
俺は言った。
「掟の通りに。それは、構いません」
俺は、法官を見た。
「ただ、その日から、この街の商人は、二度と届けを出しません」
「届けを出した男が、首を落とされた」
俺は言った。
「出さなかった男は、生きている」
俺は、肩をすくめた。
「明日から、誰が届けを出しますか」
「王国は、二度と、何が売られているか、分からなくなります」
俺は言った。
「鉄が売られても、分からない。硝石が売られても、分からない」
俺は、法官の目を見た。
「掟が、掟を殺します」
沈黙は、長かった。
法官の一人が、書付を落とした。
拾わなかった。
傍聴の席で、アルノー・ヴィントが、立ち上がった。
「発言を、お許しいただきたい」
法官が、頷いた。
「ハーゼルさんの申されたことは、正しい」
彼は言った。
「二月に塩を積んだ七隻のうち、六隻は届けを出していない。そのうち二隻は、わたしの船です」
法廷が、ざわついた。
俺は、この男を見た。
六十を越えた、目立たない男だ。
この男は、俺を見ていなかった。
「千四百ターレン分の塩を、南に売りました」
彼は言った。
「王令公布の、九日後です」
彼は、法官に向かって、頭を下げた。
「わたしも、罰してください」
法廷は、崩れた。
法官が、三人とも立ち上がった。
書記が、羽根ペンを落とした。
傍聴が、ざわめいた。
俺は、動かなかった。
動けなかった。
この男は、俺の首を取れた。
黙っていれば、取れた。
俺は、届けを出した。あの男は、出していない。掟は、俺だけを罰する。
あの男は、自分から名乗り出た。
俺は、そのとき、初めて理解した。
——この男は、俺と一緒に罰せられたいのだ。
二人とも罰すれば、この街の商いは止まる。
メルクの大商会の当主と、この街で一番速い新参が、同じ日に首を落とされる。
王国は、それを、やれない。
やれないなら、掟を曲げるしかない。
曲げれば、王令は死ぬ。
王令が死ねば——
俺は、この男を見た。
アルノー・ヴィントは、席に座り直していた。
顔は、こちらを向いていない。
——この男は、俺を助けたんじゃない。
——掟を、殺しに来たんだ。
法官は、その日、裁きを下さなかった。
俺は、牢に戻された。
牢は、王城の地下にある。
窓は、ない。
三日目の夜、格子の向こうに、人が立った。
燭台を、持っている。
頭巾は、被っていなかった。
「ハーゼル」
イレーネ・ヴァル・アルヴェントは、言った。
「裏は、読みましたか」
俺は、藁の上から、この女を見上げた。
見上げて、笑った。
「読みました」
「遅い」
「遅かったです」
彼女は、燭台を格子の上に置いた。
置いて、紙を一枚、差し入れた。
軍務庁の判が、押してある。
——四つの村の徴発手形、額面千五百ターレン。
——代理人カイ・ハーゼルの呈示により、受理せり。
「ブラントが、通しました」
彼女は言った。
「呈示は、期日の二日前でした」