牢の中で、俺は勘定をした。
徴発手形、千五百ターレン。受理された。
出資した者に、六百六十。
四つの村に、八百四十。
——一グロートも、残らない。
秘薬は、王都へ運ばれた。
カスパーが選り分けて、締めて十五樽になった。
王国は、それを受け取った。
代金は、払っていない。
俺が、要らないと言ったからだ。
ボーデには、千六百ターレン払う約束だった。
払えない。
塩は、三千二百で売って、三千二百で買い戻した。
銀貨は、一枚も残っていない。
俺は、牢の壁に、指で書いた。
——払えないもの、一つ。
五日目に、扉が開いた。
グレゴール・ザイツが、立っていた。
目の下が、黒い。
前より、痩せている。
「出なさい」
「裁きは」
「ありません」
彼は、背を向けた。
「王令が、消えました」
廊下を歩きながら、彼は言った。
「王令、第十七号は、撤回されました」
「なぜです」
「アルノー・ヴィントが、名乗り出たからです」
彼は、俺を見なかった。
「あの男を罰すれば、この国の商いが止まります。あの男を罰さずに、あなただけを罰すれば、掟が死にます」
彼は、階段を上がった。
「掟を、殺されました」
「閣下」
「なんです」
「王令を書かせたのは、誰です」
ザイツは、足を止めた。
止めて、しばらく、動かなかった。
「アルノー・ヴィントです」
彼は、階段を上がった。
「あの男が、進言しました。塩を敵に売る者がいる、と。王は、王令を出しました」
彼は、俺を見なかった。
「二十日後に、あの男が、その王令で捕まりに来ました」
俺は、階段の途中で、笑った。
笑うようなことでは、ない。
あの男は、掟を作らせた。
俺を捕まえるために。
そして、自分がその掟に捕まりに来た。
掟を殺すために。
——二手で、王令を一つ、殺した。
なぜか。
俺は、階段を上がりながら、数えた。
答えは、一つしかなかった。
王令は、王が出す。
王が出した掟を、商人が殺した。
殺せることを、この国の全員が見た。
——王の掟は、もう効かない。
宰相の部屋に着いた。
彼は、椅子を勧めた。
初めてだ。
俺は、座った。
「監査の職を、お受けなさい」
ザイツは、卓の上に、綴りを一つ置いた。
埃をかぶっている。
書庫で、イレーネが引き抜いたのと、同じものだ。
「あなたは、反対だと仰った」
「反対です」
彼は、頷いた。
「今も、反対です」
彼は、俺を見た。
「ですが、もう、他に手がない」
「王の掟が、効かなくなりました」
彼は言った。
「商人が、王令を殺した。次は、誰でも殺せます」
彼は、綴りを開いた。
「王国の帳簿を、誰も見ていません。三十年です」
彼は、指で頁を叩いた。
「見る者を、置かなければ、この国は——」
「もう、死んでますよ」
俺は言った。
ザイツは、動かなかった。
「税が八万。戦費が六万。利息が二万一千」
俺は言った。
「千ターレン、足りない。利息を払うために、借りている」
俺は、椅子に背を預けた。
「殿下が、九つの年に数えたそうです」
「知っています」
ザイツは、言った。
「わたしも、数えました」
彼は、綴りを閉じた。
「十二年、前です」
「誰にも、言いませんでしたか」
「言いました」
彼は、俺を見なかった。
「——誰も、聞きませんでした」
俺は、この男の顔を見た。
目の下が、黒い。
痩せている。
書庫の女と、同じ顔だ。
この国には、三人いる。
数えて、言って、聞かれなかった人間が。
「お受けなさい」
ザイツは、言った。
「監査官は、王の名において、王国のあらゆる帳簿を開けます」
彼は、綴りを俺のほうへ押した。
「参事会も、商会も、拒めません」
彼は、俺を見た。
「あなたが、欲しがっていたものです」
——掟。
俺は、市庁舎の石段で、それを覚えた。
掟は、持ってる奴のものだ。
俺は、掟を持っていない。
俺は、綴りに手を伸ばした。
伸ばして、止めた。
「閣下」
「なんです」
「首輪には、条項が、いくつあります」
ザイツは、答えなかった。
「四つ目に、何が書いてあります」
俺は、手を引いた。
「読んでから、返事をします」
ザイツは、俺を見ていた。
しばらく、見ていた。
「……写しを、お渡しします」
「三日、ください」
「三日」
「三日で足ります」
俺は、立ち上がった。
「表と、裏を読みます」
俺は、扉のところで、足を止めた。
「閣下」
「なんです」
「一つ、お聞きします」
俺は、振り返った。
「払えないものを、どうしますか」
ザイツは、椅子から、俺を見た。
「……何の話です」
「俺は、ボーデという男に、千六百ターレン払う約束をしました」
俺は言った。
「払えません。銀貨が、一枚もない」
俺は、扉に手をかけた。
「四回、数え違えて、三回は払いました。四回目は、村に払います」
俺は、この男を見た。
「五回目が、これです。払えません」
「王国は、十四万払えません」
「俺は、千六百払えません」
俺は、笑った。
「同じです」
「王国は、それを二十年やってきた。払わずに、延ばして、利をつけて、また借りた」
俺は、扉を押した。
「俺は、それをやりません」
「閣下。俺は、まだ、値がついていない男です」
俺は言った。
「宰相閣下が、そう仰った。ヴィントさんも、そう仰った」
俺は、廊下に出た。
「払えば、値がつきます」
「払わなければ、俺は、王国と同じになる」
俺は、王城を出た。
春の陽が、高かった。
街灯は、まだ焚かれていない。
油が、戦に取られている。
城門の外に、男が座っていた。
麻袋を枕にして、寝ていた。
十一日、歩いてきた男だ。
俺は、その足を、軽く蹴った。
「ボリス」
「……おう」
「千六百ターレン、要る」
こいつは、目を開けた。
目を開けて、あくびをした。
「あんた、値をつけるのが仕事だろ」