髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第三十三話 まだ、値がついていない

 

 牢の中で、俺は勘定をした。

 徴発手形、千五百ターレン。受理された。

 出資した者に、六百六十。

 四つの村に、八百四十。

 ——一グロートも、残らない。

 秘薬は、王都へ運ばれた。

 カスパーが選り分けて、締めて十五樽になった。

 王国は、それを受け取った。

 代金は、払っていない。

 俺が、要らないと言ったからだ。

 ボーデには、千六百ターレン払う約束だった。

 払えない。

 塩は、三千二百で売って、三千二百で買い戻した。

 銀貨は、一枚も残っていない。

 俺は、牢の壁に、指で書いた。

 ——払えないもの、一つ。

 五日目に、扉が開いた。

 グレゴール・ザイツが、立っていた。

 目の下が、黒い。

 前より、痩せている。

 

「出なさい」

「裁きは」

「ありません」

 

 彼は、背を向けた。

 

「王令が、消えました」

 

 廊下を歩きながら、彼は言った。

 

「王令、第十七号は、撤回されました」

「なぜです」

「アルノー・ヴィントが、名乗り出たからです」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「あの男を罰すれば、この国の商いが止まります。あの男を罰さずに、あなただけを罰すれば、掟が死にます」

 

 彼は、階段を上がった。

 

「掟を、殺されました」

「閣下」

「なんです」

「王令を書かせたのは、誰です」

 

 ザイツは、足を止めた。

 止めて、しばらく、動かなかった。

 

「アルノー・ヴィントです」

 

 彼は、階段を上がった。

 

「あの男が、進言しました。塩を敵に売る者がいる、と。王は、王令を出しました」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「二十日後に、あの男が、その王令で捕まりに来ました」

 

 俺は、階段の途中で、笑った。

 笑うようなことでは、ない。

 あの男は、掟を作らせた。

 俺を捕まえるために。

 そして、自分がその掟に捕まりに来た。

 掟を殺すために。

 ——二手で、王令を一つ、殺した。

 なぜか。

 俺は、階段を上がりながら、数えた。

 答えは、一つしかなかった。

 王令は、王が出す。

 王が出した掟を、商人が殺した。

 殺せることを、この国の全員が見た。

 ——王の掟は、もう効かない。

 宰相の部屋に着いた。

 彼は、椅子を勧めた。

 初めてだ。

 俺は、座った。

 

「監査の職を、お受けなさい」

 

 ザイツは、卓の上に、綴りを一つ置いた。

 埃をかぶっている。

 書庫で、イレーネが引き抜いたのと、同じものだ。

 

「あなたは、反対だと仰った」

「反対です」

 

 彼は、頷いた。

 

「今も、反対です」

 

 彼は、俺を見た。

 

「ですが、もう、他に手がない」

「王の掟が、効かなくなりました」

 

 彼は言った。

 

「商人が、王令を殺した。次は、誰でも殺せます」

 

 彼は、綴りを開いた。

 

「王国の帳簿を、誰も見ていません。三十年です」

 

 彼は、指で頁を叩いた。

 

「見る者を、置かなければ、この国は——」

「もう、死んでますよ」

 

 俺は言った。

 

 ザイツは、動かなかった。

 

「税が八万。戦費が六万。利息が二万一千」

 

 俺は言った。

 

「千ターレン、足りない。利息を払うために、借りている」

 

 俺は、椅子に背を預けた。

 

「殿下が、九つの年に数えたそうです」

「知っています」

 

 ザイツは、言った。

 

「わたしも、数えました」

 

 彼は、綴りを閉じた。

 

「十二年、前です」

「誰にも、言いませんでしたか」

「言いました」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「——誰も、聞きませんでした」

 

 俺は、この男の顔を見た。

 目の下が、黒い。

 痩せている。

 書庫の女と、同じ顔だ。

 この国には、三人いる。

 数えて、言って、聞かれなかった人間が。

 

「お受けなさい」

 

 ザイツは、言った。

 

「監査官は、王の名において、王国のあらゆる帳簿を開けます」

 

 彼は、綴りを俺のほうへ押した。

 

「参事会も、商会も、拒めません」

 

 彼は、俺を見た。

 

「あなたが、欲しがっていたものです」

 

 ——掟。

 俺は、市庁舎の石段で、それを覚えた。

 掟は、持ってる奴のものだ。

 俺は、掟を持っていない。

 俺は、綴りに手を伸ばした。

 伸ばして、止めた。

 

「閣下」

「なんです」

「首輪には、条項が、いくつあります」

 

 ザイツは、答えなかった。

 

「四つ目に、何が書いてあります」

 

 俺は、手を引いた。

 

「読んでから、返事をします」

 

 ザイツは、俺を見ていた。

 しばらく、見ていた。

 

「……写しを、お渡しします」

「三日、ください」

「三日」

「三日で足ります」

 

 俺は、立ち上がった。

 

「表と、裏を読みます」

 

 俺は、扉のところで、足を止めた。

 

「閣下」

「なんです」

「一つ、お聞きします」

 

 俺は、振り返った。

 

「払えないものを、どうしますか」

 

 ザイツは、椅子から、俺を見た。

 

「……何の話です」

 

「俺は、ボーデという男に、千六百ターレン払う約束をしました」

 

 俺は言った。

 

「払えません。銀貨が、一枚もない」

 

 俺は、扉に手をかけた。

 

「四回、数え違えて、三回は払いました。四回目は、村に払います」

 

 俺は、この男を見た。

 

「五回目が、これです。払えません」

 

「王国は、十四万払えません」

 

「俺は、千六百払えません」

 

 俺は、笑った。

 

「同じです」

 

「王国は、それを二十年やってきた。払わずに、延ばして、利をつけて、また借りた」

 

 俺は、扉を押した。

 

「俺は、それをやりません」

 

「閣下。俺は、まだ、値がついていない男です」

 俺は言った。

 

「宰相閣下が、そう仰った。ヴィントさんも、そう仰った」

 

 俺は、廊下に出た。

 

「払えば、値がつきます」

 

「払わなければ、俺は、王国と同じになる」

 

 俺は、王城を出た。

 春の陽が、高かった。

 街灯は、まだ焚かれていない。

 油が、戦に取られている。

 城門の外に、男が座っていた。

 麻袋を枕にして、寝ていた。

 十一日、歩いてきた男だ。

 俺は、その足を、軽く蹴った。

 

「ボリス」

「……おう」

「千六百ターレン、要る」

 

 こいつは、目を開けた。

 目を開けて、あくびをした。

 

「あんた、値をつけるのが仕事だろ」

 

 

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