監査官の任命状は、七つの条項でできていた。
俺は、それを、宿の机に広げた。
王都でいちばん安い部屋だ。藁の上に、机が一つ。
ボリスが、隣で寝ている。
一つ目。
監査官は、王の名において、王国のあらゆる帳簿を開くことができる。
参事会も、商会も、拒めない。
二つ目。
監査官は、王国の官吏である。俸給は、年に六百ターレン。
六百。荷役の日銭で、十二年ぶんだ。
三つ目。
監査官は、任期中、商いを営んではならない。
俺は、そこで手を止めた。
商いを、営んではならない。
当たり前だ。
帳簿を開ける人間が、商いをしていたら、開いた帳簿で儲ける。
俺なら、そうする。
俺が一番、そうする。
俺は、東門の市で、自分の紙を貼った。
——先の紙を書いた男は、儲かる側にいます。
——ですから、わたしの言うことは、疑ってください。
あれを、王国は、掟にしている。
三十年前から。
俺は、この三つ目を、三度読んだ。
読んで、少し、この掟を書いた人間を、好きになった。
四つ目。
——監査官は、王の命により、これを解く。
——解かれたる監査官は、その任期中に知り得たる一切を、生涯、口外してはならない。
俺は、その二行を、三度読んだ。
三度読んでも、同じことが書いてあった。
王は、いつでも、監査官を解ける。
解かれた監査官は、見たものを、一生、言えない。
つまり。
俺が帳簿を開く。
王国が十四万借りていることを、正確に数える。
ヴィント商会が九万持っていることを、正確に数える。
二割で買った紙を、額面で使っていることを、正確に数える。
全部、数える。
数え終わった日に、王が、こう言う。
——解く、と。
俺は、机の上で、笑った。
声を出して、笑った。
ボリスが、藁の上で寝返りを打った。
——四つ目は、いつも同じだ。
父の紙。豊作の年は返済を待つ。
村の紙。凶作の年は納めを延べる。
王国の紙。納入なきときは、手形を無効とせず。
監査官の紙。解かれた者は、生涯、口外してはならない。
どれも、優しい顔をしている。
どれも、その一文で、人を殺す。
俺は、五つ目、六つ目、七つ目を読んだ。
罠は、なかった。
俺は、紙を裏返した。
裏には、何も書いていなかった。
俺は、しばらく、白い裏を見ていた。
見て、それから、思った。
——書いてないだけ、まだ正直だ。
三日目の朝、俺は宰相の部屋に行った。
ザイツは、書付を見ていた。
俺は、任命状を卓に置いた。
置いて、四つ目を、指で押さえた。
「これは、なんです」
ザイツは、俺の指を見た。
見て、顔を上げなかった。
「口外の禁止です」
「なぜ、要るんです」
「王国の内情は、王国のものです」
彼は、静かに言った。
「知った者が、それを売れば、国が滅びます」
「正しい」
俺は言った。
「正しいですね」
「正しいです」
彼は、頷いた。
「では、なぜ、三十年、空席なんです」
ザイツは、答えなかった。
「三十年前、監査官がいました」
俺は言った。
「その男は、帳簿を開いた。数えた。何かを見つけた」
俺は、四つ目から、指を離さなかった。
「そして、解かれた」
「その男は、今、どこにいます」
ザイツは、書付を閉じた。
閉じて、俺を見た。
目の下が、黒い。
「死にました」
彼は、言った。
「二十九年前です」
「落馬ですか」
ザイツは、答えなかった。
答えないのが、答えだ。
俺は、任命状から、指を離した。
「閣下」
「なんです」
「受けません」
ザイツは、動かなかった。
「理由を」
「三つ」
俺は、指を折った。
「一つ。三つ目です。商いを営んではならない。俺は、ボーデという男に千六百ターレン払う約束をしています。商いをやめたら、払えません」
二本目。
「二つ。四つ目です。解かれたら、一生、口外できない。数えたものを言えないなら、数える意味がない」
三本目。
「三つ」
俺は、手を開いた。
「三つ目は、この四つ目を書いた男が、二十九年前に死んでることです」
「首輪は、要ります」
俺は言った。
「掟のない男には、何もできない。それは、この一年で、嫌というほど分かりました」
俺は、任命状を、卓の上で滑らせた。
「ですが、この首輪は、鎖の先が、王の手にあります」
「王は、この国が死んでいることを、知りません」
俺は言った。
「知らない人間が、鎖を持っている」
俺は、ザイツを見た。
「俺が数え終わった日に、王は、鎖を引きます。引かれたら、俺は一生、黙る」
「それでは、二十九年前と、同じです」
ザイツは、長いこと、動かなかった。
「では、どうしろと」
彼は、やっと言った。
「四つ目を、書き換えてください」
「解くのは、王でいい。それは、当たり前です。王国の官吏は、王が解く」
俺は、指を一本立てた。
「ですが、解かれた監査官は、数えたものを、公にできる」
「そんな条項は、ありません」
「作ってください」
「作れません」
「作れます」
俺は、この男を見た。
「掟を書くのは、王です」
俺は、椅子から立った。
「閣下は、王に進言できます。それが、宰相の仕事でしょう」
俺は、扉のほうへ歩いた。
「進言してください。断られたら、それでいい。俺は、受けません」
「ハーゼル」
ザイツが、俺の背に言った。
「あなたは、それを、王が呑むと思っているのですか」
俺は、振り返った。
「思っていません」
俺は言った。
「王は、呑みません」
「呑むのは、王女殿下です」
俺は、王城を出た。
出て、市庁舎へ行った。
軍務庁である。
ブラントが、卓に向かっていた。
俺を見て、立ち上がった。
「ハーゼルどの」
「ブラントさん」
「手形は、通りました」
「聞きました」
俺は、頭を下げた。
「二日前でしたね」
「二日前です」
彼は、インクの染みのついた指で、卓を掴んだ。
「……危ないところでした」
千五百ターレンが、銀貨で払われた。
俺は、それを数えた。
三度、数えた。
六百六十を、袋に分けた。
ゲルト。トーマ。ドールス。ヨスト。三の目の十八人。ボリス。
八百四十を、別の袋に分けた。
四つの村の、村長宛てだ。
俺の手元には、一グロートも残らなかった。
ボリスが、袋を担いだ。
「これ、村まで持ってくのか」
「持ってく」
「あんた、王都で仕事があるんだろ」
「ある」
俺は、袋を担いだ。
「先に、払う」
北の四つの村に着いたのは、十四日後だ。
村長は、痩せていた。
俺の顔を見て、何も言わなかった。
俺は、銀貨の袋を、卓に置いた。
「八百四十ターレンです」
俺は言った。
「王国が、額面で払いました」
村長は、袋を見た。
見て、動かなかった。
「あんたは」
彼は、やっと言った。
「……あんたは、いくら取った」
「一グロートも」
俺は言った。
村長は、袋に手を伸ばした。
伸ばして、途中で、止めた。
止めた手が、震えていた。
俺は、外へ出た。
春だった。
畑に、麦が蒔いてあった。
去年、俺が貸した種の、その次の種だ。
ボリスが、俺の隣に立った。
「なあ」
「なんだ」
「あんた、これで、また無一文だな」
「無一文だ」
俺は、畑を見ていた。
「四度目だ」