髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第三十四話 四つ目に、何が書いてある

 

 監査官の任命状は、七つの条項でできていた。

 俺は、それを、宿の机に広げた。

 王都でいちばん安い部屋だ。藁の上に、机が一つ。

 ボリスが、隣で寝ている。

 一つ目。

 監査官は、王の名において、王国のあらゆる帳簿を開くことができる。

 参事会も、商会も、拒めない。

 二つ目。

 監査官は、王国の官吏である。俸給は、年に六百ターレン。

 六百。荷役の日銭で、十二年ぶんだ。

 三つ目。

 監査官は、任期中、商いを営んではならない。

 俺は、そこで手を止めた。

 商いを、営んではならない。

 当たり前だ。

 帳簿を開ける人間が、商いをしていたら、開いた帳簿で儲ける。

 俺なら、そうする。

 俺が一番、そうする。

 俺は、東門の市で、自分の紙を貼った。

 ——先の紙を書いた男は、儲かる側にいます。

 ——ですから、わたしの言うことは、疑ってください。

 あれを、王国は、掟にしている。

 三十年前から。

 俺は、この三つ目を、三度読んだ。

 読んで、少し、この掟を書いた人間を、好きになった。

 四つ目。

 ——監査官は、王の命により、これを解く。

 ——解かれたる監査官は、その任期中に知り得たる一切を、生涯、口外してはならない。

 俺は、その二行を、三度読んだ。

 三度読んでも、同じことが書いてあった。

 王は、いつでも、監査官を解ける。

 解かれた監査官は、見たものを、一生、言えない。

 つまり。

 俺が帳簿を開く。

 王国が十四万借りていることを、正確に数える。

 ヴィント商会が九万持っていることを、正確に数える。

 二割で買った紙を、額面で使っていることを、正確に数える。

 全部、数える。

 数え終わった日に、王が、こう言う。

 ——解く、と。

 俺は、机の上で、笑った。

 声を出して、笑った。

 ボリスが、藁の上で寝返りを打った。

 ——四つ目は、いつも同じだ。

 父の紙。豊作の年は返済を待つ。

 村の紙。凶作の年は納めを延べる。

 王国の紙。納入なきときは、手形を無効とせず。

 監査官の紙。解かれた者は、生涯、口外してはならない。

 どれも、優しい顔をしている。

 どれも、その一文で、人を殺す。

 俺は、五つ目、六つ目、七つ目を読んだ。

 罠は、なかった。

 俺は、紙を裏返した。

 裏には、何も書いていなかった。

 俺は、しばらく、白い裏を見ていた。

 見て、それから、思った。

 ——書いてないだけ、まだ正直だ。

 三日目の朝、俺は宰相の部屋に行った。

 ザイツは、書付を見ていた。

 俺は、任命状を卓に置いた。

 置いて、四つ目を、指で押さえた。

 

「これは、なんです」

 

 ザイツは、俺の指を見た。

 見て、顔を上げなかった。

 

「口外の禁止です」

「なぜ、要るんです」

「王国の内情は、王国のものです」

 

 彼は、静かに言った。

 

「知った者が、それを売れば、国が滅びます」

「正しい」

 

 俺は言った。

 

「正しいですね」

「正しいです」

 

 彼は、頷いた。

 

「では、なぜ、三十年、空席なんです」

 

 ザイツは、答えなかった。

 

「三十年前、監査官がいました」

 

 俺は言った。

 

「その男は、帳簿を開いた。数えた。何かを見つけた」

 

 俺は、四つ目から、指を離さなかった。

 

「そして、解かれた」

「その男は、今、どこにいます」

 

 ザイツは、書付を閉じた。

 閉じて、俺を見た。

 目の下が、黒い。

 

「死にました」

 

 彼は、言った。

 

「二十九年前です」

「落馬ですか」

 

 ザイツは、答えなかった。

 答えないのが、答えだ。

 

 俺は、任命状から、指を離した。

 

「閣下」

「なんです」

「受けません」

 

 ザイツは、動かなかった。

 

「理由を」

「三つ」

 

 俺は、指を折った。

 

「一つ。三つ目です。商いを営んではならない。俺は、ボーデという男に千六百ターレン払う約束をしています。商いをやめたら、払えません」

 

 二本目。

 

「二つ。四つ目です。解かれたら、一生、口外できない。数えたものを言えないなら、数える意味がない」

 

 三本目。

 

「三つ」

 

 俺は、手を開いた。

 

「三つ目は、この四つ目を書いた男が、二十九年前に死んでることです」

 

「首輪は、要ります」

 

 俺は言った。

 

「掟のない男には、何もできない。それは、この一年で、嫌というほど分かりました」

 

 俺は、任命状を、卓の上で滑らせた。

 

「ですが、この首輪は、鎖の先が、王の手にあります」

 

「王は、この国が死んでいることを、知りません」

 

 俺は言った。

 

「知らない人間が、鎖を持っている」

 

 俺は、ザイツを見た。

 

「俺が数え終わった日に、王は、鎖を引きます。引かれたら、俺は一生、黙る」

 

「それでは、二十九年前と、同じです」

 

 ザイツは、長いこと、動かなかった。

 

「では、どうしろと」

 

 彼は、やっと言った。

 

「四つ目を、書き換えてください」

 

「解くのは、王でいい。それは、当たり前です。王国の官吏は、王が解く」

 

 俺は、指を一本立てた。

 

「ですが、解かれた監査官は、数えたものを、公にできる」

「そんな条項は、ありません」

「作ってください」

「作れません」

「作れます」

 

 俺は、この男を見た。

 

「掟を書くのは、王です」

 

 俺は、椅子から立った。

 

「閣下は、王に進言できます。それが、宰相の仕事でしょう」

 

 俺は、扉のほうへ歩いた。

 

「進言してください。断られたら、それでいい。俺は、受けません」

「ハーゼル」

 

 ザイツが、俺の背に言った。

 

「あなたは、それを、王が呑むと思っているのですか」

 

 俺は、振り返った。

 

「思っていません」

 

 俺は言った。

 

「王は、呑みません」

「呑むのは、王女殿下です」

 

 俺は、王城を出た。

 出て、市庁舎へ行った。

 軍務庁である。

 ブラントが、卓に向かっていた。

 俺を見て、立ち上がった。

 

「ハーゼルどの」

「ブラントさん」

「手形は、通りました」

「聞きました」

 

 俺は、頭を下げた。

 

「二日前でしたね」

「二日前です」

 

 彼は、インクの染みのついた指で、卓を掴んだ。

 

「……危ないところでした」

 

 千五百ターレンが、銀貨で払われた。

 俺は、それを数えた。

 三度、数えた。

 六百六十を、袋に分けた。

 ゲルト。トーマ。ドールス。ヨスト。三の目の十八人。ボリス。

 八百四十を、別の袋に分けた。

 四つの村の、村長宛てだ。

 俺の手元には、一グロートも残らなかった。

 ボリスが、袋を担いだ。

 

「これ、村まで持ってくのか」

「持ってく」

「あんた、王都で仕事があるんだろ」

「ある」

 

 俺は、袋を担いだ。

 

「先に、払う」

 

 北の四つの村に着いたのは、十四日後だ。

 村長は、痩せていた。

 俺の顔を見て、何も言わなかった。

 俺は、銀貨の袋を、卓に置いた。

 

「八百四十ターレンです」

 

 俺は言った。

 

「王国が、額面で払いました」

 

 村長は、袋を見た。

 見て、動かなかった。

 

「あんたは」

 

 彼は、やっと言った。

 

「……あんたは、いくら取った」

「一グロートも」

 

 俺は言った。

 村長は、袋に手を伸ばした。

 伸ばして、途中で、止めた。

 止めた手が、震えていた。

 俺は、外へ出た。

 春だった。

 畑に、麦が蒔いてあった。

 去年、俺が貸した種の、その次の種だ。

 ボリスが、俺の隣に立った。

 

「なあ」

「なんだ」

「あんた、これで、また無一文だな」

「無一文だ」

 

 俺は、畑を見ていた。

 

「四度目だ」

 

 

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