メルクハーフェンに帰ったのは、春の終わりだった。
港は、変わっていなかった。
変わっていたのは、俺だ。
手元に、一グロートもない。
背負っているのは、千六百ターレンの約束が一つ。
ボーデの店に、まっすぐ行った。
この男は、卓に向かっていた。
顔を上げて、俺を見て、そして——
立ち上がらなかった。
「生きてたか」
「生きてました」
「牢に入ったと聞いた」
「入りました」
「出たのか」
「出ました」
俺は、椅子に座った。
「掟が、消えました」
ボーデは、しばらく、俺を見ていた。
「銀貨は」
「ありません」
俺は、正直に言った。
「一グロートも」
この男は、動かなかった。
「千六百、払う約束だった」
「約束しました」
「塩は、三千二百で売れたと聞いた」
「売れました」
「じゃあ、なんで払えん」
「三千二百で、塩を買い戻しました」
俺は言った。
「同じ塩を。同じ値で」
ボーデの口が、開いた。
「……なんだと?」
「南の畑に、運びました」
「畑の連中は、銀貨を要らないと言った。港が閉じてるから、銀貨で何も買えない。塩が要ると言った」
俺は、指を折った。
「塩と、秘薬を換えました。二十二樽」
「秘薬は」
「王国に、献上しました」
「献上?」
「代金は、取っていません」
俺は、頷いた。
「売国の商人から、王国が物を買うわけにはいかんでしょう」
ボーデは、卓を掴んだ。
太った指が、白くなっていた。
「お前……」
彼は、言った。
「わしの塩を、全部、捨てたのか」
「捨てました」
「傷病兵が、千人、戦列に戻ります」
俺は、この男を見た。
「その千人は、南に行きます。南の村の男を、殺します」
俺は、椅子に座り直した。
「俺は、それも、南の村長に言いました」
「隠しませんでした」
俺は言った。
「隠した紙が、うちの親父を殺したので」
オルデ村の長は、マレナという女だった。
息子を二人、北の戦にやった女だ。
俺が全部言い終えたとき、あの女は、鼻を鳴らした。
鼻を鳴らして、二十二樽を寄越した。
そして、こう言った。
——次は、麦も持ってこい。
俺は、その麦を、まだ持っていない。
ボーデは、卓に手をついたまま、動かなかった。
「千六百は、払います」
俺は言った。
「いつだ」
「分かりません」
「……分からんのか」
「分かりません」
俺は、頷いた。
「今日、払えません。明日も払えません。いつ払えるか、俺には数えられません」
俺は、懐から紙を出した。
牢の中で、書いたものだ。
「証文です」
「条項は、五つ。全部、俺に不利です」
俺は、卓に置いた。
「返済猶予の項は、ありません。豊作の年に待つ、という一文も、ありません」
俺は、この男を見た。
「四つ目に、罠はありません」
ボーデは、その紙を、読まなかった。
読まずに、俺の顔を見ていた。
「利息は」
「一割三分」
「この街の値だな」
「この街の値です」
彼は、紙を手に取った。
取って、卓の上で、指で押さえた。
「ハーゼル」
「はい」
「わしは、お前の親父から、二十年、塩を買った」
彼は、俺を見なかった。
「潰れたときな。わしは、何もせんかった」
彼は、指を離さなかった。
「……二度目は、せん」
彼は、紙に判を押した。
押して、卓に置いた。
「利息は、要らん」
「要ります」
「要らん」
「ボーデさん」
俺は、首を振った。
「利息を取らない金は、施しです」
俺は、紙を指した。
「施しを受けたら、俺は、あんたに頭が上がらなくなる」
俺は、この男を見た。
「頭の上がらない男とは、商売ができません」
ボーデは、しばらく黙っていた。
それから、鼻を鳴らした。
「……一割三分だ」
「一割三分です」
「三の目」の卓に、俺は座った。
ゲルトが、麦酒を出した。
卓の周りに、二十人が座っていた。
いや、三十人だ。
いや、もっといた。
俺は、卓の上に、銀貨の袋を置いた。
六百六十ターレン。
「返します」
俺は言った。
「六百ターレンと、一割の利息です」
ゲルトが、銀貨を数えた。
二刻かかった。
この男は、掛け算ができない。
だが、銭は数えられる。
「合ってる」
彼は、言った。
俺は、卓の上に、銀貨をもう二枚置いた。
それから、馬一頭ぶんの銭を置いた。
「氷室の借り賃が、二ターレン。馬が一頭」
俺は言った。
「一年、借りっぱなしでした」
ゲルトは、それを見た。
「利息は」
「一割三分」
俺は、上乗せの銭を置いた。
「この街の値です」
ゲルトは、鼻を鳴らした。
鼻を鳴らして、銭を懐に入れた。
「兄さん」
「なんです」
「俺は、利息が要ると言った覚えはねえ」
俺は、麦酒を飲んだ。
「俺が、要ると言いました」
ボリスが、三十ターレンと三ターレンを受け取った。
こいつは、それを掌に乗せて、しばらく見ていた。
「増えたな」
「増えた」
「あんた、いくら取った」
「一グロートも」
「……また、無一文か」
「また、無一文だ」
ゲルトが、卓を拭いていた。
拭きながら、俺を見ずに、言った。
「兄さん」
「なんです」
「前に、聞いたな」
彼は、布を絞った。
「あんたの首の値だ」
「値は、つかないと言いました」
俺は言った。
「首は、一つしかない。割れないものに、値はつかない」
「じゃあ、割れと言った」
「言いました」
ゲルトは、布を置いた。
置いて、俺の向かいに座った。
卓が、軋んだ。
「あんたは、王都で、王令を一つ殺した」
彼は言った。
「秘薬を十五樽、ただでくれてやった」
彼は、指を折らなかった。
折れないからだ。
「村に八百四十返した。俺たちに六百六十返した」
彼は、俺を見た。
「一グロートも、取ってねえ」
「あんた、何で食ってんだ」
俺は、麦酒を飲んだ。
答えなかった。
答えられなかった。
ゲルトは、卓の下から、革袋を出した。
置いた。
重い音がした。
「二千ターレンある」
俺は、その袋を見た。
「あんたの首を、二十に割った」
ゲルトは言った。
「一口、百ターレン」
彼は、卓を叩いた。
「二十口だ。全部、埋まった」
俺は、顔を上げた。
卓の周りに、人が立っていた。
トーマがいた。ドールスがいた。ヨストがいた。水夫が十四人いた。マイヤーがいた。ボーデがいた。カスパーがいた。ペーターがいた。
三の目の十八人が、いた。
「配当は」
俺は、聞いた。
声が、うまく出なかった。
「あんたが決めろ」
ゲルトは言った。
「あんたが、値をつける男だ」
俺は、革袋を見ていた。
しばらく、見ていた。
「沈むかもしれません」
俺は言った。
「王都に行きます。首輪をつけます。つけたら、商いができません」
俺は、革袋に手を置いた。
「二千ターレンは、丸損になるかもしれない」
「十のうち、いくつだ」
ゲルトが、聞いた。
俺は、数えた。
数えて、正直に言った。
「八つ」
卓の周りが、静かになった。
十のうち八つ、沈む。
俺が数えた。
ゲルトは、鼻を鳴らした。
「二より、まだましだ」
彼は、卓を叩いた。
「三十六回に一回だぞ、あれは」
カスパーが、笑った。
「俺は、二に置く男だ」
彼は、麦酒を掲げた。
「十のうち二つなら、上等だ」