髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第三十六話 先に、払う

 

 二千ターレン。

 革袋の中に、それが入っている。

 俺は、それを「三の目」の卓の上で、三度数えた。

 二刻かかった。

 二十口。一口、百ターレン。

 俺の首が、二十に割れている。

 十のうち八つ、沈む。

 俺が、そう値をつけた。

 ゲルトが、卓の向かいに座っていた。

 

「で。何に使う」

「払います」

「何を」

「ボーデさんに、千六百」

 

 卓の周りが、静かになった。

 

「待て」

 

 ゲルトが、卓を叩いた。

 

「二千のうち、千六百払ったら、四百しか残らねえ」

「残りません」

「四百で、何ができる」

「あまり、できません」

 

 俺は、頷いた。

 

「俺たちは、あんたに商いをさせるために出したんだ」

 

 ゲルトが、言った。

 

「借金を返させるために出したんじゃねえ」

 

 俺は、麦酒を飲んだ。

 飲んで、椀を置いた。

 

「ゲルトさん」

「なんだ」

「王国は、十四万ターレン借りています」

 

 俺は言った。

 

「二十年、払っていません。払わずに、期日を延ばして、利をつけて、また借りた」

 

 俺は、指を折った。

 

「なぜだと思います」

「金がねえからだろ」

「違います」

 

 俺は、首を振った。

 

「払わないほうが、便利だからです」

「今日、千六百払うと、明日の商いができない」

 

 俺は言った。

 

「だから、明日払う。明日になると、明後日の商いができない。だから、明後日払う」

 

 俺は、卓を指で叩いた。

 

「二十年、そうやってきた国が、一つあります」

 

 俺は、革袋に手を置いた。

 

「払わない金で、商いはできません」

 

 卓の周りは、静かだった。

 誰も、動かなかった。

 

「利息は」

 

 俺は、頭の中で数えた。

 

「塩を受け取ったのが、去年の冬です」

 

 俺は、指を折った。

 

「今日で、百七十五日」

「……日で数えるのか」

「日で数えます」

 

 俺は、頷いた。

 

「月で数えると、端数が出ます。端数は、たいてい、貸した側に都合よく丸められる」

 

 俺は、卓に指で書いた。

 

「千六百に、一割三分。一年で、二百八ターレン」

 

 俺は、線を引いた。

 

「百七十五日ぶんで、百ターレン」

 

 俺は、顔を上げた。

 

「締めて、千七百ターレンです」

 

 ゲルトは、しばらく黙っていた。

 それから、鼻を鳴らした。

 

「三百だな」

「三百です」

「四百じゃねえ」

「四百じゃありません」

 

 俺は、笑った。

 

「一年前は、一ターレンでした」

 

              ◆

 

 ボーデの店に行った。

 この男は、卓に向かっていた。

 俺が革袋を置くと、顔を上げた。

 

「千七百ターレンです」

 

 俺は言った。

 

「元本が千六百。利息が百」

 

 ボーデは、革袋を見た。

 見て、動かなかった。

 

「……早いな」

「早いです」

「証文には、期日を書いてなかった」

「書きませんでした」

 

 俺は、椅子に座った。

 

「書かなければ、いつ払ってもいい。明日でも、十年後でもいい」

 

 俺は、この男を見た。

 

「書かないほうが、俺には都合がよかった」

「じゃあ、なぜ持ってきた」

「都合のいい紙を書く男が、うちの親父を殺したので」

 

 ボーデは、革袋の紐を解いた。

 解いて、銀貨を数え始めた。

 太い指が、一枚ずつ、動いた。

 二刻かかった。

 

「合っとる」

 

 彼は、言った。

 それから、この男は、銀貨を袋に戻した。

 戻して、袋を、卓の上に押し返した。

 

「ボーデさん」

「受け取った」

 

 彼は、言った。

 

「受け取ったから、次は、わしの金だ」

 

 彼は、袋を叩いた。

 

「この千七百で、あんたの口を買う」

 

 俺は、袋を見た。

 

「十七口です」

 

 俺は言った。

 

「十のうち八つ、沈みます」

「沈むな」

「沈みます」

「わしは、沈む方に賭けたことがある」

 

 彼は、椅子に背を預けた。

 

「あんたと契約して、破った。あのとき、わしはヴィントに賭けた」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「勝った。……勝って、秘薬の商いが、丸ごと消えた」

 

 彼は、太い指で、卓の木目をなぞった。

 

「今度は、こっちに賭ける」

 

 俺は、袋を受け取らなかった。

 

「ボーデさん」

「なんだ」

「あんたは今、千七百ターレン持ってます」

 

 俺は言った。

 

「一年前、あんたは持ってなかった」

 

「これを俺に渡したら、あんたはまた、ゼロになる」

 

 俺は、卓に手を置いた。

 

「十のうち八つ、沈むんです。八割の目で、あんたはゼロになる」

 

 ボーデは、俺を睨んだ。

 

「わしの金だ」

「あんたの金です」

「どう使おうと、わしの勝手だ」

「勝手です」

 

 俺は、頷いた。

 

「だから、止めません」

 

 俺は、袋に手を置いた。

「十七口、書きます」

 俺は言った。

「ただし、一つだけ」

 

「塩を、四百ターレン分、残してください」

 

 ボーデの手が、止まった。

「……なぜだ」

「あんたは、塩商です」

 

 俺は言った。

 

「塩がなくなったら、あんたは商人じゃなくなる」

 

 俺は、この男を見た。

 

「俺が沈んだとき、あんたが塩を持ってれば、あんたは生きてます」

 

「危険は、割ります」

 

 

「全部、俺に賭けないでください」

 

 ボーデは、長いこと、動かなかった。

 それから、袋から銀貨を数え出した。

 四百ターレン分、抜いた。

 残りを、俺のほうへ押した。

 

「千三百だ」

 

 彼は、言った。

 

「十三口です」

 

 俺は、紙を出した。

 

「条項は、五つ。四つ目に、罠はありません」

 

 俺の手元は、千六百ターレンになった。

 三百と、ボーデの千三百。

 「三の目」に戻ると、ゲルトが卓を拭いていた。

 

「払ったか」

「払いました」

「四百残ったか」

「千六百残りました」

 

 ゲルトは、布を止めた。

 

「……なんでだ」

「ボーデさんが、口を買いました」

「十のうち八つ沈むって、言ったんだろ」

「言いました」

「言って、買ったのか」

「買いました」

 

 ゲルトは、鼻を鳴らした。

 鼻を鳴らして、布を絞った。

 

「兄さん」

「なんです」

「あんた、値のつけ方が下手になったな」

 

 俺は、麦酒を飲んだ。

 飲みながら、それを考えた。

 考えて、こう答えた。

 

「払う男の値は、俺には数えられません」

 

 

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