髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第三十七話 借りているものは、取り上げられる

 

 旧市街の地下に、石倉がある。

 俺は、そこを年二ターレンで借りていた。

 借りて、氷を詰めて、秘薬を守った。

 そして、去年の秋に、借り賃の権利を売った。

 麦の紙を、買い戻すためだ。

 権利を買ったのは、穀物商のケラーだった。

 倉が燃えると言われた男である。

 この男は、氷室で何をするつもりもなかった。

 ただ、俺から取り上げたかっただけだ。

 俺は、市庁舎へ行った。

 書記官は、書類から顔を上げなかった。

 

「あの石倉、いくらで売ります」

「売る?」

「買います」

 

 彼は、初めて顔を上げた。

「借りればよかろう」

「借りません」

「なぜだ」

「借りているものは、取り上げられます」

 

 俺は、椅子に座った。

 

「一年半で、二度、取り上げられました」

 

 俺は、指を折った。

 

「一度目は、金です。金貸しが、貸さなくなった。ヴィント商会に言われたからです」

 

 二本目。

 

「二度目は、倉です。港の倉が、急に空きがなくなった。空いてるのを、俺は毎朝見ていました」

 

 俺は、手を開いた。

 

「借りているものは、貸してる奴のものです」

 

 俺は言った。

 

「貸してる奴が、誰かに頭を下げていたら、その誰かのものです」

 

 書記官は、しばらく黙っていた。

 

「……いくらで買う」

「そちらが値をつけてください」

「二十年、誰も借りとらんかった倉だ」

 

 彼は、書類をめくった。

 

「五十ターレンでいい」

「百ターレンで」

 

 書記官の手が、止まった。

 

「……なぜ上げる」

「五十で買うと、来年、誰かが百で横から取ります」

 

 俺は言った。

 

「百で買えば、五年、誰も来ません」

 

 彼は、俺を睨んだ。

 

「あんた、前にも同じことを言ったな」

「言いました」

「一ターレンでいいところを、二ターレン出した男だ」

「同じ男です」

 

 書記官は、鼻を鳴らした。

 鼻を鳴らして、書類を書いた。

 

「ケラーの権利は、どうする」

 

 彼は、聞いた。

 

「借り賃の権利は、あの男が持っとる。倉を買っても、あの男が中を使う」

「買い戻します」

「売らんぞ、あの男は」

「売ります」

 

 俺は、立ち上がった。

 

「売る理由を、作ります」

 

 ケラーの倉に、麦が三千俵ある。

 去年、買い占めた分だ。

 春に三割上がると聞いて、買った。

 上がらなかった。

 上がらなかったのは、俺が北の村に種を貸したからだ。

 四つの村が、麦を蒔いた。麦が実った。

 王国が徴発した。

 だが、街に入る麦は、減らなかった。

 俺が、徴発の分を、王国から額面で取り返したからだ。

 村は、その金で、また蒔いた。

 ケラーの三千俵は、倉で、二年目の夏を迎える。

 麦は、二年目の夏を越えない。

 虫が湧く。

             ◆

 俺は、ケラーの店に行った。

 この男は、俺の顔を見て、立ち上がった。

 

「何しに来た」

「麦を、買いに」

 

 ケラーは、動かなかった。

 

「……三千俵ある」

「知ってます」

「一俵、二ターレン十グロートだ」

「二年目です」

 

 俺は、椅子に座った。

 

「夏を越したら、虫が湧きます」

 

 この男の顔が、赤くなった。

 

「湧かん!」

「湧きます」

 

 俺は、書記室で写した表を出した。

 

「メルクハーフェンの倉の綴りです。二十年ぶん」

 

 俺は、指で押さえた。

 

「二年目の夏を越した麦は、平均で四割が食えなくなります」

 

「三千俵の四割は、千二百俵です」

 

 俺は言った。

 

「値にして、三千ターレン」

 

 俺は、この男を見た。

 

「あんたは、この夏に、三千ターレン失います」

 

 ケラーは、卓を掴んだ。

 太った手ではない。痩せた手だ。

 この男は、一年で痩せた。

 

「一俵、一ターレン十グロートで買います」

 

 俺は言った。

 

「三千俵で、四千五百ターレン」

「馬鹿な! 六千で買ったんだぞ!」

「六千で買いました」

 

 俺は、頷いた。

 

「夏を越せば、三千ターレン分が虫になります。残るのは、三千ターレン分だ」

 

 俺は、指を一本立てた。

 

「今売れば、四千五百」

 

 二本目。

 

「夏を越せば、三千」

 

 俺は、手を開いた。

 

「千五百、違います」

 

 ケラーは、椅子に座り込んだ。

 

「……金は」

「ありません」

 

 俺は、言った。

 

「手元に、千五百ターレンしかない」

「じゃあ、買えんではないか!」

「買えません」

 俺は、頷いた。

「銀貨では」

 

 俺は、紙を一枚、卓に置いた。

 

「麦の紙を、また出します」

 

「一俵と引き換える紙です。三千俵ぶん」

 

 俺は、指で押さえた。

 

「参事会は、これを認めました。銀貨に代わる紙ではないからです」

「あんたの麦を、あんたの紙で買う気か」

「違います」

 

 俺は、首を振った。

 

「俺の倉に入った麦の紙です」

「氷室に入れます」

 

 俺は言った。

 ケラーの顔から、表情が消えた。

 

「麦は、熱と湿気で虫が湧きます」

 

 俺は言った。

 

「氷室は、冷たい。乾いてる。二十年、氷を置いていた倉です」

 

 俺は、椅子から立った。

 

「三千俵は、三年、持ちます」

 

「持てば、値は戻ります」

 

 俺は言った。

 

「戻ったところで、売る」

 

 俺は、この男を見た。

 

「あんたの借り賃の権利を、俺に売ってください」

 

「その代わり、麦の紙を、三千俵ぶん渡します」

 

「今の値で、七千五百ターレン分です。あんたは、六千で買った」

 

 俺は、紙を押した。

 

「あんたは、千五百儲かります」

 

 ケラーは、動かなかった。

 しばらく、動かなかった。

 

「……なぜ、そんなことをする」

 

 彼は、聞いた。

 

「あんたは、わしを潰せる。この夏まで待てばいい。虫が湧いて、わしは終わりだ」

 

 彼は、顔を上げた。

 

「なぜ、儲けさせる」

 

 俺は、上着の襟を直した。

 

「俺は、あんたの倉が燃えると言いました」

 

「あれは、脅しじゃない。計算です」

              ◆

「潰れた穀物商が、この街に一人増えると、麦の値が動きます」

 

 俺は言った。

 

「動くと、荷役の女房が困る。子どもが咳をしても、医者が呼べない」

 

 俺は、扉のほうへ歩いた。

 

「俺は、そういう街に住みたくない」

 

 ケラーは、判を押した。

 借り賃の権利は、俺に戻った。

 石倉は、百ターレンで、俺のものになった。

 俺は、その日の夕方、氷室の扉を開けた。

 中は、冷たい。

 夏なのに、冷たい。

 ボリスが、後ろから覗いた。

 

「これ、あんたのか」

「俺のだ」

「借りてたやつだろ」

「買った」

 

 俺は、石の壁に、手を置いた。

 

「借りてるものは、取り上げられる」

 

 俺は言った。

 

「買ったものは、取り上げられない」

 

 俺は、扉を閉めた。

 閉めて、鍵をかけた。

 

「——掟が要るのも、同じ理由だ」

 

 

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