旧市街の地下に、石倉がある。
俺は、そこを年二ターレンで借りていた。
借りて、氷を詰めて、秘薬を守った。
そして、去年の秋に、借り賃の権利を売った。
麦の紙を、買い戻すためだ。
権利を買ったのは、穀物商のケラーだった。
倉が燃えると言われた男である。
この男は、氷室で何をするつもりもなかった。
ただ、俺から取り上げたかっただけだ。
俺は、市庁舎へ行った。
書記官は、書類から顔を上げなかった。
「あの石倉、いくらで売ります」
「売る?」
「買います」
彼は、初めて顔を上げた。
「借りればよかろう」
「借りません」
「なぜだ」
「借りているものは、取り上げられます」
俺は、椅子に座った。
「一年半で、二度、取り上げられました」
俺は、指を折った。
「一度目は、金です。金貸しが、貸さなくなった。ヴィント商会に言われたからです」
二本目。
「二度目は、倉です。港の倉が、急に空きがなくなった。空いてるのを、俺は毎朝見ていました」
俺は、手を開いた。
「借りているものは、貸してる奴のものです」
俺は言った。
「貸してる奴が、誰かに頭を下げていたら、その誰かのものです」
書記官は、しばらく黙っていた。
「……いくらで買う」
「そちらが値をつけてください」
「二十年、誰も借りとらんかった倉だ」
彼は、書類をめくった。
「五十ターレンでいい」
「百ターレンで」
書記官の手が、止まった。
「……なぜ上げる」
「五十で買うと、来年、誰かが百で横から取ります」
俺は言った。
「百で買えば、五年、誰も来ません」
彼は、俺を睨んだ。
「あんた、前にも同じことを言ったな」
「言いました」
「一ターレンでいいところを、二ターレン出した男だ」
「同じ男です」
書記官は、鼻を鳴らした。
鼻を鳴らして、書類を書いた。
「ケラーの権利は、どうする」
彼は、聞いた。
「借り賃の権利は、あの男が持っとる。倉を買っても、あの男が中を使う」
「買い戻します」
「売らんぞ、あの男は」
「売ります」
俺は、立ち上がった。
「売る理由を、作ります」
ケラーの倉に、麦が三千俵ある。
去年、買い占めた分だ。
春に三割上がると聞いて、買った。
上がらなかった。
上がらなかったのは、俺が北の村に種を貸したからだ。
四つの村が、麦を蒔いた。麦が実った。
王国が徴発した。
だが、街に入る麦は、減らなかった。
俺が、徴発の分を、王国から額面で取り返したからだ。
村は、その金で、また蒔いた。
ケラーの三千俵は、倉で、二年目の夏を迎える。
麦は、二年目の夏を越えない。
虫が湧く。
◆
俺は、ケラーの店に行った。
この男は、俺の顔を見て、立ち上がった。
「何しに来た」
「麦を、買いに」
ケラーは、動かなかった。
「……三千俵ある」
「知ってます」
「一俵、二ターレン十グロートだ」
「二年目です」
俺は、椅子に座った。
「夏を越したら、虫が湧きます」
この男の顔が、赤くなった。
「湧かん!」
「湧きます」
俺は、書記室で写した表を出した。
「メルクハーフェンの倉の綴りです。二十年ぶん」
俺は、指で押さえた。
「二年目の夏を越した麦は、平均で四割が食えなくなります」
「三千俵の四割は、千二百俵です」
俺は言った。
「値にして、三千ターレン」
俺は、この男を見た。
「あんたは、この夏に、三千ターレン失います」
ケラーは、卓を掴んだ。
太った手ではない。痩せた手だ。
この男は、一年で痩せた。
「一俵、一ターレン十グロートで買います」
俺は言った。
「三千俵で、四千五百ターレン」
「馬鹿な! 六千で買ったんだぞ!」
「六千で買いました」
俺は、頷いた。
「夏を越せば、三千ターレン分が虫になります。残るのは、三千ターレン分だ」
俺は、指を一本立てた。
「今売れば、四千五百」
二本目。
「夏を越せば、三千」
俺は、手を開いた。
「千五百、違います」
ケラーは、椅子に座り込んだ。
「……金は」
「ありません」
俺は、言った。
「手元に、千五百ターレンしかない」
「じゃあ、買えんではないか!」
「買えません」
俺は、頷いた。
「銀貨では」
俺は、紙を一枚、卓に置いた。
「麦の紙を、また出します」
「一俵と引き換える紙です。三千俵ぶん」
俺は、指で押さえた。
「参事会は、これを認めました。銀貨に代わる紙ではないからです」
「あんたの麦を、あんたの紙で買う気か」
「違います」
俺は、首を振った。
「俺の倉に入った麦の紙です」
「氷室に入れます」
俺は言った。
ケラーの顔から、表情が消えた。
「麦は、熱と湿気で虫が湧きます」
俺は言った。
「氷室は、冷たい。乾いてる。二十年、氷を置いていた倉です」
俺は、椅子から立った。
「三千俵は、三年、持ちます」
「持てば、値は戻ります」
俺は言った。
「戻ったところで、売る」
俺は、この男を見た。
「あんたの借り賃の権利を、俺に売ってください」
「その代わり、麦の紙を、三千俵ぶん渡します」
「今の値で、七千五百ターレン分です。あんたは、六千で買った」
俺は、紙を押した。
「あんたは、千五百儲かります」
ケラーは、動かなかった。
しばらく、動かなかった。
「……なぜ、そんなことをする」
彼は、聞いた。
「あんたは、わしを潰せる。この夏まで待てばいい。虫が湧いて、わしは終わりだ」
彼は、顔を上げた。
「なぜ、儲けさせる」
俺は、上着の襟を直した。
「俺は、あんたの倉が燃えると言いました」
「あれは、脅しじゃない。計算です」
◆
「潰れた穀物商が、この街に一人増えると、麦の値が動きます」
俺は言った。
「動くと、荷役の女房が困る。子どもが咳をしても、医者が呼べない」
俺は、扉のほうへ歩いた。
「俺は、そういう街に住みたくない」
ケラーは、判を押した。
借り賃の権利は、俺に戻った。
石倉は、百ターレンで、俺のものになった。
俺は、その日の夕方、氷室の扉を開けた。
中は、冷たい。
夏なのに、冷たい。
ボリスが、後ろから覗いた。
「これ、あんたのか」
「俺のだ」
「借りてたやつだろ」
「買った」
俺は、石の壁に、手を置いた。
「借りてるものは、取り上げられる」
俺は言った。
「買ったものは、取り上げられない」
俺は、扉を閉めた。
閉めて、鍵をかけた。
「——掟が要るのも、同じ理由だ」