髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第三十九話 取り立てない男

 

 二百七十通のうち、四つ目が動いたのは、十一通。

 俺は、その十一通を、卓に並べた。

 並べて、三日、見ていた。

 十一通の中に、ハーゼル商会があった。

 十二年前。

 父の判。

 残る二百五十九通は、動いていない。

 豊作の年が来ても、待った分が元本に足されても、ヴィント商会は、取り立てていない。

 二十年、取り立てていない。

 俺は、その二百五十九通の、借り主を数えた。

 商会が二十一。船主が四十四。職人が九十。小さな商いが、百十五。

 ボーデの名があった。

 トーマの名があった。

 ドールスの名があった。

 ケラーの名があった。

 参事会長ヘルダーの名が、あった。

 参事会の十二人のうち、七人が、ヴィント商会に借りている。

 俺は、参事会の広間で、三度立たされた。

 三度とも、決を採るときに、ヴィント商会は手を挙げなかった。

 挙げる必要が、なかったのだ。

 俺は、「三の目」の卓に、その紙を持っていった。

 ゲルトが、麦酒を出した。

 俺は、飲まなかった。

 

「ゲルトさん」

「なんだ」

「あんた、ヴィント商会に借りてますか」

 

 ゲルトは、布を止めた。

 しばらく、動かなかった。

 

「……借りとる」

 

 彼は、言った。

 

「二十年前だ」

 

 彼は、卓を拭き始めた。

 

「卓を出すのに、五十ターレン借りた。返せんかった年がある。豊作の年でな。待ってくれた」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「あれから、二十年、待ってもらっとる」

「いくらになってます」

「知らん」

「知らない?」

「聞いたことがねえ」

 

 俺は、束をめくった。

 三の目、と書いてある紙があった。

 元本、五十ターレン。

 二十年、待った。

 利は、年に一割二分。

 俺は、数えた。

 三度、数えた。

 

「四百八十二ターレンです」

 

 ゲルトの手から、布が落ちた。

 

「五十が、四百八十二か」

「なります」

「二十年で」

「二十年で」

 

 彼は、卓に手をついた。

 

「わしは、二千ターレン、あんたに出したぞ」

「出しました」

「四百八十二も返せねえ男が、二千出したのか」

「出せました」

 

 俺は言った。

 

「取り立てられてないからです」

 

 俺は、卓に紙を置いた。

 

「ゲルトさん。あんたは、四百八十二ターレン借りてる」

 

 俺は言った。

 

「持ってますか」

「……持っとらん」

「二千は、出せた」

「出した」

「なぜです」

 ゲルトは、答えなかった。

 

 

「借りてることを、忘れてたからです」

 俺は言った。

 

「二十年、誰も取り立てに来なかった。だから、無いのと同じだと思った」

 

 俺は、この男を見た。

 

「無いのと同じものは、あるんです」

 

 卓の周りが、静かになった。

 トーマがいた。ドールスがいた。ボーデがいた。

 全員が、俺を見ていた。

 全員の名が、束の中にある。

 

「あの男が、明日、取り立てに来たら、どうなります」

 

 俺は、卓を見回した。

 

「ゲルトさんは、四百八十二払う。払えなければ、卓を取られる」

 

 俺は、指を折った。

 

「トーマさんは、店を取られる。三代続いた店です」

 

 二本目。

 

「ドールスさんは、船を取られる」

 

 三本目。

 

「参事会長は、屋敷を取られる」

 

 俺は、手を開いた。

 

「この街が、一晩で、あの男のものになります」

 

 ボーデが、椅子から立ち上がった。

 

「じゃあ、なぜ取り立てん!」

 

 俺は、この男を見た。

 見て、静かに言った。

 

「取り立てたら、飼えなくなるからです」

 

 卓が、静まり返った。

 

「取り立てれば、この街の二百七十軒が潰れます」

 

 俺は言った。

 

「潰れた街から、あの男は、何も取れない。荷役の日銭も、船具屋の縄も、船大工の腕も、全部消えます」

 

 俺は、束を叩いた。

 

「取り立てないほうが、儲かるんです」

 

「取り立てなければ、この街は生きています」

 

「生きている街から、あの男は、毎年、少しずつ取ります」

 

 俺は、指で紙をなぞった。

 

「利息じゃない。言うことを聞かせる、という形で」

 

「参事会の十二人のうち、七人が借りてます」

 

「あの男は、参事会で、一度も手を挙げません」

 

 俺は、顔を上げた。

 

「挙げる必要が、ないからです」

 

「俺の紙を禁じる布告」

 

「九対三で通りました」

 

「あの九人のうち、六人が、あの男に借りてます」

 

 誰も、動かなかった。

 ゲルトが、床の布を拾った。

 拾って、卓に置いた。

 

「兄さん」

「なんです」

「わしは、飼われとったのか」

 

 俺は、この男の顔を見た。

 二十年、卓の裏で銭を数えてきた男だ。

 この街で、いちばん正直な卓を出している男だ。

 

「飼われてました」

 

 俺は言った。

 

「俺の親父もです」

 

「うちの親父は、飼われて、それから、殺されました」

 

 俺は言った。

 

「二百七十のうち、十一が殺されてる」

 

 俺は、卓に手を置いた。

 

「二百五十九は、生きてる。生かされてる」

 

「どっちが、ましだと思います」

 

 誰も、答えなかった。

 俺は、麦酒を飲んだ。

 やっと、飲んだ。

 ぬるくなっていた。

 

「怒らないでください」

 

 俺は言った。

 

「あの男は、掟の通りにやってます。嘘は一つもない。全部、紙に書いてある」

 

 俺は、椀を置いた。

 

「読まなかったのは、こっちです」

 

「そして、あの男は、取り立てなかった」

 

 俺は言った。

 

「取り立てられていたら、ゲルトさんの卓は、二十年前になくなってます」

 

 俺は、卓を撫でた。

 

「この卓で、俺は八グロート借りて、七に置いた」

 

 俺は、笑った。

 

「あの男が取り立てなかったから、俺は、ここにいます」

 

 ゲルトは、しばらく黙っていた。

 

「……兄さん」

「なんです」

「どうすりゃいい」

 

 俺は、束を、卓の中央に置いた。

 二百七十通。

 この街の、二百七十軒。

 俺は、その上に、手を置いた。

 

「値を、つけます」

 

 

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