髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第四話 数え違いは割れない

 

 封鎖、というのは戦の言葉だ。

 港が閉じる。船が入れない。入れないから、荷は売れない。売れないなら、その船は千五百ターレンにならない。

 だが、それだけならまだいい。

 封鎖された港の前で足を止めた船は、たいてい、拿捕される。

 俺は港の書記のところへ行った。

 夜中だったので叩き起こした。酒はもう三杯おごってある。前払いだ。

 

「二十年ぶんの記録を出してくれ」

「十年ぶんはこの前見せただろう」

「足りなかった」

 

 書記は文句を言いながら、奥から別の綴りを持ってきた。埃をかぶっている。十年より前のものは、誰も見ないからだ。

 俺も、見なかった。

 俺が数えたのは、直近十年の南方便だった。百二十四隻出て、十一隻が帰らなかった。十のうち一つ。正しい数字だ。

 正しいが、それは封鎖のなかった十年の数字だった。

 俺は、封鎖のなかった十年を数えて、それを封鎖のある海に貼りつけた。

 貼りつけたことにすら、気づいていなかった。

 

              ◆

 

 二十年前の綴りに、それはあった。

 南方諸市が最後に港を閉じた年。

 その年、メルクハーフェンから南へ出た船は、十四隻。

 帰らなかったのは、六隻。

 俺は同じところを三度読んだ。三度読んでも、六は六だった。

 十四のうち六。

 十のうち、四だ。

 俺は宿に戻って、紙に書いた。

 一口十ターレン。帰ってくれば十五ターレン。

 十のうち一つ沈むなら、十のうち九つは十五になる。一口の値打ちは、平均して十三ターレンと少し。十ターレンで売るのは、買う側にとって良い賭けだ。

 十のうち四つ沈むなら。

 十のうち六つが十五になる。一口は、九ターレンだ。

 九ターレンのものを、俺は十ターレンで売った。

 一口につき、一ターレン。

 二十口で、二十ターレン。

 ——俺の口銭が、ちょうど二十ターレンだった。

 俺は紙を見て、少し笑った。笑うようなことではないのだが、こういうときに笑わないと、俺は俺でなくなる。

 

             ◆

 

 「三の目」に行くと、卓は止まっていた。

 二十人が全員いた。誰も賭けていない。全員、自分の十ターレンが海の上にあることを知っている。

 ゲルトが顔を上げた。

 

「兄さん」

「数え直した」

 

 俺は卓の上に紙を置いた。それから、革袋を置いた。中身は二十ターレン。残りの一ターレンは、書記の酒代で消えている。これで、全財産だ。

 

「まず、俺が何を間違えたかを言う」

 

 卓の周りが静かになった。

 

「俺が数えたのは、直近十年だ。十のうち一つ沈む。これは正しい」

 

 俺は指を一本立てた。

 

「だが、この十年に封鎖はなかった。封鎖のあった年は、二十年前だ。その年は、十四隻出て六隻帰らなかった」

 

 指を四本にした。

 

「十のうち、四つだ」

 

 誰かが、椅子を鳴らした。

 

「十のうち四つ沈むなら、一口の値打ちは九ターレンだ。俺はそれを十ターレンで売った」

 

 俺は革袋の紐を解いた。

 

「一口につき、一ターレン。二十口で、二十ターレン。返す」

 

              ◆

 

 誰も手を出さなかった。

 ボリスが最初に口を開いた。

 

「……たった一ターレンかよ」

「たった一ターレンだ」

「船が沈んだら、俺は十ターレン失うんだぞ」

「失う」

 

 俺は頷いた。

「それはあんたが買った賭けだ。十のうち一つ沈む賭けを、あんたは承知で買った。沈んだら十失う。それは俺の落ち度じゃない」

 

 俺は革袋を卓の中央に押した。

 

「危険は割った。二十人で割った。だから誰も潰れない。それはうまくいってる」

 

 俺は一度、言葉を切った。

 

「だが——数え違いは割れない」

 

 卓の上の松明が、一度ぶれた。

 

「あれは俺一人のものだ。俺が値を間違えた分だけ、俺が払う。一口につき一ターレン。それ以上でも、それ以下でもない」

 

              ◆

 

 沈黙が長かった。

 ゲルトが銀貨を一枚、二枚と数え始めた。二口ぶんで、二枚。数え終えて、懐に入れた。

 

「受け取るのか」

 

 誰かが言った。

 

「受け取る」

 

 ゲルトは短く答えた。

 

「この兄さんが、払うと言ったんだ。払わせてやるのが筋だろう」

 

 それで、話は終わった。

 二十人が順に、一枚ずつ取っていった。ボリスは最後まで手を出さなかったので、俺が銀貨を一枚、こいつの掌に押し込んだ。

 

「取れ」

「要らん」

「取らなきゃ、あんたはただの友達だ」

 

 ボリスが俺を見た。

 

「俺は友達に損をさせる商売はしない。あんたは客だ。客なら、取れ」

 

 こいつは、銀貨を握った。

 

              ◆

 

 もう一つ、言っておくことがあった。

 

「売りたい奴は、売れ」

 俺は言った。

 

「今の値打ちは九ターレンだ。九ターレンで買い戻す。二十口全部でもいい」

 

「あんた、金は」

「ない」

 

 俺は空になった革袋を振ってみせた。

 

「だから証文を書く。船が沈んだら、俺は港で担いで払う。日銭で計算すると、四年だ」

 

 俺は懐から紙を出して、卓に広げた。

 書いてある条項は五つ。全部、俺に不利なものだ。返済猶予の項はない。豊作の年に待つ、という一文もない。読めば読むほど、俺が損をするようにできている。

 俺はそういう紙を、一度だけ見たことがある。

 その紙は、逆向きだった。

 

              ◆

 

 ゲルトが紙を見て、それから俺を見た。

 

「兄さん。誰も売らんよ」

「なぜだ」

「九ターレンの賭けを、九ターレンで買い戻して、何が嬉しい」

 

 卓の周りで、何人かが笑った。

 俺は、それを聞いて、ようやく息を吐いた。

 こいつらは、分かっている。

 九ターレンのものを九ターレンで手放すのは、損でも得でもない。ただの取り替えだ。取り替えて何も生まれないなら、やる意味がない。

 三月前まで、二にも十二にも同じ十倍で銭を置いていた連中である。

 俺が卓の上で賽を並べてから、まだ二月しか経っていない。

 

「じゃあ、待つか」

「待つさ」

 

 ゲルトは卓を叩いた。

 

「賭けたんだ。待つのが賭けだ」

 

              ◆

 

 外に出ると、マイヤーが立っていた。

 金貸しの店は、ここから二本入った通りにある。わざわざ出てきたということだ。

 

「聞いたぞ」

「早いですね」

「五割は正しかったな」

 

 この男は笑っていた。笑う権利がある。

 

「ええ」

 

 俺は頷いた。

 

「あんたが正しかった。今回は」

 

 マイヤーの笑いが、少し止まった。俺が言い返すと思っていたのだろう。

 

「ただ、あんたは、なぜ五割なのかを知らない」

 

 俺は上着の襟を立てた。港の風は、夜になると冷える。

 

「五割が当たったのは、偶然だ。あんたは去年も五割で貸してた。去年は封鎖がなかった。あんたはあの年、取りすぎてた。そして来年も、その次も、あんたは五割で貸す。閉じてても、閉じてなくても」

 

「……それの何が悪い」

 

「悪くはない。ただ、あんたは一生、なぜを知らないままだ」

 

 俺は歩き出した。

 

「俺は知ってる。だから、次は間違えない」

              ◆

 三歩ほど歩いたところで、後ろから声がかかった。

 

「おい」

 

 俺は振り返った。

 マイヤーは店の方を向いたままで、こちらを見てはいなかった。

 

「その、八十九隻から集めるって話だがな」

 

 俺は待った。

 

「……今度、詳しく聞かせろ」

 

 宿に帰って、机の引き出しを開けた。

 紙が一枚。父の判が押してある。

 条項は七つ。四つ目に、豊作の年は返済を待つ、と書いてある。

 父はこれを読めなかった。

 俺は読めた。読めたのに、二十年前の綴りは読まなかった。

 同じことだ、と思った。

 書いてあるものを読まないのと、書いてあるものを探さないのは、同じことだ。

 俺は紙を戻して、引き出しを閉めた。

 メーヴェが帰るまで、あと五十日ある。

 

 

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