封鎖、というのは戦の言葉だ。
港が閉じる。船が入れない。入れないから、荷は売れない。売れないなら、その船は千五百ターレンにならない。
だが、それだけならまだいい。
封鎖された港の前で足を止めた船は、たいてい、拿捕される。
俺は港の書記のところへ行った。
夜中だったので叩き起こした。酒はもう三杯おごってある。前払いだ。
「二十年ぶんの記録を出してくれ」
「十年ぶんはこの前見せただろう」
「足りなかった」
書記は文句を言いながら、奥から別の綴りを持ってきた。埃をかぶっている。十年より前のものは、誰も見ないからだ。
俺も、見なかった。
俺が数えたのは、直近十年の南方便だった。百二十四隻出て、十一隻が帰らなかった。十のうち一つ。正しい数字だ。
正しいが、それは封鎖のなかった十年の数字だった。
俺は、封鎖のなかった十年を数えて、それを封鎖のある海に貼りつけた。
貼りつけたことにすら、気づいていなかった。
◆
二十年前の綴りに、それはあった。
南方諸市が最後に港を閉じた年。
その年、メルクハーフェンから南へ出た船は、十四隻。
帰らなかったのは、六隻。
俺は同じところを三度読んだ。三度読んでも、六は六だった。
十四のうち六。
十のうち、四だ。
俺は宿に戻って、紙に書いた。
一口十ターレン。帰ってくれば十五ターレン。
十のうち一つ沈むなら、十のうち九つは十五になる。一口の値打ちは、平均して十三ターレンと少し。十ターレンで売るのは、買う側にとって良い賭けだ。
十のうち四つ沈むなら。
十のうち六つが十五になる。一口は、九ターレンだ。
九ターレンのものを、俺は十ターレンで売った。
一口につき、一ターレン。
二十口で、二十ターレン。
——俺の口銭が、ちょうど二十ターレンだった。
俺は紙を見て、少し笑った。笑うようなことではないのだが、こういうときに笑わないと、俺は俺でなくなる。
◆
「三の目」に行くと、卓は止まっていた。
二十人が全員いた。誰も賭けていない。全員、自分の十ターレンが海の上にあることを知っている。
ゲルトが顔を上げた。
「兄さん」
「数え直した」
俺は卓の上に紙を置いた。それから、革袋を置いた。中身は二十ターレン。残りの一ターレンは、書記の酒代で消えている。これで、全財産だ。
「まず、俺が何を間違えたかを言う」
卓の周りが静かになった。
「俺が数えたのは、直近十年だ。十のうち一つ沈む。これは正しい」
俺は指を一本立てた。
「だが、この十年に封鎖はなかった。封鎖のあった年は、二十年前だ。その年は、十四隻出て六隻帰らなかった」
指を四本にした。
「十のうち、四つだ」
誰かが、椅子を鳴らした。
「十のうち四つ沈むなら、一口の値打ちは九ターレンだ。俺はそれを十ターレンで売った」
俺は革袋の紐を解いた。
「一口につき、一ターレン。二十口で、二十ターレン。返す」
◆
誰も手を出さなかった。
ボリスが最初に口を開いた。
「……たった一ターレンかよ」
「たった一ターレンだ」
「船が沈んだら、俺は十ターレン失うんだぞ」
「失う」
俺は頷いた。
「それはあんたが買った賭けだ。十のうち一つ沈む賭けを、あんたは承知で買った。沈んだら十失う。それは俺の落ち度じゃない」
俺は革袋を卓の中央に押した。
「危険は割った。二十人で割った。だから誰も潰れない。それはうまくいってる」
俺は一度、言葉を切った。
「だが——数え違いは割れない」
卓の上の松明が、一度ぶれた。
「あれは俺一人のものだ。俺が値を間違えた分だけ、俺が払う。一口につき一ターレン。それ以上でも、それ以下でもない」
◆
沈黙が長かった。
ゲルトが銀貨を一枚、二枚と数え始めた。二口ぶんで、二枚。数え終えて、懐に入れた。
「受け取るのか」
誰かが言った。
「受け取る」
ゲルトは短く答えた。
「この兄さんが、払うと言ったんだ。払わせてやるのが筋だろう」
それで、話は終わった。
二十人が順に、一枚ずつ取っていった。ボリスは最後まで手を出さなかったので、俺が銀貨を一枚、こいつの掌に押し込んだ。
「取れ」
「要らん」
「取らなきゃ、あんたはただの友達だ」
ボリスが俺を見た。
「俺は友達に損をさせる商売はしない。あんたは客だ。客なら、取れ」
こいつは、銀貨を握った。
◆
もう一つ、言っておくことがあった。
「売りたい奴は、売れ」
俺は言った。
「今の値打ちは九ターレンだ。九ターレンで買い戻す。二十口全部でもいい」
「あんた、金は」
「ない」
俺は空になった革袋を振ってみせた。
「だから証文を書く。船が沈んだら、俺は港で担いで払う。日銭で計算すると、四年だ」
俺は懐から紙を出して、卓に広げた。
書いてある条項は五つ。全部、俺に不利なものだ。返済猶予の項はない。豊作の年に待つ、という一文もない。読めば読むほど、俺が損をするようにできている。
俺はそういう紙を、一度だけ見たことがある。
その紙は、逆向きだった。
◆
ゲルトが紙を見て、それから俺を見た。
「兄さん。誰も売らんよ」
「なぜだ」
「九ターレンの賭けを、九ターレンで買い戻して、何が嬉しい」
卓の周りで、何人かが笑った。
俺は、それを聞いて、ようやく息を吐いた。
こいつらは、分かっている。
九ターレンのものを九ターレンで手放すのは、損でも得でもない。ただの取り替えだ。取り替えて何も生まれないなら、やる意味がない。
三月前まで、二にも十二にも同じ十倍で銭を置いていた連中である。
俺が卓の上で賽を並べてから、まだ二月しか経っていない。
「じゃあ、待つか」
「待つさ」
ゲルトは卓を叩いた。
「賭けたんだ。待つのが賭けだ」
◆
外に出ると、マイヤーが立っていた。
金貸しの店は、ここから二本入った通りにある。わざわざ出てきたということだ。
「聞いたぞ」
「早いですね」
「五割は正しかったな」
この男は笑っていた。笑う権利がある。
「ええ」
俺は頷いた。
「あんたが正しかった。今回は」
マイヤーの笑いが、少し止まった。俺が言い返すと思っていたのだろう。
「ただ、あんたは、なぜ五割なのかを知らない」
俺は上着の襟を立てた。港の風は、夜になると冷える。
「五割が当たったのは、偶然だ。あんたは去年も五割で貸してた。去年は封鎖がなかった。あんたはあの年、取りすぎてた。そして来年も、その次も、あんたは五割で貸す。閉じてても、閉じてなくても」
「……それの何が悪い」
「悪くはない。ただ、あんたは一生、なぜを知らないままだ」
俺は歩き出した。
「俺は知ってる。だから、次は間違えない」
◆
三歩ほど歩いたところで、後ろから声がかかった。
「おい」
俺は振り返った。
マイヤーは店の方を向いたままで、こちらを見てはいなかった。
「その、八十九隻から集めるって話だがな」
俺は待った。
「……今度、詳しく聞かせろ」
宿に帰って、机の引き出しを開けた。
紙が一枚。父の判が押してある。
条項は七つ。四つ目に、豊作の年は返済を待つ、と書いてある。
父はこれを読めなかった。
俺は読めた。読めたのに、二十年前の綴りは読まなかった。
同じことだ、と思った。
書いてあるものを読まないのと、書いてあるものを探さないのは、同じことだ。
俺は紙を戻して、引き出しを閉めた。
メーヴェが帰るまで、あと五十日ある。