値をつけるには、時間が要る。
時間を稼ぐには、金が要る。
俺の手元には、千五百ターレンあった。
二百七十通に値をつけるには、足りない。
だから、俺は商いをした。
秘薬だ。
夏が来た。
南から、船が二隻来る。
秘薬を積んで。
その十日前に、ヴィント商会が動いた。
サルヴァの市で買った十四樽。
一樽三百ターレンで買った樽だ。
あの男は、それを、メルクの市に出した。
値は、一樽百五十ターレン。
俺は、市の立て札を見た。
三度、読んだ。
三度読んでも、百五十と書いてあった。
三百で買って、百五十で売る。
一樽につき、百五十の損だ。
十四樽で、二千百ターレン。
ボリスが、立て札を見上げていた。
「安いな」
「安い」
「あの爺さん、頭がおかしくなったのか」
「なってない」
俺は、立て札から、目を離さなかった。
「俺を殺しに来た」
術師組合は、俺に金を預けている。
千二百ターレン。年に六樽。一樽二百ターレンで買う約束だ。
市の値が百五十になれば、術師は、俺から買わない。
市から買う。
当たり前だ。
俺の商いは、その日、死ぬ。
◆
カスパーが、宿に来た。
術師の白い手で、卓を叩いた。
「組合が、割れてる」
彼は言った。
「市で百五十だ。あんたは二百で買うと言った」
彼は、俺を見た。
「五十、高い」
「高いです」
俺は、頷いた。
「組合の金を、返してくれと言われてる」
「返します」
「……返すのか」
「約束です」
俺は、革袋を出した。
「千二百ターレン。今日、返します」
カスパーは、革袋を見た。
見て、動かなかった。
「待て」
彼は、言った。
「あんた、それでどうする」
「秘薬を、買います」
「金がなくなるだろうが」
「千五百あります」
俺は、笑った。
「七樽、買えます」
カスパーは、俺を睨んだ。
「市で百五十だぞ。あんたが二百で買ったら、誰に売る」
「市で買います」
「……市で?」
「百五十で」
「千五百で、十樽買えます」
俺は言った。
「ヴィント商会から、買います」
カスパーの口が、開いた。
「あんた、あの男の投げ売りを、買うのか」
「買います」
「あの男は、あんたを殺しに来たんだぞ」
「来ました」
俺は、革袋を担いだ。
「安いんです」
俺は、市へ行った。
立て札の前に、卓が出ている。
卓の向こうに、ヴィント商会の手代が座っていた。
俺の顔を見て、この男は、立ち上がった。
「十樽」
俺は言った。
「千五百ターレンです」
手代は、動かなかった。
「……ハーゼルさん」
「はい」
「これは、あなたを潰すための値です」
「知ってます」
俺は、革袋を卓に置いた。
「潰れる前に、買います」
手代は、奥へ引っ込んだ。
半刻、待たされた。
戻ってきて、こう言った。
「主が、売れと」
十樽が、荷馬車に積まれた。
俺は、それを、氷室へ運んだ。
旧市街の地下の、石倉だ。
二十年、氷を置いていた倉。
三千俵の麦が、奥に積んである。
その手前に、十樽を置いた。
俺は、扉を閉めて、鍵をかけた。
ボリスが、鍵を見ていた。
「これで、どうなるんだ」
「待つ」
「待つ?」
「夏を、待つ」
秘薬は、腐る。
熱で腐る。
ヴィント商会の倉は、東にある。
石造りの、大きな倉だ。
壁に、鷲が天秤を掴んだ紋が彫ってある。
立派な倉だ。
氷が、ない。
あの男は、十四樽のうち、十樽を俺に売った。
残りは、四樽。
それを、夏の間、あの倉に置く。
夏の終わりに、四樽のうち、三割が腐る。
それは、あの男の損だ。
だが、あの男は、それを承知で投げた。
二千百ターレン、捨てる気で投げた。
俺を殺すために。
あの男は、正しい。
俺は、千五百ターレン全部を、秘薬に換えた。
手元は、ゼロだ。
術師組合の金は、返した。
商いは、止まった。
俺は、市の値が百五十のうちは、一樽も売れない。
売れば、損だ。
だから、待つ。
術師は、十一人。
年に、六樽使う。
増えも、減りもしない。
市に出た十四樽のうち、十樽は、俺が買った。
残り四樽が、市にある。
術師は、それを買う。安いからだ。
四樽。
年に六樽、要る。
四樽では、足りない。
二樽、足りない。
夏の便で、南から秘薬が来る。
だが、あの二隻は、王国への十樽を積んでいる。
俺が、去年、契約した分だ。
術師の分は、乗っていない。
俺は、それを、去年、自分で組んだ。
組んだときは、こうなるとは思っていなかった。
秋になる。
術師の手元から、秘薬が消える。
市には、ない。
南からは、来ない。
ある場所は、一つだけだ。
旧市街の地下の、石倉。
十樽。
腐っていない。
俺は、その秋、一樽を、四百ターレンで売った。
術師のカスパーが、金を持ってきた。
白い手で、銀貨を数えた。
数えながら、こう言った。
「あんた、これを、去年から数えてたのか」
「数えてません」
俺は、正直に答えた。
「去年、契約したときは、こんなことになるとは思ってませんでした」
俺は、鍵を回した。
「あの男が、投げ売りをした日に、数えました」
「じゃあ、なんで買った」
「安かったからです」
俺は、笑った。
「腐るものを売り叩けるのは、腐らせない奴だけです」
「あの男は、俺の氷室を、勘定に入れなかった」
俺は言った。
「入れなかったんじゃない。知らなかった」
俺は、扉を開けた。
冷たい風が、出てきた。
「あの男は、市を見ます。船を見ます。金を見ます」
俺は言った。
「地下は、見ません」
十樽を、四百ターレンで売った。
四千ターレンになった。
千五百が、四千になった。
その冬、この街で、俺の名を呼ぶ者が増えた。
誰が言い出したのか、俺は知らない。
——博打の王様、と。