髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第四十話 腐らせない奴

 

 値をつけるには、時間が要る。

 時間を稼ぐには、金が要る。

 俺の手元には、千五百ターレンあった。

 二百七十通に値をつけるには、足りない。

 だから、俺は商いをした。

 秘薬だ。

 夏が来た。

 南から、船が二隻来る。

 秘薬を積んで。

 その十日前に、ヴィント商会が動いた。

 サルヴァの市で買った十四樽。

 一樽三百ターレンで買った樽だ。

 あの男は、それを、メルクの市に出した。

 値は、一樽百五十ターレン。

 俺は、市の立て札を見た。

 三度、読んだ。

 三度読んでも、百五十と書いてあった。

 三百で買って、百五十で売る。

 一樽につき、百五十の損だ。

 十四樽で、二千百ターレン。

 ボリスが、立て札を見上げていた。

 

「安いな」

「安い」

「あの爺さん、頭がおかしくなったのか」

「なってない」

 

 俺は、立て札から、目を離さなかった。

 

「俺を殺しに来た」

 

 術師組合は、俺に金を預けている。

 千二百ターレン。年に六樽。一樽二百ターレンで買う約束だ。

 市の値が百五十になれば、術師は、俺から買わない。

 市から買う。

 当たり前だ。

 俺の商いは、その日、死ぬ。

 

             ◆

 

 カスパーが、宿に来た。

 術師の白い手で、卓を叩いた。

 

「組合が、割れてる」

 

 彼は言った。

 

「市で百五十だ。あんたは二百で買うと言った」

 

 彼は、俺を見た。

 

「五十、高い」

「高いです」

 

 俺は、頷いた。

 

「組合の金を、返してくれと言われてる」

「返します」

「……返すのか」

「約束です」

 

 俺は、革袋を出した。

 

「千二百ターレン。今日、返します」

 

 カスパーは、革袋を見た。

 見て、動かなかった。

 

「待て」

 

 彼は、言った。

 

「あんた、それでどうする」

「秘薬を、買います」

「金がなくなるだろうが」

「千五百あります」

 

 俺は、笑った。

 

「七樽、買えます」

 

 カスパーは、俺を睨んだ。

 

「市で百五十だぞ。あんたが二百で買ったら、誰に売る」

「市で買います」

「……市で?」

 

「百五十で」

 

「千五百で、十樽買えます」

 

 俺は言った。

 

「ヴィント商会から、買います」

 

 カスパーの口が、開いた。

 

「あんた、あの男の投げ売りを、買うのか」

「買います」

「あの男は、あんたを殺しに来たんだぞ」

「来ました」

 

 俺は、革袋を担いだ。

 

「安いんです」

 

 俺は、市へ行った。

 立て札の前に、卓が出ている。

 卓の向こうに、ヴィント商会の手代が座っていた。

 俺の顔を見て、この男は、立ち上がった。

 

「十樽」

 

 俺は言った。

 

「千五百ターレンです」

 

 手代は、動かなかった。

 

「……ハーゼルさん」

「はい」

「これは、あなたを潰すための値です」

「知ってます」

 

 俺は、革袋を卓に置いた。

 

「潰れる前に、買います」

 

 手代は、奥へ引っ込んだ。

 半刻、待たされた。

 戻ってきて、こう言った。

 

「主が、売れと」

 

 十樽が、荷馬車に積まれた。

 俺は、それを、氷室へ運んだ。

 旧市街の地下の、石倉だ。

 二十年、氷を置いていた倉。

 三千俵の麦が、奥に積んである。

 その手前に、十樽を置いた。

 俺は、扉を閉めて、鍵をかけた。

 ボリスが、鍵を見ていた。

「これで、どうなるんだ」

「待つ」

「待つ?」

「夏を、待つ」

 

 秘薬は、腐る。

 熱で腐る。

 ヴィント商会の倉は、東にある。

 石造りの、大きな倉だ。

 壁に、鷲が天秤を掴んだ紋が彫ってある。

 立派な倉だ。

 氷が、ない。

 あの男は、十四樽のうち、十樽を俺に売った。

 残りは、四樽。

 それを、夏の間、あの倉に置く。

 夏の終わりに、四樽のうち、三割が腐る。

 それは、あの男の損だ。

 だが、あの男は、それを承知で投げた。

 二千百ターレン、捨てる気で投げた。

 俺を殺すために。

 あの男は、正しい。

 俺は、千五百ターレン全部を、秘薬に換えた。

 手元は、ゼロだ。

 術師組合の金は、返した。

 商いは、止まった。

 俺は、市の値が百五十のうちは、一樽も売れない。

 売れば、損だ。

 だから、待つ。

 術師は、十一人。

 年に、六樽使う。

 増えも、減りもしない。

 市に出た十四樽のうち、十樽は、俺が買った。

 残り四樽が、市にある。

 術師は、それを買う。安いからだ。

 四樽。

 年に六樽、要る。

 四樽では、足りない。

 二樽、足りない。

 夏の便で、南から秘薬が来る。

 だが、あの二隻は、王国への十樽を積んでいる。

 俺が、去年、契約した分だ。

 術師の分は、乗っていない。

 俺は、それを、去年、自分で組んだ。

 組んだときは、こうなるとは思っていなかった。

 秋になる。

 術師の手元から、秘薬が消える。

 市には、ない。

 南からは、来ない。

 ある場所は、一つだけだ。

 旧市街の地下の、石倉。

 十樽。

 腐っていない。

 俺は、その秋、一樽を、四百ターレンで売った。

 術師のカスパーが、金を持ってきた。

 白い手で、銀貨を数えた。

 数えながら、こう言った。

 

「あんた、これを、去年から数えてたのか」

「数えてません」

 

 俺は、正直に答えた。

 

「去年、契約したときは、こんなことになるとは思ってませんでした」

 

 俺は、鍵を回した。

 

「あの男が、投げ売りをした日に、数えました」

「じゃあ、なんで買った」

「安かったからです」

 

 俺は、笑った。

 

「腐るものを売り叩けるのは、腐らせない奴だけです」

 

「あの男は、俺の氷室を、勘定に入れなかった」

 

 俺は言った。

 

「入れなかったんじゃない。知らなかった」

 

 俺は、扉を開けた。

 冷たい風が、出てきた。

 

「あの男は、市を見ます。船を見ます。金を見ます」

 

 俺は言った。

 

「地下は、見ません」

 

 十樽を、四百ターレンで売った。

 四千ターレンになった。

 千五百が、四千になった。

 その冬、この街で、俺の名を呼ぶ者が増えた。

 誰が言い出したのか、俺は知らない。

 

 ——博打の王様、と。

 

 

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