三年目の春が来た。
俺は、二十四になった。
手元には、四千ターレンある。
氷室が、一つ。
三千俵の麦が、その奥に積んである。値は戻り始めている。
術師組合の預かり方を、また任された。
王国への秘薬の納入は、三年目に入った。
「三の目」の卓に、俺は座らなくなった。
座ると、人が集まりすぎる。
値を聞きに来る。
海が荒れる確率。傭兵が裏切る確率。凶作が二年続く確率。
誰も計算しないものを、俺は計算する。
それだけで、金は湧いてくる。
湧いてくる、というのは、正確ではない。
俺が値をつけたものは、その値になる。
ボリスが、そう言った。
あいつは、俺の言うことの半分も分かっていない。
だが、たぶん、あれが一番正確な説明だ。
◆
ヨナスが、俺の帳面を書くようになった。
この男は、字が上手い。
ヴィント商会の法務にいた男だ。
俺の書いた紙を、この男が清書する。
一つ、決めごとを作った。
俺が書いた紙は、ヨナスが読む。
ヨナスが、四つ目を探す。
俺が気づかずに罠を書いていないか、探す。
「ハーゼルさん」
この男は、一度、こう聞いた。
「あなたが、罠を書くと思っているのですか」
「書きます」
俺は、即答した。
「いつか、必ず」
「なぜ、そう思うんです」
「便利だからです」
俺は言った。
「罠は、便利です。書いておけば、いつか助かる。助かった日に、俺は、書いてよかったと思う」
俺は、ヨナスを見た。
「思った日から、俺は、あの男になります」
ヨナスは、俺の紙を、二百通ほど読んだ。
四つ目は、一つもなかった。
まだ、一つも。
マイヤーは、月に一度、俺の帳面を見に来る。
海に何ターレン分の荷があって、紙が何枚出ているか。
畑に麦が何俵あって、紙が何枚出ているか。
氷室に何樽あって、紙が何枚出ているか。
この男は、指で数える。
二刻かかる。
「合ってる」
彼は、毎月、そう言う。
悔しそうに、そう言う。
「マイヤーさん」
俺は、一度、聞いた。
「まだ、俺が潰れりゃいいと思ってますか」
彼は、帳面から顔を上げなかった。
「思っとる」
「よかった」
俺は、笑った。
「思わなくなったら、あんたを辞めさせなきゃならん」
二百七十通の値付けは、進んでいる。
一年かかっている。
まだ、終わらない。
難しいのは、金額ではない。
金額は、数えられる。元本と、利と、待った年数。
難しいのは、動く見込みだ。
四つ目は、豊作が続くと発動する。
二百年で四度。五十に一つ。
だが、それは「三年続く」見込みだ。
二年なら、もっと起きる。
一年なら、毎年起きる。
俺は、書記室の綴りを、二百年ぶん読んだ。
ヴィルムが、椅子を出した。
この老人は、俺が来ると、必ず椅子を出す。
「小僧」
彼は、一度、こう言った。
「二百年、誰も読まんかった綴りだ」
彼は、埃を払った。
「お前が、初めてだ」
「ヴィルムさん」
「なんだ」
「あんたは、読まなかったんですか」
老人は、椅子を軋ませた。
「読んだ」
「では」
「数えんかった」
彼は、綴りを閉じた。
「わしは、片付けるために読む」
彼は、俺を見なかった。
「お前は、数えるために読む」
「わしは、六十だ」
彼は、言った。
「六十年、片付けてきた」
彼は、椅子の背に体を預けた。
「数えりゃよかった」
俺は、その言葉を、しばらく聞いていた。
「ヴィルムさん」
「なんだ」
「小僧に、綴りを読ませたのは、あんたです」
俺は言った。
「六年、箒を持ってた小僧に、綴りを開かせた」
俺は、立ち上がった。
「数えたのは、あんたです」
老人は、何も言わなかった。
言わずに、埃を払った。
払うほどの埃は、もう、ついていなかった。
その秋、王国から使いが来た。
秘薬十樽の、三年目の納入だ。
代金、二千ターレン。
使いは、ヴェルナーだった。
三年前、市庁舎の大広間で、王命を読み上げた男だ。
背が高く、姿勢がいい。
少し、痩せていた。
「ハーゼル」
「ヴェルナーさん」
「そなたの秘薬で、二千人が戦列に戻った」
彼は、そう言った。
「戻って、南へ行った」
俺は、頷いた。
「戻った者のうち、四百人が、もう帰らん」
彼は、俺を見なかった。
「わしは、それを、書類に書いた」
俺は、何も言わなかった。
言うべきことが、なかったからではない。
言っていいことが、一つもなかったからだ。
俺は、南のオルデ村で、同じ顔をした。
「ヴェルナーさん」
「なんだ」
「俺は、南の村長に、それを言いました」
俺は言った。
「あんたの息子を撃つ兵に、この薬が行く、と」
俺は、この男を見た。
「隠しませんでした」
ヴェルナーは、俺を見た。
四十年、宮廷で使者を務めてきた男だ。
「ハーゼル」
「はい」
「わしは、四十年、隠してきた」
彼は、言った。
「王命を読み上げて、書類を書いて、数字を伏せてきた」
彼は、上着の襟を直した。
「宰相閣下に、進言した」
「監査の職を、置くべきだと」
俺は、この男を見た。
「四つ目が」
「知っとる」
彼は、頷いた。
「解かれた者は、生涯、口外できん」
彼は、俺を見た。
「書き換えの議が、王城に出とる」
「誰が出したんです」
ヴェルナーは、答えなかった。
答えずに、懐から、紙を出した。
封蝋に、紋がある。
鷲でも、天秤でもない。
——冠と、二本の麦の穂。
「殿下から」
彼は、言った。
「返事は、要らんそうだ」