髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第四十一話 冠と、二本の麦の穂

 

 三年目の春が来た。

 俺は、二十四になった。

 手元には、四千ターレンある。

 氷室が、一つ。

 三千俵の麦が、その奥に積んである。値は戻り始めている。

 術師組合の預かり方を、また任された。

 王国への秘薬の納入は、三年目に入った。

 「三の目」の卓に、俺は座らなくなった。

 座ると、人が集まりすぎる。

 値を聞きに来る。

 海が荒れる確率。傭兵が裏切る確率。凶作が二年続く確率。

 誰も計算しないものを、俺は計算する。

 それだけで、金は湧いてくる。

 湧いてくる、というのは、正確ではない。

 俺が値をつけたものは、その値になる。

 ボリスが、そう言った。

 あいつは、俺の言うことの半分も分かっていない。

 だが、たぶん、あれが一番正確な説明だ。

 

              ◆

 

 ヨナスが、俺の帳面を書くようになった。

 この男は、字が上手い。

 ヴィント商会の法務にいた男だ。

 俺の書いた紙を、この男が清書する。

 一つ、決めごとを作った。

 俺が書いた紙は、ヨナスが読む。

 ヨナスが、四つ目を探す。

 俺が気づかずに罠を書いていないか、探す。

 

「ハーゼルさん」

 

 この男は、一度、こう聞いた。

 

「あなたが、罠を書くと思っているのですか」

「書きます」

 俺は、即答した。

「いつか、必ず」

「なぜ、そう思うんです」

「便利だからです」

 

 俺は言った。

 

「罠は、便利です。書いておけば、いつか助かる。助かった日に、俺は、書いてよかったと思う」

 

 俺は、ヨナスを見た。

 

「思った日から、俺は、あの男になります」

 

 ヨナスは、俺の紙を、二百通ほど読んだ。

 四つ目は、一つもなかった。

 まだ、一つも。

 マイヤーは、月に一度、俺の帳面を見に来る。

 海に何ターレン分の荷があって、紙が何枚出ているか。

 畑に麦が何俵あって、紙が何枚出ているか。

 氷室に何樽あって、紙が何枚出ているか。

 この男は、指で数える。

 二刻かかる。

 

「合ってる」

 

 彼は、毎月、そう言う。

 悔しそうに、そう言う。

 

「マイヤーさん」

 

 俺は、一度、聞いた。

 

「まだ、俺が潰れりゃいいと思ってますか」

 

 彼は、帳面から顔を上げなかった。

 

「思っとる」

「よかった」

 

 俺は、笑った。

 

「思わなくなったら、あんたを辞めさせなきゃならん」

 

 二百七十通の値付けは、進んでいる。

 一年かかっている。

 まだ、終わらない。

 難しいのは、金額ではない。

 金額は、数えられる。元本と、利と、待った年数。

 難しいのは、動く見込みだ。

 四つ目は、豊作が続くと発動する。

 二百年で四度。五十に一つ。

 だが、それは「三年続く」見込みだ。

 二年なら、もっと起きる。

 一年なら、毎年起きる。

 俺は、書記室の綴りを、二百年ぶん読んだ。

 ヴィルムが、椅子を出した。

 この老人は、俺が来ると、必ず椅子を出す。

 

「小僧」

 

 彼は、一度、こう言った。

 

「二百年、誰も読まんかった綴りだ」

 

 彼は、埃を払った。

 

「お前が、初めてだ」

「ヴィルムさん」

「なんだ」

「あんたは、読まなかったんですか」

 

 老人は、椅子を軋ませた。

 

「読んだ」

「では」

「数えんかった」

 

 彼は、綴りを閉じた。

 

「わしは、片付けるために読む」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「お前は、数えるために読む」

 

「わしは、六十だ」

 

 彼は、言った。

 

「六十年、片付けてきた」

 

 彼は、椅子の背に体を預けた。

 

「数えりゃよかった」

 

 俺は、その言葉を、しばらく聞いていた。

 

「ヴィルムさん」

「なんだ」

「小僧に、綴りを読ませたのは、あんたです」

 

 俺は言った。

 

「六年、箒を持ってた小僧に、綴りを開かせた」

 

 俺は、立ち上がった。

 

「数えたのは、あんたです」

 

 老人は、何も言わなかった。

 言わずに、埃を払った。

 払うほどの埃は、もう、ついていなかった。

 その秋、王国から使いが来た。

 秘薬十樽の、三年目の納入だ。

 代金、二千ターレン。

 使いは、ヴェルナーだった。

 三年前、市庁舎の大広間で、王命を読み上げた男だ。

 背が高く、姿勢がいい。

 少し、痩せていた。

 

「ハーゼル」

「ヴェルナーさん」

「そなたの秘薬で、二千人が戦列に戻った」

 

 彼は、そう言った。

 

「戻って、南へ行った」

 

 俺は、頷いた。

 

「戻った者のうち、四百人が、もう帰らん」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「わしは、それを、書類に書いた」

 

 俺は、何も言わなかった。

 言うべきことが、なかったからではない。

 言っていいことが、一つもなかったからだ。

 俺は、南のオルデ村で、同じ顔をした。

 

「ヴェルナーさん」

「なんだ」

「俺は、南の村長に、それを言いました」

 

 俺は言った。

 

「あんたの息子を撃つ兵に、この薬が行く、と」

 

 俺は、この男を見た。

 

「隠しませんでした」

 

 ヴェルナーは、俺を見た。

 四十年、宮廷で使者を務めてきた男だ。

 

「ハーゼル」

「はい」

「わしは、四十年、隠してきた」

 

 彼は、言った。

 

「王命を読み上げて、書類を書いて、数字を伏せてきた」

 

 彼は、上着の襟を直した。

 

「宰相閣下に、進言した」

 

「監査の職を、置くべきだと」

 

 俺は、この男を見た。

 

「四つ目が」

「知っとる」

 

 彼は、頷いた。

 

「解かれた者は、生涯、口外できん」

 

 彼は、俺を見た。

 

「書き換えの議が、王城に出とる」

 

「誰が出したんです」

 

 ヴェルナーは、答えなかった。

 答えずに、懐から、紙を出した。

 封蝋に、紋がある。

 鷲でも、天秤でもない。

 ——冠と、二本の麦の穂。

 

「殿下から」

 

 彼は、言った。

 

「返事は、要らんそうだ」

 

 

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