王令が出たのは、その年の秋だった。
——王令、第二十号。
——監査官の職に関する条項の、四を、以下の通り改める。
——監査官は、王の命により、これを解く。
——解かれたる監査官は、解任の日より三十日を経て、その数えたるところを、公に告ぐることを得。
俺は、その紙を、三度読んだ。
三度読んでも、同じことが書いてあった。
俺は、紙を裏返した。
裏には、何も書いていなかった。
俺は、しばらく、白い裏を見ていた。
三十日。
解かれてから、三十日で、俺は数えたものを言える。
三十日は、逃げる時間だ。
あるいは——三十日で殺す時間だ。
どちらでもいい。
二十九年前の監査官には、その三十日が、なかった。
持ってきたのは、ヴェルナーだった。
三年で、この男は、ずいぶん痩せた。
背は、まだ高い。姿勢も、まだいい。
「通ったんですね」
「通った」
「王が、判を押した」
「押された」
俺は、椅子を勧めた。
この男は、座らなかった。
「ヴェルナーさん」
「なんだ」
「王は、なぜ押したんです」
ヴェルナーは、答えなかった。
俺は、紙を卓に置いた。
「三年前、宰相閣下は、こう仰いました」
俺は言った。
「王は、この国が死んでいることを知りません」
俺は、指で紙を叩いた。
「知らない王が、なぜ、自分の帳簿を公にする掟に、判を押すんです」
ヴェルナーは、窓のほうを見ていた。
「押す理由が、あった」
彼は、言った。
「何です」
彼は、答えなかった。
「ヴェルナーさん」
「……」
「この王令は、いくらでした」
この男の背が、初めて、曲がった。
四十年、宮廷で使者を務めてきた男だ。
王命を読み上げて、書類を書いて、数字を伏せてきた男だ。
その背が、曲がった。
「王女殿下が」
彼は、言った。
「北の、フリースラント公国に、輿入れなさる」
俺は、動かなかった。
「来春だ」
彼は、言った。
「議は、三月前に決まった。殿下が、自ら申し出られた」
彼は、俺を見なかった。
「王は、渋られた。……渋られたが、支度金の額を聞いて、頷かれた」
俺は、卓に手を置いた。
「支度金は」
俺は、聞いた。
声が、出た。
出たと思う。
「一万五千ターレン」
俺は、その数字を、頭の中に置いた。
一万五千。
一万五千二百五十。
俺が数えた、この国の、一年の不足だ。
俺は、それを、手紙に書いた。
——足りないのは、千ではありません。
——一万五千二百五十です。
——数え違いは、割れません。
——一人のものです。
——払ってください。
俺は、卓の縁を掴んだ。
掴んで、しばらく、動かなかった。
「殿下は」
俺は、言った。
「殿下は、その額を、ご自分で出されたんですか」
「出された」
ヴェルナーは、言った。
「フリースラント公は、一万ターレンと申し出た」
彼は、窓を見ていた。
「殿下が、一万五千と仰った」
「値を、上げられた」
俺は、椅子に座った。
座らないと、立っていられなかった。
——あなたが値をつけたもんは、その値になる。
ボリスが、そう言った。
王都の宿の、藁の上で、天井を見ながら、そう言った。
俺は、それを、褒め言葉だと思っていた。
俺は、値をつけた。
一万五千二百五十だと、書いて送った。
その女は、自分に、その値をつけた。
俺は、机に、両手をついた。
「ヴェルナーさん」
「なんだ」
「俺が、書きました」
ヴェルナーは、俺を見た。
「不足の額を、俺が数えて、殿下に送りました」
俺は言った。
「一年前です」
俺は、顔を上げなかった。
「一万五千二百五十だと」
「払ってください、と書きました」
部屋は、静かだった。
ヴェルナーは、長いこと、動かなかった。
「ハーゼル」
彼は、やっと言った。
「殿下は、九つの年から、数えておられた」
彼は、言った。
「誰も、聞かなかった」
彼は、俺を見た。
「十五年、誰も聞かなかった」
「そなたが、初めてだ」
「初めて、殿下の数えたものを、数え直した男だ」
俺は、顔を上げた。
「それは、慰めですか」
「違う」
彼は、首を振った。
「そなたは、殿下に、一人ではないと言った」
俺は、しばらく、この男の顔を見ていた。
窓の外は、港だ。
荷役の松明が、動いている。
俺は、立ち上がった。
「ヴェルナーさん」
「なんだ」
「一万五千ターレンは、一年ぶんです」
俺は言った。
「この国は、毎年、一万五千足りない」
俺は、卓の上の王令を、指で押さえた。
「殿下を売って、一年、しのぐ」
俺は、顔を上げた。
「来年は、誰を売るんです」
ヴェルナーは、答えなかった。
答えないのが、答えだ。
俺は、上着を取った。
取って、しばらく、それを持っていた。
王冠は、髑髏だ。
かぶれば、死ぬ日を数えて生きることになる。
割に合わない。
俺は、そう言った。
書庫で、そう言った。
あの女は、笑わなかった。
もう一度、と言った。
俺は、もう一度、言った。
——割に、合いません。
あの女は、目を閉じた。
蝋燭が一本、短くなるまで、開けなかった。
俺は、上着を着た。
「ヴェルナーさん」
「首輪を、つけます」