監査官は、商いを営んではならない。
三つ目の条項だ。
俺は、それを、初めて読んだ日に、こう思った。
——この掟を書いた人間を、少し好きになった。
帳簿を開ける人間が、商いをしていたら、開いた帳簿で儲ける。
俺なら、そうする。
俺が一番、そうする。
だから、商いを、手放さなければならない。
俺の商いは、四つある。
一つ。氷室。石倉一つ。氷と、麦三千俵と、秘薬。
二つ。秘薬の預かり方。術師組合の金と、南の航路と、王国への納入。
三つ。危険を割る紙。船の口、麦の紙、四つ目の引き受け。
四つ。三千二百ターレン。四つ目が動いた日に払う金だ。氷室の奥に置いてある。
これを、誰に渡すか。
俺は、「三の目」の卓に、二十人を集めた。
いや、五十人だ。
いや、もっといた。
ゲルト。ボリス。トーマ。ドールス。ヨスト。マイヤー。ボーデ。カスパー。ヨナス。ペーター。ヴィルム。
俺の首を二十に割って買った、二十人。
俺は、卓の上に立った。
六度目だ。
「首輪を、つけます」
俺は言った。
卓の周りが、静かになった。
「王国の監査官です。三十年、空席でした」
俺は言った。
「王の名で、王国のあらゆる帳簿を開けます。参事会も、商会も、拒めません」
俺は、指を折った。
「俸給は、年に六百ターレン」
ゲルトが、鼻を鳴らした。
「安いな」
「安いです」
「あんた、去年、四千稼いだろうが」
「稼ぎました」
「商いは、できません」
俺は言った。
「三つ目の条項です。監査官は、商いを営んではならない」
卓が、ざわついた。
トーマが、立ち上がった。
「じゃあ、氷室は」
「手放します」
「秘薬は」
「手放します」
「紙は」
「手放します」
「全部か」
「全部です」
「二十口、買った奴らはどうなる」
ボーデが、そう言った。
十二口、買った男だ。
「配当を、払います」
俺は言った。
「二千ターレン集まりました。今、商いの値打ちは、締めて八千ターレンです」
俺は、指を折った。
「一口百ターレンが、四百ターレンになりました」
「四倍か」
「四倍です」
「十のうち八つ沈むと言ったな」
ゲルトが、言った。
「言いました」
「沈まなかったじゃねえか」
「沈みませんでした」
俺は、卓の上で、笑った。
「賽は、六分の一で七が出ます」
「振れば、出目は一つしかない」
俺は、麦酒の椀を掲げた。
「今回は、七が出た。それだけです」
「これは、俺の手柄じゃない」
誰も、笑わなかった。
カスパーが、白い手で椀を掲げた。
「二に置く男の勝ちだ」
彼は、言った。
「三十六回に一回よりは、ましだった」
「さて」
俺は、卓の上に、紙を広げた。
「商いを、誰に渡すか」
卓の周りが、静かになった。
全員が、俺を見ていた。
誰が指されるか、待っている。
「一人には、渡しません」
俺は言った。
「割ります」
俺は、紙に、四本の線を引いた。
「一つ。氷室と、麦と、秘薬の倉」
俺は言った。
「トーマさんと、ボーデさんに。二人でやってください」
「二人?」
「二人です」
俺は、頷いた。
「一人だと、鍵が一つになります」
「二つ。秘薬の預かり方」
俺は言った。
「術師組合と、ドールスさんと、ヨストさん。船と、買い付けと、術師。三人でやってください」
「三つ。危険を割る紙」
俺は言った。
「値をつけるのは、ヨナスさんです」
卓の周りが、ざわついた。
ヨナスは、卓の隅に立っていた。
顔が、白くなっていた。
「ハーゼルさん」
彼は、言った。
「わたしは、二年しか」
「二年、読みました」
俺は、この男を見た。
「俺の紙を、二百通、読みました」
俺は、卓を叩いた。
「四つ目を探した男は、この街で、あんただけです」
「値のつけ方は、書いて置いていきます」
俺は言った。
「二百七十枚の紙に、全部、数え方が書いてあります」
俺は、ヨナスを見た。
「読めば、書いてあります」
ヨナスは、動かなかった。
それから、深く、頭を下げた。
三年前、北の村の天幕の下で、この男は、同じように頭を下げた。
あのときは、読まずに来た。
「四つ」
俺は言った。
「氷室の奥の、三千二百ターレン」
卓が、静まり返った。
「四つ目が動いた日に、二百三十一軒に払う金です」
俺は言った。
「使いません。商いに回しません。減らしません」
俺は、指を一本立てた。
「これは、誰にも渡しません」
「では、どうする」
ゲルトが、聞いた。
「鍵を、三つ作ります」
俺は言った。
「一つを、ゲルトさんに。一つを、マイヤーさんに」
俺は、指を折った。
「一つを、ヴィルムさんに」
書記室の老人が、卓の隅で、顔を上げた。
「三つ、揃わないと、開きません」
俺は言った。
「一人でも、二人でも、開かない」
「俺が戻ってきても、開きません」
卓が、静かになった。
ゲルトが、俺を見た。
「兄さん」
「なんです」
「あんた、自分に鍵を渡さねえのか」
「渡しません」
「三年後に、俺の商いが傾いてる日が来ます」
俺は、卓の上で、指を折った。
「あと三千二百あれば持ち直す、という日が来る」
俺は、顔を上げた。
「俺は、必ず、そう言います」
マイヤーが、鼻を鳴らした。
「言ったな、それ」
彼は、言った。
「二年半前だ。書き留めてある」
「言いました」
俺は、頷いた。
「そして、言いました。今回だけだ、と」
俺は、卓の上に座った。
「あんたが、止めた」
俺は言った。
「止めてくれなければ、俺は、規則を破ってました」
俺は、麦酒を飲んだ。
「破っていたら、今日、ここに立っていません」
マイヤーは、答えなかった。
答えずに、帳面を開いた。
「ハーゼルさん」
彼は、帳面を見たまま、言った。
「王都で、帳面を見せる相手は、おるのか」
俺は、麦酒の椀を、卓に置いた。
「いません」
「監査官は、王国の帳簿を開きます」
「俺の帳簿を開く人間は、いません」
「三十年、そうでした」
「二十九年前の監査官は、それで死にました」
マイヤーは、帳面を閉じた。
この男は、俺を憎んでいる。
俺が街の金の値段を下げた。五割で貸せた男が、一割三分でしか貸せなくなった。
俺が潰れれば、この男は儲かる。
彼は、椅子から立ち上がった。
「王都は、十一日か」
彼は、言った。
「十一日です」
「月に一度、行く」
俺は、この男を見た。
「マイヤーさん」
「なんだ」
「二十二日、かかりますよ」
「かかる」
「月の半分です」
「半分だ」
彼は、上着を取った。
「口銭は、月に十ターレンだったな」
「十ターレンです」
「安すぎる」
彼は、扉のほうへ歩いた。
「三十ターレンにしろ」
彼は、振り返らずに言った。
「わしは、あんたが潰れるところを、見に行くんだ」
俺は、卓の一番後ろに立っていた男を、呼んだ。
「ペーターさん」
「……いや、俺は」
「前に来てください」
荷役の親方になっていた。子どもが三人いる。上が十一で、下が歩くようになった。
「三年前です」
俺は言った。
「ヴィント商会が、俺の紙を集めてる、と教えに来た。夜中に、走ってきた」
俺は、この男を見た。
「九十枚の銀貨を並べる時間が、できました」
「あれがなかったら、翌朝、俺は何の用意もなく、三十人に囲まれてました」
ペーターは、俺の顔を見なかった。
見ずに、前に出てきた。
「荷役の口を、預けます」
俺は言った。
「氷を切るのも、樽を運ぶのも、麦を積むのも、あんたの差配です」
俺は、この男の肩を叩いた。
「走れる男に、預けます」
氷室の三千俵は、売った。
二年寝かせて、値が戻っていた。
六千ターレンになった。
俺は、その中から、千二百ターレン分を、麦のまま残した。
六百俵。
「ドールスさん」
俺は、老いた船主に言った。
「南へ、運んでください」
「サルヴァか」
「サルヴァから、内陸へ四日。オルデという村です」
俺は、紙を渡した。
「村長は、マレナという女です」
「銭は」
「要りません」
ドールスは、俺の顔を見た。
「あの村は、敵だろう」
「敵です」
俺は、頷いた。
「息子を二人、北の戦にやった女です。片方は、脚がない」
俺は、上着の襟を直した。
「次は、麦も持ってこい、と言われました」
「俺は、まだ、それを持っていっていません」
「三の目」を出るとき、ボリスが、後ろからついてきた。
「なあ」
「なんだ」
「去年、あんたに聞いたな」
こいつは、麻袋を担ぎ直した。
「何なら欲しいんだ、って」
「聞いた」
「なんて答えたんだ、あんたは」
俺は、上着の襟を立てた。
「金庫の鍵、かな、と言った」
「持ったのか」
「持たん」
俺は、港のほうを見た。
松明が、動いている。
夜通し働く。働かないと食えないからだ。
俺も、四年前まで、あそこにいた。
「——作った」