髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第四十九話 割ります

 

 監査官は、商いを営んではならない。

 三つ目の条項だ。

 俺は、それを、初めて読んだ日に、こう思った。

 ——この掟を書いた人間を、少し好きになった。

 帳簿を開ける人間が、商いをしていたら、開いた帳簿で儲ける。

 俺なら、そうする。

 俺が一番、そうする。

 だから、商いを、手放さなければならない。

 俺の商いは、四つある。

 一つ。氷室。石倉一つ。氷と、麦三千俵と、秘薬。

 二つ。秘薬の預かり方。術師組合の金と、南の航路と、王国への納入。

 三つ。危険を割る紙。船の口、麦の紙、四つ目の引き受け。

 四つ。三千二百ターレン。四つ目が動いた日に払う金だ。氷室の奥に置いてある。

 これを、誰に渡すか。

 俺は、「三の目」の卓に、二十人を集めた。

 いや、五十人だ。

 いや、もっといた。

 ゲルト。ボリス。トーマ。ドールス。ヨスト。マイヤー。ボーデ。カスパー。ヨナス。ペーター。ヴィルム。

 俺の首を二十に割って買った、二十人。

 俺は、卓の上に立った。

 六度目だ。

 

「首輪を、つけます」

 

 俺は言った。

 卓の周りが、静かになった。

 

「王国の監査官です。三十年、空席でした」

 

 俺は言った。

 

「王の名で、王国のあらゆる帳簿を開けます。参事会も、商会も、拒めません」

 

 俺は、指を折った。

「俸給は、年に六百ターレン」

 

 ゲルトが、鼻を鳴らした。

 

「安いな」

「安いです」

「あんた、去年、四千稼いだろうが」

「稼ぎました」

「商いは、できません」

 

 俺は言った。

 

「三つ目の条項です。監査官は、商いを営んではならない」

 

 卓が、ざわついた。

 トーマが、立ち上がった。

 

「じゃあ、氷室は」

「手放します」

「秘薬は」

「手放します」

「紙は」

「手放します」

「全部か」

「全部です」

「二十口、買った奴らはどうなる」

 

 ボーデが、そう言った。

 十二口、買った男だ。

 

「配当を、払います」

 

 俺は言った。

 

「二千ターレン集まりました。今、商いの値打ちは、締めて八千ターレンです」

 

 俺は、指を折った。

 

「一口百ターレンが、四百ターレンになりました」

「四倍か」

「四倍です」

「十のうち八つ沈むと言ったな」

 

 ゲルトが、言った。

 

「言いました」

「沈まなかったじゃねえか」

「沈みませんでした」

 

 俺は、卓の上で、笑った。

 

「賽は、六分の一で七が出ます」

 

「振れば、出目は一つしかない」

 

 俺は、麦酒の椀を掲げた。

 

「今回は、七が出た。それだけです」

 

「これは、俺の手柄じゃない」

 

 誰も、笑わなかった。

 カスパーが、白い手で椀を掲げた。

 

「二に置く男の勝ちだ」

 

 彼は、言った。

 

「三十六回に一回よりは、ましだった」

「さて」

 

 俺は、卓の上に、紙を広げた。

 

「商いを、誰に渡すか」

 

 卓の周りが、静かになった。

 全員が、俺を見ていた。

 誰が指されるか、待っている。

 

「一人には、渡しません」

 

 俺は言った。

 

「割ります」

 

 俺は、紙に、四本の線を引いた。

 

「一つ。氷室と、麦と、秘薬の倉」

 

 俺は言った。

 

「トーマさんと、ボーデさんに。二人でやってください」

「二人?」

「二人です」

 

 俺は、頷いた。

 

「一人だと、鍵が一つになります」

「二つ。秘薬の預かり方」

 

 俺は言った。

 

「術師組合と、ドールスさんと、ヨストさん。船と、買い付けと、術師。三人でやってください」

 

「三つ。危険を割る紙」

 

 俺は言った。

 

「値をつけるのは、ヨナスさんです」

 

 卓の周りが、ざわついた。

 ヨナスは、卓の隅に立っていた。

 顔が、白くなっていた。

 

「ハーゼルさん」

 

 彼は、言った。

 

「わたしは、二年しか」

「二年、読みました」

 

 俺は、この男を見た。

 

「俺の紙を、二百通、読みました」

 

 俺は、卓を叩いた。

 

「四つ目を探した男は、この街で、あんただけです」

 

「値のつけ方は、書いて置いていきます」

 

 俺は言った。

 

「二百七十枚の紙に、全部、数え方が書いてあります」

 

 俺は、ヨナスを見た。

 

「読めば、書いてあります」

 

 ヨナスは、動かなかった。

 それから、深く、頭を下げた。

 三年前、北の村の天幕の下で、この男は、同じように頭を下げた。

 あのときは、読まずに来た。

 

「四つ」

 

 俺は言った。

 

「氷室の奥の、三千二百ターレン」

 

 卓が、静まり返った。

 

「四つ目が動いた日に、二百三十一軒に払う金です」

 

 俺は言った。

 

「使いません。商いに回しません。減らしません」

 

 俺は、指を一本立てた。

 

「これは、誰にも渡しません」

「では、どうする」

 

 ゲルトが、聞いた。

 

「鍵を、三つ作ります」

 

 俺は言った。

 

「一つを、ゲルトさんに。一つを、マイヤーさんに」

 

 俺は、指を折った。

 

「一つを、ヴィルムさんに」

 

 書記室の老人が、卓の隅で、顔を上げた。

 

「三つ、揃わないと、開きません」

 

 俺は言った。

 

「一人でも、二人でも、開かない」

 

「俺が戻ってきても、開きません」

 

 卓が、静かになった。

 ゲルトが、俺を見た。

 

「兄さん」

「なんです」

「あんた、自分に鍵を渡さねえのか」

「渡しません」

「三年後に、俺の商いが傾いてる日が来ます」

 

 俺は、卓の上で、指を折った。

 

「あと三千二百あれば持ち直す、という日が来る」

 

 俺は、顔を上げた。

 

「俺は、必ず、そう言います」

 

 マイヤーが、鼻を鳴らした。

 

「言ったな、それ」

 

 彼は、言った。

 

「二年半前だ。書き留めてある」

「言いました」

 

 俺は、頷いた。

 

「そして、言いました。今回だけだ、と」

 

 俺は、卓の上に座った。

 

「あんたが、止めた」

 

 俺は言った。

 

「止めてくれなければ、俺は、規則を破ってました」

 

 俺は、麦酒を飲んだ。

 

「破っていたら、今日、ここに立っていません」

 

 マイヤーは、答えなかった。

 答えずに、帳面を開いた。

 

「ハーゼルさん」

 

 彼は、帳面を見たまま、言った。

 

「王都で、帳面を見せる相手は、おるのか」

 

 俺は、麦酒の椀を、卓に置いた。

 

「いません」

 

「監査官は、王国の帳簿を開きます」

 

「俺の帳簿を開く人間は、いません」

 

「三十年、そうでした」

 

「二十九年前の監査官は、それで死にました」

 

 マイヤーは、帳面を閉じた。

 この男は、俺を憎んでいる。

 俺が街の金の値段を下げた。五割で貸せた男が、一割三分でしか貸せなくなった。

 俺が潰れれば、この男は儲かる。

 彼は、椅子から立ち上がった。

 

「王都は、十一日か」

 

 彼は、言った。

 

「十一日です」

「月に一度、行く」

 

 俺は、この男を見た。

 

「マイヤーさん」

「なんだ」

「二十二日、かかりますよ」

「かかる」

「月の半分です」

「半分だ」

 

 彼は、上着を取った。

 

「口銭は、月に十ターレンだったな」

「十ターレンです」

「安すぎる」

 

 彼は、扉のほうへ歩いた。

 

「三十ターレンにしろ」

 

 彼は、振り返らずに言った。

 

「わしは、あんたが潰れるところを、見に行くんだ」

 

 俺は、卓の一番後ろに立っていた男を、呼んだ。

 

「ペーターさん」

「……いや、俺は」

「前に来てください」

 

 荷役の親方になっていた。子どもが三人いる。上が十一で、下が歩くようになった。

 

「三年前です」

 

 俺は言った。

 

「ヴィント商会が、俺の紙を集めてる、と教えに来た。夜中に、走ってきた」

 

 俺は、この男を見た。

 

「九十枚の銀貨を並べる時間が、できました」

「あれがなかったら、翌朝、俺は何の用意もなく、三十人に囲まれてました」

 

 ペーターは、俺の顔を見なかった。

 見ずに、前に出てきた。

 

「荷役の口を、預けます」

 

 俺は言った。

 

「氷を切るのも、樽を運ぶのも、麦を積むのも、あんたの差配です」

 

 俺は、この男の肩を叩いた。

 

「走れる男に、預けます」

 

 氷室の三千俵は、売った。

 二年寝かせて、値が戻っていた。

 六千ターレンになった。

 俺は、その中から、千二百ターレン分を、麦のまま残した。

 六百俵。

 

「ドールスさん」

 

 俺は、老いた船主に言った。

 

「南へ、運んでください」

「サルヴァか」

「サルヴァから、内陸へ四日。オルデという村です」

 

 俺は、紙を渡した。

 

「村長は、マレナという女です」

「銭は」

「要りません」

 

 ドールスは、俺の顔を見た。

 

「あの村は、敵だろう」

「敵です」

 

 俺は、頷いた。

 

「息子を二人、北の戦にやった女です。片方は、脚がない」

 

 俺は、上着の襟を直した。

 

「次は、麦も持ってこい、と言われました」

「俺は、まだ、それを持っていっていません」

 

 「三の目」を出るとき、ボリスが、後ろからついてきた。

 

「なあ」

「なんだ」

「去年、あんたに聞いたな」

 

 こいつは、麻袋を担ぎ直した。

 

「何なら欲しいんだ、って」

「聞いた」

「なんて答えたんだ、あんたは」

 

 俺は、上着の襟を立てた。

 

「金庫の鍵、かな、と言った」

「持ったのか」

「持たん」

 

 俺は、港のほうを見た。

 松明が、動いている。

 夜通し働く。働かないと食えないからだ。

 俺も、四年前まで、あそこにいた。

 

「——作った」

 

 

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