王都まで、十一日かかった。
今度は、馬車に乗った。
王国の馬車だ。監査官の馬車である。
ボリスが、隣に座っていた。
「乗るのか」
「乗る」
「歩かねえのか」
「歩かん」
こいつは、座席に体を沈めた。
「柔らけえな」
俺は、窓の外を見ていた。
三年前、この道を、麻袋を担いで歩いた。
十一日かけて。
同じ道が、馬車だと、同じ十一日だった。
道は、変わらない。
変わったのは、俺だ。
王城の西の間で、任命を受けた。
三年前、俺が裁かれた部屋だ。
石造りで、窓が高い。
高い窓は、外を見せないためにある。
◆
王は、来なかった。
宰相グレゴール・ザイツが、任命状を読み上げた。
目の下が、黒い。
三年で、この男は、さらに痩せた。
「カイ・ハーゼル」
「はい」
「王の名において、監査官に任ずる」
俺は、頭を下げた。
首に、輪が嵌まった。
実際に嵌まったわけではない。
鎖も、ない。
渡されたのは、紙が一枚と、鍵が一つだ。
鍵は、王国の帳簿庫の鍵だ。
三十年、誰も回していない。
「ハーゼルどの」
ザイツが、言った。
「一つ、申し上げておきます」
彼は、俺を見なかった。
「わたしは、まだ、反対です」
「知ってます」
俺は、頷いた。
「三年前から」
「あなたは、数えます」
彼は、言った。
「数え終わったあと、あなたが何をするか、わたしには数えられない」
俺は、鍵を握った。
「閣下」
「なんです」
「数えられないものを、放っておくと、どうなります」
ザイツは、答えなかった。
「言い値になります」
俺は言った。
「値段じゃない。誰かの言い値です」
俺は、この男を見た。
「東門の市で、覚えました」
「では、どうしろと」
「数えてください」
俺は言った。
「俺を」
ザイツが、初めて、俺の目を見た。
「メルクから、金貸しが来ます」
俺は言った。
「マイヤーという男です。月に一度、俺の帳面を見に来ます」
俺は、鍵を上着に入れた。
「俺が潰れると、儲かる男です」
「その男に、王国の帳簿は見せられません」
「見せません」
俺は、首を振った。
「見せるのは、俺の帳面です」
「俺が、何を数えて、何を数えなかったか」
俺は言った。
「数えなかったものを、見つけるのは、俺じゃない」
「閣下も、見てください」
ザイツは、動かなかった。
「わたしが?」
「閣下は、俺に反対しています」
俺は言った。
「反対している人間が、いちばん、俺の数え違いを見つけたがる」
俺は、笑った。
「俺を止められるのは、俺が潰れて得をする奴だけです」
グレゴール・ザイツは、しばらく、俺を見ていた。
目の下が、黒い。
痩せている。
十二年、この国が死んでいることを、一人で数えてきた男だ。
言って、誰にも聞かれなかった男だ。
彼は、書付を閉じた。
「……見ましょう」
帳簿庫は、王城の地下にあった。
三年前、俺が入っていた牢の、二つ隣だ。
扉は、鉄でできている。
鍵穴に、鍵を入れた。
回らない。
三十年、回していない鍵は、回らない。
ボリスが、燭台を持って、後ろに立っていた。
「押すか」
「押してくれ」
こいつが、肩で押した。
鉄の扉が、鳴った。
三度目に、開いた。
埃が、出てきた。
俺は、燭台を受け取った。
中に、入った。
棚が、天井まである。
綴りが、床から積んである。
俺は、その匂いを知っている。
六年、この匂いの中で、箒を持っていた。
ボリスが、扉の外から、覗いた。
「多いな」
「多い」
「読むのか」
「読む」
「全部か」
「全部だ」
こいつは、しばらく黙っていた。
「何年かかるんだ」
「分からん」
俺は、正直に答えた。
「三十年、誰も読んでない」
俺は、いちばん手前の綴りを取った。
埃を、払った。
表紙に、こう書いてある。
——王国借入綴、第一巻。
俺は、それを開いた。
最初の頁に、一行、書いてある。
字が、細い。
字を書く人間の、細い字だ。
俺は、その字を、知っている。
三年前、桟橋で。
二年前、ヨナスの蔵の机の上で。
——読めば、書いてあります。
俺は、その一行を、三度読んだ。
三度読んでも、同じことが書いてあった。
俺は、燭台を、床に置いた。
置いて、しばらく、動かなかった。
エーリク・フォーゲル。
三十年、ヴィント商会の紙を清書してきた男だ。
二百七十通の四つ目を書いた男だ。
俺の父の紙に、署名した男だ。
この男が。
王国の借入綴の、第一巻を書いている。
俺は、頁をめくった。
日付が、書いてある。
三十年前。
俺は、その頁を、燭台に近づけた。
条項が、七つ、並んでいる。
一つ目。二つ目。三つ目。
四つ目。
俺は、指で、そこを押さえた。