髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第五十話 監査官

 

 王都まで、十一日かかった。

 今度は、馬車に乗った。

 王国の馬車だ。監査官の馬車である。

 ボリスが、隣に座っていた。

 

「乗るのか」

「乗る」

「歩かねえのか」

「歩かん」

 

 こいつは、座席に体を沈めた。

 

「柔らけえな」

 

 俺は、窓の外を見ていた。

 三年前、この道を、麻袋を担いで歩いた。

 十一日かけて。

 同じ道が、馬車だと、同じ十一日だった。

 道は、変わらない。

 変わったのは、俺だ。

 王城の西の間で、任命を受けた。

 三年前、俺が裁かれた部屋だ。

 石造りで、窓が高い。

 高い窓は、外を見せないためにある。

 

              ◆

 

 王は、来なかった。

 宰相グレゴール・ザイツが、任命状を読み上げた。

 目の下が、黒い。

 三年で、この男は、さらに痩せた。

 

「カイ・ハーゼル」

「はい」

「王の名において、監査官に任ずる」

 

 俺は、頭を下げた。

 首に、輪が嵌まった。

 実際に嵌まったわけではない。

 鎖も、ない。

 渡されたのは、紙が一枚と、鍵が一つだ。

 鍵は、王国の帳簿庫の鍵だ。

 三十年、誰も回していない。

 

「ハーゼルどの」

 

 ザイツが、言った。

 

「一つ、申し上げておきます」

 

 彼は、俺を見なかった。

「わたしは、まだ、反対です」

「知ってます」

 

 俺は、頷いた。

 

「三年前から」

 

「あなたは、数えます」

 

 彼は、言った。

 

「数え終わったあと、あなたが何をするか、わたしには数えられない」

 

 俺は、鍵を握った。

 

「閣下」

「なんです」

「数えられないものを、放っておくと、どうなります」

 

 ザイツは、答えなかった。

 

「言い値になります」

 

 俺は言った。

 

「値段じゃない。誰かの言い値です」

 

 俺は、この男を見た。

 

「東門の市で、覚えました」

「では、どうしろと」

「数えてください」

 

 俺は言った。

 

「俺を」

 

 ザイツが、初めて、俺の目を見た。

 

「メルクから、金貸しが来ます」

 

 俺は言った。

 

「マイヤーという男です。月に一度、俺の帳面を見に来ます」

 

 俺は、鍵を上着に入れた。

 

「俺が潰れると、儲かる男です」

「その男に、王国の帳簿は見せられません」

「見せません」

 

 俺は、首を振った。

 

「見せるのは、俺の帳面です」

 

「俺が、何を数えて、何を数えなかったか」

 俺は言った。

 

「数えなかったものを、見つけるのは、俺じゃない」

 

「閣下も、見てください」

 

 ザイツは、動かなかった。

 

「わたしが?」

「閣下は、俺に反対しています」

 

 俺は言った。

 

「反対している人間が、いちばん、俺の数え違いを見つけたがる」

 

 俺は、笑った。

 

「俺を止められるのは、俺が潰れて得をする奴だけです」

 

 グレゴール・ザイツは、しばらく、俺を見ていた。

 目の下が、黒い。

 痩せている。

 十二年、この国が死んでいることを、一人で数えてきた男だ。

 言って、誰にも聞かれなかった男だ。

 彼は、書付を閉じた。

 

「……見ましょう」

 

 帳簿庫は、王城の地下にあった。

 三年前、俺が入っていた牢の、二つ隣だ。

 扉は、鉄でできている。

 鍵穴に、鍵を入れた。

 回らない。

 三十年、回していない鍵は、回らない。

 ボリスが、燭台を持って、後ろに立っていた。

 

「押すか」

「押してくれ」

 

 こいつが、肩で押した。

 鉄の扉が、鳴った。

 三度目に、開いた。

 埃が、出てきた。

 俺は、燭台を受け取った。

 中に、入った。

 棚が、天井まである。

 綴りが、床から積んである。

 俺は、その匂いを知っている。

 六年、この匂いの中で、箒を持っていた。

 ボリスが、扉の外から、覗いた。

 

「多いな」

「多い」

「読むのか」

「読む」

「全部か」

「全部だ」

 

 こいつは、しばらく黙っていた。

 

「何年かかるんだ」

「分からん」

 

 俺は、正直に答えた。

 

「三十年、誰も読んでない」

 俺は、いちばん手前の綴りを取った。

 埃を、払った。

 

 表紙に、こう書いてある。

 ——王国借入綴、第一巻。

 俺は、それを開いた。

 最初の頁に、一行、書いてある。

 字が、細い。

 字を書く人間の、細い字だ。

 俺は、その字を、知っている。

 三年前、桟橋で。

 二年前、ヨナスの蔵の机の上で。

 

 ——読めば、書いてあります。

 俺は、その一行を、三度読んだ。

 三度読んでも、同じことが書いてあった。

 俺は、燭台を、床に置いた。

 置いて、しばらく、動かなかった。

 エーリク・フォーゲル。

 三十年、ヴィント商会の紙を清書してきた男だ。

 二百七十通の四つ目を書いた男だ。

 俺の父の紙に、署名した男だ。

 この男が。

 王国の借入綴の、第一巻を書いている。

 俺は、頁をめくった。

 日付が、書いてある。

 三十年前。

 俺は、その頁を、燭台に近づけた。

 条項が、七つ、並んでいる。

 一つ目。二つ目。三つ目。

 四つ目。

 俺は、指で、そこを押さえた。

 

 

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