髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第五十一話 三千が、九万に

 

 王国の借入綴、第一巻。

 三十年前の日付。

 字は、細い。

 字を書く人間の、細い字だ。

 エーリク・フォーゲル。

 俺は、その頁を、燭台に近づけた。

 条項が、七つ、並んでいる。

 

 一つ目。貸主は、ヴィント商会。

 二つ目。借主は、アルヴェント王国。

 三つ目。元本、三千ターレン。利は、年に一割二分。

 四つ目。

 ——返済の年、王国の税収が例年を下回るときは、返済を待つ。

 ——待ちたる分は、元本に足す。

 俺は、その二行を、三度読んだ。

 三度読んでも、同じことが書いてあった。

 豊作の年は返済を待つ。

 凶作の年は納めを延べる。

 納入なきときは、手形を無効とせず。

 ——税収が下回るときは、返済を待つ。

 四つ目は、いつも同じだ。

 俺は、蝋燭を足した。

 三千ターレン。

 三十年前。

 利は、年に一割二分。

 俺は、紙を出した。

 一年目。三千に、一割二分。三百六十。締めて、三千三百六十。

 返せなかった。税収が、例年を下回った。

 待った。待った分が、元本に足された。

 二年目。三千三百六十に、一割二分。

 三年目。

 四年目。

 俺は、三十行、書いた。

 三十行目に、こう書いた。

 ——八万九千八百八十ターレン。

 俺は、その数字を、三度数え直した。

 三度数えても、同じだった。

 三年半前、王城の書庫で、あの女は言った。

 ——王国は、十四万ターレン借りています。そのうち、九万は、ヴィント商会です。

 俺は、蝋燭を見ていた。

 九万。

 俺は、綴りを閉じた。

 閉じて、しばらく、動かなかった。

 王国が、この街の商会に負っている九万ターレン。

 三十年ぶんの、借入の積み重ねだと、みんな思っている。

 違う。

 

 ——九万は、一枚の紙です。

 

 三千ターレン、一枚。

 三十年前。

 利を、三十年、足し続けた。

 三千が、九万になった。

 三十倍だ。

 俺は、綴りを、もう一度開けた。

 王国は、この三千を、何に使ったのか。

 書いてあった。

 ——麦の購い。

 三十年前。

 王国は、凶作だった。

 北の村が、麦を採れなかった。

 王国は、麦を買った。

 村を、生かすためだ。

 買わなければ、村は売り食いを始める。

 売り食いを始めた村は、翌年、何も蒔けない。

 俺は、その一行を、指で押さえた。

 十二年前。

 メルクハーフェン。

 北の村が、凶作だった。

 俺の父は、村へ行って、麦を高く買った。

 そのために、金を借りた。

 豊作の年は返済を待つ、と書いてある紙に、判を押した。

 俺は、燭台を、卓に置いた。

 ——この国も、うちの親父と、同じ理由で借りた。

 俺は、しばらく、動かなかった。

 書庫は、静かだった。

 二百年ぶんの綴りが、床から積んである。

 俺は、頁の下の、署名を見た。

 王の判。

 先の王だ。ライナルト三世の、父である。

 その隣に、副署がある。

 王国側で、この契約をまとめた男の名だ。

 俺は、その名を、読んだ。

 ——アルブレヒト。

 俺は、その名を、頭の中に置いた。

 置いて、それから、棚のほうを見た。

 監査の職は、三十年、空席だった。

 三十年前に、一人だけ、いた。

 二十九年前に、解かれた。

 解かれて、落馬した。

 俺は、その男の名を、まだ聞いていない。

 聞かなくても、分かった。

 この紙をまとめた男が。

 翌年、監査官になった。

 そして、この紙を、もう一度読んだ。

 俺は、蝋燭を消した。

 消してから、暗い書庫で、こう言った。

 

「あんたも、四つ目を、あとから読んだのか」

 

 

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