王国の借入綴、第一巻。
三十年前の日付。
字は、細い。
字を書く人間の、細い字だ。
エーリク・フォーゲル。
俺は、その頁を、燭台に近づけた。
条項が、七つ、並んでいる。
一つ目。貸主は、ヴィント商会。
二つ目。借主は、アルヴェント王国。
三つ目。元本、三千ターレン。利は、年に一割二分。
四つ目。
——返済の年、王国の税収が例年を下回るときは、返済を待つ。
——待ちたる分は、元本に足す。
俺は、その二行を、三度読んだ。
三度読んでも、同じことが書いてあった。
豊作の年は返済を待つ。
凶作の年は納めを延べる。
納入なきときは、手形を無効とせず。
——税収が下回るときは、返済を待つ。
四つ目は、いつも同じだ。
俺は、蝋燭を足した。
三千ターレン。
三十年前。
利は、年に一割二分。
俺は、紙を出した。
一年目。三千に、一割二分。三百六十。締めて、三千三百六十。
返せなかった。税収が、例年を下回った。
待った。待った分が、元本に足された。
二年目。三千三百六十に、一割二分。
三年目。
四年目。
俺は、三十行、書いた。
三十行目に、こう書いた。
——八万九千八百八十ターレン。
俺は、その数字を、三度数え直した。
三度数えても、同じだった。
三年半前、王城の書庫で、あの女は言った。
——王国は、十四万ターレン借りています。そのうち、九万は、ヴィント商会です。
俺は、蝋燭を見ていた。
九万。
俺は、綴りを閉じた。
閉じて、しばらく、動かなかった。
王国が、この街の商会に負っている九万ターレン。
三十年ぶんの、借入の積み重ねだと、みんな思っている。
違う。
——九万は、一枚の紙です。
三千ターレン、一枚。
三十年前。
利を、三十年、足し続けた。
三千が、九万になった。
三十倍だ。
俺は、綴りを、もう一度開けた。
王国は、この三千を、何に使ったのか。
書いてあった。
——麦の購い。
三十年前。
王国は、凶作だった。
北の村が、麦を採れなかった。
王国は、麦を買った。
村を、生かすためだ。
買わなければ、村は売り食いを始める。
売り食いを始めた村は、翌年、何も蒔けない。
俺は、その一行を、指で押さえた。
十二年前。
メルクハーフェン。
北の村が、凶作だった。
俺の父は、村へ行って、麦を高く買った。
そのために、金を借りた。
豊作の年は返済を待つ、と書いてある紙に、判を押した。
俺は、燭台を、卓に置いた。
——この国も、うちの親父と、同じ理由で借りた。
俺は、しばらく、動かなかった。
書庫は、静かだった。
二百年ぶんの綴りが、床から積んである。
俺は、頁の下の、署名を見た。
王の判。
先の王だ。ライナルト三世の、父である。
その隣に、副署がある。
王国側で、この契約をまとめた男の名だ。
俺は、その名を、読んだ。
——アルブレヒト。
俺は、その名を、頭の中に置いた。
置いて、それから、棚のほうを見た。
監査の職は、三十年、空席だった。
三十年前に、一人だけ、いた。
二十九年前に、解かれた。
解かれて、落馬した。
俺は、その男の名を、まだ聞いていない。
聞かなくても、分かった。
この紙をまとめた男が。
翌年、監査官になった。
そして、この紙を、もう一度読んだ。
俺は、蝋燭を消した。
消してから、暗い書庫で、こう言った。
「あんたも、四つ目を、あとから読んだのか」