帳簿庫は、王城の地下にある。
鍵は、俺が持っている。
三十年、誰も回していない鍵だ。
俺は、そこに、十四日いた。
ボリスが、飯を運んできた。
地下に降りる階段は、狭い。この男は、一度、頭をぶつけた。
「なあ」
「なんだ」
「何を探してるんだ」
「二十九年前の男の、綴りだ」
「死んだ奴か」
「死んだ奴だ」
「死んだ奴が、何か書いたのか」
俺は、棚を見上げた。
「書かなかったら、殺されない」
ボリスは、しばらく、黙っていた。
「じゃあ、書いたんだな」
「書いた」
「どこにある」
「分からん」
俺は、棚に手を置いた。
「だが、書いた男は、隠す」
十四日目に、見つけた。
王国の、塩の綴りの中にあった。
塩だ。
地味な商いだ。誰も読まない。
二百年ぶんの塩の綴りの、百四十七巻目。
その、頁と頁の間に、紙が挟んであった。
二十九年、そこにあった。
俺は、それを、抜いた。
——監査覚書。
——アルブレヒト。
字は、大きい。
急いで書いた字だ。
俺は、燭台を近づけた。
——王国は、三十年前、ヴィント商会より三千ターレンを借り入れたり。
——利は年に一割二分。四つ目に、待ちたる分を元本に足す旨あり。
——この条項により、三千ターレンは、三十年にして九万ターレンとなる。
俺は、その一行を、三度読んだ。
二十九年前に。
この男は、数えた。
三十年後に九万になると、二十九年前に、書いた。
俺は、その数字を、六日前に数えた。
八万九千八百八十。
この男の見立ては、九万。
百二十ターレン、違う。
二十九年前の男が、俺より、百二十ターレンだけ、大きく見積もった。
——安全のために、丸めたのだ。
俺は、それを、知っている。
自分に不利な方へ丸める男が、この世に何人いるか。
俺は、覚書を、めくった。
——王国は、この借入を、麦の購いに用いたり。
——北の村、四つ。凶作なり。
——村を生かすためなり。
——この借入は、正しかった。
——正しからざるは、四つ目なり。
——四つ目なくば、三千は、十年にして返済し得たり。
——四つ目ありて、王国は、永久に返済し得ず。
俺は、頁をめくった。
最後の頁だ。
字が、乱れている。
——本覚書を、宰相に提出せり。
——王に、奏上せんことを願いたり。
——三度、願いたり。
俺は、そこで、指を止めた。
最後の一行がある。
字は、大きくない。
小さい。
——誰も、聞かなかった。
俺は、その一行を、しばらく見ていた。
地下は、暗い。
蝋燭が、一本、短くなった。
十二の俺には、読めた。
誰も、聞かなかった。
九つの女は、数えた。
誰も、聞かなかった。
十二年前、宰相は、数えた。
誰も、聞かなかった。
二十九年前。
この男は、三度、願った。
俺は、覚書を、卓に置いた。
置いて、両手を、その上に置いた。
解任状は、覚書の裏に、貼ってあった。
この男が、自分で貼ったのだ。
——監査官アルブレヒトを、解く。
日付は、覚書の最後の頁の、四日後。
俺は、署名を見た。
宰相の判。
その隣に、副署がある。
書記の副署だ。
若い字だ。
まっすぐで、硬い。
二十歳そこそこの男が書く字だ。
俺は、その名を、読んだ。
——グレゴール・ザイツ。
俺は、動かなかった。
燭台の火が、揺れた。
地下は、静かだった。
二十九年前。
二十歳の書記が、監査官の解任状に、副署した。
四日後、その監査官は、落馬した。
その書記は。
二十九年、この国の宰相になるまで、生きた。
そして、俺の任命に、最後まで反対した。
俺は、覚書を、上着の内に入れた。
入れて、階段を上がった。
狭い階段だ。
ボリスが、一度、頭をぶつけた階段だ。
俺は、その途中で、足を止めた。
——あの男は、反対していた。
俺は、それを、悪意だと思っていた。
俺は、階段の途中で、しばらく動かなかった。