髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第五十二話 誰も、聞かなかった

 

 帳簿庫は、王城の地下にある。

 鍵は、俺が持っている。

 三十年、誰も回していない鍵だ。

 俺は、そこに、十四日いた。

 ボリスが、飯を運んできた。

 地下に降りる階段は、狭い。この男は、一度、頭をぶつけた。

 

「なあ」

「なんだ」

「何を探してるんだ」

「二十九年前の男の、綴りだ」

「死んだ奴か」

「死んだ奴だ」

「死んだ奴が、何か書いたのか」

 

 俺は、棚を見上げた。

 

「書かなかったら、殺されない」

 

 ボリスは、しばらく、黙っていた。

 

「じゃあ、書いたんだな」

「書いた」

「どこにある」

「分からん」

 

 俺は、棚に手を置いた。

 

「だが、書いた男は、隠す」

 

 十四日目に、見つけた。

 王国の、塩の綴りの中にあった。

 塩だ。

 地味な商いだ。誰も読まない。

 二百年ぶんの塩の綴りの、百四十七巻目。

 その、頁と頁の間に、紙が挟んであった。

 二十九年、そこにあった。

 俺は、それを、抜いた。

 ——監査覚書。

 ——アルブレヒト。

 字は、大きい。

 急いで書いた字だ。

 俺は、燭台を近づけた。

 

 ——王国は、三十年前、ヴィント商会より三千ターレンを借り入れたり。

 ——利は年に一割二分。四つ目に、待ちたる分を元本に足す旨あり。

 ——この条項により、三千ターレンは、三十年にして九万ターレンとなる。

 

 俺は、その一行を、三度読んだ。

 二十九年前に。

 この男は、数えた。

 三十年後に九万になると、二十九年前に、書いた。

 俺は、その数字を、六日前に数えた。

 八万九千八百八十。

 この男の見立ては、九万。

 百二十ターレン、違う。

 二十九年前の男が、俺より、百二十ターレンだけ、大きく見積もった。

 ——安全のために、丸めたのだ。

 俺は、それを、知っている。

 自分に不利な方へ丸める男が、この世に何人いるか。

 俺は、覚書を、めくった。

 ——王国は、この借入を、麦の購いに用いたり。

 ——北の村、四つ。凶作なり。

 ——村を生かすためなり。

 ——この借入は、正しかった。

 ——正しからざるは、四つ目なり。

 ——四つ目なくば、三千は、十年にして返済し得たり。

 ——四つ目ありて、王国は、永久に返済し得ず。

 俺は、頁をめくった。

 最後の頁だ。

 字が、乱れている。

 ——本覚書を、宰相に提出せり。

 ——王に、奏上せんことを願いたり。

 ——三度、願いたり。

 俺は、そこで、指を止めた。

 最後の一行がある。

 字は、大きくない。

 小さい。

 

 ——誰も、聞かなかった。

 

 俺は、その一行を、しばらく見ていた。

 地下は、暗い。

 蝋燭が、一本、短くなった。

 十二の俺には、読めた。

 誰も、聞かなかった。

 九つの女は、数えた。

 誰も、聞かなかった。

 十二年前、宰相は、数えた。

 誰も、聞かなかった。

 二十九年前。

 この男は、三度、願った。

 俺は、覚書を、卓に置いた。

 置いて、両手を、その上に置いた。

 解任状は、覚書の裏に、貼ってあった。

 この男が、自分で貼ったのだ。

 ——監査官アルブレヒトを、解く。

 

 日付は、覚書の最後の頁の、四日後。

 俺は、署名を見た。

 宰相の判。

 その隣に、副署がある。

 書記の副署だ。

 若い字だ。

 まっすぐで、硬い。

 二十歳そこそこの男が書く字だ。

 俺は、その名を、読んだ。

 ——グレゴール・ザイツ。

 俺は、動かなかった。

 燭台の火が、揺れた。

 地下は、静かだった。

 二十九年前。

 二十歳の書記が、監査官の解任状に、副署した。

 四日後、その監査官は、落馬した。

 その書記は。

 二十九年、この国の宰相になるまで、生きた。

 そして、俺の任命に、最後まで反対した。

 俺は、覚書を、上着の内に入れた。

 入れて、階段を上がった。

 狭い階段だ。

 ボリスが、一度、頭をぶつけた階段だ。

 俺は、その途中で、足を止めた。

 

 ——あの男は、反対していた。

 

 俺は、それを、悪意だと思っていた。

 俺は、階段の途中で、しばらく動かなかった。

 

 

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