髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第五十四話 死なない兵

 

「もう一人、いますよ」

 

 宰相は、そう言った。

 言って、書付を、俺のほうへ滑らせた。

 ——軍務庁。兵の名簿。

 俺は、その紙を、受け取った。

 受け取りながら、一つ、数えた。

 ——なぜ、この男が教えるのか。

 数えたが、その日は、それ以上、数えなかった。

 軍務庁の主計官は、ブラントという。

 インクの染みが、指についている。

 四十年、書類を書いてきた男だ。

 俺を見て、この男は、立ち上がった。

 

「ハーゼルどの」

「ブラントさん」

「……監査官どの、と呼ぶべきですかな」

「ハーゼルで」

 

 俺は、椅子に座った。

 

「三年前、あんたは、俺に書付を渡そうとした」

 

 俺は言った。

 

「ヴィント商会の、十年ぶんの相殺の記録です」

「渡しました」

「受け取りませんでした」

「……受け取られませんでした」

 

 俺は、任命状を、卓に置いた。

 

「今日、受け取ります」

 

 ブラントの手が、震えた。

 この男は、抽斗を開けた。

 三年、そこにあった。

 兵の名簿は、二十年ぶん、あった。

 俺は、十四日、それを数えた。

 アルヴェント王国の兵は、四千人。

 給金は、一人、年に十ターレン。

 締めて、四万ターレン。

 戦費は、年に六万。

 給金が四万。残りの二万が、兵糧と、武器と、馬だ。

 名簿には、四千人の名が書いてある。

 俺は、その名を、一人ずつ、戦死の届けと突き合わせた。

 十四日、かかった。

 ボリスが、隣で、紙を運んだ。

 この男は、字が読めない。

 だが、紙は運べる。

 

              ◆

 

 十四日目に、俺は、数え終わった。

 戦死の届けが出ている名。

 二千八百人。

 五年の戦で、二千八百人が死んだ。

 名簿に、名が残っている。

 そのうち、給金の受け取りが続いている名。

 千二百人。

 俺は、その数字を、三度数えた。

 千二百人。

 一人、十ターレン。

 年に、一万二千ターレン。

 五年で、六万。

 俺は、紙を、卓に伏せた。

 

「ブラントさん」

「はい」

「あんたは、知ってましたね」

 

 この男は、答えなかった。

 答えずに、インクの染みのついた指で、卓の縁を掴んだ。

 

「……書きました」

 

 彼は、言った。

 

「四十年、書類を書いてきました」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「戦死の届けを、書きました。給金の帳簿も、書きました」

「二つの帳簿を」

 

 俺は言った。

 

「並べましたか」

 

 ブラントは、動かなかった。

 

「……並べませんでした」

「なぜです」

「並べる仕事では、ありませんでした」

 

 俺は、この男の顔を、しばらく見ていた。

 六年、俺は市庁舎の書記室で箒を持っていた。

 書記のヴィルムは、一度だけ、こう言った。

 

 ——そいつは、数えてやらんと、ただの紙だぞ。

 

 俺は、立ち上がった。

 

「ブラントさん」

「はい」

「並べる仕事は、今、俺の仕事です」

 

「あんたの仕事は、書くことでした」

 

 俺は言った。

 

「四十年、正確に書いた」

 

 俺は、名簿を叩いた。

 

「書いてなかったら、俺は数えられませんでした」

 

 ブラントは、俺を見た。

 この男の目が、赤かった。

 軍務庁長官は、ローデといった。

 六十を越えている。将軍だった男だ。

 右手の指が、二本ない。

 この男は、俺の紙を見て、笑わなかった。

 

「千二百人だな」

「千二百人です」

「一万二千ターレン」

「年に、です」

 

 彼は、卓に手を置いた。

 

「わしのところには、来ておらん」

 

 彼は、言った。

「隊長どもだ」

「知ってましたか」

「知っとった」

 

 この男は、即答した。

 

「なぜ、止めなかったんです」

 

 ローデは、右手を、卓の上に置いた。

 指が、二本ない。

 

「兵の給金は、遅れる」

 

 彼は、言った。

 

「三月、遅れる。半年、遅れる」

 

 彼は、指の欠けた手を、握った。

 

「隊長どもは、死んだ兵の給金で、生きとる兵に飯を食わせとる」

 

 俺は、動かなかった。

 

「一万二千ターレンだ」

 

 彼は、言った。

 

「そのうち、いくらが隊長の懐に入っとるか、わしは知らん」

 

 彼は、俺を見た。

 

「だが、いくらかは、兵の腹に入っとる」

 

 部屋は、静かだった。

 俺は、紙を、卓に置いた。

 

「ローデさん」

「なんだ」

「隊長は、何人います」

「四十人だ」

「一万二千を、四十で割ると、三百です」

 

 俺は言った。

 

「隊長一人あたり、年に三百ターレン」

 

 俺は、指を折った。

 

「隊長の正しい給金は、年に六十ターレンです。名簿に、書いてあります」

 

「五倍です」

 

「五倍を、全部、兵の腹に入れる男が」

 

 俺は言った。

 

「四十人、いますか」

 

 ローデは、動かなかった。

 右手の、指の欠けた手が、卓の上で、震えていた。

 

「……おらん」

「何人ですか」

 

 この男は、答えなかった。

 

「ローデさん」

 

 俺は、静かに言った。

 

「俺は、数えます」

 

 俺は言った。

 

「四十人、一人ずつ、数えます」

 

「兵の腹に入れた男は、残します」

 

 ローデが、顔を上げた。

 

「……残す?」

「残します」

 

 俺は、頷いた。

 

「その男は、掟を破りました。だが、兵を食わせた」

 

 俺は、紙を畳んだ。

 

「掟を直すのは、俺の仕事です。兵を食わせなかった掟が、悪い」

 

 俺は、立ち上がった。

 

「懐に入れた男は、返してもらいます」

 

 俺は、扉のほうへ歩いた。

 

「ハーゼル」

 

 ローデが、俺の背に言った。

 

「どうやって、分ける」

 

 俺は、振り返った。

 

「隊の兵の、痩せ具合を見ます」

 

 四十日、かかった。

 四十の隊を、全部、回った。

 兵の顔を見た。手を見た。飯の量を数えた。

 隊長の屋敷を見た。妻の服を見た。馬の数を数えた。

 四十のうち、十一人が、兵に食わせていた。

 二十九人が、懐に入れていた。

 俺は、二十九人の名を、宰相に上げた。

 返ってきたのは、三万八千ターレン。

 十一人の名は、上げなかった。

 代わりに、こう書いた。

 

 ——兵の給金を、遅らせるのをやめてください。

 ——遅らせるから、盗まれます。

 

 

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