国庫に、金が戻り始めた。
造幣局から、五万三千二百。
軍務庁から、三万八千。
締めて、九万一千二百ターレン。
この国の不足は、年に一万五千だ。
——六年ぶん。
王城は、静かになった。
俺が廊下を歩くと、人が壁に寄る。
監査官が来る、と誰かが言う。
俺は、笑って通り過ぎる。
そういうやり方が、俺のやり方だ。
冬の終わりに、宰相の部屋へ呼ばれた。
グレゴール・ザイツは、書付を見ていた。
目の下が、黒い。
「次です」
彼は、書付を滑らせた。
——徴税請負。
俺は、その紙を、受け取らなかった。
卓の上で、指で押さえた。
「閣下」
「なんです」
「なぜ、いつも、あなたが次を教えるんです」
ザイツの手が、止まった。
俺は、椅子に座った。
「造幣局。あなたが教えた」
俺は、指を折った。
「軍務庁。あなたが教えた」
二本目。
「徴税請負。今、あなたが教えた」
三本目。
俺は、手を開いた。
「あなたは、俺の任命に、最後まで反対しました」
俺は言った。
「反対した男が、三度、獲物を教えてくれる」
俺は、卓に手を置いた。
「なぜです」
部屋は、静かだった。
窓が、小さい。
ザイツは、書付を閉じた。
閉じて、しばらく、動かなかった。
「ハーゼルどの」
「はい」
「あなたは、帳簿を開けます」
彼は、言った。
「王の名において。参事会も、商会も、拒めません」
彼は、俺を見なかった。
「あなたは、まっすぐ進みます」
「まっすぐ進むと」
彼は、顔を上げた。
「——王に、当たります」
俺は、動かなかった。
「わたしは、あなたを、脇へ寄せています」
彼は、言った。
「造幣局。軍務庁。徴税請負」
彼は、書付を叩いた。
「どれも、王ではありません」
俺は、この男の顔を見た。
目の下が、黒い。
痩せている。
書庫の女と、同じ顔だ。
「閣下」
「はい」
「王に当たると、どうなります」
ザイツは、答えなかった。
俺は、上着の内から、紙を出した。
二十九年、塩の綴りの間に挟まっていた紙だ。
俺は、それを、卓の上に置いた。
——監査覚書。アルブレヒト。
ザイツの顔から、色が、消えた。
俺は、その紙をめくった。
最後の頁だ。
——本覚書を、宰相に提出せり。
——王に、奏上せんことを願いたり。
——三度、願いたり。
——誰も、聞かなかった。
俺は、紙を裏返した。
解任状が、貼ってある。
覚書の、四日後の日付だ。
俺は、副署を、指で押さえた。
若い字だ。
まっすぐで、硬い。
二十歳そこそこの男が書く字だ。
「閣下です」
部屋は、静かだった。
グレゴール・ザイツは、その紙を、見ていた。
長いこと、見ていた。
俺は、待った。
こういうときに喋る奴は、負ける。
「二十歳でした」
彼は、やっと言った。
「書記でした」
彼は、言った。
「宰相に、紙を出せと言われた。出しました」
彼は、俺を見なかった。
「何の紙かは、読みました」
「読んで、意味は」
「分かりませんでした」
彼は、卓に手を置いた。
「四日後に、あの方は、落馬されました」
「そのとき、意味が、分かりました」
俺は、動かなかった。
ザイツは、椅子の背に、体を預けた。
「二十九年、数えました」
彼は、言った。
「十二年前に、答えが出ました」
彼は、天井を見た。
「言いました。誰も、聞きませんでした」
「それから、十二年」
「わたしは、言わないことにしました」
部屋は、静かだった。
「ハーゼルどの」
「はい」
「わたしが、あなたの任命に反対したのは」
彼は、俺を見た。
目の下が、黒い。
二十九年、この男は、あの落馬を数えてきた。
「——あなたを、落としたくなかったからです」
俺は、椅子の上で、動かなかった。
三年半、俺は、この男を、王国の味方だと思っていた。
正しかった。
正しかったが、足りなかった。
俺は、しばらく、何も言わなかった。
言うことがなかったのではない。
言っていいことが、一つもなかったのだ。
俺は、卓の上の覚書を、指で押さえた。
「閣下」
「はい」
「この男は、三度、願いました」
「三度、断られて、それから、書いたんです」
俺は、最後の一行を、指でなぞった。
——誰も、聞かなかった。
「これは、恨み言じゃありません」
俺は言った。
「引き継ぎです」
俺は、覚書を、上着の内に戻した。
「この男は、塩の綴りに挟みました」
俺は言った。
「二百年ぶんの、百四十七巻目です」
俺は、立ち上がった。
「誰も読まない綴りに、挟んだ」
「読む奴が来るまで、待たせるためです」
俺は、扉のほうへ歩いた。
「二十九年、待ちました」
俺は、扉に手をかけた。
「閣下。徴税請負は、やります」
俺は言った。
「その次に、王に当たります」
ザイツは、動かなかった。
「止めますか」
俺は、聞いた。
この男は、長いこと、答えなかった。
それから、こう言った。
「——わたしが止めなければ、誰が止めますか」