髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第五十五話 まっすぐ進むと

 

 国庫に、金が戻り始めた。

 造幣局から、五万三千二百。

 軍務庁から、三万八千。

 締めて、九万一千二百ターレン。

 この国の不足は、年に一万五千だ。

 ——六年ぶん。

 王城は、静かになった。

 俺が廊下を歩くと、人が壁に寄る。

 監査官が来る、と誰かが言う。

 俺は、笑って通り過ぎる。

 そういうやり方が、俺のやり方だ。

 冬の終わりに、宰相の部屋へ呼ばれた。

 グレゴール・ザイツは、書付を見ていた。

 目の下が、黒い。

 

「次です」

 

 彼は、書付を滑らせた。

 ——徴税請負。

 俺は、その紙を、受け取らなかった。

 卓の上で、指で押さえた。

 

「閣下」

「なんです」

「なぜ、いつも、あなたが次を教えるんです」

 

 ザイツの手が、止まった。

 俺は、椅子に座った。

 

「造幣局。あなたが教えた」

 

 俺は、指を折った。

 

「軍務庁。あなたが教えた」

 

 二本目。

 

「徴税請負。今、あなたが教えた」

 

 三本目。

 俺は、手を開いた。

 

「あなたは、俺の任命に、最後まで反対しました」

 

 俺は言った。

 

「反対した男が、三度、獲物を教えてくれる」

 

 俺は、卓に手を置いた。

 

「なぜです」

 

 部屋は、静かだった。

 窓が、小さい。

 ザイツは、書付を閉じた。

 閉じて、しばらく、動かなかった。

 

「ハーゼルどの」

「はい」

「あなたは、帳簿を開けます」

 

 彼は、言った。

 

「王の名において。参事会も、商会も、拒めません」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「あなたは、まっすぐ進みます」

「まっすぐ進むと」

 

 彼は、顔を上げた。

 

「——王に、当たります」

 

 俺は、動かなかった。

 

「わたしは、あなたを、脇へ寄せています」

 

 彼は、言った。

 

「造幣局。軍務庁。徴税請負」

 

 彼は、書付を叩いた。

 

「どれも、王ではありません」

 

 俺は、この男の顔を見た。

 目の下が、黒い。

 痩せている。

 書庫の女と、同じ顔だ。

 

「閣下」

「はい」

「王に当たると、どうなります」

 

 ザイツは、答えなかった。

 俺は、上着の内から、紙を出した。

 二十九年、塩の綴りの間に挟まっていた紙だ。

 俺は、それを、卓の上に置いた。

 ——監査覚書。アルブレヒト。

 ザイツの顔から、色が、消えた。

 俺は、その紙をめくった。

 最後の頁だ。

 ——本覚書を、宰相に提出せり。

 ——王に、奏上せんことを願いたり。

 ——三度、願いたり。

 ——誰も、聞かなかった。

 俺は、紙を裏返した。

 解任状が、貼ってある。

 覚書の、四日後の日付だ。

 俺は、副署を、指で押さえた。

 若い字だ。

 まっすぐで、硬い。

 二十歳そこそこの男が書く字だ。

 

「閣下です」

 

 部屋は、静かだった。

 グレゴール・ザイツは、その紙を、見ていた。

 長いこと、見ていた。

 俺は、待った。

 こういうときに喋る奴は、負ける。

 

「二十歳でした」

 

 彼は、やっと言った。

 

「書記でした」

 

 彼は、言った。

 

「宰相に、紙を出せと言われた。出しました」

 

 彼は、俺を見なかった。

 

「何の紙かは、読みました」

「読んで、意味は」

「分かりませんでした」

 

 彼は、卓に手を置いた。

 

「四日後に、あの方は、落馬されました」

「そのとき、意味が、分かりました」

 

 俺は、動かなかった。

 ザイツは、椅子の背に、体を預けた。

 

「二十九年、数えました」

 

 彼は、言った。

 

「十二年前に、答えが出ました」

 

 彼は、天井を見た。

 

「言いました。誰も、聞きませんでした」

 

「それから、十二年」

 

「わたしは、言わないことにしました」

 

 部屋は、静かだった。

 

「ハーゼルどの」

「はい」

「わたしが、あなたの任命に反対したのは」

 

 彼は、俺を見た。

 目の下が、黒い。

 二十九年、この男は、あの落馬を数えてきた。

 

「——あなたを、落としたくなかったからです」

 

 俺は、椅子の上で、動かなかった。

 三年半、俺は、この男を、王国の味方だと思っていた。

 正しかった。

 正しかったが、足りなかった。

 俺は、しばらく、何も言わなかった。

 言うことがなかったのではない。

 言っていいことが、一つもなかったのだ。

 俺は、卓の上の覚書を、指で押さえた。

 

「閣下」

「はい」

「この男は、三度、願いました」

「三度、断られて、それから、書いたんです」

 

 俺は、最後の一行を、指でなぞった。

 ——誰も、聞かなかった。

 

「これは、恨み言じゃありません」

 

 俺は言った。

 

「引き継ぎです」

 

 俺は、覚書を、上着の内に戻した。

 

「この男は、塩の綴りに挟みました」

 

 俺は言った。

 

「二百年ぶんの、百四十七巻目です」

 

 俺は、立ち上がった。

 

 

「誰も読まない綴りに、挟んだ」

 

「読む奴が来るまで、待たせるためです」

 

 俺は、扉のほうへ歩いた。

 

「二十九年、待ちました」

 

 俺は、扉に手をかけた。

 

「閣下。徴税請負は、やります」

 

 俺は言った。

 

「その次に、王に当たります」

 

 ザイツは、動かなかった。

 

「止めますか」

 

 俺は、聞いた。

 この男は、長いこと、答えなかった。

 それから、こう言った。

 

「——わたしが止めなければ、誰が止めますか」

 

 

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