髑髏の王冠   作:朝凪小夜

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第五十七話 戦の値段

 

 戦費は年に六万ターレン。

 前線に届いているのは四万。

 二万消えている。

 俺は兵站の綴りを開いた。

 王国は兵糧と武器と馬を買う。

 買う相手は請負人だ。

 請負人は三人いる。

 一人はヴィント商会。

 一人は王都の商会。

 もう一人の名を俺は綴りの三頁目で見た。

 ——ヴァルター公。

 王の弟だ。

 俺はその名を頭の中に置いた。

 置いて、二十日数えた。

 ヴィント商会が納めた分。

 鉄、麻、塩、麦。

 値は市の値と同じだった。

 俺は三度数え直した。

 三度数えても同じだった。

 ——一グロートも上乗せしていない。

 あの男は王国から盗んでいない。

 三年半前、俺はそれを東門の市で言った。

 ——王国は損をしていません。損をしたのは二割で売った奴らです。

 王都の商会も同じだった。

 市の値。上乗せなし。

 ヴァルター公は。

 俺はその頁を燭台に近づけた。

 兵糧。麦。

 一俵、六ターレン。

 俺はその数字を三度読んだ。

 市の値は二ターレン十グロートだ。

 俺はそれを十二の年から知っている。

 うちの親父が扱っていた。

  ——二倍半。

 ヴァルター公が納めた麦は年に六千俵。

 市の値なら一万五千ターレン。

 公が受け取ったのは三万六千。

 ——二万一千、多い。

 俺は燭台を卓に置いた。

 消えた二万はここにあった。

 俺は書庫の椅子に座り直した。

 この国は年に一万五千足りない。

 王の弟が年に二万一千取っている。

 ——この男が麦を市の値で納めればこの国は黒字になる。

 俺はその一行を紙に書いた。

 書いてしばらく見ていた。

 簡単すぎる。

 俺は簡単すぎる答えを信用しない。

 俺はもう一度綴りを開いた。

 ヴァルター公の麦はどこから来るのか。

 書いてあった。

 ——王領の北。

 俺はその村を数えた。

 四十二の村。

 俺はその四十二の村の徴発の綴りを引いた。

 三日かかった。

 三日目に俺は数え終わった。

  四十二の村は麦を徴発されている。

 徴発だ。

 取られて紙を渡される。

 王国はその紙を払わない。

 俺は燭台を握った。

 ヴァルター公は麦をただで手に入れている。

 徴発した麦を。

 そして王国に一俵六ターレンで売っている。

 王国が村から取った麦を。

 王国が六ターレンで買い戻している。

 俺は椅子から立ち上がった。

 書庫は暗い。

 二百年ぶんの綴りが床から積んである。

 俺はそこでしばらく動かなかった。

 三年半前。

 北の四つの村から王国が麦を取った。

 六百俵。

 村に残ったのは紙一枚だ。

 額面千五百ターレン。

 俺はそれを六百ターレンで買った。

 ゲルトが四割で買えと言った。

 ——あんたが払わせると俺は思ってる。

 俺は払わせた。

 八百四十ターレンを村に返した。

 村長は俺の手を掴んだ。

 俺はあのときこう思った。

 ——王国は金がないから払えないのだ。

 俺は燭台を卓に置いた。

 置いてこう言った。

 「——違った」

 王国は金がないから村に払えないのではない。

 村から取った麦を王の弟から二倍半で買い戻している。

 だから金がない。

 だから村に払えない。

 俺は書庫の壁に手をついた。

 

 三年半俺はこの国を貧しい国だと思っていた。

 違う。

 

——盗まれている国だ。

 

 俺は紙を書いた。

 

 ——ヴァルター公。

 ——兵糧の麦年六千俵。

 ——市の値二ターレン十グロート。納入の値六ターレン。

 ——差二万一千ターレン。

 ——麦の出所王領北部四十二村。徴発。

 ——徴発の手形未払い。

 ——王国は自ら徴発せる麦を王弟より二倍半にて買い戻せり。

 俺はその紙を三度読み直した。

 三度読んでも同じことが書いてあった。

 俺はその紙を持って宰相の部屋へ行った。

 グレゴール・ザイツは卓に向かっていた。

 俺が入るとこの男は顔を上げなかった。

 顔を上げずにこう言った。

 

「——ヴァルターですね」

 

俺は動かなかった。

「十二年前に数えました」

 

彼は言った。

 

「王に奏上しました」

 

 彼は顔を上げた。

 目の下が黒い。

 

「弟だと仰いました」

 

 俺は卓に紙を置いた。

 

「閣下」

「はい」

「王は数字が読めません」

 

 俺は言った。

 

「ですが盗まれたという言葉は分かります」

 

「閣下がそう、仰った」

 

ザイツは俺を見た。

 

「徴税請負の二人は領を召し上げられました」

 

 俺は言った。

 

「王がお怒りになった」

「弟です」

 

 ザイツは言った。

 

「盗んだのは弟です」

「知っています」

 

 俺は頷いた。

 

「だから閣下では駄目でした」

 

 俺は卓の紙を指で押さえた。

 

「閣下は宰相です」

 

 俺は言った。

 

「宰相が弟を訴えれば、それは政です」

「王は政だと思った」

 

 俺は言った。

 

「だから弟だと仰った」

 

 俺は顔を上げた。

 

「俺は宰相じゃない」

 

「俺は監査官です」

 

「——俺は数えるだけです」

 

 

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