春が来ようとしていた。
国庫に十一万二千二百ターレンが戻っている。
ヴァルター公の紙はまだ俺の手元にある。
王に出せばこの国は年に二万一千浮く。
不足は年に一万五千だ。
——黒字になる。
俺はその計算を四十日頭の中に持っていた。
持っていて出さなかった。
出せば王の弟が落ちる。
落ちれば、王が動く。
動けば、何が起きるかを俺は数えられない。
俺は数えられないものを信用しない。
だから先に一つだけ済ませることにした。
俺は書庫へ行った。
イレーネ・ヴァル・アルヴェントは卓に向かっていた。
綴りを読んでいた。
俺はその向かいに座った。
勧められる前に。
行儀が悪い。
彼女は何も言わなかった。
「殿下」
「ハーゼル」
「支度金の額を伺いました」
俺は言った。
「一万五千ターレン」
彼女は綴りから顔を上げなかった。
「フリースラント公は一万と申し出た」
俺は言った。
「あなたが一万五千と仰った」
「値を上げられた」
彼女は頁をめくった。
「一万五千二百五十でした」
彼女は言った。
「あなたの数えた不足は」
「二百五十足りません」
彼女は頁をめくった。
「端数は切りました」
俺は動かなかった。
この女は自分に値をつけるときに端数を切った。
「殿下」
俺は言った。
「支度金は要りません」
彼女の手が止まった。
俺は紙を卓に置いた。
「造幣局から五万三千二百」
俺は言った。
「軍務庁から三万八千」
「徴税請負から二万一千」
「締めて十一万二千二百ターレン」
俺は二枚目を出した。
「そして、これです」
——ヴァルター公。兵糧の麦。差二万一千ターレン。
彼女はその紙を見た。
灰色の目が動いた。
「これを出せば」
俺は言った。
「この国は年に二万一千浮きます」
「不足は一万五千です」
◆
「——黒字になります」
書庫は静かだった。
二百年ぶんの綴りが床から積んである。
「殿下」
「嫁がなくて済みます」
俺はそう言った。
言ってから自分の声が少し高かったことに気づいた。
俺は値をつけるとき声が高くならない男だ。
三年半一度もそんなことはなかった。
イレーネは紙を見ていた。
長いこと見ていた。
それからこう言った。
「遅い」
俺は動かなかった。
「盟約は結ばれました」
彼女は言った。
「三月前です」
「破ればフリースラントは敵に回ります」
「金の話じゃありません」
彼女は綴りを閉じた。
「もう金の話ではないのです」
俺は卓の上の紙を指で押さえていた。
押さえたまま動かせなかった。
「殿下」
俺は言った。
「一万五千は一年ぶんです」
「知っています」
「来年は誰を売るんです」
イレーネは俺を見た。
灰色の目だ。
乾いている。
「売りません」
彼女は言った。
「一度だけです」
「わたしが売れるのは一度だけです」
彼女は卓の上で手を組んだ。
「一万五千は一年ぶんの金です」
彼女は言った。
「ですが盟約は金ではありません」
「フリースラントは北の国です」
彼女は言った。
「兵が八千います」
「わたしが嫁げばその八千が南に向きます」
俺は動かなかった。
「南方諸市は四千の兵と戦っています」
彼女は言った。
「そこに八千が加われば」
彼女は俺を見た。
「——南方諸市は和議を申し入れます」
俺は卓の上の紙から指を離した。
「戦が終わります」
彼女は言った。
「戦費が年に六万」
彼女は指を折らなかった。
「終われば六万浮きます」
「不足は一万五千です」
「——この国は生き返ります」
書庫は静かだった。
俺はしばらく動かなかった。
俺は彼女に一万五千の値をつけた。
彼女は自分に一万五千の値をつけた。
俺はそれを正確だと思った。
——足りなかった。
俺は金だけを数えた。
この女は兵を数えていた。
俺は椅子の上で両手を膝に置いた。
「殿下」
「数え違いました」
「はい」
彼女は静かにそう言った。
「数え違いは割れません」
俺は言った。
「一人のものです」
「はい」
「払います」
俺はそう言った。
イレーネは俺を見た。
初めて少しだけ目が動いた。
「何を払うのですか」
俺は答えなかった。
答えられなかったのではない。
払うものをまだ数えていなかったからだ。
俺は立ち上がった。
立ち上がって卓の上の紙を取った。
ヴァルター公の紙だ。
「これは出します」
俺は言った。
「戦が終わってもこの男は盗み続けます」
俺は扉のほうへ歩いた。
「ハーゼル」
彼女が俺の背に言った。
「ヴァルター公は王の弟です」
「知っています」
「王は庇われます」
「庇うでしょうね」
「では、あなたは」
俺は扉に手をかけた。
「解かれます」
俺は振り返らなかった。
「解かれたら三十日後に全部喋ります」
俺は言った。
「王令第二十号です」
「殿下が通された掟です」
俺は扉を押した。
押してそこで足を止めた。
「殿下」
「あの掟はいい値でした」
俺はそう言った。
言って書庫を出た。
廊下は長い。
絨毯が敷いてある。
俺はその上を歩いた。
もう申し訳ないとは思わなかった。