ヴィント商会の奥の部屋は変わっていなかった。
卓が一つ。椅子が二つ。棚に綴り。
絨毯はない。炭も焚いていない。
この街でいちばん金を持っている男の部屋は、金貸しのマイヤーの店より狭い。
アルノー・ヴィントは卓に向かっていた。
六十五になっている。前より痩せた。
「監査官どの」
「監査官じゃありません」
「知っています」
彼は顔を上げた。
「王の弟を数えたそうですね」
「数えました」
「首になった」
「なりました」
俺は椅子に座った。勧められる前に。
「一つ商いの話を」
「割に合いますか」
「合います」
俺は上着の内から紙を出した。
王国の借入綴第一巻の写しだ。
三十年前。三千ターレン。四つ目つき。
卓に置いた。
ヴィントはそれを見た。
見て動かなかった。
「あんたが書いた紙です」
俺は言った。
「三千が三十年で九万になった」
「なりました」
「王国があんたに負っている九万はこの一枚です」
「そうです」
彼は頷いた。
否まなかった。
この男は否むということをしない。
「ヴィントさん」
「はい」
「王国はこの九万を払えます」
ヴィントの指が卓の上で止まった。
「国庫に十一万二千二百ターレンあります」
俺は言った。
「俺が戻しました。造幣局軍務庁徴税請負」
俺は指を折った。
「王国はあんたに九万払ってなお二万二千残る」
「払えますね」
ヴィントは答えなかった。
俺は待った。
こういうときに喋る奴は負ける。
「払えます」
彼はやっと言った。
「ですが王国は払いません」
「なぜです」
「わたしが取り立てないからです」
俺はこの男の顔を見た。
六十五。目立たない。飾りがない。
「二百七十軒と同じですね」
「同じです」
彼は頷いた。
「取り立てれば王国は潰れます。潰れた国からわたしは何も取れない」
彼は卓を撫でた。
「取り立てないほうが儲かる」
「その代わり」
俺は言った。
「王国はあんたの言うことを聞く」
「聞きます」
「参事会が七人借りているのと同じだ」
「同じです」
彼は俺を見た。
「国を一枚の紙で飼っています」
俺はしばらくその言葉を持っていた。
国を一枚の紙で飼う。
十二年前、この男は金貸しのマイヤーを一枚の紙で飼った。
三十年前、この男は王国を一枚の紙で飼った。
規模が違うだけだ。
やり方は同じだ。
「ヴィントさん」
「はい」
「その紙を捨ててください」
部屋が静かになった。
窓が小さいので暗い。
「九万ターレンを、ですか」
「九万をです」
ヴィントは動かなかった。
「捨てろとは」
「額面で王国に払わせてください」
俺は言った。
「王国は九万払える。あんたは九万受け取れる」
「元本は三千です」
「利は掟の通りです。四つ目も掟の通りだ」
俺はこの男を見た。
「九万受け取って何が悪いんです」
ヴィントは俺を見た。
「受け取れば王国はわたしの言うことを聞かなくなります」
「聞かなくなります」
「わたしは飼うのをやめることになります」
「やめることになります」
俺は頷いた。
「三千の元本が九万になった。三十倍です。受け取ってやめればいい」
「なぜそんなことを」
ヴィントが聞いた。
「あなたは王国の味方でしょう。九万を王国から取れば王国はそれだけ痩せます」
彼は俺を見た。
「あなたが王国を痩せさせるのですか」
「痩せません」
俺は首を振った。
「王国は九万を一度に払いません」
俺は二枚目の紙を出した。
白紙だ。
俺が宿で書いた。
「王国はあんたに新しい紙を切ります」
俺は言った。
「九万ターレン。十年で毎年九千ずつ払う」
俺は指で押さえた。
「四つ目はありません。豊作の年に待つという一文もない」
「利は」
「年に二分です」
ヴィントの眉が上がった。
「二分。……安い」
「安いです」
俺は頷いた。
「一割二分から二分に下げてください」
「なぜわたしが損をするのです」
「損をしません」
俺は首を振った。
「今あんたの九万は紙の上の九万です。王国は払わない。取り立てれば王国が潰れる。だから取れない」
俺は卓に手を置いた。
「紙の上の九万は一グロートも使えません」
「新しい紙は違います」
俺は言った。
「四つ目がない。利は二分だが、毎年九千本当に入ってくる」
俺は指を折った。
「十年で九万。利を足して九万九千」
俺は手を開いた。
「使える九万九千と使えない九万。どっちが値打ちがありますか」
ヴィントは動かなかった。
長いこと動かなかった。
「一つ伺います」
彼は言った。
「なぜ四つ目を外させるのです」
俺はこの男を見た。
六十五。三十年前書記室で二百年ぶんの綴りを読んだ男だ。
「四つ目は五十に一つの目に罠を仕掛けます」
俺は言った。
「王国はその罠に三十年かかっている」
俺は卓の第一巻の写しを指で押さえた。
「四つ目を外せば王国は返せます」
「返せる借金は飼えません」
俺は言った。
「返せない借金だけが飼えます」
俺はこの男を見た。
「あんたはそれを三十年前に書いた」
「あんたが書き直してください」
部屋は静かだった。
アルノー・ヴィントは卓の上の二枚の紙を見ていた。
三十年前の紙と白紙。
「ハーゼルさん」
「はい」
「これをやると王国はわたしの言うことを聞かなくなります」
彼は俺を見た。
「わたしはこの街でいちばんの商会でなくなります」
「なります」
俺は頷いた。
「なぜわたしがそれを呑むと思うのです」
俺は椅子から立った。
「三十年誰もあんたを止められなかった」
俺は言った。
「あんたは数え違えた。何度も。何十度も。誰も教えてくれなかった」
俺はこの男を見た。
「あんたがそう言った」
「今教えます」
「三千の元本を九万まで育てたのは数え違いです」
アルノー・ヴィントは動かなかった。
それから。
この男は笑った。
声を出して笑った。
「——その数え違いを指摘した者はあなたが初めてです」