王令は二十日で出た。
——アルヴェント王国王令第二十一号。
——王国に物を納めたる者は王国の手形をもって代価を受くることを得。
相殺が誰にでもできるようになった。
俺はその紙を東門の市の壁に貼った。
三年半前俺が釘を三本打った壁だ。
王の弟の紙を貼って誰も動かなかった壁だ。
今度はその隣にこう貼った。
——王国の手形を二割で売っている方へ。
——今日から誰でもこの手形で王国に物を納められます。
——手形に値がつきます。
——二割で売らないでください。
その下にもう一枚。
——この紙を書いたのはカイ・ハーゼルです。
——わたしは王国の手形を持っています。
——ヴィント商会も買っています。
——値が上がればわたしたちが儲かります。
——ですから疑ってください。自分で確かめてください。
俺は字の読めない者に読んでやった。
三十人が聞いた。
誰かが聞いた。
「相殺ってのはなんだ」
「王国に麦を納めるとする」
俺は言った。
「代金を銀貨でくれと言うと王国は払わない。金がないからだ」
俺は指を折った。
「だがあんたが王国の古い手形を持ってたら、こう言える。——この手形の分、麦を納めたことにしてくれ」
「王国はそれでいいのか」
「よくなりました」
俺は言った。
「今日王令が出た。誰でも手形で相殺できる」
俺は壁を指した。
「額面百ターレンの手形を持ってたら、百ターレン分王国に納めたことになる」
「その手形が二割で売ってるのか」
「二割です」
俺は頷いた。
「額面百の手形が二十で売ってる」
俺はこの男を見た。
「二十で買って百ターレン分王国に納められる」
「……五倍じゃねえか」
「五倍です」
俺は頷いた。
「三年半前までそれができたのはヴィント商会だけでした」
俺は壁を叩いた。
「今日からあんたもできます」
その日市の手形は二割のままだった。
誰も信じなかったからだ。
王令が出たと言っても王国の言うことだ。
王国は二十年嘘をついてきた。
嘘というより、払わなかった。
払わない国の王令を誰が信じる。
俺はそれを数えていた。
だから二日目に動いた。
二日目、俺は麦を一俵荷馬車に積んで王都の軍務庁へ行った。
ブラントが卓に向かっていた。
インクの染みが指についている。
「ハーゼルどの」
「ブラントさん」
「監査官どのは」
「首になりました。商人です」
俺は麦一俵と手形を出した。
額面二ターレン十グロート。
東門の市で五グロートで買った手形だ。
「麦を納めます」
俺は言った。
「代金はこの手形で相殺してください」
ブラントは手形を見た。
王令の写しを確かめた。
それから判を押した。
麦一俵。二ターレン十グロート。
俺が払ったのは手形の五グロート。
——五グロートで二ターレン十グロート分納めた。
俺はその受領書を東門の市に貼った。
軍務庁の判が押してある。
誰でも読める。
三日目に手形が三割になった。
四日目に四割。
六日目に六割。
俺は市の隅でそれを見ていた。
三年半前俺は釘を三本打った。値が動いた。四日で戻った。
買える奴が一人しかいなかったからだ。
今度は戻らない。
買える奴がみんなになったからだ。
ボリスが俺の隣に立った。
「上がってるな」
「上がってる」
「あんた二割で買ったやついくら持ってる」
「額面で二万ターレン分」
俺は言った。
「二割で買った。四千ターレンだ」
俺は市を見ていた。
「金庫の四つの鍵を開けてもらった」
「ヨナスとマイヤーとゲルトとボーデか」
「四人とも頷いた」
俺は頷いた。
「これは商いだ。金庫の金は商いに使っていい」
「今六割だ」
ボリスが言った。
「二万の六割は一万二千だろ」
「一万二千だ」
「四千で買って一万二千か」
「今はな」
俺はまだ売らなかった。
八割になるまで待つ。
八割が正しい値だからだ。
俺はそれを数えた。
八日目。
手形は八割になった。
そして止まった。
俺が数えた値で止まった。
俺は二万ターレン分の手形を八割で売った。
一万六千ターレンになった。
四千で買って一万六千。
一万二千ターレン儲かった。
俺はその金を金庫に戻した。
四つの鍵で開けてもらって戻した。
「兄さん」
ゲルトが鍵を回しながら言った。
「あんたまた儲けたな」
「儲けました」
「今度は取ったのか」
「取りました」
「村に返さんのか」
俺はこの男を見た。
「返しません」
俺は言った。
「これは村の紙じゃない。二割で市に転がってた紙です」
俺は金庫の扉を見た。
「売った奴は二割でいいと思って売った。俺は八割の値打ちがあると数えた。数えた分だけ儲かった」
「盗んでません」
俺は言った。
「先に数えただけです」
ゲルトは鼻を鳴らした。
「兄さん」
「なんです」
「あんた変わったな」
「変わってません」
俺は言った。
「三年半前、村の紙は村に返した。あれは村から取ったものだったからです」
俺は金庫を見た。
「今度のは市から拾った。市から拾ったものは俺のものです」
「取るものと返すものを間違えない」
俺は言った。
「それだけは変わってません」
その月、王国の手形は八割で回るようになった。
王国はその手形で物を買えるようになった。
新しく借りずに。
利息が止まった。
二十年ぶりに。
そしてある紙だけが値がつかなかった。
ヴァルター公の紙だ。
王領北部四十二の村の徴発手形。
俺はそれを市の隅で見ていた。
誰も買わない。
王の弟の名が書いてあるからだ。
王の弟の紙を相殺しようとすれば王の弟に逆らうことになる。
誰も逆らわない。
——値のつかない紙が一種類だけ残った。